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第二十三話 婚約披露宴②

 

「テレサさん」


 当主の挨拶を終えて最初にやってきたのはレイチェルだった。

 談話室で見た柔和な雰囲気をそのままに『麗しき淑女』と呼ばれるに相応しい気品を纏っている。彼女は周りに聞こえるような声で言った。


「あなたなら大事な息子を任せられるわ、ノクスのこと、よろしくお願いね」

「はい、もちろんです」

「ノクスも、当主としてテレサさんをしっかり支えてあげなさい」

「あぁ、分かってる」


 レイチェルの何気ない一言で周りがざわついた。


「レイチェル様がテレサ様の嫁入りを認めた……?」

「あの方が大丈夫と判断したなら、問題なさそうだな」

「レイチェル様と当主は不仲だったように思っていたが、変わったのか……?」


 テレサはウインクするレイチェルを見て彼女の意図を察した。


(公言してくれたのね。ありがたいことだわ)


 わざとテレサを認める発言をすることで周囲からの軋轢を防いでくれたのだ。

 忌み嫌われている当主よりも、実質的に公爵領を運営しているレイチェルが信頼している以上、テレサを馬鹿にしたり見下したりすることはレイチェルの顔に泥を塗ることになる。そしてそれは、テレサを選んだノクスを守ることにもつながるだろう。


「本当に大事に思われているんですね、旦那様」

「ふん、余計な真似を」

「あとでお礼を言わなきゃですね」

「……あぁ」


 ノクスの口元が緩んでいて、テレサも嬉しくなる。

 親子がわだかまっているところを見るのは辛いものだ。

 生きているなら、仲良しでいるのが一番である。


「行くぞ。俺の後ろについて、話しかけられるまで不用意に口を開くな」

「はい」


 テレサはノクスの後ろに公爵家の親戚たちに挨拶をして回った。

 さすがはアーカイム公爵家というべきか、高級官僚や大臣など国の要職についている者が多い。


 レイチェルの発言のおかげで無碍にはされなかったものの、彼らはどこか一線を引いたような態度だった。おそらく、教会の代表である聖女を政治の第一線を張る懐に入れまいとする配慮だろう。


(まぁそのほうが都合がいいわ。変に仲良くなりたくないし)


 彼らの中にはアリアとして生きていた頃に知り合った者もいる。

 もちろんこちらのことは分からないだろうが、警戒するに越したことはないのだ。


(……ふぅ。でもさすがに数が多いわね)


 数十組ほど挨拶をして、そろそろ疲れを感じ始めたころだった。

 二人組の男女がノクスとテレサの下に近付いて来た。


「やぁ、ノクス」

「セシリオか」


 年の頃は二十代前半だろうか。

 柔和な顔立ちが誠実そうな印象を抱かせる、黒髪の男だ。

 その後ろには顔立ちの似た、ポニーテールの少女も付き添っている。


「元気そうだね。あえて嬉しいよ」


 セシリオは言った。

 ノクスを相手にアメジストの瞳を細めるあたり相当親しいと見える。


「まさか君が教会の聖女と結婚するとは思わなかったけど」

「世継ぎが出来ない当主に成り代われなくて残念だったな」

(んん……?)


 いきなり喧嘩腰のノクスだ。

 不穏なやりとりに訝しんでいると、セシリオと呼ばれた男は言った。


「いやいや、君がやっと当主の自覚を持ってくれたと思うと嬉しくてね。毎回毎回僕が君への苦情を処理するのにどれだけ駆けまわってるか知ってる?」

「知らん。興味もない」

「……ほんとに相変わらずだな、君は」


 セシリオはそれでようやくテレサに向き合った。


「お初にお目にかかります、聖女テレサ。僕はセシリオ・アーカイム。こちらは妹のソフィ」

「初めまして、聖女様。よろしくお願いいたしますわ」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 テレサは優雅にカーテシーを返した。


「ノクス。積もる話もあることだし、少しあっちで話さない?」

「別に構わんが」


 ノクスはテレサを一瞥した。


「少し離れる。ここから動くなよ」

「かしこまりました、旦那様」


 ノクスが離れていくと、テレサはソフィと二人きりになった。

 会話がない。気まずい。

 最近の令嬢はどんな話題を好むんだっけ、とテレサが記憶を思い返していると、


「フ」


 嘲笑が聞こえた。

 顔を向ければ、アメジストの瞳には侮蔑の色が浮かんでいた。


「テレサ様は立場が良く分かっていらっしゃいますのね」

「……ソフィ様?」

「ド底辺の平民風情が公爵様と対等なわけがありませんもの。夫に頭が上がらないその態度、まるで躾けの行き届いた使用人のようですわ」


 クスクス、クスクス、とソフィは嗤う。


「かしこまりました、ですって。笑っちゃうわぁ」

(あ~、やっと来た。来たのね。懐かしいわ)


