15話 夢の話
麗しの姉上が、僕をウジ虫を見るような目で見下ろしている。ナミラ、うらやましそうな顔をしてこちらを見るな。僕は好きでこうされているんじゃない。
「私に子守をしろ、とお前は言うのか」
「教育をして欲しい、と申しました」
ギラギラの怒りを微笑みで受け止めて、僕はきっぱりと答えた。だって日頃やることないだろ。手伝えよ、とはおくびにも出さず。
「僕らにはいずれ必要になると思います。ハーディラお兄様のシルハーンのような、腹心の部下が。その為に子供の頃から勉学とマナーを仕込んで欲しいのです。お姉様よりほかに、それにふさわしい人物はおりません」
「ふん……」
ちょっとまんざらでもないって思ったろ。でもいけずな僕の姉上はそれでも首を縦に振らない。
「お前は何をしようというのだ。この間から人間を食うなとか商売するとか……」
「国を作ろうと思ってます」
「く……に……」
いきなり出てきたデカい主張に、ファラーシャはぽかんとした顔をしてこちらを見た。
ファラーシャを死なせない為に、僕が安穏と暮らすために、どうしたらいいか考えたらこうなったんだ。
「この魔族領を法と秩序に依る支配をするのです。今はその為に力が必要なのです」
「それは今とどう違うのだ」
「今は力ある者がバラバラに各地を治めています。これをこの魔王城を中心とするのです。各地の支配者は安定して統治が出来、下々の魔族は暴力や略奪におびえることなく暮らせるようにします」
僕がそう言うと、ファラーシャははーっとため息をついた。
「それをハーディラには言ったのか?」
「それっぽいことは少し……でも国を作りたいって言ったのは姉様だけです」
そう答えると、ファラーシャは僕の頬を両手で包んだ。少し冷たい手のひらが気持ちいい。
「それは大層なことだぞ。わかっているな」
「はい。でも、それが一番いいことです」
この魔族領は外からはめったなことでは攻撃を受けない。瘴気は人間に毒だし、寒いし遠いし、土地は痩せてる。あと人間からしたらモンスターがうじゃうじゃしてる。まるで神様から見捨てられたような土地だ。だから、内政をちゃんとしてやれば、ハッピーな国になれるんじゃない? てのが僕の考えだった。浅はかだと笑われてもいい。幸せに暮らせる国で生きたいってずっと思っていたんだから。チャンスがある。ならやりたいじゃない。
「民なくして国はありえません。ファラーシャお姉様が魔王になりたいのでしたら、この魔族領の、すべての魔族の母となっていただかなくては」
このルートでファラーシャが魔王になる分には一向に構わない。人間に軍隊を差し向けて、対立するから殺されたのだ。
「お前は私を魔王にするのか」
ファラーシャの声が、隠しきれない喜びを滲ませている。
「お姉様がお望みでしたら」
僕がそう答えると、ぎゅうううっってファラーシャが僕を抱き締めた。
「お父様も居ない。お母様も出て行った。ぼんくら兄上たちもバラバラだ。……また再びこの魔王城が賑わうことがあるだろうか」
「やりましょう。二人で」
僕もファラーシャを抱き締め返す。と、同時に彼女が孤独で不安だったことを感じ取った。僕のたったひとりのお姉様。一緒にハッピーになろうぜ。
「ま、その為の第一歩です。あの子たちを頼みます」
「……わかった」
今度こそ、ファラーシャは頷いてくれた。
「それじゃあ、君たちの面倒は僕のお姉様がみるからね」
そういってカリンとデインをファラーシャの前に連れて行くと、二人はあからさまに不安そうな顔をした。
「……僕も一応いるから」
二人を本当にファラーシャに丸投げするのは不安だったので、僕が書斎で仕事をしている間、横で勉強を教えて貰うことにした。
「なんだ。懐かしいな」
ファラーシャは僕の使っていた教材や絵本を拾い上げて呟いた。
「お前が生まれた時に、父上が作らせたものだ」
へぇ、そうだったんだ。僕って愛されてたのかな。あんまり会った記憶がないんだよね。忙しかったのかな。
「それじゃ、文字から教えるぞ」
「はい」
「はーい」
ファラーシャ先生について、子供たちは勉強をはじめた。
それを横目に僕は資料の整理だ。特産品と支配圏の分布は大分形になってきた。この中から人間に売れそうなものを探し出す。食べ物は人間が食べられるか調べないとな。……どうやって? とりあえず鉱石とかにしておこうか。これなんかいいんじゃないか? ダイヤモンド。みんな好きでしょ。
「ルベルトル山脈の現在の支配者は……オーガの女伯爵、グレンドラ・バジンカ」
僕は書斎から顔を出して、ファラーシャに声をかけた。
「グランドラって女オーガを知ってますか」
「ああー……会ったことはある。乱暴で単純な女だ」
「ふーん。その人の支配地のダイヤモンド鉱山が欲しいんですけど」
「なら、奪ってしまえ」
カリンの回答に丸付けしながら、ファラーシャはなんでもないような風に言うけど。ダイヤモンド鉱山だよ?
「ふん。それが魔族のやり方だ。別にことを荒立てたくない理由なんてないだろう?」
「そうですね。シャルナハお兄様の時とは違います」
「私とジャラルの力があればできる。国を作ろうというのに、直轄の領地があった方がいいとは思わんか?」
くっ、いちいちもっともではある。
「……分かりました。でも、まずは彼女に会いに行きましょう」
「ああ」
こうして僕たちはグレンドラ女伯爵に会いに行くことになった。




