20話 アルドリッジ商会
商会との顔合わせの日がやってきた。グレンからの伝言ではひとりで来るように、とのことだった。魔力や身体能力の高い魔族が複数人いることを警戒したんだろう。僕はその要求を飲んだ。ただ、荷物を持つ人間がいないのは厄介だな。
指定された場所は街中ではなかった。王都の外壁の向こうの、運河の並びの倉庫だ。
「やあ」
僕が姿を現すと、入り口の前に待機していた四人が一斉にこちらを見た。
「ジュアル・イブリースさんですか」
さん付けしているものの、彼らの表情は固い。
「そうだよ。案内してくれる?」
腰にはそれぞれ剣を下げている。建物の中や、外の目立たない場所にも何人か居る気配がある。
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
僕がそう呟くと、余計に警戒されてしまったようだ。警備の男達がそっと腰の剣に手を添えた。
「とりあえず、こちらに」
ま、しかたない。魔族がこんなところに来るなんて想定外だろうしね。僕は男達の案内についていった。
「こちらでお待ちください」
ふーん。通されたのは部屋ではなく倉庫の方だった。見通しが良くて面積が広い場所にしたんだろうな。何かあった時の為に。中央にぽつんと椅子があるので、そこに腰かける。
「お待たせしました」
その声は吹き抜けの向こう、二階から声がした。
「はじめまして。アルドリッジ商会のセオ・アルドリッジです」
僕の目の前に現れたのはまだ若い男性だった。二十代後半あたりか。長く伸ばした黒髪をぴっちりと結び、仕立ての良い服に身を包んでいる。面立ちは柔和で真面目な印象だ。信用のおける商売人としては極上のルックスって感じだ。
「はじめまして。僕はジュアル・イブリ―ス。少し遠いようだけど。僕は商談に来たんだ。君たちを害する気持ちはないよ」
「その言葉をどれぐらい信じたらいいのかな」
セオはこちらの様子をまだ伺っているようだ。ま、正しいよね。こんな胡散臭いやつ。
「僕がその気なら、もうここいらは火の海だ。でも僕は命より金銭が欲しい」
「……なるほど。そちらに行きましょう」
セオが階段を降り始めると、周りの男たちが「若! 若!」と言いながら後を追ってくる。やっぱり彼が頭領息子なのかな。
「改めて、初めまして」
僕は椅子に座り、脚を組んだ。セオは座ることなくじっとこちらを見ている。
「魔族は珍しいのかな?」
「それはもちろん。ところで……私と仕事をするつもりなら、本当の姿を見せて下さい」
「おやおや」
僕の隠蔽魔法が見破られた。しかたないな。僕は魔法を解き、本当の姿を現す。赤い瞳も、角も、幼い体も。
「なっ、子供……!」
僕の姿を見たセオの後ろの警備の男が息を飲んだ。
「そんな姿なのですね」
「そう。でも魔族だからね。これでも六十年生きている。ところで姿を偽っているとどうして分かった?」
「何か作り物めいていたので。シミもほくろもない肌なんてありえませんから」
「なるほど」
この男、なかなか観察眼がある。では、この価値もしっかりと分かってくれるだろう。
「グレンから話は聞いていると思うけど。僕はこれを売りたいんだ」
僕はダイヤ原石を袋から取り出した。どうぞ、と視線を送ると、セオがおずおずと手を伸ばした。
「大きいですね……これが魔族領で?」
「ダイヤモンド鉱山を手に入れてね。金に変えたいんだ。魔族領で流通させてもいくらにもならない。君たちなら任せられると思っている」
「ありがたい話ですが、魔族と取引……というのは」
「前例がない?」
「そうですね……ただ……」
良質なダイヤモンドを手に入れられるルートは手放しがたい。というところか。
「別に違法ではないだろう」
「国交がありませんからね。というより魔族領が国だとは誰も認めていません」
「そりゃそうだ。ただ魔族が住み着いている場所ってだけで、行政も軍隊もない。だけど、僕はそこに国を作ろうと思っているんだ」
「国を……?」
セオの眉が訝しげに歪められた。
「魔王が封印されたからね。今までのやり方では体制を維持できない。これからは秩序のある暮らしをしなければ、我らの繁栄はない」
「崇高な志とは思いますが……あなたはそれを成すだけの力があるのですか」
セオがじっとこちらを見ている。彼は僕のことをそれだけの実力があるか値踏みしているのだろう。その価値について僕は自信をもってうんとは言えないけれど……。
「その資格はあると思っている。僕は魔王の十四番目の子。魔族領の王子だからだ」
セオがひゅっと息を飲む。そして護衛たちが反射的に剣を抜いた。
「貴様……魔王の」
「やめろ」
僕は雷魔法を四方に放ち、男たちの剣を弾き飛ばした。
「何度も言わせるな。僕は君たちを害するつもりはない。商売をしに来たんだ」
さてと。僕は改めてセオに向かいあった。
「そんな訳で金が要るんだ。分かってくれただろうか」
そして微笑む。あどけなく、可愛らしい笑顔を向けると、セオが唇を噛みしめた。あんまり追い詰めるのも良くないかな。
「とりあえず、初めの流通量は多くない。なんとか産地を誤魔化してくれないか。その金を使って、僕は国の形を作る。そして人間の国との国交を樹立する。その後の取引はあるドリッジ商会を中心となって進めさせて貰う」
「……分かった。しかし、そちらの体制が整わなければ大きな取引は出来ない」
「承知した。僕が事を成せなければ、この話はなかったことに。もとより僕に信用がないことも分かってる」
「それでは……こちらは預かります。おい、証書を用意しろ」
「わざわざすみませんね」
「いえ。夢を語る人は嫌いじゃないんで」
これらは裏帳簿ってことになるのかな。そっちも綺麗な商売ばかりじゃないのは想像がつく。日本の現代であってもちょろまかそうってやつはごろごろしていたし。あえて見逃すことだっていくらもあった。
「では、また後日代金を受け取りに」
「その時は商会の館まで。大人の姿で来て下さい」
「ええ。今度はばれないようにうまく化けますよ」
これで僕が自由に使える資金を作る算段は取れた。




