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第四話 再会と提案

 


「テレサ様、ご結婚おめでとうございます!」


 執務室を出ると、気のいい顔をした司祭が笑顔で言った。

 聖女付き秘書官の司祭──マッシュだ。

 貧富の差なく癒しを振りまく聖女を彼は善く思っていない。

 あくまで教会の指示の下で『奇跡』を振りまくべきだと思っている。


「マッシュ。まだ身共が結婚するとは決まっていませんよ」

「ですが教皇猊下はそのつもりです」


 テレサの後ろを歩きながらマッシュは言った。

 うららかな中庭の入り口で、ぴたりとテレサは立ち止まる。


(教皇の意思があれば私の意思は関係ないって?)


 テレサは自分を道具扱いしてくる輩が嫌いだ。

 そして、自分を軽視してくる奴はもっと嫌いだ。

 マッシュもそうだが、周りに既定路線として話を通している教皇にも腹が立つ。


「ねぇマッシュ。聖女には秘書官を任命する権利があることをご存知ですか?」

「……はぁ。それが何か?」

「いえね、身共が結婚するということは、あなたの待遇はどうなるかと心配になって」


 テレサは頬に手を当て、いかにも心配そうな風を装う。


「おそらく身共の秘書官としての働きを評価されるのだと思います。場合によっては叙階を受けるかもしれませんねぇ。結婚が決まれば身共は引継ぎを行うわけですが、その時に一緒にマッシュのことを報告しておきますよ」


 にっこりと笑う。


「聖女によく意見する、とてもいい司祭であると」

「……っ」


 マッシュの顔が見る見るうちに蒼褪めていく。


(ふん、やっとわかった?)


 テレサは自分の後任が誰かは知らないし、興味もない。

 ただ、仮にも聖女に選ばれるような女性が訳知り顔の秘書官に横からあれこれ指示されたら決していい思いはしないだろう。ましてや、民衆から支持を集める前任の聖女から「この男には気を付けろ」と言われたらどう思うだろうか。あるいは、教皇に「マッシュは無能」だと言ったら?


 ──身の程を知れ。


 テレサが言ったのはこういうことだった。


「そんな、聖女様はそんなこと……」

「まぁ! マッシュ、あなたが身共のことをどれだけ知っています?」


 これまでテレサは秘書官であるマッシュの言いなりだった。

 多少無茶を言われようがムッと言われようがずっと黙っていた。

 それもこれも、テレサが聖女として名を挙げ、復讐の糧とするためだった。


 しかしもう教会にとってテレサは用済み。

 つまりマッシュの言うことをいちいち従う義理も義務もない。

 哀れ調子に乗った司祭はがたがたと震えて俯いた。


「で、出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした……」

「あら。謝ることはないと思いますよ?」


 テレサは笑う。

 その毒牙を笑顔の下に隠したままに。


「あなたは聖女を想って言っただけ。従順な神の使徒です。ね?」

「は、はい」


 これ以上私利私欲に駆られたらどうなるか分かっているだろうな、と念を押す。

 自分が気付かないとでも思ったのだろうか?

 この男が、聖女の予算を横領していることに。


「ふぅ。身共は少し疲れました。一人にしていただけますか?」

「……かしこまりました」


 マッシュが去ると、テレサは中庭の座椅子に腰かけた。

 見上げれば、テレサの心持ちとは正反対の清々しい青空が広がっている。

 自分の不幸とは関係なく進んでいく世界。

 まるで自分の存在がちっぽけなものだと言われているような気がして、テレサは唇を噛んだ。


「どうしたものかしら」

「──おい」


 声をかけられてテレサは振り向いた。

 神殿の廊下に黒い男が立っている。

 中庭の入り口に立つ男は死を運ぶ神のように真っ黒だ。


「聖女テレサだな」


 黒いコートに黒い髪、黒い剣、すべてが黒に染まった男。

 切れ長の瞳は夜色で、顔立ちは整っている。

 不気味だ。目の下にある隈がいっそう不気味さがを煽っている。


「……あなたは」


 だが、テレサは彼の顔に見覚えがあった。

 相変わらず血色は悪い。手足に包帯を巻いているが。

 その顔は紛れもなく、昨日テレサが助けたノクス・アーカイムだった。


「アーカイム卿。ごきげんよう、お加減はいかがですか?」

「悪くない」

「そうですか」


 前触れもなく現れた男にテレサは身構えた。


「それで、身共に何か御用でしょうか?」

「先日の礼を言いに来た……んだが」


 ノクスはテレサの座るベンチの前に立つ。

 背丈の大きな男が真正面にいると、脅されてるような圧迫感があった。

 どすの効いた声で彼は言った。


「お前、結婚するのか?」

「まぁ。聞いていたのですか?」

「盗み聞きするつもりはなかった。すまない」


 テレサは目を逸らし、ため息をついた。


「……まだ決まっていないのですけどね」


 ノクスは眉間の皺を険しくした。


「その顔、結婚自体に何か思うところが?」

「身共は神に身を捧げた女ですから。お相手も、お年を召していると聞きますし」

「なるほど」


 何がなるほどなのだろうか。

 こっちの事情も知らないで勝手に納得しないでほしい。

 抗議の視線を向けると、ノクスは一つ頷き、続けた。


「ならば聖女。提案があるんだが」

「はい?」


 テレサが首をかしげると、


「お前、俺と結婚しないか?」




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