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第二十四話 望まざる再会

 

 パーティーでの護衛というのは退屈なものだ。

 王室近衛隊の第二部隊の隊長であり、第一王子の幼馴染であるヘルムートは玄関ホールに入りながらそう思った。敵対派閥のパーティーならいざ知らず、中立派閥が主催する下パーティーで第一王子を公の場で毒殺ないしは害することを考える者は少ない。山賊や暗殺者が襲ってくるのはもっぱらバルコニーや移動の最中で、パーティー会場で暗殺などといった目立つような真似は黒幕の首を絞める結果になるからだ。


(無事に着いたか。ちょっと疲れたな……)


 王城からこちら緊張したせいかどっと疲れが押し寄せて来た。この会場に入ったら一安心だ。肩の力を抜いたヘルムートは落ち着いて周りを見渡した。


(聖女と公爵の親族披露宴。さすがにそうそうたる面子が集まっているな……)


 それも当然だろう。

 聖女テレサ・ロッテは民衆から最も人気のある女性だ。

 清廉潔白な振る舞いや弱き者たちを癒し守る、高貴なる者の義務を体現する存在。


 彼女の結婚に対して民衆の反応はあまり芳しくない。

 民衆たちを癒していたその力を貴族が独占するのかという批判も多い。

 それはランデリス領を接収した、ジゼルの五年前の振る舞いを思わせた。


(いや、あれはあの女が罪を犯したからだ。同情の余地はない)


 ヘルムートが慌てて首を振っていると、前を往く主たちが呟いた。


「辛気臭い城だな。まぁ、前よりマシになったか」

「素敵なお城じゃないですか。あたし、こういうの好きだなぁ」


 ヘルムートは内心で舌打ちした。

 暗黒公爵の偉業と威容は近衛騎士であるヘルムートの耳にも届いている。

 実際にその実力を目の当たりにした自分からすれば、彼らの発言は迂闊だと言わざるを得ない。


(お願いだから今日は問題を起こすのやめてくださいよ……)


 婚約者の軽率な振る舞いも、主の傲慢態度も。

 一介の護衛騎士であるヘルムートには止めようがないものだ。

 何度忠告しても受け入れてくれなかったあたり、ヘルムートは諦めを感じている。


(まぁ、今日は大丈夫だろう。さすがに五年前のようなことはないはずだ)


「ヘルムート。護衛はもういい。お前もパーティーを楽しめ」

「はっ」


 帯剣を許されなかった護衛騎士は主に一礼してその場を後にする。

 ジゼルたちは聖女たちに挨拶をするつもりだろう。

 自分も主たちの挨拶が終わるまで、少し休ませてもらうとするか──



「……こんなところで会うなんて」



 全身が総毛立った。

 ヘルムートは勢いよく振り向いた。


 聖女が。

 聖女が、笑っていた。

 雪色の髪を耳にかけ、唇を弧に描く微笑はまさに天使そのものだった。


 ──その瞳に、燃え滾る憎悪がなければ。


 飢えた魔獣を前にしたような圧迫感が彼の肩にのしかかる。

 それは彼が魔獣との戦いで何度も感じた死の予感そのものだった。


「……っ」


 ヘルムートは思わず腰に当てた。

 しかし手は空を切っている。

 そうだ、剣は執事に預けたんだ。


(まずい、殿下を)


 飛び出そうとした彼の肩から、突如として圧迫感が消える。

 はたと我に返れば、聖女はただ笑っているだけだった。


「聖女テレサ・ロッテだな。ジゼル・オルブライトだ。婚約おめでとう」

「おめでとうござます。聖女様、お会い出来て嬉しいですわ」


 テレサはゆっくりと膝を折った。

 白魚のような手がスカートの両端をつまみ、優雅にカーテシー。

 それは上級貴族すら感嘆するような、洗練された仕草だった。


「お初にお目にかかります。ジゼル王太子殿下、クリスティーヌ王太子妃様。お噂はかねがね……こちらこそお会い出来て光栄でございます」


 テレサはアーモンド形の目をやわらげた。


「申し訳ありません。夫もすぐに来るかと思いますので」

「こちらが遅れたせいだ。気にするな」

「寛大なお心に感謝します」

「テレサ様とはぜひ一度ゆっくりお話したかったんです。よろしければお茶でもいかがでしょう?」

「まぁクリスティーヌ様。光栄でございます」


 和やかに歓談を始める聖女たちを見て、微笑ましい視線が集まる。

 ヘルムートは深く息を吐き出した。


(気のせいか……?)


