7話 マンドラゴラの産地
それからハーディラは厨房に対して人間を食材にしないよう通達を出した。
「お前の意に沿うようにした。これからどうするのだ」
執務室の机に腕を組んだハーディラは上司の風格だ。ただ僕の上司はこんな風に意見を求めたり、挑戦をさせてくれたりしなかったけどね。
「まずは人間の国に輸出するものを見つけます。定期的に手に入るか、まずは現地を見ようかと」
「……よい心がけだ」
「ちなみに何を考えている?」
「マンドラゴラを」
ハーディラの片眉が上がる。何を言いたいんだ、とでも言いたげだ。
「あの野菜を?」
「人間の国ではなかなか手に入らないものです。ですが薬の――これは毒薬を含めてですが、材料として使われています。魔道具店などに少量卸すのであれば、目立ちませんし、商売のとっかかりとしてはいいかと」
「なるほど。わかった。やってみろ」
ハーディラ兄様は手を叩くとシルハーンを呼んだ。
「必要ならば彼を使え」
「……はっ。ありがとうございます」
僕は執務室を出て、ほっと息をついた。自分の考えを伝えるって緊張する。そしてこれをものに出来なければ、ハーディラの僕への期待を裏切ることになる。
ファラーシャの死のフラグは魔族の本能のままに軍勢を率いて、人間に攻め入ったことだ。それを回避するための第一歩だ。失敗は出来ない。
「……まただ」
朝食のスクランブルエッグが固すぎる。昨晩は生焼けのハンバーグが出てきた。あきらかに僕の皿には料理長の不満が爆発している。
はあ。厨房に行くか。どうせ用事あったし。僕が治めるべきは国よりまず厨房かららしい。
「お疲れ様でーす!」
元気に正面から厨房の中に入る。
「じゅ、ジュアル様!?」
皿洗いのキッチンメイドが腰を抜かしそうになり、芋の皮を剥いた桶が床を転がった。
「おい! なにやってんだ!」
怒鳴り声と共にやってきた料理長の目が僕を捕らえる。
「えっ、あっ、ジュアル様!」
「よっ」
フロアに取締役がきてどよっとしたような感じ。身に覚えあるなあ。僕は社員のほうでね。
「こんなところになんのご用で……」
「よく言うよ。人の皿に嫌がらせしておいて」
「あっ……それは……」
しどろもどろになりながら料理長の目が泳ぐ。バタフライをするその視線がおかしい。
「バレバレだからね。ま、それはいいんだ」
嘘だ。本当は心臓バクバクだ。料理長はオークで僕より何倍も体がでかいし単純に顔が怖い。それをそっと押し隠し、僕はその辺のスツールを引き寄せてそこに座る。
「マンドラゴラ、ある?」
「ご、ございますけれども」
「出してくれる?」
怪訝な顔で料理長が、野菜置き場からマンドラゴラを持って来てくれた。人間みたいな形をした不気味な薬草だ。でも魔族領では野菜として食べられている。僕基準でも、これを食べるのはセーフだ。
「ちょっとナイフを貸して」
「は、ナイフですか?」
料理長が腰に差していたナイフを僕に渡してくれた。
僕はしょしょっと皮を剥いて、マンドラゴラにかぶりついた。うん、新鮮だ。大根のようにみずみずしく、癖がない。しかし大根のような辛みは少なく、味は人参に近い。ショリショリとした食感を生かしてサラダにしてもいいし、柔らかく煮込んでも甘さが増して美味しい。
このマンドラゴラ、困った点が二つある。一つは成分に神経毒を含んでいて、人間は食べたら死ぬ。それを利用して薬にしたりするんだけど。まあ、動物には劇毒でも人間は平気で食べたりする野菜なんていくらもあるし、それは進化の仕方だろう。もう一つ、こいつは引っこ抜くと叫び声を上げるのだ。それを聞くと人間は死ぬ。魔族でも気絶したりする。
でも、普通に野菜として流通しているってことはこれを栽培して、収穫しているチャレンジャーがいるってことだ。
「これ、どこから仕入れているか、教えてくれる?」
「はあ」
料理長はずっとぽかんとした顔をして、困ったようにこめかみをかいている。
「いきなり僕が来てびっくりしたよね。ごめん。ハーディラ兄様から、食材に人間を使うなっていう通達があっただろ? あれね、僕が人間と商売をしたいからって言ったんだ。自分を食おうとする相手と商売なんてしたくないだろ。それでさ、手始めにマンドラゴラを売ろうと思って」
目指すは「人間と仲良く!」。ファラーシャを守り、僕はのんびり王族として悠々自適に暮らすのだ。
「そういうことだったのですか」
料理長の表情が申し訳なさそうになった。いきなり今まで良かったことが駄目になる。自分たちのやり方をひっくり返される。そりゃ嫌だよね。僕だって散々同じような目にあってきたのに、配慮が足りなかった。反省だな。
「マンドラゴラの産地でしたら……スケルトンの集落です」
「スケルトン?」
「はい。彼ら、鼓膜がありませんので」
ああ、なるほど~!
「スケルトンの里ってどの辺なの?」
さっそく行って、彼らと交渉し、仕入れをしたい。だが、次の料理長の言葉に僕は固まった。
「カエルラバーグの山のふもとですね」
「……そう」
前にも言ったように、魔王のスキルによる支配がない今、魔族領は強い者が支配をし、より強い者がそれを支配する、弱肉強食の世界になっている。力のない者は、金や珍しいものを引き換えに、強い者にすり寄って生きている。
で、例のスケルトンの里ってのが……シャルナハ・イブリースの支配地域なのだ。つまり、この城を出て行って縄張り作りに行った僕のお兄さんってこと!
それだけならいいんだけど……出来たら会いたくない。だが、ここは仁義を通さねば、スケルトンたちがひどい目に遭うかもしれないし……。
僕は嫌々、本当に嫌々、シャルナハに商売の為にスケルトンの里に視察に行かせて欲しいと手紙を書いた。
翌日――。僕は轟音で目を覚ました。
ドオオオオン! ゴオオオン!
「何の音ォ!?」
僕が窓の外を見ると、ファラーシャが空中に浮かんでいる。
「この男を呼んだのは誰だぁ!」
手には黒い巨大な鎖鎌。ええと、あれはファラーシャが主に使っている武器だ。小説にも出てきた。彼女の固有スキルは人体を変形させたり硬度や質量を変えたりと自在に変化させることができるのだ。鎖鎌本体はナミラの体で、鎖はナミラの腸だ。よく見ると鎌の先っちょにナミラの顔が突いている。めっちゃ楽しそう……ってそうじゃなくて! なんで朝からファラーシャがバトルしてるんだよ。
「お姉様! 何事ですか!」
窓を開けて叫ぶと、ファラーシャは鎌を下に向けた。その方向に視線を移すと……げぇっ!
「やほーー!」
鮮やかな緑の髪に赤い眼の男。シャルナハ・イブリースだ。ああ、なんでこっちに来ているんだ。こちらから伺いますって書いたのに!
「ジュアル、久しぶり! いやあ、せっかく実家に帰ってきたのに、ファラーシャったら熱烈歓迎でさあ!」
「歓迎などしていない。死ね!」
ファラーシャは鎖鎌をぶん回し、シャルナハの命を狩ろうとする。うわああ、待って、待って! 僕は寝間着のまま外に飛び出した。