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第四十四話 王子の凋落

 

 ーー旧ランデリス領。元侯爵邸の執務室。


「クソ、一体どうなっているんだ!」


 ジゼルは机に拳を叩きつけた。

 大きな音が響き、山のような書類が崩れ落ちる。


「あの裏切り者共めが……蝙蝠のようにふらふらと!」

「落ち着いて、ジゼル。暴れてもどうしようもないわ」


 そばにいたクリスティーヌが優しく肩に手を置く。

 しかし、彼女の手もまた震えてしまっていた。


 ーーその理由は、ジゼルの立場が揺らいでいることにある。


 ジゼルは王位継承権第一位を持つ王太子だが、まだ王ではない。

 ブルーマン公爵の凋落により第一王子派は衰退の一途を辿っていた。

 第二王子と比べて能力面で劣るジゼルはブルーマン公爵という後ろ盾の影響力と、その財力を武器にランデリス領を立て直し、その功績を以て立太子に任じられた。


 しかし今、その後ろ盾は存在しない。

 第一王子派から第二王子派に乗り換えようという動きが後をたたなくなった。


(領民たちからの苦情も後を絶たない……元々逆風だったのが、さらに……!)


 ランデリス領はアリア事件を機に王族へ接収された土地だ。

 しかしあの事件以降、この土地の荒廃ぶりは目に余るほどだった。

 民は貴族に対する嫌悪感を抱き、税金を納めることも拒む始末。


 この荒廃具合を見かねた王は試練としてジゼルにランデリス領を与えた。

 荒れた領地を再生させるほどの手腕を見せれば立太子してやると。

 ジゼルはブルーマン公爵の財力と影響力を使い、ランデリス領に魔道具を設置し、土地の魔力を補充、さらに民衆の腹を満たすべく財力にものを言わせて食糧を供給し、貴族に反感を持つ領民たちを黙らせた。


 これにより、ランデリス領は再生した。

 領地の収入は上向き、土地が豊かになった。

 この功績を手にジゼルは立太子され、晴れて王太子となったのだーー。


 だが今、ブルーマン公爵はいない。


 公爵の資金供給がピタリと止まり、ランデリス領の食糧事情は切迫している。

 このままでは土地が荒れ始めるのも時間の問題だろう。

『能力不足』の烙印を押えたジゼルは廃太子され、第二王子が立太子される。


(このままではやばい……! 何とか手を打たないと)


「殿下……」


 クリスティーヌが不安そうに抱きついてくる。

 花のような香りが鼻腔をくすぐり、ジゼルは愛しい女を抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫さ、クリスティーヌ。俺が何とかするから」

「……やっぱり、これもアリアの仕業だと思いますか?」

「馬鹿な」


 ジゼルは鼻で笑った。


「アリアである訳がない。彼女は死んだ」

「でも、最近巷を騒がせてるのはアリアでしょう?」


 貴族の要人が次々と殺害され、あるいは不祥事が露見する連続事件。

 事件現場には『ランデリスの恨みを晴らす』の文字と『アリア・ランデリス』のサインが残されていた。このことから社交界ではアリアが生きて婚約破棄に関わった者たちを潰していっていると噂になったが……ジゼルはそんな馬鹿な噂を信じてはいない。


「あの事件を起こしているのはアリアじゃないよ」

「じゃあ誰なんですか?」

「決まっている。第二王子さ」


 ジゼルは憎々しげにつぶやいた。

 そう犯人はあの小憎たらしい有能で顔のいい第二王子だ。


「この事件で誰が一番得をしているのか考えてご覧。答えは明白だよ」


 ブルーマン公爵の凋落により、第二王子派所属の官僚たちが勢い付いている。これを機にブルーマン公爵の根を残すまいと、彼が人事に関わった者たちや国王付きの侍従長、執務官、風呂係、庭師にいたるまで、ありとあらゆる職種のものたちが解雇され、王宮に新しい風を吹き込んでいる。


