わらわはもうこんな仕事は嫌なのじゃ!
<地獄界>
この言葉を知らぬ者はまずいないじゃろ。
灼熱の炎に血の湖、罪を犯した亡者達の嘆き・もがき・悲鳴の声が永久に消えないドス黒い血の色の空が覆うこの世界。
じゃが!おめでたい事に、人間界の者はこの地獄界を想像と空想の世界だと思っておる。
罪を犯せば地獄行き…今の人間界では誰一人信じておらぬじゃろう…じゃが…ここに宣言しておく!。
地獄は本当にあるのじゃ!。
そして…悪魔は実在している事も…。
<陰府地獄区大罪審査委員会執務室>
この日も美しい悪魔グレモリーはとても不機嫌であった、その理由は悪魔大元帥ルシファー様の命により、最近人材不足の陰府に赴き、地上界から送られて来た亡者達の責め苦レベルを審判する<大罪審査委員会>の委員として、日々亡者達の罪状を書面に纏めるデスクワークに勤しんでいたからだ。
「グレモリー様、また新たなる亡者達の生前に犯した罪の調書でございます!」
「うっ、また追加か…それにしても、どうしてこう次から次へと木箱ごと持ってくるのじゃ!」
グレモリーのデスクの前に次から次へと側近達が書類の入った木箱を積み上げていく、それを頬杖を付きながら溜め息を吐き恨めしそうに見詰めている。
ここに赴任してからのグレモリーはかれこれ50年近く不眠不休でこの業務に勤しんでいたが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっていた!。
(いくらわらわが悪魔とはいえ、こんな日々では身がもたぬ!最近は特に地獄行きの亡者が増えておるし、そのせいでわらわは休暇も休養も取れぬ始末じゃ…これというのも人間界に住み着いておる下等な人間共が、己の欲望と自己中心的な考えしか持たぬから、わらわや部下達の仕事が増えるのじゃ!)
次第に怒りが増していくグレモリーはここである提案を思いつく!。
(おぉそうじゃ、あのような私利私欲ばかりの人間界を、そのままわらわの知力と魔力と美貌で第2地獄界へ変えてしまえばいいのじゃ♪そうなれば、わらわや部下達の仕事も激減し、また城へ戻り懐かしき優雅な日々が訪れようぞ♪ほほほほ♪人間共め、これまでのわらわの血と汗と涙の歴史を償わせてくれようぞ!)
「くっ♪、くっ♪、くっ♪」
「グ、グレモリー様、いかがいたしましたか?」
いきなりグレモリーは席を立つと赤々に染まった地獄界の空を窓から眺めこう告げた。
「お主ら、以前より職場の仲間を増員して欲しいと懇願しておったな?」
これもグレモリーの悩みの種の一つが、亡者と獄卒の比率が亡者6に対し獄卒は4の割合が今の現状であり、いくら屈強な地獄界の獄卒といえども過労で倒れる者が増えており、この打開策にグレモリーは頭を抱えていたのである。
「はぁ、最近は一人の獄卒に2000人の亡者を担当させておる次第で…それでも尚、毎日亡者の数が増えるばかり…我ら官僚もどうすればよいか…」
「それをわらわが解決してやると言えば?」
「そ、そんな事が可能なんですか?」
側近達もグレモリーの言葉に目を輝かせ、期待に胸を躍らせる!。
グレモリーもそうだが、彼らもここ数十年不眠不休の労働を課せらており、もはや疲労とストレスは限界に来ていたからだ!。
「じゃが、それにはわらわの条件を飲んでもらわなくてはならぬ!」
「そ、それはいかような条件でございますか?」
「うむ!わらわは来週から長期休暇を取り、人間界へと赴く!そこでわらわの手で人間界を地獄と変え、ここに来る亡者達の数を減らそうと思うのじゃ!人間界で犯した罪は人間界で処理をする、その為にわらわの忠実なる僕を増やし、地獄と化した人間界をわらわの下で支配させるのじゃ♪」
「はぁ…しかし、仮にグレモリー様が抜けられた穴をどなたが変わりに?」
「ま、わらわの配下におる軍団長の誰かを適当に選んでおけ♪ちょうどわらわの苦労も身を持って学べるじゃろ!」
側近達はグレモリーの言葉に呆然とする、それは歓喜ではなく漠然とした不安が襲ってきたからだ!。
そもそもグレモリーが人間界に赴いたのは、中王国時代と呼ばれる紀元前2040~紀元前2010年頃のエジプトである、そこである強欲な王と<悪魔の契約>を交わし、鋳金や浮彫り、金箔、象眼など現代の金工芸で用いられるすべての技術を教えたのであった。
「あ、あのグレモリー様…今の人間界はどう進化しているのか分かったものではございません…確か人間界では西暦2025年…あれから4000年も経っております、ですのでもう少し今の人間界の情勢を調べてからではいかがでしょうか?…当然我らもその時が来るまで粉骨砕身働く所存でございます、ですのでどうか御自重してください!」
「嫌じゃ!わらわは決めたのじゃ、こんな退屈で辛い日々はもう飽き飽きじゃ、お主らはもう出て行け!これからルシファー様に長期休暇届を書くのでな♪」
こうして側近達はやれやれとばかりに顔を横に振りながらグレモリーの執務室から出て行った、意気揚々と長期休暇届を書くグレモリー、付き合いの長いルシファーの性格は重々理解しているので、申請内容の文章はルシファーの心を躍らせるに十分であり、いとも簡単に許可が降りた。
<旅立ちの日>
「よいか、わらわの居城が決まり次第文を送る!その時に相棒であるラクダを人間界に転生させよ!」
「本当にお一人で大丈夫ですか?我らはそれが気掛かりで…」
「おほほほ♪案ずるな、所詮麻の布地1枚を身に纏っただけのひ弱な種族、悪魔公爵であるわらわが恐れる理由などありえぬわ♪それにどうじゃ?このわらわの気品に満ちた衣装は♪あの当時の姫と同じ衣装を身に着けたのじゃぞ♪」
「とても麗しいでございます…」
「そうじゃろ、そうじゃろ♪では、後の事は任せたぞ、わらわの手でこの地獄界の窮地を救ってやろうぞ♪おほほほ~♪」
こうしてグレモリーは地獄界と人間界を繋ぐ<魔界の門>を潜り2025年の人間界へと現れる、その場所とは…令和7年の東京都だった…。
(なんじゃここは?…砂漠もナイル川とやらも無いではないか……ここは、どこなのじゃ?)