3話 おやつの時間
朝食を終えた僕は城を散策することにした。何しろ魔王城だ。広くてでかい。
「これが僕の家かー」
ここで育った記憶もあるんだけどね。実感というものが欲しいじゃないか。時折、使用人とすれ違うけれど、ほとんど人がいない。ほとんど廃墟だ。魔王の封印前はもっと人がいたんだけど、かなりの人数が逃げ出してしまったのだ。今残っているのは魔族には珍しい忠義心のある者か、給料がいいから残っている者だ。ついでに僕とファラーシャの母親もいない。別に死んだ訳じゃない。実家がしゃしゃってきて連れ戻してしまったのだ。他の妃も似たようなものだ。図体の割に警備も手薄になってしまったし、王家に従うスキルの効果もないときて……という訳だ。そうして魔王の血を継ぐ僕らだけ残された。寂しいけど、魔族ってのは肉親の情だけは厚いのだという証拠だ。
「うわっ、また行き止まりだ!」
廊下の先は途中で途切れたように壁に塞がれている。さっきなどは扉を開けたらいきなり床がなかった。こんな風に奇妙な作りになっているのは、この城が魔法で作られたからだ。見た目は重厚な城だが、きっと人間の作った城を見よう見まねで再現したんだろう。中も歪だけど、外側はもっと奇妙だ。例えるならば、巨大な蟻塚のようである。外もババーンとゴシックな城にすればいいのに。まあ不気味で、近寄りがたい感じは出てるよ。
「あひゃひゃひゃ!」
「うわーっ」
絵の飾られた回廊を歩いていたら、肖像画の美女がけたたましく笑い、僕の心臓は飛び出しそうになった。魔族の感性、わからない。
迫力の謁見の間に広間や応接室なんかは大体見たかな。途中に何か呻き声がする部屋があったけど、怖かったのでスルーした。
「……こちらが執務室だな」
ちょっと躊躇してからノックをする。
「どなたですか」
「ジュアルです」
ややあって扉が開かれた。開けてくれたのは人狼の執事、シルハーンだ。背が高く、切れ長の目に眼鏡している。彼はこの城で一番勤勉だと思う。今はハーディラの片腕としてきびきびと働いている。くすんだ金髪は妹のシルクとそっくりだ。
「ジュアル様、いかがいたしました」
「ハーディラお兄様のお手伝いをしようと思いまして」
「さようで。珍しいですね」
僕が部屋に入ると、馬鹿でかい机にかじりついていたハーディラがちらりとこちらを見た。
「何を企んでいる」
「いえ……何も」
「まあいい。少しでも手を借りたいのは確かだ」
そう言ってハーディラは書類の束を指さした。
「あの陳情書を仕分けしろ。認可するものと却下するものにな。判断はお前に任せる」
「わかりました」
僕が書類の前に行くと、シルハーンが椅子を用意してくれた。そこに腰かけて僕は書類を仕分けしだした。家の区画が、とか隣の家の腐肉の匂いが強すぎるとかいうものから、封印山脈の火山活動が活発化してるとかいう深刻そうなものまで色々。ハーディラは日々これらに悩まされているのか。
「これはどうでもいい……これは真っ当。字きったな。ああ、これは対処しないとやばいやつ……」
国、機能してないものな。まあそれは元々なんだけど。ここ魔族領は国の名前がない。我々は集団ではあるが国ではない。行政なんてものはまるでないし、福祉なんてもってのほか。強い者が縄張りを支配し、さらに強い者がそこを支配する。それで成り立ってる。それでも魔王のスキルがあればそれなりに秩序があったのだ。
それがなくなって、まじの弱肉強食の地となった。この城に魔王の子が僕ら三人しか残っていないのも、他の兄弟は自分の縄張りを作り、支配するために出て行ってしまったからだ。ちなみに僕を入れて十四人いる。
「少し一息入れてくださいませ」
書類とにらめっこしていると、シルハーンが紅茶とサンドイッチを持って来た。もうお昼の時間か。
「お兄様もこんなことしなくてもいいのでは?」
もぐもぐサンドイッチを頬張りながら、僕はハーディラに聞いてみる。確かに誰かがやらなきゃいけない仕事だろう。魔族領を維持するのならば。でも、もうここには秩序なんてほとんどないし、誰もハーディラに給料を払うものはいないのだ。いずれこの城の財源も尽きる。そうすればどうやって生きるか、の方が重要になってくるだろう。
「……父上が帰ってきた時にお嘆きになるだろう」
ハーディラは昼食を食べながらもずっと書類に目を通している。僕の問いかけにはぼそっとそう答えただけだった。
「お兄様は魔王支配の体制を維持したいんだね」
「そうだな。私には私の理想があるのだ。無駄なあがきかもしれんが。まあ安心しろ。お前が独り立ちするまでくらいなら蓄えはある」
「うん……」
苦労性で貧乏くじを引いている兄を見て、僕は頷くしか出来なかった。
午後も少しハーディラの仕事を手伝って、執務室を出て部屋に向かった。
「どこに行っていたのだ、ジュアル」
部屋のドアノブに手をかけたところで、ファラーシャと鉢合った。
「城の中を散歩していました」
「病み上がりだが、もういいのか?」
「ええ。すっかり」
とびきりの美少女が心配してくれるのが嬉しくて、僕は思わずにっこりしてしまう。
「ジュアル、これからおやつにするのだ。お前も一緒に」
「はい! ぜひ」
断るはずがないじゃないか。僕はうきうきとファラーシャの後について、彼女の部屋に向かった。
「戻ったぞ」
「ああ! おひい様。今日もとっときのおやつをご用意しましたよ!」
部屋に待っていたのは従僕のナミラだ。彼は虫の顔を持つ小男で、いきなりインパクトの強い顔面が迫ってきたので、僕は思わず後ずさる。
「さあさあ、おひい様!」
どういうテンションなのだろうか。ナミラは体を揺らしながらファラーシャの手を引く。
「鬱陶しい!」
ファラーシャは絶対零度の真顔でナミラをぶん殴った。
「あひい!」
叫びながらナミラが床を転がる。うわ、きもい。虫の顔でも分かる。こいつ殴られてうっとりしている。
「さ、ジュアル。ここにお掛け」
ひくひくしているナミラを無視して、ファラーシャは僕をソファに座らせた。
「ナミラ! おやつを持ってこい」
「はい、こちらに」
ナミラが捧げ持ってきたのは、銀の食器に載った、白くて丸いもの。なんだろう。ゼリーかな?」
「とれたての人間の目玉でございます!」
うげえええええええええ!!
応援よろしくお願いします。
モチベあげてがんばれます!




