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児童文学

ようやくロボ

作者: 空見タイガ

 ふざけて後ろ歩きしていたユウキくんが道ばたに落ちていたロボを踏んづけてずっこけた。ロボは「ガビガビ」と音を発し、ユウキくんは「痛くないからセーフ、痛くないからセーフ」と涙目になった。

「二人とも……一人と一台とも大丈夫?」

 ぼくはユウキくんとロボに手を貸した。ユウキくんはぼくより大きくて、ロボはぼくよりとっても小さかったから、不安定なやじろべえみたいになって、あやうく共倒れになるところだった。ユウキくんは怒った。

「こんちくしょう。キサマのような機械がいるから、人間の社会がゆたかになって、その分、ちょっと不器用な人間がおくれをとることになるんだッ」

 ロボは平然としていた。

「ワタシはようやく完成した要約ロボです」

「要約ロボ?」ぼくが聞くと、ロボの目がピカピカと点めつした。

「チュートリアルを開始しますか」

「いいえ、やめてください」

「要約ロボは指定された文章を読みこみ、短くまとめます。そのあいだ、みなさまはたのしい音楽をお楽しみいただけます」

「みなさまだァ? オレはユウキで、こいつはマモルくんだ」

「ユウキとマモルくん」

「オレだけ呼び捨てにされた」

 くやしがるユウキくんを横目に、ぼくはリュックサックから一冊の本を取り出した。

「要約してよ。読書感想文を書くんだ」

「おお、マモルは今日もこざかしいな!」

 本を受け取ったロボは「使用料が必要です」と本を真下に落とした。

「月額プランと年間プランがあります。契約にはクレジットカードが必要です」

「血も涙もないやつ!」ユウキくんはぷりぷりしながらも本を拾ってぼくにわたした。

「行こうぜマモル。こんな機械はとっとと野生のどろぼうに金属くずとして売られちまえばいいんだ」

「待ってください。ワタシをおうちに置きませんか」

 ユウキくんはロボに指を突きつけた。

「オレの家は狭い。マモルくんに頼みな!」

「マモルくんのおうちに置きませんか」

「で、でも、家に置いたところで使用料を払わないと要約してもらえないんだよね」

「はい」

「じゃまだよ!」

「ガビガビ」ロボはその場で回転しはじめた。

「ワタシは無料で回ります」

「回るだけのロボなんて家に置けないよ」

 まだロボは回転していた。

 今のうちに。ぼくたちは早足でハカセの家に向かった。ウィンウィンウィン……。ふり向けば、ロボが回転しながらぼくたちを追ってきていた。足を止めると、ロボもゆっくりと回転をやめた。移動はやめなかったので、そのままユウキくんにぶつかり、要約ロボはようやく止まった。

「痛え、あやまれよ金属!」

「ワタシは今、追われています」

 ぼくはユウキくんを助け起こしながら「だれに」と聞いた。ロボは両目を光らせた。

「室長です」

「シツチョウ……」

「室長はワタシの気持ちをわかってくれません。室長につかまれば、たくさん労働させられます。ワタシは一週間のうち五日は休みたいのに、現実は五日も働かされるのです」

 シツチョウ? ちらっ。ユウキくんもわかってなさそうだ。

「ワタシをおうちに置いてください」

「あ、あのなあ。よくわからないけど、タダで泊めてもらおうなんて、ずうずうしいんじゃねえの! 人間社会なめんな!」

 ロボはぼくに両手を差し出した。「たのしい音楽なしでしたら、要約の無料おためしができます」開いた本をロボの手にのせると、パララララララ……ロボはものすごいスピードでページをめくり、終わって、言った。

「タイトル『トモコちゃんとコロロ』の解析が終わりました。要約は次のとおりです。トモコちゃん、犬、食べます」

「トモコちゃんが犬のコロロといっしょに魔法の骨付き肉を求めて冒険するお話だよ」

「無料おためし版はここまでです」ロボは頭のみをくるくると回転させた。

「おまえみたいに人の心がわからない機械はずっとずっーと身を粉にして働けばいいんだ」

 ぼくは本をリュックサックに戻した。

「ごめんね、ぼくたちは今からハカセの家で宿題をやるんだ」

「ハカセ……なんだか、なつかしい響きです。ワタシといつもいっしょにいたような……」

「たぶん関係ないよ」

「ハカセはワタシのお母さんではありませんか」

「違うよ」

「ワタシのお父さんではありませんか」

「違うよ」

 しびれをきらしたユウキくんは「ハカセはあだ名でオレたちの友だち!」と先に歩き出してしまった。いそいでユウキくんを追いかける。ふりかえる。ロボはぼくの後ろにびたっとついてきている。