 突如覚えた、まるで野生の虎を前にしたかのような圧迫感。

 近衛騎士団長を前にしたような感覚を思い出して身震いする。


(聖女から殺気が溢れたような気がしたが)


 あの感覚。

 あれをどこかで感じたような気もするが──


「おぉ。ヘルムート卿ではないか! 調子はどうだね」

「あ、ノルツ卿。お久しぶりです。ぼちぼちですかね……」


 その違和感は知己との歓談の最中に消えていった。




 ◆◇◆◇




 一方、ノクスもまたテレサの変化に気付いていた。

 くろがね山脈からやってくる魔獣にも劣らない、濃厚な殺気を彼が感じないはずがはない。


「……聖女?」

「だからお前は公爵としての自覚が──ノクス?」


 会話の途中だったセシリオの言葉にノクスは口元に手を当てた。


「今のは」

「旦那様」

「気づいたか、イェンツォ」

「はい」


 後ろから筆頭執事が話しかけてくる。

 ノクスはテレサから目を離さずに確かめた。


「聖女と第一王子に関わりは?」

「分かりません。あるとすれば式典の時くらいでしょう」

「……だとすれば、さっきのあれはなんだ」


 まるで親の仇を前にしたような、憎しみに満ちた目だった。

 聖女として浮かべるいつもの笑顔ではない。

 仮面の奥にある聖女の素顔がそこにある。


(怒り、憎しみ、悲しみ、それ以上の……無力感?)


「ジゼル・オルブライト。五年前の事件で一躍時の人になった次代の王」


 セシリオが囁くように言った。


「君が探し求めてるアリア・ランデリスと最も関係の深い男だね」

「……そうだな」


 そもそもアリア事件の発端は五年前にさかのぼる。

 当時、アリアとジゼルは婚約者同士だったが不仲ということで有名だった。


 気の強いアリアはプライドが高く、また嫉妬深かった。ジゼルが誰か女子生徒と話すだけで眉尻をつりあげ、公の場で注意するほど独占欲が強かったらしい。自分本位だから公務そっちのけで遊ぼうとするし、王太子妃として割り当てられた予算を自分の領地に横領してしまうほど悪行が目立っていた……と言われている。


 そんなアリアにジゼルが嫌気を差していた時に出会ったのがクリスティーヌだ。

 二歳年下で男爵令嬢だったクリスティーヌは学年首席で貴族院に入学した。

 生徒会に入学した彼女はジゼルの右腕として打てば響くような受け答えをみせ、上級貴族にも引けを取らないほどの教養を見せたのだ。


 二人の関係は徐々に近く、親密になっていく。

 プライドの高いアリアはジゼルから離れるように声を荒立て、クリスティーヌを執拗な苛めた。


『私が殿下と会う約束をしていたのに!』

『お前みたいな何の責任もない小娘が殿下に近付かないで!』


 クリスティーヌに手を挙げるアリアの姿は何人もの生徒が目撃している。

 陰湿な虐めを受けていたクリスティーヌは、しかし、ジゼルにも頼らずアリアを説得しようとして……。

 そのことがジゼルの耳に入り、二人は婚約破棄に至った。

 そして、アリアは領民百人を殺す凄惨な事件を起こすのだ。


 犯罪者を出したランデリス家は没落し、その領地は王家に割譲のうえジゼルが接収した。それ以降、ジゼルはクリスティーヌと共にランデリス領の復興で大きく名を挙げている……。


「……彼女が聖女になったのは三年前だったな」


 ノクスは頭の中で疑問を列挙していた。


 ──テレサは王太子に対して何らかの確執を抱いている?


 ──平民の彼女が王太子に抱く場面は? 動機は?


 ──教会が手塩にかけて育てた聖女という噂は真実か、嘘か?


 無数の可能性と推測が錯綜し、頭がおかしくなりそうになる。

 まだ情報が少なすぎる。

 テレサとジゼルがどういう関係になるのか不明だ。


「そんなに気になるなら聞いてみれば?」

「聞いて、答えるような女だったら楽だったんだがな」


 イェーガーが調べて素性一つ分からなかった女だ。

 彼女は決して他人に踏み込ませない線を持っている。

 ノクスはテレサたちのところへ歩きながら、彼女の真意を思う。


(テレサ……お前は一体、何を隠している?)




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