 明らかに見下した態度だが、テレサは不思議と不快に感じなかった。

 アリアだった二十歳のあの頃なら憤っていたかもしれない。


 けれども、二十五歳のテレサは立派な大人のレディ。

 子供がぎゃーすか喚こうが、小鳥のさえずりのごとく聞き流して見せる。


 視界の端で親族たちと談笑するレイチェルが視線を送って来た。

 大丈夫?と無言の問いかけに頷いておく。


「聖女なんだか知りませんけど、卑しい血は態度に表れてしまうのねぇ」

「はい」


 テレサは笑顔で答えた。


「ノクス様はわたしにはもったいないほどのお方です。これからは公爵夫人として(・・・・・・・)、誠心誠意お支えしたいと思っております」


 ノクスが認めた妻にどうこう言うつもり? と言葉に刃を忍ばせる。

 ソフィはたじろぎ、


「か、神の僕たらんとする聖女が一人の男を支えるなんて、恥ずかしくないの?」

「いいえ。身共は何も恥ずべきことはしておりません」


 テレサは余裕そうに首を横に振って見せる。


「今回の結婚は王国と教会、ひいては民の未来のために陛下が組まれたもの。わたしは公爵様の妻となっても聖女であることをやめたりはしませんし、教会の僕として政治に介入するようなこともいたしません。ただ、わたしが結婚したほうがより民を幸せにできる──そう考えたまででございます」

「ぐ……っ」


 国王と教会が決めたものに口出しする気ですか? と仄めかして見せる。

 貴族同士の暗喩ならテレサはお手の物。

 こちとら、蹴落とし合いの貴族院を生き抜いてきたのだ。

 教会の中でも派閥間でくだらないポジション争いを勝ち抜いたのである。


(あんたみたいな子供、相手にもしてやんないんだから)


 ふん、と心なしか勝ち誇るテレサ。

 僅かなやり取りで『格』の差を見せ付けられたご令嬢は涙目で歯噛みする。


「こ、こんな女にノクスお兄様が取られるなんてぇ……!」

「ソフィ様はノクス様を慕っていらしたのね。()に人望があって嬉しいです♪」

「この……!」


 軽い口調で言ってみたものの、テレサの言葉は本音だった。

 先ほど挨拶した時から節々に感じた、当主への畏怖。

 親しげな口調ながらも彼らはノクスと一線を引き、恐れているように見える。


(でもこの兄妹はそうじゃない。まぁ兄の関係はよく分からないけど)


 少なくともこの妹はノクスを慕っているのではないか。

 あるいは彼が当主だからこそ狙っているのか。

 その真意を確かめるべく、テレサは再び挑戦的な言葉を投げつけ──


「おい、あの方は……」

「あぁ。まさかこんなところに来られるなんてな」

「だが陛下の名代とあらば無碍には出来ん。相手は次期国王だ」


 ──え?


「辛気臭い家だな。まぁ、前よりマシになったか」


 テレサは勢いよく振り向いた。


(あいつは……あいつらは)


 金色の髪は太陽をあらわす王家の象徴。

 整った顔立ちのせいか年上女性から甘やかされることが多いお坊ちゃま気質。

 婚約者がいるにも関わらず女性を侍らせる王族の問題児──


 ジゼル・オルブライト。

 アリア・ランデリスの元婚約者である。

 そして、彼にエスコートされながら無邪気に歩くのは。


「素敵なところじゃないですか。わたくし、こういうの好きです」

「そうか。なら俺も好きだ」


 小柄な金髪の令嬢である。

 純粋無垢でみんなに愛される、ぱっちりとしたアーモンド形の目が可愛らしい。

 ジゼルの腕にぴったりとくっついて、男の庇護欲をさそうことには天才的な手腕をほこる。


「ジゼル殿下と、クリスティーヌ様……? まさかノクス様が呼んだのかしら」


 ぽつりと呟いたソフィ。

 その横で、テレサは彼らの顔を凝視していた。


「……こんなところで会うなんて」


 雨色の瞳にどす黒い感情の火花が散る。




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