第四十一話 復讐の聖女
ブルーマン公爵は戦争を裏で操ることで多額の利益を得て来た。
兵器を鋳造、横流し、奴隷の売買、麻薬の製造、傭兵の派兵、戦力バランスの調整……表では慈善家として名を馳せ、国家予算などには全く手をつけていなかった公爵は、人権意識など無視した極めて営利的なシステムを作り上げていた。
(クソ、どこだ……どこから漏れた!?)
専用の救命ボートへ急ぎながらブルーマン公爵は歯噛みした。
遊覧船だと貴族たちに見せ付けることで密輸船の偽証を兼ねていた進水式。
それを公爵自身の断罪式に変えたのは、内部からの裏切り者に違いない。
あまりにも知りすぎている。
(パーティー会場でばらまかれた書類、あれはすべて本物だった)
誰かに盗まれたのだ。
公爵自身しか知らない書類を盗み出し、あの演出を整えられた人物。
船の製造業者か、あるいは内部の犯行か……
いずれにせよ、ここまで自分を追い込んだ奴はただじゃおかない。
(この国での活動はもう終わりだ……それは仕方ない)
だが、ブルーマン公爵はいくつもの顔を持っている。
魔道具を使って顔を変え、他国の公爵としても君臨しているのだ。
(この私を虚仮にした国など滅んでしまえ)
他国を使い、隣国を扇動し、この国を滅ぼしてみせよう。
自分こそが世界の影の支配者。
裏からすべてを牛耳る、真の王なのだから……!
「閣下、この位置なら周りに気付かれずテクトゥス港へ行けます」
「よし。そこから馬車を乗り継いでオーガストに避難する。行くぞ」
「はっ!」
ブルーマン公爵は側近の騎士たちと共に船尾に赴いた。
爆発から逃れたそこは貴族たちが避難する救命ボートとは真反対にある場所だ。
薄暗い廊下の中、まず騎士たちがボートの中を確かめた。
騎士の一人が出てくる。
「閣下、大丈夫そうです。お早く中へ」
「あぁ、わかっ」
視界が白い光で満たされた。
後ろに吹き飛ばされ、壁に激突して衝撃が臓腑を貫いた。
キーン……と耳鳴りがする。全身が痺れてうまく動けなかった。
「な、にが……」
彼が目を開けた時、救命ボートがごうごうと燃えさかっていた。
パチ、と火花が爆ぜて何かが転がってくる。
それは騎士の腕だった。
「ひ……! い、一体、何がどうなって」
「──あの日から、五年」
かつ、と。
爆発音に負けず耳に響くその音は、死神の歩みを思わせた。
かつ、かつ、かつ。
一歩近づくごとに死の気配を濃厚に感じる、恐怖の具現。
「来る日も来る日も、お前たちを破滅させることを考えていたわ」
ぬぅ、と影からかたどったように女が出て来た。
白い女だ。
月白色のドレスを身に纏い、雨色の瞳が冷たく光っている。
「聖女……いや」
違う。
ブルーアン公爵は直感的に思い出した。
自分に強い恨みを持つ者。ここ最近貴族界隈を賑わせている亡霊の名を。
「お前たちを泣かす、この時のために」
雪のような白髪がだんだんと血の色に染まり、ドレスすら黒に変化する。
まるで葬式に参列する貴婦人のようだ。
変わり果てたその姿を見てブルーアン公爵は乾いた笑みを浮かべた。
「あぁ、貴様だったのか」
その名を口にする。
「アリア・ランデリス……いや、聖女テレサ!!」
「久しぶり。そしてさようなら。ブルーマン公爵」
テレサは嗤った。
「死よりも恐ろしい苦痛を与えて、殺してやるわ」
「ほざけ」
ブルーマン公爵は壁を支えにして立ち上がった。
その懐から銃を取り出し、テレサに向ける。
すぐさまその引き金を引こうとして──
「死にぞこないに何が出来る。ここで死ぬのは貴様だ!」
「あはっ」
アリアは口の端を吊り上げ、口元に手を当てた。
「少なくとも、あなたをなぶることが出来るわ」
──ひゅんっ!
ブルーマン公爵は目を丸くする。
手が軽い。いや違う。感覚がなくなった。
「!?!?!?」
ぼたり、と手が落ちて。
噴水のように血が噴き出した。
「ぎゃぁあああああああああああ! 手! 手が、私の手がぁああああああ!」
「馬鹿ね。そう簡単に撃たせると思った?」
アリアは地面から生やした茨を操りながら嗤う。
「お前が隣国で製造している武器のことなんてお見通しよ。間抜け」
「ぐぅ、き、さま……」
ブルーマン公爵は這う這うの体で壁に身を預け、アリアを睨んだ。
「聖女となって生き延びておったか……なぜ今になって私を襲う」
「なぜ? なぜですって?」
「ぐぁあああああああああああああ!」
茨が鞭のようにしなり、ブルーアン公爵の肩を貫通させた。
ぐりぐりと、肩の内部でうごめく茨が無限の苦痛を与える。
「お前がランデリス領の水源に鬼人薬をばらまかなければ……お前が戦争の支配なんてくだらない目的で鬼人薬の実験をしなければ……」
「やめ、あ、やめてくれぇえええ!!」
「私の父は! 母は! 兄は! 名誉を穢されずに済んだ! 故郷の地を追いやられることもなかった!」
アリアの周囲に無数に茨が生えてくる。
触手のようにうねらせたそれを、アリアは砲弾のように撃ち放つ。
「それをなぜと問うのか。この外道っ!!」
アリアがブルーマン公爵を手にかけようとしたその時だ。
──……ひゅんっ!
一筋の斬撃がアリアの茨を打ち散らした。
アリアが咄嗟に飛び退く。
ブルーマン公爵は縋るような目でそちらを見た。
黒。黒い男だ。
すべてを黒に包んだ死神のような出で立ちの男がいた。
「……アーカイム卿」
ノクス・アーカイムがそこにいた。




