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みぞれ 〜旅路の傭兵は空腹を満たすため飯屋に入る〜

作者: Ruqu Shimosaka

 骨の芯まで冷えるような夜。

 夜空は分厚い雲に阻まれ星の光は地上に届かない。

 旅の途中立ち寄った村で夕食を食べるため、村にある店の一つに入る。


 店の中に入ると明るく暖かい。

 大きな暖炉があり大きく火を上げている。

 暖かい空気が店内から逃げないように開けた扉を急ぎ閉める。


「いらっしゃい」


 ひょろりと背の高い高齢の男性が声をかけてくる。


「空いてるか?」

「お一人ですかい?」

「ああ。旅の傭兵だが構わないか?」


 傭兵は嫌われる。

 わざわざ嫌う人のもとで食事を摂る必要はない。

 一人旅の食事は数少ない娯楽で、嫌な気分で食べては数日気分が悪いのが続く。


「ええ、ええ。構いませんよ」


 男の店員が笑顔で頷く。

 裏表のなさそうな笑顔に自分は食事をこの店で取ると決めた。


「それでは——」


 店の中をぐるりと見まわし、人の少なそうな場所を探す。

 暖炉の近くに客は固まっている。

 子供を連れた家族が一組、男同士で飲んでいるのが一組、女性四人で食べているのが一組。最後に女性が一人。

 子供を連れた家族の近くに剣を持った男が座るのは嫌がられるだろう。遠い場所になると女性が一人座っている机の近くになる。女性も嫌がりそうだが、子供連れよりはいいか。


「奥の席に座っていいか?」

「どうぞ、どうぞ」


 女性から遠ざかるように奥へと座る。

 選んだ席は暖炉から少々遠いが店の中は十分に暖かい。

 厚手のコートを脱ぎ、腰に差していた剣を椅子に立てかける。


「文字はお読みになれますかい?」

「ああ」

「品書きを持ってくるよ」


 ちらりと周囲が何を食べているか見る。

 隣の席に座る女性は品書きを見て唸っている。どうやらまだ何を食べるか決まっていないようだ。

 男同士で飲んでいるのは、飲みながらつまみを食べているように見える。

 子供を連れた家族連れは鍋を突いている。

 女性四人も鍋らしきものを突いている。

 鍋が人気なのか。


「品書きだよ」


 店員が一枚の紙を差し出してくる。

 紙に書かれた品書きを見ていく。


 角煮、ぶり大根、大根もち、大根の和物。

 品書きは大根尽くし。

 ふと、村の特産品を思い出す。

 そういえば立ち寄ったのは大根で有名な村だったな。


 大根料理を一品は注文すべきか。

 今日は特に冷えるため、鍋らしきものを探して品書きを読み進める。

 鍋、鍋鍋。

 あった。

 みぞれ鍋。


「みぞれ鍋というのを一つ」

「ああ、申し訳ない。みぞれ鍋は二人からでね」

「何?」


 すでに鍋を食べる口になっていた。

 どうしてものか……。


「ちょっと」


 隣の席に座っている女性から声をかけられる。


「何か?」

「私もみぞれ鍋が食べたいのだけど、一人で頼めないのよ。二人で食べない?」


 若い女性から食事を誘われ戸惑う。


「自分は傭兵だがいいのか?」


 立てかけた剣を指差す。


「私も傭兵だもの問題ないわ」


 女性は胸元から傭兵の認識票を取り出す。

 一瞬本物かと疑ってしまう。

