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エピローグ

 

『悲劇の令嬢アリア・ランデリスが死亡! すべての真実が明らかに!』


 王都を賑わせた連続殺人事件の終結は王都を賑わせた。

 ブルーマン公爵をはじめとした貴族がランデリス領に兵を差し向けてアリアに冤罪をかけたこと。また、ランデリス家の全員が無罪であることが強く強調され、アリア・ランデリスは理不尽な貴族に立ち向かった英雄として語られることになる。


 第一王子やクリスティーヌは生きていたが、ブルーマン公爵と共に共謀した罪は重く、貴族位を剥奪され、王城の地下牢で一生を過ごすことになるという。一連の顛末を聞いたテレサは「そうですか」と深く長いため息をついた。


 公爵家の私室である。

 ベッドに座るテレサにノクスは表情を曇らせた。


「死んでいたほうがよかったか?」

「さぁどうでしょう。残念だとは思いますが、身共はどこかでホッとしているような気もします」


 ノクスは苦笑した。


「その『身共』という喋り方、そろそろやめてもいいんだぞ」

「もう癖になってるんですよ。今さら変えられません」


 テレサはぎこちなく笑う。


「第二王子の計らいでアリアは死んだことになりました。ここに居るのは教会の聖女を引退したテレサ・ロッテです。そのほうがいいと思います」

「……分かった。お前がそれでいいなら」


 尤も、テレサはもう教会の聖女として働くことは出来ない。

 生き返ってからこのかた、テレサの治癒の術は失われてしまった。


「これからどうしましょうか」

「俺の妻として生きれば良いだろう」


 ぼっ! とテレサの顔が沸騰する。


「そ、そそそそれはそうだけど! そうじゃなくて!」

「動揺した時は敬語が剥がれるようだな。なるほど」

「何を納得してるんですか!」

「お前の心をいかに解きほぐすか試してる。興味深い」

「人を実験動物みたいに!」

「お前は人類最高の女だ。実験動物呼ばわりするな」

「ぴっ……」


 首を絞められたひよこのような声が出てしまった。

 鼓動が痛い。

 甘すぎる言葉に頭がくらくらする。

 夜色の瞳が熱を帯びてテレサを見ていた。


「旦那様……見過ぎです」

「どれだけ見ても見足りない。お前の顔なら無限に見ていられる」

「そ、そんなに見なくても……」


 まともに顔が見られないテレサは目を逸らし、ちょこんとノクスの裾を握る。

 しっとりとした雨色の瞳が上目遣いでノクスを見上げた。


「これからはいつでも見られます、よ?」

「……そうだな」


 ノクスは微笑んだ。


「これからも共にいられるんだ。何年も、何十年も……」

(あぁ、そうか。そうなのね)


 もう復讐することも、アリアとして振る舞うこともない。

 寿命を気にすることも、間近に迫る死期を感じることもない。


(本当に生きていられるんだ。ずっと、一緒にいられるんだ)


 ノクスは泣きそうになりながら唇を震わせた。


「旦那様、初めてあった日のことを覚えていますか?」

「ああ。忘れるものか」

「あの時、欲しいものはあとで言うと言いましたよね?」

「うん。何か欲しいものがあるのか?」

「はい。その……」


 ノクスの指先をそっと撫でて、テレサは消え入りそうな声で言った。


「指輪が欲しいです」

「……」

「旦那様と一緒になった証が欲しいと言いますか」


 どくん、どくん、どくん……。

 心臓の鼓動が伝わっていないか心配だった。

 自分がこんなにもこのひとを好きになっているとは思いもしなかった。


 命懸けで神に挑んでくれたひと。

 不器用で言葉足らずで、すごく優しいひと。


 顔を上げれば、ノクスがすぐそこにいる。

 それだけで心が満たされるような気がした。


 ノクスの手がテレサの顎に添えられる。

 目が合った。

 どうしようもなく抗えない、見えざる引力が二人を惹きつける。


「テレサ」

「旦那様」


 ゆっくりと、二人が顔を近づけたその時だった。

 がしゃん! とガラスが砕けるような音がした。

 慌てて振り返れば、私室の扉にエマとレイチェルが立っていた。


「もももも、申し訳ありません……! とんだ邪魔を……」

「あらあらまぁまぁ。仕方ないわね」


 レイチェルは微笑み、エマの手を引いてそっと扉を閉める。

 そして指先ほどの隙間を開けて、覗き込みながら言った。


「奥様、お叱りは後ほど。エマちゃん今夜はしっかり準備をしておきますから……!」

「そうそう。わたしたちにはお構いなく。続けて?」

「「出来るか!」」


 公爵家の私室を出た二人は、使用人たちの生温かい視線を受けながら食事を共にした。

 テレサの正体がアリアであったことは伏せられている。

 危篤の状態からノクスが神頼みをして奇跡的に生き返ったことになっていた。


「これからは公爵夫人の心構えを叩き込むから、一緒に頑張りましょうね。テレサさん」

「はい、よろしくお願いします。お義母様」


 そう答えながらも、テレサの胸中には不安があった。


 これから自分はどうなってしまうんだろう。

 いつだって復讐という目的がテレサに生きる力をくれた。

 どんなに辛いことがあっても復讐を終えるために頑張ってこれた。


(でも、これからは……)


 無限の可能性が未来には広がっている。

 明確な目的もなく、この先を生きるには人生は長すぎる。

 何の力も無くなった自分に本当にこの世界を生きることが出来るだろうか。


「大丈夫だ。俺がそばにいる」


 は、と顔をあげる。

 ノクスは出会った頃とは似ても似つかない優しい夜色の瞳がそこにある。


「何かあれば頼れ。不安ならいくらでも聞く。一緒に頑張ろう」

「……はい」


 あぁ、大丈夫だ。

 このひとがいるなら、きっと大丈夫。

 またたく間に不安が消えたテレサは微笑んだ。


「ありがとうございます」


 これからも、このひとと一緒に生きていこう。

 アリアでも聖女でもない、ただの女として。


「ずっと一緒ですよ。旦那様」





 完



ご愛読ありがとうございました!!

よろしければ感想や評価☆☆☆☆☆など頂ければ幸いです。

それではまた次回作で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 復讐 ざまぁ系の話は数多いけど なかなか心の琴線にふれるような感動がある話はないんですが この作品は読んでいてちょっと泣けました。最後幸せなラストには感動しました。すっごく良かったです! …
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