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6話 おやつプレゼン大会

「それで? 私の気を変えるようなものはあったのか?」


 夕食を終え、ファラーシャはナプキンで口を拭きつつ、僕に聞いてきた。


「ええ。この後僕の部屋に来て下さい。本当のおやつってものを見せてあげますよ」


 僕は国民的グルメ漫画の主人公のように不遜な態度で答えた。


「ふん……見せてもらおうか。本当のおやつとやらを」


 ファラーシャも同じく不遜な態度で答えた。




「さあ、急いで急いで」


 シルクを中心にほかのメイドも加わって、部屋にテーブルを持ち込んで、ルベルニアの王都で買い込んだスイーツたちを並べる。


「壮観だな」


 準備が整ったところでファラーシャを呼んで貰う。そしてやってきたのは仏頂面の我が姉上様と……ハーディラだった。


「お兄様までいらっしゃったんですか」


「お前が何やら仕組んでいると聞いてな。様子を見に来た」


「いやだな。僕はお姉様と交渉をしているだけですよ」


 何を考えているのかは分からないけど、一旦無視しよう。でもこれお兄様も食べるんだよね? メイドに追加の食器を頼む。


「こほん。それでは! 人間の作ったもので、人間の目玉より貴重で美味いもの選手権をはじめます!」


 どんどんぱふぱふ~! まずは焼き菓子から。


「それでは人間の国の王都の目抜き通りで手に入れました焼き菓子でございます」


 マドレーヌとフィナンシェ、パウンドケーキを目の前に置く。


「……ふん。大して珍しくもないではないか」


「そんなこと言わず」


 なんてことを言っている間にハーディラがパクりとマドレーヌを口にした。


「うむ。しっとりとしていて舌触りがよい」


「そうか? こんなもの、城の厨房でも作れるだろう」


 ぶつぶつ言いながら、ファラーシャもマドレーヌを食べる。


「む……?」


 ファラーシャの顔色が変わった。


「城の厨房ではこうはいきません。職人の腕も、設備も違いますから」


「そっちのも寄越せ」


 ファラーシャはフィナンシェとパウンドケーキをひっつかんだ。あぐあぐもぐもぐ。お姉様が獰猛に焼き菓子を食べている横で、ハーディラもフォークで上品に切り分けながら食べている。


「香ばしいバターの香り……!」


「こちらのケーキは複雑な味わいだな。ナッツの香ばしさ、フルーツの風味、それからスパイスが層のようになって、飽きさせない」


 ハーディラお兄様食レポ上手いね!


「どうです。美味しいでしょう」


「ぐ……」


 ファラーシャが押し黙る。約束だからな。人間の価値を認めたら人間を食べないって。


「他にもあるのだろう。さっさと出せ」


「かしこまりました、お姉様」


 次はチョコレートだ。銀盆の上にうやうやしく並べられたチョコレートを前にファラーシャは腕を組み、じっとそれを睨み付けている。


「これは……土?」


「チョコレートと言います。左がミルク、次がビターです」


 警戒心バリバリのファラーシャがチョコレートをつまむ。そしてぽいっと口に入れた。


「甘い。それだけじゃない。ちょっと苦い」


「甘さの他に苦みと酸味も感じるな。蕩けると果実のような……花のような香りが口に広がる。おい、ちょっと茶をくれ」


 ハーディラは王都のショコラティエの繊細な仕事を正確に読み取ったみたいだ。


「さてお次!」


 僕は彼らの前にショートケーキを置いた。


「ふわふわスポンジにイチゴのトッピング。王道の味わいです。どうぞ」


 さすがにこれは掴んだら手が汚れると思ったのか、ファラーシャもフォークを使う。てっぺんのイチゴとスポンジを大きく切り取り、口の中へ。


「うむ……フレッシュだ」


「イチゴの甘酸っぱさと生クリームの風味が良く合う。スポンジは……これはただクリームを挟んだだけじゃないな。シロップが何かが染みこんでいる。このことで食感の調和を取っているのだな」


 ハーディラの食レポは神がかっている。僕でさえそこまでよう言わんわ。


「どうでしょう。人間はこのように多種多様な菓子を作れます。菓子でこれなのですから、建築、装飾品、日用品なども同様です。これを食用以外に価値がない、と言えますか?」


