8話 淫蕩王シャルナハ
「……で、この馬鹿を呼んだのはジュアルなのか?」
「正確には呼び寄せた? ですかね。連絡は取りました」
ファラーシャがギッと僕を睨む。ごめんよ。
あれから僕は殺し合いの間に飛び出して、何とか落ち着いてもらい、二人には庭のテラスに座って貰っている。(ファラーシャが絶対に城の中には入れたくないの言うので)
「……でも、こっちから行くって言いましたよね」
恨みがましい顔でシャルナハの顔を見れば、彼は片目を瞑り、にやっと笑った。
「うふん。かわいい弟から手紙が来たんじゃ、来ない訳にはいかないだろう? ファラーシャにも会いたかったしね!」
「うるさい! このクソが!」
ファラーシャの手のひらから黒い波動が。お姉様、お願い押さえて!
「おお、生きの良いこと。綺麗になったね、ファラーシャ」
「お姉様! どうかこらえて!」
僕はファラーシャに抱きついてなんとか止めた。え、ただ兄が妹を褒めてるだけだろって? 違うんだよ。
「そろそろ、俺のハーレムに入りなよ。贅沢させてやるよ。俺とお前の間なら魔王の血の濃い子が生まれる。俺の子を孕め、ファラーシャ」
「……冗談。お前は自分とこの嫁さんの相手をしろ」
こいつ本気なんだよ。魔族は癖の強いやつが多いけど、こいつは色欲の化け物なのだ。目に付いた女の子は全部口説くし、人妻でも関係ないし、なんなら身内でも関係ない。
「いいじゃないか、腹違いなんだし」
これは、過去に例があるので彼はそう言っているんだろう。日本だって平安時代はそうだったと言うし……。
「貴様が用があるのはジュアルにだろう。とっとと済ませて失せろ」
ファラーシャがそう吐き捨て、ぎろりとシャルナハを睨み付けた。
「おお、怖い。ま、そうだね。ジュアル」
シャルナハがこっちを見る。なんで、舌なめずりするの。
「大きくなったね。こっちへおいで」
なんか嫌です。と答える前にシャルナハの腕が伸びて、僕を引き寄せ、膝の上に乗せた。
「頼ってくれて嬉しいよ。スケルトンの里に行きたいんだっけ?」
「シャルナハお兄様にも益になる話かと思います。彼らの育てるマンドラゴラは人間界では貴重な薬草なのです。まとまった量を買い取りたいと、彼らと交渉したいのです」
「ふ~~~~ん」
おい、聞いているようで、ちょっとずつ太ももに触ってないか、この男。
「で、俺の許可が欲しいと」
「そうです」
うわあ! シャルナハの指が僕の寝間着の裾から侵入した!
「人間と取引するのか……。ハーディラ兄ィはこのこと知ってんの?」
「はい、もちろんです」
生肌を触るな! 撫でるな! つまむな!
「そうだな~ジュアルが俺のハーレムに入ってくれたら考えようかな」
「僕は男です!」
我慢の限界だ。僕はシャルナハをぐいーっと押し返した。
「ははは、冗談だよ」
冗談に聞こえるか! こいつは肉欲の為ならなんだってするんだ。
「ま、妻たちの為にこちらも見入りが欲しいのでね。協力するよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
僕はシャルナハの気分の変わらないうちに日取りを決めると、丁重に、それは丁重にお帰り下さいとシャルナハの帰宅を促した。
それでも頬をつついたり、髪を撫でたり散々セクハラをして、シャルナハはようやく帰っていった。
「ふいーっ」
「……お前、よく平気だな」
色欲の権化が姿を消した後、僕が安堵の声を漏らすと、それまでずっと僕らのことを眺めていたファラーシャが、頬杖を突きながらぽつりと呟いた。
「平気じゃありません!」
僕は絶叫した。
ともあれ、スケルトンの里に訪れる日程がやってきた。今回は付き添いにシルハーンがいれば十分だと思ったんだけど……。
「どうしてファラーシャお姉様まで」
「あの色魔が何するか分からん」
一応心配してくれているみたいだ。そんなファラーシャは今日は馬鹿でかいモーニングスターを肩に背負っている。とげとげの部分にあるナミラと目が合うと、彼は(多分)過去一の笑顔を浮かべた。
「何かあればこいつで肉塊にしてやる」
「ありがとうございます……」
とりあえずお礼を言って、僕は移動魔法の呪文を唱える。魔法陣が光り輝き、僕らを飲み込む。同じ魔族領の中であれば、魔力も安定するので、この人数をいっぺんに運んでも問題ない。まず、行き先はシャルナハの居城だ。
「ここか……派手だな」
シャルナハの城は魔王城よりも規模は小さかったが、とにかくド派手だ。ドーム型の屋根は緑と赤のしましまで、壁にも一面に文様の入ったレリーフがついている。
「おお! ジュアル! 待ちかねたぞ」
城に入ると、大広間の玉座にシャルナハが脚を組んで座っており、その周りに女たちが侍っている。すげー悪役っぽい。えーと奥さんたちかな。
「シャルナハお兄様。本日はお世話になります」
「ああ! 任せろ!」
シャルナハが胸を叩くと、周りの女たちが「やーん」とか「素敵ー」とかいいながら奴にしなだれかかる。クソ、うらやましくなんてないからね!
「ねえ殿下? 弟君、とても可愛らしいわね」
中でも一番おっぱいのでかい、茶色いウェーブの髪の奥さんがこちらを見た。涙ぼくろが艶めかしい美人だ。
「なんだ浮気か? かわいいからって食べてはいけないぞ」
「やあん、そんなことしないわ」
ぶっちゅううう。目の前で濃厚なキッスが始まった。おいおい子供の前だぞ。というか何を見せられてるんだよ!
「こほん! お兄様。さっそくですが参りましょう」
「やれやれ。性急な男はモテないぞ」
うるさい。僕はこれからの男なのだ。僕は強引にシャルナハを奥方たちから引っぺがす。
「よしよし。表に馬車を用意している。それで向かうぞ」
上手くいけば収入になるのだから、シャルナハの方も多少はやる気があるらしい。
「この男と密室に一緒に居たくない!」
だがファラーシャは馬車に乗る前にそう宣言し、馬車の屋根に登った。
「転げ落ちたらどうするのさ!」
僕はそう声をかけたけれど、ファラーシャは絶対に譲る気はないようだった。
「おひい様のことはお任せを~」
ナミラの姿がモーニングスターから手すり付きの椅子に変わった。そこにファラーシャがどかっと座ると、ナミラは「あんっ!」と甲高い声を出した。
なあ。キモさで言ったらナミラもシャルナハも大差無いように僕には思えるんだけど。
「さあ、とっとと出立せよ!」
上からファラーシャが蹴りを入れてくる。ヒールで穴を開けられる前にさあ進もう。
「俺の縄張りの中でもマンドラゴラはいい収入になっている。スケルトンたちにしか作れないし、味もいいからな。俺の庇護化で大いに奨励している。出荷先が増えるのは歓迎だ」
「まずは販路の開拓からになるけど……ここよりずっと高く売れると思いますよ」
「ありがたいね。うちのハニーたちに宝石を買ってやれる」
問題は料率だけどね。スケルトンたちの取り分も残してやりたいし、仲介した僕のマージンもしっかり取りたい。揉めそうだなぁ、なんて思っているうちにスケルトンの里についた。