 しかし、傭兵の認識票を若い女性が偽装する意味はない。


「失礼、傭兵には見えなかった」

「魔法使いなのよ」


 女性は指先に小さく火を灯す。


「その若さで魔法を使いこなすとはすごい」

「あなたも若いのに相当な腕前に見えるわよ」

「盗賊に落ちるような腕前でないのは確かだな」


 自分は肩をすくめる。


「で、鍋についてどうするの?」

「是非、同席をお願いしたい」

「そうこなくっちゃね」


 女性が対面に座る。


「みぞれ鍋を頼んでも問題ありませんか?」


 自分が店員に尋ねる。


「もちろん構わないよ」


 これでみぞれ鍋が食べられる。


「ではみぞれ鍋に熱燗とカラスミを頼む」

「私は熱燗にきんぴらをお願い」


 みぞれ鍋に追加して酒とつまみを注文する。


「注文は以上かい?」

「はい」

「追加もできるから呼んでおくれ」


 店員は店の奥へと消えていく。

 自然に視線が対面に座った女性と合う。


「私はケイティ。あなたは?」

「自分はカール。短い付き合いだがよろしく」

「よろしく」


 傭兵流に拳を軽く合わせる。

 周辺でどのような依頼があるか共有していると、店員がお盆をもって近づいてきた。


「お待たせ。熱燗だよ」


 徳利に入った熱された酒が机に置かれる。


「つまみも持ってくるからね」


 あっという間に机に料理が並ぶ。

 お猪口に熱燗を注いで、軽く掲げる。


「乾杯」

「乾杯」


 特に前置きもなく乾杯して、乾杯の流れで熱い酒を冷えた体に流し込む。

 米酒が揮発するアルコールと梅の花のような匂いが口から鼻に抜ける。熱燗特有の深いコクが一気に広がり、深みある味わいの余韻が口の中に残る。


「うまい」

「美味しいわ」


 ついつい、つまみを食べる前にお猪口に二杯目の酒を注いで飲み干してしまう。

 喉を通って腹に落ちていく熱が気持ちい。


「空腹にあまり酒を入れては悪酔いしてしまうな」

「食べましょう」


 空腹にカラスミは軽すぎたか。少々後悔しつつ、カラスミをつまむ。

 薄い鼈甲のようなカラスミに、同じような厚さの大根が交互に並べられている。カラスミと大根を一枚ずつ箸でつまみ、口の中に入れる。

 ねっとりとしたカラスミと瑞々しい大根は歯触りの良い。癖のある塩辛いカラスミを少し辛みのある甘い大根がうまく包み込み、わずかに残る心地の良い癖と魚卵の旨みだけが口の中に広がる。


 ああ、酒が飲みたくなる。

 気づけば熱燗からお猪口に酒を注いで飲み干してしまう。

 空腹に酒を飲みすぎてはいけないと思いつつもカラスミを食べる箸と酒を飲む手が止まらない。


「ねえ、カラスミ一つちょうだい。きんぴらあげるから」

「一つと言わず四つほどやろう」


 カラスミは値段の割に結構な量が盛られていた。

 村から海が近いため魚介類も安いようだ。


 ケイティにカラスミを渡し、自分はケイティからきんぴらをもらう。

 大根、にんじん、こんにゃくに大量の鰹節。

 大量の鰹節は珍しいと思いながら口に運ぶ。

 柔らかい食感かと思いきや、意外にも歯応えがしっかりしている。ごま油の香りが口の中から鼻にぬけ、旨みの強い鰹節に甘辛い醤油の味付けが口に広がる。ほんのりと辛味があるのは大根ではなく、唐辛子が入っているのだろう。