 この勢いを放置すれば貴族会議でジゼル廃太子の声が上がるのも遠くない。


「一連の事件は第二王子がアリアの仕業に見せかけたものだ」


 一連の事件で政界から排除されたのは第一王子派の者が多い。

 なかには第二王子派の者もいるため、皆が「アリアの仕業」だと言いやすい状況になったが、それすらも自分たちの目をくらますためのフェイクだとジゼルは踏んでいる。


「薄々気づいていたけど、こっちにはブルーマン公爵がいる。大したことにはならないだろうとタカを括ってた」

「そのブルーマン公爵が居なくなってしまうなんてね」

「おかげで奴はやりたい放題だ」


 ブルーマン公爵亡き後、第二王子は彼の犯罪捜査を担当している。

 彼が保有していた金銀宝石、手形、建物、人材、人脈に至るまで、彼が及ぼした悪影響を取り除き、彼と繋がっていた犯罪組織を撲滅することが王から与えられた第二王子の仕事だ。


(奴が犯罪捜査程度で終わらせるわけがない)


 表向きは王家に接収されるブルーマン公爵の財産。

 その中には有形のものだけじゃなく、技術も含まれている。

 彼が秘密裏に開発していた技術の数々、保有していた特許は三桁にのぼり、犯罪の捜査に乗じてその技術を取り込めば、第二王子は莫大な権力と財産を手に入れることになる。


「私たちが彼の行動に言いがかりをつけるわけにもいかないものね」

「あぁ。むしろ共犯者に仕立てられるのがオチだ」

「ほんとに厄介ね……」


 クリスティーヌはため息を吐いた。

 この後に及んでジゼルを責めるつもりはクリスティーヌにはない。

 自分たちは一蓮托生。責めるべきは自分たちの間抜けさに対してだ。


「どうする。俺たちに残されたのは……」

「アーカイム公爵家を頼りましょう」


 クリスティーヌは言った。

 ジゼルは目を剥いて顔を上げる。


「アーカイム公爵家? 奴らはどっちつかずの蝙蝠だぞ?」

「言い換えれば、第二王子派の影響を受けていないと言えるでしょう?」

「……それは確かに」


 第二王子は公爵と聖女が結婚することに反対したうちの一人だ。

 政界に教会が入ってくることは許さないーー。

 わざわざその条件を誓約書に記させてまで結婚に反対した。

 それはつまり、第二王子と公爵家が裏で繋がっているという線もなくなるということだ。


「確かにアーカイム家を味方につければ大きいな」

「でしょう?」


 アーカイム公爵家はどの勢力にも属さない中立派でありながら、その武力と財産は馬鹿に出来ないほどに大きい。もちろんブルーマン公爵が溜め込んでいたものに比べれば影響力が小さいものの『国内最強の騎士団』と名高いアーカイム家を味方につければ近衛騎士や王国騎士団も味方についてくれるかもしれない。


「幸いにも私はテレサ様と友好な関係を築けているわ。むしろ、あの人個人としてはわたくしの味方なんじゃないかって思うくらい。いつも大事なところで公爵に邪魔されるけど」

「つまり、公の場で公爵と聖女を引き離してこちらの味方だと明言させればーー」

「わたしたちのバックには強大な味方が出来る。もちろん、それだけじゃ公爵は認めないでしょうけど……あの頭空っぽの聖女様のことだし、今の状況から五分五分までは持っていけるはずよ」


 このまま手をこまねいていれば第一王子派の壊滅は免れない。

 しかし聖女に接触すれば少なくとも反撃の機会は得られる。

 ジゼルはクリスティーヌの意見を採用することにした。


「やっぱり最高だよ、クリスティーヌ。アリアとは大違いだ」

「ふふ。そうでしょう?」


 アリアは『高貴なる者には大いなる義務』をなどと馬鹿を抜かしていた間抜けだ。

 民衆も貴族も王族に傅くための存在なのに、『人の心がない』『礼儀を重んじなさい』『領民の生活が第一』などと言って、ジゼルの策を何度も邪魔してきた。鬱陶しくてたまらなかった。


 大事なのは結果だ。結果がすべてなのだ。

 結果さえよければ方法なんてどうでもいい。


「ありがとう。君を選んでよかった」

「こちらこそ、わたくしを選んでもらえて光栄だわ」

「早速連絡を取ってくれるか? あとの仕事はやっておくから」

「えぇ、もちろんよ」




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