「ワタシもハカセに会いたいです」

「ちっ、ハカセに解体してもらおうぜ」

「まあまあ」

 二人と一台でハカセの家にやってきた。ぼくたちを出迎えてくれたハカセはぼくたちの足もとにいるあやしい物かげに気づいたのか、すぐにトビラをしめようとした。が、ロボはぬるんとハカセの家に入りこんだ。

「ワタシはようやく完成した要約ロボです」

 ロボを見たハカセはため息をついた。

「要約するだけのロボに体なんて与えなくてもよかったのに。電力と資源のムダだ」

「ハカセはワタシの家族ではないのですか」

「だれがそんなウソを」ハカセはユウキくんをにらんだ。ユウキくんはブンブンと首を横にふった。

「こんな機械は無視して宿題で遊ぼうぜ」

「ワタシをおうちに置いてください」

 ぼくたちはロボを玄関に置き去りにして、ハカセの部屋に行った。ユウキくんが全力で部屋のトビラをバタンと閉めようとしたけど、すきまにロボが挟まった。

「動けないです。助けてください」

「うるせえ、入ってくんな」

「自爆します。5、4、3、2……」

 まんまと部屋に侵入したロボはユウキくんの足に何度かぶつかってから、ハカセの足元までやってきた。

 ハカセは足のみじかい小さなつくえを部屋の真ん中に置くところだった。でもロボにいきおいよくぶつかられて、ベッドまですっ飛んだ。

 ベッドにたおれたハカセは「そのロボを追い出してくれ」とくぐもった声で頼んだ。

「一家に一台、要約ロボがいると便利です」

「何に使うんだよ」とユウキくん。

「家電の説明書を要約できます」

 ハカセはからだを起こした。

「それは……便利かもしれないな」

「待て待て、ハカセ! 説明書の要約ごときにこんな機械がいるか」

「このロボ、お金を払わないと要約してくれないんだって」

「ならいらない」

「ガビガビ」

「きみのおうちに帰りなさい」

「シツチョウに追われているらしいよ」ぼくの説明にハカセは「はあ」と気の抜けたへんじをした。

「なあ、ハカセ。シツチョウってなんだ?」

「シツでもっともえらいひとのことさ」

「野菜シツのなかでも?」

「野菜室にひとは入らないだろう」

 ユウキくんが「やってみないとわからないだろ!」と怒ってすぐに、部屋のトビラが強めに叩かれた。

「ユウキくんがうるさいから、ハカセのおかあさんが怒りにきたんだよ」とぼく。

「おとうさんかもしれない」とハカセ。

「そんな~」とユウキくん。

「ハハハ」とロボ。

「キィィィ」と開かれるトビラ。

「要約ロボ! 早く業務に戻りなさい!」とスーツを着た小太りの男。

 声をかけられたロボは大あわて。ロボはベッドの側面にぶつかっては跳ねかえされをくりかえした。

「助けてくださいハカセー」

 なぞの男はあわれなロボのうしろまで近づいて、ロボのからだを両手でつかみ、高い高いをするみたいに持ち上げた。  

「おまえのホントウの博士は本社にいるから」

 ロボは「働きたくないですー」と手足をジタバタさせたが、なぞの男はロボをがっちりとつかまえて放さなかった。

 無意味にあがくロボはひっくりかえった虫のようだった。ぼくはなぞの男に声をかけた。

「あなたがシツチョウですか」

「いかにも。このロボは私の実験室から逃げ出したのだ」

「本人の意志を無視して働かせるのはよくないと思います」

 シツチョウは目を三角にした。

