第三十一話 しばしの別れ
「それじゃあ、またすぐに来るわね」
公爵邸の門前でテレサとノクスはレイチェルを見送っていた。
竜車に荷物を積み込んだ彼女は名残惜しそうに二人を見る。
「本当はもっともっと、も~~~っとここに居たいところなんだけど」
「ふん。社交シーズンでもないのに滞在するな」
「それを言うならあなたが騎士を続けてることもおかしいからね?」
レイチェルの刺した鋭い釘にノクスは目を逸らす。
そう、こう見えて公爵なのである。
アーカイム家の当主は魔獣を狩り続ける義務があるとはいえ──
領地に帰らず王都で職務に励むノクスは例外中の例外と言える。
「俺が帰っても喜ぶ奴は居ない」
「もう。すぐに捻くれるんだから。誰に似たのかしら」
「まだ仕事が残ってるんだ。悪女アリア・ランデリスを探すという仕事がな」
ドキッとしたテレサだが顔には出さない。
にこにことノクスを見上げて言った。
「お仕事は進んでいるんですか?」
「あぁ、もうすぐミシェルが情報を持って帰ってくるはずだ」
「……それはそれは」
(何か掴んだ? いいえ、ボロを出すようなヘマはしていないはず)
テレサは湧き出る感情を押し殺した。
「見つかるといいですね」
「必ず見つけるさ。どんなことをしてもな」
「……」
「ふふ。二人が仲良さそうで何よりだわ」
レイチェルは微笑んで、
「テレサさん、ノクスのこと、よろしくお願いしますね」
「お任せください、お義母様。身共が旦那様を真人間にしてあげます」
「まるで俺が真人間じゃないみたいな言い方だな」
「少なくとも司祭の腕を斬り落とさない人間にして見せます」
「……」
ノクスは渋面を浮かべる。
レイチェルはおかしそうにお腹を抱えたのだった。
◆◇◆◇
レイチェルが帰った翌日。
「奥様、招待状が届きました」
「まぁ。どなたから?」
「クリスティーヌ王太子妃様からです」
「!」
心配そうなエマから手紙を受け取ったテレサ。
はやる気持ちを抑えて手紙を読むと、そこには茶会の招待状が書かれていた。
(ついに来た!)
テレサは立ち上がり、急いで執務室へ向かった。
最近は妙に帰りが早い公爵殿は執務室で仕事に励んでいる。
彼はテレサが入るなり言った。
「ダメだ」
「え。まだ何も」
「言ったはずだぞ。奴との接触は必要最低限にしろと」
ノクスはとりつく暇もなく書類に目を落としてしまう。
だが、こんなところで躓かれては困るのだ。
テレサは茶会へ向かうべく説得文句を並べる。
「でも王子妃殿下からの招待状ですよ? 断れるんですか?」
「問題ない。ジゼル殿下はまだ正式に王位継承者となったわけではないからな」
「王妃陛下も来るって書いてあるんですけど」
ノクスの動きが止まった。
テレサは突破口を見出して攻め立ててみる。
「公爵家といえど王妃様が出席する茶会に欠席することは不味いですよ。聖女のわたしにだって分かります。このお茶会は行ったほうがいいんじゃないですか?」
「……」
ノクスは怪訝そうにテレサのほうを見た。
「今度は何を企んでいる?」
「失敬な。身共が何かを企んでいる時がありましたか?」
「いつも悪巧みをしている顔をしている」
「どんな顔ですか!」
「そんな顔だ。鏡を見てみろ」
思わず鏡を見てみたテレサだった。
いや別に、普通の顔をしていますけど。
「はぁ……まぁ分かった」
「分かってくれたんですか?」
「あぁ、俺も行く」
「よかった。じゃあ今すぐお返事を…………はい?」
テレサは目が点になった。
「俺も行く。お前を監視するのは直接見張ったほうがいいからな」
(うそぉ……)




