友達の引っ越し
「俺、今度引っ越すんだ」
突然のタケルの告白に僕はびっくりして言葉が出なかった。
びっくりしすぎて危うく背後からゾンビに襲われるところだった。
慌てて一時停止を押して、ゲームコントローラーを置く。
「え、引っ越しっていつ?どこに??」
「実は、もう来月には引っ越す予定なんだ」
タケルはなんてことない風に言っていたが、ちらちらと僕の反応を探るような視線を感じる。
タケルは僕の小さい頃からの友人だ。
幼稚園から小学校3年生までは同じクラスだったし、ウマが合うからかいつも一緒にいた。
時間にルーズな僕と方向音痴のタケルはしばしば遅刻コンビとして仲間から扱われていたから、謎の仲間意識もあったのかもしれない。今日だって僕が寝過ごして約束した時間に遅れるとタケルは機嫌を損ねるわけでもなく「59勝37敗だな」と言ってけらけらと笑ってすました。
それから1時間後に同じような口調で、タケルは引っ越す事を僕に言ったのだ。
タケルの引っ越し先は隣町とかそんなもんじゃなくて、今住んでるところから大体9000キロ離れたところだった。飛行機で10時間以上かかるらしい。
「おい、なに泣いてんだよ」
「泣いてなんかないし」
タケルのからかうような口調に僕は思わず否定したけど、本当は、本当にちょっと泣きそうだった。
他にも友達はたくさんいるけど、ほとんど毎日のようにゲームをして一緒に遊んでいるタケルはやっぱり僕にとって一番の友達だから。
黙り込んだ僕の顔を見て、タケルは少し照れくさそうだった。
それから少し顔を曇らせる。
「でも、ちょっと心配だよ」
「飛行機が?」
「いや、それは慣れたから大丈夫なんだけど、その、さあ、リョウマは大丈夫だろうけど、、」
歯切れの悪い口振りにタケルが何を言いたいかは直ぐに分かった。
「ばか言うなよ。コウイチもサトルもお前の事忘れるもんか」
僕がそう言うと、タケルはホッとしたように顔をほころばせた。
そんな会話をしたのが、ついこの間のように思える。
僕は車の後部座席に座り、ドアに肩を預けて揺られていた。
窓ガラスから空港とそこから飛び立つ飛行機を見上げる。
低い唸り声をあげて飛行機はあっという間に視界の端へと消えていった。
タケルも空港へ向かっているんだろう。
あいつになんて言おうか考えていたら母さんがぼそりと言った。
「渋滞に入っちゃったみたい」
余裕をもって家を出たはずなのに、空港に到着したころには予定を30分もオーバーしていた。
母さんに荷物を預けて国外線ターミナルへと急ぐ。
空港の中にはいろんな国から来たであろう人であふれかえっていた。
スーツケースを手にしてベンチに座る人。
連れの人と楽しそうに談笑している人。
この中にはきっと日本を経由して別の場所へ行く人達もいるんだろう。
通り過ぎてからそんな事を考える。
タケルと約束していた場所に辿り着いた時には、もう既にタケルが乗った飛行機は移動してしまったようだった。
正面は一面ガラス張りで、そこから残されたボーディングブリッジだけが空港から突き出ているのが見える。
ーー遅かったか、
息を切らしてひざに両手をついた僕の肩を誰かが叩く。
振り向くと、タケルがいた。
「60勝37敗、俺の勝ちだな」
にやにやと笑うタケルを無視してそっけなく僕は言った。
「ひさしぶり」
「ひさしぶり、って言っても一昨日オンラインで会ってたけどな。
てか、リョウマ縮んだ?」
「お前がムダに伸びたんだろ、アメリカ食に染まりやがって」
「ははは、ハンバーガーとコーラー、ピザの力だよ」
さっきから僕を怒らせてからかおうとしているが、その手には乗らない。
僕を見下ろして高らかに笑うタケルを小突く。向こうもやり返してきた。
いつもオンラインのゲームで遊んでいるから顔は見ているけど、5年ぶりに顔を合わせても変わっていない友人に、多分お互いほっとしたんだと思う。最後には僕らはにやりと笑った。
遠くからコウイチとサトルが走ってくるのが見える。どうやらあの二人も渋滞にやられたらしい。
「珍しい事もあるもんだな。俺らが先に着いているなんて」
そう言ってしたり顔でタケルが僕を見た。二人が来たらその事でからかってやろうという魂胆が見え見えだ。
もちろん、遅刻コンビの片割れも同意見だったことは言うまでもない。
来月にはタケルは僕らの中学校に転校してくる。
5年前ーー小学3年生の冬の時には引っ越しなんて言葉、もう二度と聞きたくないって思っていたけど。
「何笑ってんの?」
「いや、なかなか引っ越しも悪くないもんだなって」
最後まで読んでくれてありがとうございます。
同じご供養仲間として、あと2つ?投稿する予定なので気が向いたらそっちも読んでもらえたら嬉しいです。