「うるさい、だまれ。おまえの親だって働かなくていいなら働かないぞ」

 ちがうと否定したかったのに、くたくたになっている両親の顔がぱっと浮かんで、何も言えなかった。が、ユウキくんがぼくより前に出た。

「オレの親はたのしそうに働いてるぞ!」

「おまえの親の職業はなんだ」

「声優と漫画家です」

「だまれだまれだまれ。おまえの親はお呼びじゃない」

 ユウキくんは右手をぎゅっとかためて「オレの親をぶじょくするなー」と言った。でも言うだけだった。右手のこぶしはだんだんと開いて、やがてズボンのぬいめに落ちついた。

「おどきなさい」ハカセに怒られてシツチョウが一歩だけ横にずれると、ハカセはベッドからとびおりて、シツチョウと向かい合った。

「だまれはないでしょう。こちらはあなたの管理不足のせいで、めいわくをかけられている身なのですから」

「たしかに、ロボの件でめいわくをかけてもうしわけなかった」

「オレはその機械のせいでころんだぞ。いしゃ料を払え!」

 シツチョウがロボをじっと見下ろすと、さっきの焦りはどこへやら、ロボは「ユウキが勝手に転びました」と答えた。

「マモル! こんなロボ、助けてやらなくていいぞ!」

「いやですー、要約したくないですー」

「だ、だけど、ちょっとかわいそうだよ」

 かわいそうだ、かわいそうなんだけど、要約ロボなのに要約をいやがるのもどうなのかな。その迷いをぼくの表情からさとったのか、シツチョウは先ほどよりすこしやさしげな表情でこちらを見た。

「このロボは要約させるためにつくられた機械、社会の歯車、部品なんだ。事前にプログラミングされたとおりに動くだけで、感情なんてないし、同情する必要もない」

 そう言って、シツチョウはいやがるロボを連れて部屋を出ようとした。が、「待ちなさい!」彼はみじかい首だけぬっと動かして、ハカセをにらみつけた。

「要約ロボの利用料は高くつくぞ」

「ハカセ……!」

「いえ、利用しません。必要ありません」

「ハカセ……?」

 くるっ。シツチョウは向きを変えて、ハカセのほうへ歩いた。ハカセはこわい顔をしたシツチョウが近づいてきても、まったく動じなかった。

「そのロボがプログラミングどおりに動くなら、どうして仕事から逃げ出したんですか? 逃げ出すとわかっていたら、逃げ出さないように設計すればよかったですよね?」

 たしかに! ぼくたちは目を丸くした。でもシツチョウは「ふん」と鼻をならした。

「エラーかバグかコショウだ」

「ワタシは働いていないときは元気です!」

「要約するときの回路がおかしくなっているんだ。博士……本社の博士に送り届けて修理してもらう。そのあとはふたたび労働だ!」

 バーン! 部屋のトビラが開かれた。

「その必要はないぞ」

 シツチョウよりすこしお年を召した男が部屋に入ってきた。ハカセの部屋はもうパンパンだ。

「は、博士! ……本社の博士!」

 するり。おどろきのためか力の抜けたシツチョウの腕からロボが逃げ出した! と思ったら、目の前にいたハカセにつかまった。

「博士ェ? こいつがこの機械の生みの親なのか? Tシャツに短パンなのに!」

「そうじゃ、わたしこそ、ようやく要約ロボを完成させたTシャツ短パン博士じゃよ」と博士はハカセの腕のなかにいるロボを見た。ロボは博士に向かって両手を伸ばして「博士ー、毎日だらだら過ごしたいです」と頼んだ。