 これもまた酒が飲みたくなる。

 お猪口に酒を注ごうとして、徳利から酒が出てこないのに気づく。徳利を振るがなんの音もしない。飲み切ってしまったようだ。

 もう徳利一つ空けてしまった。


「みぞれ鍋を用意するよ」


 徳利を振っているといつの間にか店員が横にいた。

 店員が机の一部を触ると取れて穴が開く、空いた穴に小さな火鉢を入れる。火鉢に火のついた炭を入れ、五徳を置いた。


「みぞれ鍋を持ってくるよ」


 店員が土鍋を持ってくると五徳の上に置く。

 店員は続けて鍋の具材を持ってくると、土鍋の蓋をあける。

 土鍋の中は真っ白。

 まさに雪が溶けかけたようなみぞれ。


 店員が四枚ほどの肉を鍋に潜らせて火を通す。

 豚バラであろう赤みと脂身のある肉は火を通すと白くかわり、みぞれの白と区別がつかなくなる。

 赤みがなくなったところで鍋からお椀に入れられる。

 肉の入ったお椀と、二つの瓶が自分とケイティの前に置かる。


「みぞれにうっすらと味はついているけれど、お好みで味を変えられる。青い瓶がポン酢、白い瓶が白だしだよ。お好みで唐辛子もある」


 店員が野菜や豆腐を鍋の中に入れて、みぞれを上に被せる。

 白いみぞれで具材がうっすらとしか見えなくなる。


「一煮立ちしたら食べ頃だよ。追加の豚肉は野菜が煮えてから入れるといい」


 店員はごゆっくりと言って去っていった。


「食べましょう」

「ああ」


 冷めないうちに茹でられた豚肉を食べる。

 味がついていると言っていたため、まずは何もつけずに食べる。

 箸で薄めに切られた豚肉をつまむ。

 フリルのように波打った豚肉に白いみぞれがまとわりつき、うっすらと積もる雪のよう。


 湯気を立てる豚肉を一口で食べる。

 口の中に入れると肉は筋を感じさせないほど柔らかく、噛み締めると甘い脂が口の中に広がる。後から程よい大根の甘みに昆布とカツオの合わせ出汁が香る。


「うまい」


 思わず口から料理の感想が漏れる。


「ええ、美味しいわ」


 ケイティもみぞれ鍋が気に入ったようで頬を緩めている。


「みぞれとは大根おそしだったか」


 大根が有名な村なだけあって、大根のおいしさが一味違う。

 これほど癖がなく甘い大根はなかなか食べられるものではない。

 甘く美味しい大根を贅沢にもおろしてしまうとはな……。


「知らずに頼んだの?」

「他の客が頼んでいたからな。それに今日は寒い、鍋が美味しそうに見えた」

「確かに今日は冷えるわ」


 ケイティと喋りながらももう一枚の豚肉を食べる。

 ああ、酒が欲しい。お猪口を手に持って空だったのを思い出す。


「すまない!」


 店員がいる店の奥に声をかける。


「はいはい」


 すぐに店員が奥から出てきた。


「ビールを頼む」

「私もお願い」

「はいはい。少し待ってね」


 店員は大きなグラスにビールを注いで持ってきた。

 ビールは冷えているようでグラスに霜がついている。


「ああ、鍋が煮えたね。蓋をもらっていくよ」


 店員がビールの代わりに鍋の蓋を持って去っていく。


 鍋が沸々と湧き上がっている。

 鍋の底から白いみぞれが湧き出てくる様は雪が湧いて出てきているように見え、なかなかに面白い。


「食べようか」

「ええ」


 鍋を突こうにも何があるのかがわからない。

 鍋の淵からそっと掬い上げ、何があるかを確認する。出てきたのは白菜にえのき。どちらも白くてみぞれに完全に同化している。

 みぞれがたくさん注いた状態でお椀にとる。

 ポン酢を少々かけて食べれば甘い野菜に酸味が効いて鮮やかに彩られる。


 野菜を食べて空いた場所に豚肉を追加する。

 豚肉の色がしっかりと変わるまで茹で、みぞれを沢山肉の上にのせて掬い上げる。

 今回は白だしをかけていただく。

 風味豊かな出汁に程よい塩加減。みぞれと豚肉の脂の甘さに塩が加わって味が引き締まる。

 流れるようにビールを口に流し込むと、口の中に残っていた脂がビールで流される。これはうまい。


 もう一度肉に行きたいところだが、野菜も食べなければ。

 野菜がまずいわけではない。ただ肉だけ先に食べ切って仕舞えば絶対に後悔する。

 白い鍋を慎重に探ると次に出てきたのは豆腐。

 これまた真っ白でみぞれに完全に同化している。

 少々崩れてしまった豆腐を慎重に掬いだし、ポン酢をかけて食す。

 うまい。


 次は肉を茹でてみぞれを肉の上に乗せて掬い上げると、なぜかネギまでついてきてしまった。

 ふと思いつき、ネギに肉を巻いてポン酢に唐辛子を少々かける。

 ネギと肉を一緒に口の中に入れるとネギの香りが豚肉の癖を包み込む。ピリリとあと引く唐辛子をビールで流し込む。

 うまい。


 真っ白な鍋の中に沈む具材を食べつつ、肉を茹でてビールで流し込む。

 気づけばまた酒がない。


「すまない! ビールおかわり!」

「私も!」


 ケイティと話もせず、お互い黙々と鍋を突く。

 鍋の具材は全て無くなり、おかわりしたビールもなくなる。


「美味かった」

「ええ」


 みぞれ鍋にはまだみぞれが残っている。


「何か具材を追加するか?」

「どうしようかしら?」


 さてどうするかと迷っていると、家族連れの客が会計を済ませて店を出ていく。


「今度のしめはうどんがいい」

「今度な」


 去り際の会話が耳に入る。


「しめ」

「そんなものが」


 俺はみぞれ鍋を見る。

 残っているみぞれは十分にある。


「すまない!」


 三度店員を呼ぶ。


「はいはい」

「みぞれ鍋にはしめがあるのか?」

「ええ、お雑炊、うどん、そば。お好きなしめを選べるよ」

「そんなに種類があるのか。人気なのは?」

「お雑炊が一番人気だね」


 店員からケイティの方を向く。


「ケイティ、どうする?」

「うどんも気になるけれど、雑炊かしら」


 家族連れが今度のしめはうどんがいいと話しながら出て行ったため、俺も若干うどんが気になっている。しかし、うどんがいいと言って出て行ったわけで、実際に食べているのはうどんではない。

