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第三十八話 アリアの真実①

 


 ーー五年前。


 --ルミリオン王国ランデリス領


 地平線まで一望できる小高い丘があった。

 春になると紫色の花が咲き誇り、吹き抜ける風が花弁を空高く舞い上がらせるさまは幻想的だ。赤髪の少女は花畑を駆け回り、花弁のなかで一人踊っていた。


「見て見てお兄様! 私、いま天国にいるんじゃないかしら!?」


 少女の振り返った先には彼女の兄がいた。

 赤髪短髪の精悍な青年は呆れ顔で妹をたしなめる。


「馬鹿言ってないで、前を見ろ。転ぶぞ」

「なによぅ、妹のドレス姿に見惚れないの?」

「はいはい、うちの妹はちょーかわいい」

「棒読みぃ!」


 少女は抗議するように兄の所へ走り、彼の胸に飛び込んだ。

「ん!」と頭を突き出すのは頭を撫でろの合図。

 上目遣いで妹にねだられた兄はあっけなく陥落し、無骨な手を妹の頭に乗せる。


「お前はほんとに甘えたがりだな……アリア」


 猫のように目を細める少女──アリアは兄の胸に頭をこすり付けた。


「今は周りに誰もいないもの。兄として妹を甘やかすのは義務じゃない?」

「この減らず口がなければ可愛いんだがなぁ」

「なんですって!」

「この気が強いところがなければ可愛いんだがなぁ」

「なによ、エンシオお兄様の馬鹿! もう知らない!」


 エンシオは苦笑し、逃げようとする妹を抱きしめた。


「嘘だよ。そういうところも全部可愛いよ」

「……最初からそう言えばいいのよ」

「はいはい」


 エンシオはゆっくりと手を動かし、妹の頭を撫でる。

 口では生意気なことを言いながらも、アリアはされるがままにしていた。


「で、何があった?」

「え?」

「とぼけんな。お前がここ連れてこいってごねる時は嫌なことがあった時って相場が決まってんだよ」

「……うん」


 アリアはため息をついた。

 兄から身体を離し、隣に座って、膝を抱えて座り込む。

 花畑の香りに包まれながら、唇を噛み、話し始めた。


「貴族院にクリスティーヌって男爵家の下級生がいるんだけど……」


 アリアが話したのはエンシオも知る妹と婚約者の不仲の話。

 貴族院に在学中の彼女は生徒会副会長としてジゼルを支えていたが、今年庶務として入会したクリスティーヌという女がジゼルにまとわりついているという話だった。いくら不仲であっても、ジゼルとアリアは婚約者。そんな中で他の女と二人きりになったり、抱き合ったりするのは良くない。


 アリアの尊厳と踏みつけ、ランデリス家を侮辱する行為だ。

 アリアはジゼルに抗議したが、新たな恋にお熱の王子には聞き入れてもらえなかった。


 周りはアリアに同情的だ。

 身分社会の縮図でもある貴族院は最下級貴族である男爵家が伯爵家の令嬢を差し置いて王子と仲良くすることをよく思っていない。アリアが生徒会副会長としてジゼルを支えていることも大きかった。むしろ王子を責める声が大半なのに、あの二人は自分たちの世界に入ってしまっている。このままでは王子の立太子すら危うくなってしまう。


「だから私、クリスティーヌのほうをどうにかしようと思ったの」


 ──男爵令嬢であるあなたが王子に話しかけるなんて身の程を知ったら?

 ──身分は大切にしないと、社会はあなたを破滅に追い込むわよ。

 ──殿下に近付かないで。これはあなたのために言ってるのよ。


 ジゼルが話を聞かないならば仕方ない。伯爵令嬢であるアリアが言えば、男爵令嬢の彼女も多少大人しくなるだろう……。

 その考えが甘かった。


「あの子、私が話したらいきなり泣き出したのよ」


 ──ごめんなさい、わたくしが身の程知らずだったの。

 ──独りで頑張っているあの方を見るのが堪えられなくて。


 まるで周囲を惑わす魔女の言葉のようだ。

 風向きが変わった。

 アリアが責められるようになった。


 生徒会の仕事をジゼルに押し付けて社交界に出入りする嫌な女だと囁かれた。

 貴族院の予算を横領して自分の贅沢に使っている悪女だと罵られた。

 身分を笠に着て下級貴族をいじめる嫉妬深い女だと嗤われた。


「ねぇお兄様。私、間違ったこと言った?」


 社交界に出入りしていたのは執務ばかりで社交に目を向けないジゼルのためだ。

 ジゼルが社交に疎い分、アリアが周りを繋いで後ろ盾を作らなければならなかった。

 貴族院の予算を横領したことなんてない。

 むしろジゼルがいつもお祭りの時に予算をオーバーさせるせいで私財で補填しなければならなかった。


 クリスティーヌのこともそうだ。

 あの時、第一王子派の過激派ではクリスティーヌを秘密裏に始末する話が出ていた。


 アリアは説得した。自分が頑張ってみるからもう少し待ってくれと。

 実際、嫌がらせをするような者もいて、アリアはそれを窘めた。

 彼らの行いは全部アリアのせいになっていた。


「正しいことを言っただけなのに、どうして私が責められるの?」


 涙ぐむ妹の肩を、エンシオが抱き寄せた。


「お前は間違っていない」

「……っ」

「高貴なる者には大いなる義務を。ランデリス家の令嬢に相応しいふるまいだ。誇りに思うよ」

「お兄様……」

「ただまぁ、もっと賢く立ち回ることもできたかもしれないな。例えば第二王子派を使って一時的にジゼル殿下の評判を落とす、とか。ライバル視している第二王子から揶揄されれば、さすがのジゼル殿下も気付くかもしれない」

「……お父様と同じことを言うのね。お兄様はもっと私を甘やかすべきよ」

「はいはい、どーせ俺は口うるさい兄ですよ」


 そう言いつつも、エンシオはアリアをきつく抱きしめていた。

 少し痛いほどだったけれど、その分、彼の憤りが伝わってくるようでアリアは嬉しかった。


「少し我慢してろ。俺も親父もお袋もお前の味方だ。何とかしてやるさ」

「ほんと?」

「あぁ。ぽっと出の女がランデリス家の令嬢を侮辱したらどうなるか、分からせてやらないとな。あの馬鹿王子の目も覚ませなきゃならん」

「酷いことはしないでね?」

「それは保証できん。なにせ可愛い妹を貶めたんだからな」


 エンシオはからからと笑った。

 あぁもう大丈夫だ、とアリアは安心して頭を兄の肩に寄せる。

 これまでも父や兄はアリアを助け、支え、教え、導いてくれた。

 第一王子との婚約者という大役は不安がいっぱいだったけれど、この家族がいるなら乗り越えていける。母も、王子の尻を蹴り飛ばすくらい堂々していなさいと言ってくれた。だから自分は、もう大丈夫だ……。


 ホッとした途端、胸に激痛が走った。


「う……」

「アリア!?」

「い、いたい……いたいよ……おにい、さま」

「アリア、しっかりしろ! アリ……ア……今……を……アリア!」


 遠ざかる声を聞きながら、アリアは意識を手放した。


 翌日──


「心臓の病です。おそらくあと一年は生きられないでしょう」


 そう、宣告されたのだ。




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