14話 腹心の部下
「ごめんね。乱暴なことして」
「いえ! とんでもございません! 王子様がこんなところにいらっしゃるなんて」
オークの子供のうち、年上の方が床に額を擦り付けんばかりに頭を垂れている。
「ああ、いいから。いいから」
この子供たちはここの下働きらしい。上が女の子のカリン九歳。で下が男の子の七歳のデイン。オークの寿命は人間と大体同じくらいだけど、子供時代は短め。と言ってもこの二人は独り立ちするには随分と幼いのだけれど……。
「へぇ料理長の親戚なんだ」
「し、親戚……といっても、すごくとおくて……」
カリンが答える後ろにデインがしがみついている。恐る恐るこちらを見るので、ニコッと微笑むと、彼はカリンの後ろに隠れてしまった。
「ほとんど他人なんですけど……他に頼れるところがなくて」
彼らは孤児ということだった。両親を相次いで失い、ここの料理長に頼み込んでゴミ捨てや掃除、皿洗いなんかをしてご飯をもらい、夜は見張りを兼ねて厨房で寝ているらしい。火を落としたかまどはほんのり暖かくて、その辺で寝ていたそうだが、そのせいで二人は灰まみれだ。ちゃんと給金の出る下働きではない。ただ、ここのおこぼれに預かって、どうにか生き延びているようだった。「……」
本来なら親の庇護の元で沢山のことを学ばないといけない歳だ。だけど、この魔族領には福祉なんてものはない。親を亡くしたらこうでもして生きていかなくてはならない。
学校だってまともにないものな。学問好きの魔族も当然いて、私塾のようなものはあるけど一般的ではないし、僕とかは家庭教師に勉強を習った。
「君たち、お腹減ってる?」
僕はオークのくせに痩せ細った二人を前に問いかけた。
「は……はい……でも、ここのものを勝手に食べたらいけないんです」
「しかられる。ぶたれる」
お、デインがようやく喋った。
「ふふふ。僕は王族だよ。大丈夫さ」
とはいえ、ごっそりいただくのはやめとくけどさ。
「お。これは押し麦だな。よーし」
夜食に胃にやさしい麦リゾットでも作ろう。僕はかまどに魔法の火をつけた。それで押し麦をくつくつ煮る。本当はコンソメが欲しいけどないので……ベーコンとなんだかわからんキノコ、タマネギを刻んで入れる。これで旨味は出るだろう。火が通ったら塩胡椒で味を調えて、で器によそって、チーズを削り入れて完成だ。
「ほらお食べ」
二人に器を渡すと、頭を突っ込むみたいにして食べ始めた。僕も一口ぱくり。うん、ぷちぷちした麦の食感がいい。味付けは素朴でシンプル。だけどキノコの香りがいい。
「ふうふう……あったかい」
「うまい。うまいよ」
二人とも、口の周りも大変なことになっている。そのことを指摘すると、二人は手で拭ってぺろぺろと舐めた。
「君たち、これからどうするのさ。ここでずっと下働きする気かい?」
「……わかんないです」
空になった器を置いて、カリンは俯いた。日々生き抜くのに必死で、明日のことなんて考えられないのだろう。
「例えばさ、僕の手伝いをする気はない?」
「……え」
カリンの目が大きく見開かれ、戸惑うように隣のデインを見た。
「おにいちゃん、なにをてつだえばいいの?」
「馬鹿! 王子様よ!」
大慌てでカリンがデインの口を塞ぐ。
「はは。僕はジュアルって言うんだ。今ね、僕は商売を始めようとしてる。まだ駆け出しだけど……。もう少ししたら人手がいるんだ。君たちは僕の横で勉強しながら商売を助けて欲しい」
「私たちでいいんですか」
「ああ」
僕は微笑んだ。君たちみたいなのがいいんだ。まだ子供で、親も居なくて行き場がない。逆らうことも裏切ることもしにくいだろう? いや、魔族だからね。ありうるんだよ。だけどこんな小さなうちから接しておけば、家族みたいになれるだろう? 頼もしい味方になると思うんだよね。
「食事と寝床は与える。あと少ないけどお小遣いも。君たちが大人になったら給料も払う」
「なんでそんな……」
「僕は腹心の部下がいないから」
「ふくしん、ってなに?」
デインにはちょっと難しかったみたいだ。
「気を許せる仲間ってことだよ。デインは僕の仲間にならない?」
「なる!」
元気にデインは答える。一方カリンはまだ躊躇しているみたいだ。
「大丈夫だよカリン。僕は自分で言うのもなんだけど、無害な魔族だもの」
「はい……ひとつ、約束してください」
「なんだい」
「デインと離ればなれにはしないでください」
「いいよ。じゃあよろしく。カリン、デイン」
僕が手を差し出すと、二人は僕の手を握った。気の許せる仲間か……僕の前世にはなかったな。いや、学生のうちはいた。友達は多かった方だ。だけどたまたま景気が悪かったってだけで、僕の人生は他人と手を取り合うものではなく、踏みにじられるものになった。
そんな自分にこの二人が重なったってのは、ある。いきなり二人の子供の人生を引き受ける不安も、ある。
でも僕は変わったのだから。もう、あの時のような思いはしたくない。
こうして僕はカリンとデインを厨房から攫ったのだった。
「うん、似合う」
朝になると僕はカリンとデインに新しい服を用意した。紫色のワンピースとベストとズボン。創造魔法で作ったから、体の成長に合わせて伸び縮みする優れものでもある。
「後で部屋も用意するからね」
昨晩は書斎で眠ってもらったけど、ずっとそうする訳にはいかないからね。隣にでも部屋を作ろう。また城が歪になる。
「まずは君たちの仕事は勉強だ」
文字と算数くらいは出来ないとな。僕はうんと子供の時に使っていた教材や絵本を本棚から取りだした。
「ジュアル様ー! えええ、なんですこれはー?」
ちょうど良いところにシルクが来た。
「ああ、シルク。拾ったんだよ。僕はちょっと出るから、この二人にこの絵本を読んでやってくれ」
「ええっ、ちょっと待ってください!」
慌てるシルクの声を聞きながら、僕は厨房へと向かった。
「料理長、ちょっといい?」
そう声をかけて、昨夜オークの子二人を引き取ったことを伝えた。
「そうですか……」
料理長は少しほっとしたような顔をしていた。彼もいきなり遠い親戚の子が押しかけてきて持て余していたのだろう。城の懐事情も今はそんなに良くないしね。
「あの子たちを頼みます」
僕にそう言って頭を下げる料理長の豚鼻からはひとすじ、鼻水が流れていた。
「……そして金貨をざくざく手に入れて、ぼくは大金持ちになりました。めでたしめでたし」
魔族の絵本は即物的すぎる。シルクの読み聞かせる絵本の内容を聞きながらドアのところで佇んでいると、シルクがそれに気づいて、くわっと牙を剥いた。
「ジュアル様、戻ってきたんなら声をかけてください。私、仕事あるんですから」
「ごめんごめん」
この分だと、二人の教育を手伝って貰うのは難しそうだ。うーん、でも僕は人間との商売を進めないといけないしな……あ、そうだ。いるじゃないか。ひとり暇そうなのが。