 雑炊の可能性が高い。


「雑炊にするか」

「そうしましょう」


 店員を見ると頷く。


「ではお雑炊で構いませんか?」

「頼む」

「はいはい」


 店員が店の奥に消えていく。

 食べるものがなくなり少々手持ち無沙汰になって、店内を見回すと男性だけで飲んでいる客が随分と酔っているのに気づく。


「飲み過ぎているな」

「本当ね」


 揉めないといいのだがと思っていると、酔っている男性が近くの女性四人で飲んでいる客に絡む。


「俺たちと飲もうぜ」

「やめてください」


 ちょうど店員もおらず、止める人が誰もいない。


「ちょっとやめなさい」


 なぜかケイティが止めに入る。

 ケイティも女性なので絡まれると思うのだが、なぜ止めに入った? 酔っ払っているのだろうか……。そういえば料理が美味しくて随分と飲み過ぎた気がする。


「お、姉ちゃんもよく見ればきれいじゃないか」


 男はケイティを怖がる様子もなく絡みに行った。

 普通なら酔っ払っていても傭兵相手に絡みには行かない。しかし、ケイティは普通の服を着ているため、傭兵には見えない。

 男はケイティが傭兵だと気づいていないようだ。


「失礼ね。よく見なくても美人よ」


 ケイティはケイティで酔っ払っていそうだ。


「自分で美人っていうか?」

「は?」


 先ほど出会ったばかりであるが、ケイティが怒ったのがわかる。

 傭兵は舐められると仕事がやりにくく、舐められないように実力行使にすぐ出る。つまり何が起きるかというと、ケイティが魔法を使うのが予想できる。


『スタン』


 大きな静電気が起きたような音がする。

 男が一瞬直立したあと、床に倒れ込む。

 電撃系の魔法を使い、男を無力化したようだ。飲み過ぎて加減を間違えていない限りは、殺すような威力ではないだろう。


「何しやがる!」


 倒れた男と一緒に飲んでいた男がケイティに向かっていく。

 魔法使い相手に向かっていくとは男も飲み過ぎているようだ。

 このままケイティに任せてもいいが、全ての客を気絶させては今度村に立ち寄った時店に入りにくくなる。

 ケイティが魔法を使う前に処理しなければ。

 椅子から立ち上がって男の肩を叩く。


「彼女は自分と同業者なんだ、やめないかい?」

「な、に……」


 男が自分を見て固まる。


「お互い飲み過ぎてただけ。そうだろ?」

「はい……」


 男が顔を青くして頷く。

 酔いが覚めて傭兵に喧嘩を売ったのが理解できたのだろう。


「倒れた男も少しすれば元気に起きる。そうだろケイティ?」

「ええ。手加減はしているわ」

「だそうだ」


 男がなん度も頷く。

 自分も同じように何度も頷き、男の肩を何度か叩く。


「床に転がしておくのはかわいそうだ。椅子に座らせてやろう」


 男の首根っこを掴み、片手で持ち上げて椅子に座らせる。

 机に突っ伏すようになってしまうが、飲み過ぎて机で寝ているように見える。違和感のない姿で問題ないだろう。


「これでお互い何もなかった。いいかな?」


 笑顔で男に語りかける。


「はい」


 若干男が涙目になっているように見える。

 なるべく優しくしているつもりなのだが、傭兵はやはり怖がられるな……。

 これ以上怖がらせる必要もないと、自分は席に戻る。


 なぜかケイティが女性客にお礼を何度も言われている。

 男性客を魔法で気絶させはしたが、女性客を助けたのも間違いはないか。


 騒動が終わったところで店員が店の奥から出てくる。

 店員は店の中を見回して首を捻った。

 先ほどまで騒いでいた男性客がお通夜のように静かになり、女性客がケイティに頭を下げている。店の雰囲気が変わったと思っていそうだ。