 僕は真剣な眼差しでファラーシャに、そして横のハーディラに問いかけた。


「価値がない、とは思わんな」


 ショートケーキの最後のひとかけらを口に放り込みながら、ファラーシャが答える。


「……じゃあ!」


「人間が美味いモノを作れるのは分かった。ならば奪えば良い。作る職人を攫ってくれば良い。魔族のあり方とはそのようなものだろう」


「そんなの一時的じゃないですか。そしたら人間は菓子なんか作らなくなります!」


「そしたら食ってしまえ」


 もう! なんで分からないんだよ。僕は歯がゆくて唇を噛みしめた。人間を食べるようなのが家族なのは嫌なんだ。だって人間は……人間は……。


「ジュアル。そなた何がしたいのか」


 言葉を詰まらせた僕にハーディラが問いかけた。


 何を……何をって。


「お前は私たちと人間の関係を変えたいのか?」


「……そうです」


 そうだよ。お姉様とついでにお兄様と人間の関わり合いを変えたい。それが、この後のファラーシャの死を回避することに繋がる。だから人間なんて食べちゃ駄目なんだ。


「僕は、人間と交易をするべきだと思います。そうすれば、減っていくこの城の資産も支えられる。この魔族領だって、民に対して何かできるかもしれない。そうすればお父様のスキルがなくたって統治が出来るかもしれない。その為には、僕らは『理性的で話の分かる魔族』でいなきゃいけないんです」


 人間とは敵対しない。和平……までは行かなくても、共存できれば、富は増え、驚異は減る。僕たちの魔族領が国として成り立てば、対話の場もきっと生まれる。


「……思いのほか考えているのだな。だがジャラル。人間が交易しようというようなものはあるのか?」


 僕の熱弁に少しファラーシャの態度が軟化した。


「いくつか心当たりはあります。人間は好奇心旺盛で、欲深いのです」


「そうか?」


「……では、最後にこちらをお出ししましょう。シルク、あれ(・・)を持って来てくれ」


 僕はシルクに例のものを持ってくるように命じた。僕たちがあの王都で最後に買ったものだ。


「こちらでございます」


 ガラスの脚付きの器に盛られたそれを見て、ファラーシャの表情が変わる。


「美しいな」


 それは王都一のキャンディショップで買い求めたボンボンだった。結晶化した表面の砂糖からは中の色とりどりの果汁が透けていて、宝石のようだ。赤、緑、黄色、紫、全て違う味。これが今、王都で大流行のお菓子なのだ。


「噛むとほろっと砂糖が崩れて、中の果汁がとろりとあふれ出します。ルベルニア王都の市民はこの菓子に夢中なのです。貴族などの裕福なご令嬢がお茶のお供に、お針子たちが月の給金を握りしめて一粒ようやく手に入れる。そんなお菓子です。店の前は大行列で、あまりに列が長いので、整理券を配っておりました」


 絶望したよね。店の前の列が最後尾じゃないって知った時。


「それをどう手に入れたのだ? 並んだのか?」


「いえ……それですと夕食の時間に間に合いませんので……前の列の者を買収し、僕らの分も買ってもらいました!」


 そこでシルクが吹き出した。


「ジャラル様の名演技は凄かったです。病気の姉の為にいますぐ必要なんだとか、旅人で今日しか時間が無いとか……」


 ショタであることを最大限に活かし、僕はぽろぽろと涙を流して、列に並んでいた人に交渉したのだった。おかげで持ち出したへそくりはもうすっからかんだ。


「という訳で苦労して手に入れたので、食べて下さい!」


「しかたない……」


 ファラーシャがその白い指先でボンボンをつまむ。ついでにハーディラ兄様も。


「んっ……」


 ファラーシャの赤い口の端からシロップがこぼれそうになる。ファラーシャはつっ、とそれを拭い、ふうと息をついた。


「上手い。中がとろりとしているのも目玉みたいで……」


 うっとりとして、まだ口の中の余韻を楽しんでいるようだ。


「これは中が酒でも美味そうだな」


 いっぽうハーディラも、新しい食感と豊かな風味に納得している様子だった。


「お酒のやつもありますよ」


「いただこうか」


 ハーディラはお酒が好きなのか。それなら今度は人間の国の美味い酒を探してこようかな。


「ふん。これはいい」


「これが人間の欲望です。僕はそれを利用したい。そしたら、そしたら……あわよくば魔王の封印を解いてもいいかなって思うかもしれないし」


 ハーディラが二つ目のお酒のボンボンを口にしながらファラーシャの方を向く。


「どうだ。ファラーシャ。貴様の大事な弟がこのように申しているぞ」


「ふん……」


「私は乗ってみてもいいかと思う。このままでは魔族領は立ち行かぬ。父上が封印の中で息絶え、スキルが私に継承されるまではな」


「父上のスキルを継ぐのは私だ!」


 どっちでもいいよ。そこは。僕は言葉をぐっと飲み込む。どうなんだファラーシャ。君の答えは。君を守りたいんだって僕の気持ち、受け取ってくれよ。


「……わかった。人は食べない。だがジュアル、お前の挑戦が失敗したら食うぞ」


「十分です。ありがとうございます、お姉様」


 やった! 僕は心の中でガッツポーズした。



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