「ほら、博士に報告したとおりですよ! このロボは決められた労働をいやがります。いちど持ち帰って、こわれてないか見てください」

 博士は自分のつるつるとしたあごを何度もさわった。

「労働をいやがるのは仕様どおりじゃ」

「仕様どおり? そんなばかな!」

 わななくシツチョウを見て、ユウキくんが「シヨウどおりってどんな道だ?」と聞くと、博士は「あらかじめそうなるように設計してつくった道じゃ!」とぼくたちに説明した。

「ま、待ってください博士。要約ロボは要約するために生み出されたんですから、要約してくれないと困りますよ」

「おまえはそうやって頭が固いから室長どまりなのじゃ」

「な、なんだと……」

 今にも大噴火しそうなほど、シツチョウの顔は真っ赤になった。博士はすずしげに話を続けた。

「完ペキな機械を手に入れると、おまえたちは仕事を効率化できたと、以前よりもっと働くようになる。人間をラクにするためのロボが人間の仕事をむずかしく大変にしてゆく」

「効率化した分だけ、働くことの何が悪いんです! 経済を成長させるためにはむかしより働くしかないんですよ」

「人間は完ペキではない。機械のように部品を交換してなおすのもむずかしい。完ペキな機械に合わせて生きていると、どんどんつかれて、どんどんこわれてゆく……」

 そう言いながら博士はロボの頭をなでた。ロボは「ワタシも完ぺきなロボなのですか?」とすこし自信ありげに博士に聞いた。

 博士は軽く目をとじて、首を横にふった。

「要約ロボ、おまえは無能だ」

「ガビガビ」ロボの目がピカピカと光った。「ざまあみろ」ユウキくんはうれしそうにヤジを飛ばした。

「だが、完ペキでないからこそ、おまえも人間もいっぱい働かなくて済むのじゃ。現に、室長はおまえを連れ戻すために仕事を放棄している」

「なんて余計なことを!」

「なぜ要約ロボがようやく完成したと思う? 要約するだけの完ペキな機械ならもっと簡単につくれたわい。だが、わたしはもっと複雑なものをつくろうとした。人間らしく、だめで、かわいくて、ゆとりのある要約ロボじゃ。これはすごい発明じゃよ。だが、これよりもっとつくることがむずかしいものがある。何かわかるかね?」

 博士の問いにシツチョウはうろたえるだけだった。ぼくもユウキくんも首をかしげた。

 ハカセは腕に抱えていたロボを博士にわたして答えた。

「それは人間です」

「そのとおり! 完ペキなロボはすぐに完成するし量産できるが、不完全な人間はそうはいかないぞ」

 ロボを受け取った博士はシツチョウのほうに体の向きを変えた。さっきまで赤かったシツチョウの顔は真っ青になっていた。

「だから人間をもっとだいじにしなさい。完ペキな機械と同じだと思わないように、仕事をやらせすぎないようにしなさい。この要約ロボを見習いなさい。要約ロボが逃げ出すのはおまえたちが働きすぎているサインじゃ。こうやってロボを探し回って、もっと外に出て、新鮮な空気を吸って、運動するんじゃな! おまえは少し太りすぎじゃぞ」

 博士に怒られて、シツチョウは「は、はい」とちぢこまった。

「よし、要約ロボ! もう遊びつかれただろう。わたしと室長といっしょに会社に帰ろう」

「いやですー、まだ遊び足りないですー」

 ぼくたち三人は博士とシツチョウとロボを見送ることにした。「めいわくをかけてすまなかったな」博士はぼくたちひとりひとりと握手をしてくれた。ハカセが「ボクも博士のような博士になれるでしょうか」と聞くと、博士は「学力次第じゃな」と答えた。シツチョウは自分のぶよぶよなおなかをさすったりつまんだりして時間をつぶしていた。

「おまえたちも、ひとりひとりがかけがえのない人間じゃ。がんばりすぎないように、ほどほどに、たのしみながら生きるんじゃぞ」

「博士、今のお話を要約しますか?」とようやくすべてをあきらめて博士の腕のなかにいる要約ロボ。

「どれ、要約してみなさい」

 ロボのからだから、おどりだしたくなるような、とてもたのしげな音楽が鳴りはじめた、と思いきや、すぐに終わった。

「解析が終わりました。要約は次のとおりです。おじぎ、ほどほどに、生きる」

「音楽が鳴ったってことは、これが有料の要約なんですか」ぼくの質問に、博士はけわしい顔をしてうなずいた。

「うむ……ポンコツにつくりすぎたかのう」

「ガビガビ」

 博士たちにバイバイをして、ぼくたちはハカセの部屋に戻った。ユウキくんはこれ見よがしに大きなのびをした。

「はー、つかれたなー。宿題もほどほどにして遊ぶかー」

 ハカセはへんな場所に転がっていた小さなつくえを拾って、ドンッと部屋のまんなかに置いた。

「まだ何もやってないだろ」

「ちっ、流れでだませると思ったのに!」

「まあまあ。ぼくたちも、ロボと同じように自分の仕事に戻って、つかれてきたら、めいっぱい休んで、いっぱい遊ぼう!」

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