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5話 至高の一品

「あっ、あれなんでしょう!」


 めぼしい店を探して歩いていると、シルクが声を上げた。その声に視線を移すと、赤白の派手な屋根の移動式屋台が見えた。


「何だろう。人が並んでいるね」


 近づいて見てみると、美しい装飾の施された円筒形の機械がゆっくりと回転している。そして店員が提供しているのは……コーンに乗った……あれは……。


「アイスクリームだ!」


「アイスクリームって何ですか?」


「牛の乳に砂糖を入れて凍らせたものだよ」


「ふーん?」


 シルクはいまいちピンと来ていないようだ。


「食べてみよう」


 あの機械は恐らく魔導具だ。氷魔法を応用したもののようだが、温度調整をかなり繊細にしているようだ。


「はいお待ち」


 手渡れたアイスを僕たちはぱくりと口にした。口の温度で溶けるアイス。ミルクの風味が素朴で、舌触りは滑らか。これを作ったのはよほど腕利きの魔導具師だろうなぁ。


「はわわ……冷たいのに、溶けて甘くて……美味しい……」


 シルクはいたく気に入った様子で、アイスをペロペロ舐めている。


「これを買って帰りましょうよ!」


「残念だけどそれは出来ないな。家に帰るまでに溶けてしまうよ」


 凍らせることは出来るけれども、この口当たりをキープしたままは僕の魔術コントロールでは難しい。


「そうですか……残念です」


「うーん、でもそうだな。また来よう。みんなでここに来て食べればいいよ」


 僕がそう言うと、シルクはぱっと顔を輝かせた。


「そうしましょう!」


 次に向かったのはチョコレートの専門店。整然と並べられたチョコレートは美しいのひとことだ。やはりひとつは買っておくべきだろう。


「シルク。試食させてくれるって」


 一番シンプルなミルクのチョコレートを食べさせてもらう。体温で蕩けると、カカオの香りが口いっぱいに広がった。


「うわ、なんですかこれ。甘くて、ねっとりしてて……美味しい」


 シルクはチョコレートを食べたのは初めてみたいだ。チョコレートは複雑で繊細な工程が必要だものね。魔族領では作られていない。


 そう考えるとおやつのバリエーションって少ないんだよな。フルーツとかナッツ、簡単なケーキやクッキーはあるけれども……菓子職人っていないものな。その中に人間の目玉が入ってしまうのも仕方がな……い訳あるか。絶対に阻止してやる。


「ありがとうございました」


 僕は店員からチョコレートの箱を受け取る。僕も食べたかったので大きいサイズの箱を買った。荷物持ちにシルクを連れてきて正解である。


「あとはクリームたっぷりのケーキもはずせないな。どこがいいんだろう」


 まだ予算には余裕がある。日持ちはしないけれど、移動は魔法なのだし。こういうものもあってもいいだろう。


 僕たちは通りを歩きながらケーキ屋さんを探した。あ、あった。きっとここだ。目星をつけた店に入ると、ガラスのショーケースに生ケーキがずらりと並んでいる。イチゴのショートケーキ、ナポレオンパイ、モンブランにフルーツタルト。


「うわわわ……! 宝石みたいです」


 シルクが目をキラキラさせて、ショーケースに張り付いている。


「……あっ」


 その一方で、僕はそれまでほんのりと感じていた違和感の正体に気がついて声を上げた。


 この冷蔵式のショーケースといい、ケーキのラインナップといい……。全部、日本で買えるものだ。焼き菓子の形もそうだったし、こっちの生ケーキはもっと顕著だ。ショートケーキだのモンブランだのは日本独特のものだし。これはつまり、作者の意識が反映されているのだと思う。この小説の作者のことは名前くらいしか知らないけれど、おそらく日本人だ。


「ってことは味もどれも及第点ってことだな」


 食べ物への執着については日本人は世界でも抜きん出ている。つまりどれを買っても美味いってことだ。ということはただ美味いだけでなく、こう、ハッと印象に残るようなスイーツが手に入る確率が高い。


「シルク。君ならどんなスイーツをおやつにしたい? その……人肉を食べるのをやめたくなるような」


 人肉(・・)の部分を小声にしながらシルクに問いかける。シルクはファラーシャと歳も近いし、魔族の女の子が何を好むか聞いてみたい。


「そうですね~。甘いものはなんでも好きですけど。人間さんのお肉って、特別なんですよね。人のいる集落に行かなきゃ獲れないし、賢いから返り討ちに遭うかもしれない。だから貴重なんです。それと同じくらい貴重だったら……考えちゃうかもです」


「なるほど……。シルクは今日買ったスイーツの中でそう思うものはあった?」


「ええ~? 選べません。ちょこっと食べたやつも美味しかったし……食べてないやつもキラキラ綺麗だし……あ、アイスはすごく特別って感じがしました!」


 そっかぁアイスか……持ち歩きが不安なんだよな。氷魔法をコントロールしながら移動魔法……出来るかな? とんでもない場所に放り出されたらへたしたら死ぬぞ。


「それ以外に、シルクがこんなのが欲しい! ってのはないかな」


「えっとえっと……」


 シルクはあたりをキョロキョロしながら一生懸命考えている。


「私……こんな大きな人間の街に来たの初めてなんです。正直言って圧倒されてます。魔族領とは全然違う。こんなに沢山のものが並んでて、好きに選べるって凄いなって。もしその中から私が何か選ぶとしたら……ここの人間が絶対に手に入れたいスイーツがいいです」


「絶対に……」


「お金が足りないとか、品物が足りないとかあっても絶対欲しいもの。人間たちがよってたかって欲しがるものを私も食べてみたい」


「それって、流行のものってことかな」


「そう……なんですかね?」


 なるほどぉ……トレンドのスイーツね。情報も味のうちだもんな。SNSで話題の~とか限定いくつの~とか、限界氷河期おじさんの僕でさえオッとなったものな。


「よし、じゃあ情報あつめだ。シルク、若い女に聞き込みだ!」


「若い女ですか?」


「女は甘い物好きだろ? それから若い女は流行に敏感だ。金を持ってそうなのから、貧乏そうなのまで、まんべんなく聞いて、共通するのが今流行っているスイーツだ!」


「わっ、わかりました!」


 僕らは道で若い女に声をかけまくった。シルクは同じ若い女だし、僕は今はかわいいショタだ。そんなに警戒されることなく、聞き出すことが出来た。


「一番多かった答えを言うよ。せーの」


 シルクと答えを耳打ちしあう。


「一緒だね」


「一緒ですね」


「よし行こう!」


 僕らはお目当ての店に小走りで向かった。


「これなら……きっとお姉様も気に入るぞ」



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