10話 グレンの魔道具店
自室に帰ってきた僕は、ベッドの上に転がって、天蓋をじっと見つめていた。何をしているかって言うと、この世界――あのWeb小説のことを思い出していたのだ。
「酔っ払いながらいっぺん読んだだけの小説だもんなぁ」
完結まで一応読んだものの、細かいところまでは覚えてない。魔族領の話なんてほとんど出てこなかったから、ここにいる分には小説の内容は関係ないんだけど。
僕はちらりと部屋に運びこんだマンドラゴラの箱を見る。
これを人間に売らなくてはならないのだ。小説は人間の主人公で人間の国の話だ。できるだけ思い出したい。主人公は幼女化した大聖女で、魔法の研究をしていた。幼女化を一時的に戻す為に、魔力増強剤を作るシーンがあったと思う。ええと……その材料は……王都の裏路地にあるマニアックな魔道具店で買っていた。
「よし、あそこに行こう」
僕は布団を肩まで引き上げて目を瞑った。
「ど、どなたですかーっ!」
翌朝、部屋に入ってきたシルクがすっとんきょうな悲鳴を上げた。
「んー? 僕だよ。ジュアルだよ」
僕はシルクを見下ろした。
「ジュアル様!? そのお姿は……?」
僕は今、成人男性の姿になっている。背はすらりと百八十センチ。美ショタは長じてもイケメンで、鏡を見ながら自分でうっとりしてしまう。これは前回ルベルニアの王都に行った時の隠蔽魔法の上級版だ。姿を偽るこの魔法は人間の国では死刑もありうる禁止魔法だ。でも僕は魔族だから関係ない。
「子供が商談に行く訳にはいかないだろう?」
シンプルだけど仕立てのいいシャツにシックなブラウンのスーツ。アクセントに首元に臙脂のリボンタイ。若いけれど浮かれた感じはなくて、育ちの良いように見えるのではないだろうか。
「おっと、これじゃあ魔族丸出しだ」
特徴的な髪色と目を茶色に、角を隠し、耳も人間のように。うん、ばっちり。
「ジュアル様、用意は出来ましたか」
そこに入って来たのはシルハーンだ。すでに耳も尻尾も収納済みだ。
「お兄さんまで。どちらに行かれるのですか?」
シルクが首を傾げる。
「人間の国へ行ってくるんだよ」
「えーっ。それなら私も連れて行ってください!」
シルクの尻尾がわっさわっさと揺れている。
「いや、今回はいいかな」
あんまりこちらに人数がいると警戒されるかもしれない。今回は最低限の面子で行きたい。
「そんな! またアイスを食べたいのに!」
「ごめんよ……」
そっか、この間のアイス随分気に入ったんだね。でも今日は行かないかなぁ。と、困っていると、シルハーンがむんずとシルクの首根っこを掴んだ。
「こら、ジュアル様を困らせるんじゃない」
「く~ん」
兄貴に叱られて、シルクはしょんぼりした。
「今日はお留守番します……」
「うん。頼むよ。それじゃあ、シルハーン」
「はい」
シルハーンがマンドラゴラの箱を持ち上げ、僕の隣へ立つ。
「よし出発だ」
魔法陣の光と共に、僕たちはルベルニアの王都へと飛び立った。
「さてどこかなー?」
小説の中であの魔道具店の詳細な位置は書いていなかった。裏道、と言っても王都は広い。ひとつひとつの道を確認する訳にはいかない。
「シルハーン。目標は裏道の魔道具店だ。そんなに綺麗な店じゃない。手分けして聞いて回れ」
「はっ」
手分けして聞き込みをする。それによると、王都の中心にある魔道具店は五店舗。
「この通りの一本裏手がそうではないですかね」
「そうみたいだね」
その店は、店主がなかなか癖があるらしい。きっとその店だろう。主人公が魔法の材料を仕入れていた店は。
僕たちはさっそくそちらに向かう。表通りと違って店はまばら。その中にボロボロの漆喰壁の店がある。看板もないけれど、多分ここだ。たしか……基本のものから玄人向けまで揃う、だっけ。
「こんにちはー」
朗らかに僕はその店のドアを開けた。ドアベルが鳴る。すると、奥のカウンターに座っていたゴワゴワの白髪の店主が顔を上げた。
「……らっしゃい」
ぎょろりとこちらを値踏みをするように見る。うん、子供の姿でなくてよかった。速攻でつまみ出されてそうだ。
ぐるりと店内を眺めてみる。雑然としているようでいて、どこになにがあるか、この店主には分かっているのだろうな。よく使う薬草や触媒の類いで手に取りやすいように手前に整頓されているし、買い物はしやすそうだった。
「何かお探しで」
そんな僕らに店主が声をかけてくる。言葉通りではなく、お前ら何しに来た、というニュアンスがある。買い物客には見えないのだろう。
「店主、ちょっと見て貰いたい物がある」
「……誰だ。まず名乗れ」
おっとそれはその通り。僕は胸に手を添え、背筋をぴんと伸ばして挨拶をした。
「僕はジュアル・イブリースと申します。後ろの彼は秘書のシルハーン。この店の評判を聞いて、ぜひお目にかけたい品がございます」
店主の目が厳しく光る。まあ飛び込みのセールスなんて歓迎する人はいないだろうさ。
「儂はグレンだ。まあいい。出してみろよ」
グレンが顎をしゃくる。僕がシルハーンに目で合図すると、カウンターの上に箱が乗せられた。
「こちらです」
そっと箱の蓋をずらす。そして中から一本マンドラゴラを出して、カウンターの上に置いた。
「おい。こりゃあ……」
グレンの顔色が変わる。そう、宝物を見つけた少年のような顔だ。
「マンドラゴラです」
「見りゃ分かる! だがしかし、この量か? しかも乾燥物じゃねぇ……」
「どうです? 買い取っていただけないかと思いまして」
僕がそう言うと、グレンはハッとして再び用心深い顔に戻った。
「てめぇどこでこんなもんを手に入れた?」
「信頼できる供給元があります」
「話をはぐらかすな……。もしかして魔族領か?」
あらら、いきなり当てられちゃったよ。プロの目利きはすごいね。




