11話 はじめての商談
「その通りです!」
僕は笑顔で答えた。そもそも隠しておけないもんな。
「産地直送でお持ちしました」
「てめぇは何者なんだ」
グレンがイライラとカウンターを指で叩きながら僕に聞いてくる。性急な男はモテないよ。ゆったりと微笑み、彼に顔を寄せる。
「それを知るには責任が伴いますよ? 僕はジュアル・イブリースです」
「黒社会の者じゃないだろうな」
「違います」
もっとやっかいかもしれないけど、違う。嘘はついてない。
「で、どうします? 買いますか?」
僕が畳みかけると、グレンはグッと息を飲んだ。
「そりゃ……生のマンドラゴラなんてお目にかかられないものだけどよ……魔族領のだろう?」
「魔族領と取引は禁止されていませんよ?」
禁止されてないというより、想定されてないって方が正確かもね。でも法律違反ではない。
「無理でしたら、他に持ち込みます。もう少し節操のないところなら買ってくれるでしょう。毒にも薬にもなりますからね、これ」
僕はマンドラゴラの箱に手をかけた。グレンがあっと小さく声を漏らす。ここが駄目ならそれこそ黒社会に流すってのもありだ。これ、毒だしね。
「……買う」
グレンから絞り出すような声が聞こえた。
「ただし表には出さねぇ。儂の常連に売るよ」
「……まあ、いいでしょう」
僕たちはもうちょっと数を売りたいけどね。ただ、一度に大量に流せば価値が暴落するのも確かだ。はじめは手堅く行こう。
「商談成立ですね。他にもね。魔族領産の産物もありますから、これからよろしくお願いします。グレンさん」
僕が微笑むと、グレンは苦虫を噛みつぶしたような顔をしたが、右手を差し出した。
「頼むぜ。変なとこに流すくらいなら俺のとこに持ってこい。騒ぎを起こすなよ」
「はい」
僕はその手を握り返した。
「売れたぁ~」
大通りに戻った僕の後ろを、香木を抱えたシルハーンが追いかけてくる。
「取引……できるものなのですね。こっちが魔族だって、あの老人は分かっていたでしょう」
「うん、そうだね。他の店ならああはいかなかったんじゃないかな。出所が怪しくても良い物は取り扱いたいって彼なら思うと思ったんだ」
「よく分かりましたね」
これは小説で彼のことを知っていたからだ。だけどこれは伏せておく。言うとなったらファラーシャが死ぬことや、僕の中身がおっさんだということまで言わなくちゃならない。
「……勘だよ。さ、シルクにお土産でも買って帰ろうか」
「あんまり甘やかさないでください」
「ふふ。いいんだよ」
僕は、シルクにフルーツキャンディを買った。僕の分もついでに。それから露天で大きめのクロスを買う。
「シルハーン。香木をこれに包みなよ」
「ありがとうございます」
シルハーンは少しきょとんとして、じっと僕を見る。
「随分と雰囲気が変わられましたね」
「そうかな」
「以前はあまり人に興味を持っていないように見えました。ファラーシャ様と少し話すくらいで」
「……成長じゃないかな。ぼやぼやしてられないだろ。お父様が封印されてハーディラ兄様があんなんじゃ持たないよ」
「ジュアル様……」
シルハーンの目に涙が浮かぶ。ハーディラの近くでその様子を見ていた彼にはくるものがあったのだろう。氷の美貌が台無しだぞ。
「さ、帰ろう」
僕はそれを見なかったことにして先を急いだ。
「こっちがスケルトンの取り分と仕入れ費用相当の香木。で、こちらがシャルナハの分。残りは僕の取り分」
部屋に戻った僕は早速儲けを配分していた。手元には金貨が数枚。まあ、こんなもんか。これは次回の仕入れ分に取っておく。僕の利益はまた今度だな。
「なんかちゃんと書斎とか倉庫とかが欲しいな」
売り上げをちゃんと保管したいし、在庫も置きたい。帳簿もつけなきゃな。
「じゃあ作るか」
かつての自宅の1Kアパートでは無理だけど、ここは魔王城。魔法で作った城だ。増築だって余裕だよ。
僕は壁に手を当て、呪文を唱えた。ぐわっと壁がゆがみ、空気を送り込んだ風船のように拡張していく。大体四畳くらいのスペースが出来たら、きっちりと床を壁を整えてやる。
ここは角部屋。外から見たらボコッと外に飛び出しているだろう。それだけだと床が抜けたら嫌なので下から補強してやる。こうして蟻塚みたいな城が出来上がるんだな、なんて思いながら、扉を追加。これで書斎兼、倉庫の出来上がりだ。
「で、必要なのは……机。棚。それから金庫」
ぽいぽいとそれらも創造魔法で作り出す。金庫はそのままだとただの鉄の箱だ。それを壁と一体化させて、ドアには魔法陣を刻む。僕以外が触れようとしたら……そうだな、手が腐るようにしよう。これで僕が死なない限り、セキュリティはばっちりだ。
「ふう……さすがに疲れた」
僕は魔王の王族で、かなりの魔力量があるけれども、これだけの作業をいっぺんにやるとなるとけっこう疲れる。
ともあれ、ジュアル商会の発足です。代表は僕。社員も僕。時々手伝いは入るけれど。この商会の目的は、魔族領産の品物で人間と交易をすること。人間との交流が生まれれば、ファラーシャがむやみに人間を殺そうと思わなくなるだろうから。そのうちに、人間との対話の場も作れたらいい。その為の信頼を僕は築くんだ。




