なんでこうなるのじゃ?
「止めてよ!その手を離して!おまわりさ~ん!」
「さっさと手を離せよ!オラ!」
手にしている物を奪われまいと必死に抵抗している女に、男は容赦なくその女の頭髪を握り何度も髪を掴んだまま女の頭を揺さ振っていた!。
(ほう、オスとメスが奪い合っておるのは、わらわも先日買ったショルダーバッグとやらじゃな、という事は…あのバッグの持ち主があの髪を掴まれているメスか…いや待て、こうとも考えられる!あのメスが別のメスから奪ったバッグを更にオスが横取りしているのではないか?)
所詮男と女のパワーバランスでは男が有利、それでも女は必死にそのバッグを守ろうとしているが、力の差は歴然、次第に身体をズルズルと引きずられ始めている!。
(ふっ♪どうやらあのバッグの中にはかなりの現金か高価な物を入れておるのじゃな♪どうせあのメスも別のメスから奪ったのなら、悪魔のわらわが頂いても文句はなかろう♪)
揉め事、争い事は悪魔の大好物である、それにここ何十年とデスクワークばかりで悪魔らしい行動からは無縁だった事も影響し、久しぶりにグレモリーの中で悪魔の血が騒ぎだしていく!黒真珠のような瞳の色は赤く染まり始め、犬歯は伸び牙となり、両手の爪は獣のように鋭く尖りだす。
(くっ、くっ、く♪酔い覚ましにちょうどよい!さぁ~て、どう八つ裂きにしてくれようか?…まずはあの汚らしいオスからじゃ!両目をえぐり、内臓を引き抜いてやろうか♪力の無いメスは、後でとことん辱めを与えてから手にしているバッグを頂く事にしよう♪)
淋しい夜の路地裏、街頭の灯りが照らされている半径数メートル以外は漆黒の闇に包まれ、悪魔モードに変化したグレモリーの影に2人は気が付く事は無く、互いの力を振り絞りバッグを取り合っている。
それでもついに男は右足で女の腹を蹴り、その衝撃で女は悶絶ながら身体をくの字に曲げた!。
(馬鹿なメスじゃ!到底貴様の力でオスに勝てるわけがなかろう♪じゃが、どうもあのオスのやり方は気に入らぬ!部下達にはまた仕事を押し付けるが、わらわがとことん苦しみを与えながら地獄に送ってやろうぞ!)
1歩、1歩、気配を消しつつ二人に近づくグレモリーの視界には、まだ必死でバッグのショルダーベルトを掴んで離さない女の姿が映っていた、その女は目から涙を流し力では敵わないと分かっていても、男に抵抗を続けている。
「お、お願い…バッグを取らないで……その中には…お母さんの形見が入っているの…お金は差し上げます…だから…バッグだけは…取らないで…」
(なんじゃ、あのバッグはメスのものであったか…母の形見?…わらわには母などおらぬが、仮にルシファー様がわらわに褒美の品を与えてくれたとし、それを何処かの奴が奪おうとしたのなら……わらわは絶対に、そ奴を許さぬ!となると、あのメスは今そんな感情が湧いておるのか!)
そんな思考がグレモリーの頭によぎった瞬間、鋭く伸びた爪と犬歯が元に戻り、鮮血の様に染まった瞳はまた黒真珠の輝きを放ち出した。
正直、グレモリー自身も何故変化を解いたのか答えが見付からない、それでも一つだけ確信しているのはあの男だけは同じ女として許せなかったのである!。
「おい!そこの下等でゲスなオスよ!わらわの命に従い、その手をバッグから離せ!」
いきなり背後からグレモリーの声が聞こえ、男も女も一瞬驚きのあまり身体を硬直させたが、その声の主がかなりの美女だと知った男は、いきなり態度をでかくしグレモリーを睨みつける!。
「はぁ?か細い女が俺に命令するんじゃねぇ!この女の後にお前のバッグもついでに奪ってやんよ!なんなら、2人共裸にして俺がいい事をしてやってもいいんだぜ!」
「やれるものならやってみよ!地獄界のうじ虫にも劣る下等な蟲よ、このわらわに命ずるなど1兆年早いわ!」
「ぬかしてんじゃねぇぞ、糞アマ!まずはお前からボロボロにしてやんぜ!」
「ふっ、糞は貴様じゃ、蟲!」
ここまで馬鹿にされては男も怒り心頭になる、男は握っていたバッグのショルダーストラップから手を離した瞬間にグレモリーに殴りかかって来た!どうやらこの男は人の物を奪うだけあって、乱闘も得意そうだが、今回は相手が悪い!。
「感じる♪感じるぞ!貴様の怒りと欲望が!あぁ、わらわも力が満ち始めておるぞ♪」
「舐めてんじゃねぇ!その生意気な顔を二度と鏡で見れないようにしてやんぜ!」
「ふん、愚か者め!」
男がグレモリーの顔を目掛け拳を伸ばしたが、すでにグレモリーの左の掌底が男の腹に当たっており、その衝撃で男は両手で腹を抱え悶絶した!。
これから血肉が騒ぐ戦いが出来る♪と期待していたグレモリーにとっては、この男の情けない姿に落胆を通り越し怒りさえ覚えた!。
「なんじゃ、情けない!この程度で倒れるな!やはり下等な種族とはこんなものか!おい、わらわはまだ闘いたいのじゃ!ほれ、ほれ!」
腹を抱え蹲る男にグレモリーはパンプスの先で軽く蹴りを入れていると、大通りの方向から魔獣ワイバーンの鳴き声に似た音が聞こえ、しばらくしてその音が近くで止まり、遥か暗がりの先から2人の男が急いでこちらに向かい走って来た。
(誰じゃ、こやつの仲間か?)
懐中電灯を手にした男達が街頭の灯りに照らされると、確かにグレモリーには見覚えのある男達がそこに立っていた!。
そう、初めてこの地に参上したグレモリーに声を掛けた吉岡と大山である!。
(いっ!吉岡と大山!ま、まさか、わらわが奴らの財布から抜き取った金を取り返しに?…いやいや、奴らの記憶にはわらわの存在は消えているはず…)
「警察です!大丈夫ですか?通報があり急いで駆けつけました!お嬢さん方、怪我などしていませんか?」
「あ…ありがとう…ございます…あの人が私を助けてくれました…」
吉岡と大山が来た事で安心したのか、女は地面にへたり込んで項垂れていた。
ただ、グレモリーだけは言いようの無いストレスを感じながらも、なるべく吉岡と大山には目線を向けないようにしている。
「先輩、この気を失っている男…強盗傷害で指名手配中の凶悪犯<亜久地素瑠造>ですよ!」
(ほう、ゲスのわりには良い名じゃの…)
「よし、逮捕だ!それにしても、なかなか勇気のあるお嬢さんですね♪何か武術でも?」
「ま、まぁの!おほほほほ~♪」
それから三日経った水曜日、グレモリーは警察署という建物中にある<署長室>に居た…。
「あ、暮森さん!視線をこちらにも向けていただけますか!」
「え、あ…は~い♪」
「凶悪犯逮捕に協力した可憐な美女!写真の写りもいいし、これは記事になりますよ♪」
笑顔で複数のカメラマンに写真を撮られているグレモリーの両手には<感謝状>の文字が記載された紙がしっかりと掴まれていた!。
(この様な下等種族に、高貴なわらわが感謝されるとは…なんでこうなるんじゃ?)