 店員は首を元に戻すと自分たちの席に近づいてくる。


「お雑炊を作ります」


 どうやら何が起きたかは気づかれていないようだ。


「頼みます」


 炊いた米を洗い、滑りを落としたであろう米が鍋の中に入れられる。米を入れた後に少しの白だしが入れられ、軽く鍋の中が混ぜられる。

 鍋の蓋を閉めて炭の位置が調整され、火の温度が上げられる。

 店員は小鉢を自分とケイティの前に出す。


「付け合わせのたくわんと塩こんぶだよ」


 店員はお椀に卵を割り入れ、さっくりとかき混ぜる。

 鍋が沸騰してきたところで蓋がとられ、卵が流し入れられる。卵を入れた後、再び蓋がされる。

 炭の位置が調整され、火がほとんど鍋に当たらない状態に変えられる。

 一分もしないうちに蓋がとられる。

 小ネギがかけられ、新しいお椀に雑炊が注がれる。

 自分とケイティの前にお椀が置かれる。


「できたよ。あとでお茶を持ってくるね」

「ありがとうございます」


 店員は再び店の奥に消える。


 早速お雑炊を食べる。

 肉や野菜の出汁が出たみぞれ鍋の汁を吸って膨らんだ米はふわりとしており、噛み締めると濃い出汁が口の中に広がる。

 みぞれと米の甘みにやさしい塩味。

 酒を飲んだ後のしめには最高の一品。


 たくわんを齧ると歯触りが心地よい。

 口の中に塩分が多い状態で雑炊をかき込む。

 うまい。


 鍋からおかわりを注いで、塩こんぶをつまむ。

 雑炊をかき込む。

 うまい。


 最後のいっぱいをケイティと譲り合って鍋が空になる。

 炭が鍋に当たらぬようにかえ、置かれていた水を鍋に入れておく。これで空焚きにより鍋が割れない。

 もう入らないと思うほど腹が膨れた。

 よく食べる傭兵二人の腹が膨れるほどの量、本来は二人でも多い分量なのだろう。鍋は二人からという意味がよくわかった。


「お茶をどうぞ」

「ありがとう。みぞれ鍋美味しかった」

「それは良かった」


 ゆっくりとお茶を飲む。

 いつの間にか酔っ払っていた男の客はいなくなり、女性四人で食べていた客もいなくなっている。

 腹がこなれてくるまでのんびりとする。


「そろそろいくか?」

「ええ」


 勘定をお願いしてケイティと半分ずつお金を出し合う。

 剣を腰に差し、コートを着る。

 ケイティも魔法使いらしいローブを羽織る。

 自分たちが最後の客だからか店員が見送ってくれる。


「騒動にせず収めてくださりありがとうございます」

「気づいていたのか」


 歳のいった店員が微笑む。


「みぞれ鍋以外にも、おでんも美味しいのでまた是非どうぞ」


 間接的に客として歓迎するというのを伝える店員の言葉に嬉しくなる。


「またこよう」

「次も一緒ね」

「それもいいな」


 気ままな傭兵、たまには誰かと組むのもいいか。


「それじゃ、組んでみましょう」

「そうするか」


 同じ店に入った奇縁。


「またのご来店、お待ちしております」


 店員に挨拶して店を出る。


「あら、みぞれ」

「寒いと思っていたが降ってきたか」


 店の外に出るとみぞれが降っている。

 温まった体から吐き出される息が白い。

 冷え方からするとすぐにでも雪に変わって積もりそうだ。

 コートのフードをかぶって雨具の代わりとする。


「ケイティ、行こうか」

「ええ、カール」


 今日の出会いは料理以外もなかなかに面白かった。

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― 新着の感想 ―
短編ありがとうございます。 夕食食べた後なのにお腹減った気がします(笑)
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