第二十二話 婚約披露宴①
「ごめんね。結局派閥のこと全然教えられなくて」
明くる日の夕暮れ時、テレサは談話室でレイチェルと話していた。
空白の時間を埋めるように朝まで息子と話し込んでいた彼女は先ほどまで寝ていて、婚約披露宴のために着飾ったテレサと話していた。
「問題ありません。身共は旦那様の後ろでお人形になっている予定です」
「まぁ。ずいぶんと美しいお人形ね」
くすくす、とレイチェルは笑った。
「でも大丈夫。今のあなたなら派閥なんて関係なくみんな黙っちゃうから」
「そうですか?」
「そうよぉ。うふふ。こーんなに可愛い子が私の娘になったなんて信じられない。とっても嬉しいわ♩」
レイチェルは憑き物が落ちたように晴れやかだ。
温かい目でテレサを見る彼女は膝の上で手を合わせて言った。
「ありがとうね、本当に」
「身共は何もしていませんので」
「……もう、またそれ?」
レイチェルは呆れたように言って立ち上がった。
「でもそうね……それがあなたの魅力なのかも」
「お義母様?」
「なんでもないわ。さて、そろそろ自慢の娘を息子に譲りますか」
レイチェルが踵を返すと、ちょうどノクスが談話室に入ってきた。
「皆が集まってる。テレサ。そろそろ」
「はい」
「ノクス? 素敵に着飾ったお嫁さんに何か言うことは?」
母親らしい圧をかもしだすレイチェルにノクスは言葉を詰まらせる。
テレサを見て、レイチェルを見て、視線を彷徨わせた彼は顔を背けた。
「……よく似合っている」
「ありがとうございます。旦那様」
テレサが着ているのは白を基調としたレースドレスだ。
蒼色の刺繍が散りばめられていて、スカ―トにはフリルがついている。
スラッとした体形を魅せるタイトなドレスだった。
「それじゃあ、行くか」
「はい」
ノクスが差し出した肘に手を置き、テレサは歩き出す。
既に大勢の親族たちが集まった玄関ホールは賑わっていた。
親族たちの再会に笑顔を咲かせて歓談する者達。
しかし二人が姿を現すと、ざわめきの波は潮が引くように消えていった。
「……」
テレサは反射的に身体を強張らせた。
空気が張り詰めている。
彼らが見ているのは自分であり、自分ではない。
自分の隣に立つ男だ。
当主、と一言で言い表せない。
ただの貴族の親族会ではありえない、恐怖と敵意が会場に蔓延していた。
それは一体、どれほどの孤独を彼に感じさせただろう。
(暗黒公爵ノクス・アーカイム……か)
ノクスは階段の途中で立ち止まった。
「皆、よく集まってくれた」
重みのある鐘のような声が響き渡る。
ぴたりと静まり返った室内で当主たる男の声に誰もが耳を傾けた。
ノクスは一人一人の顔を見回し、
「久しく会うものも多く、積もる話もあるだろうが、まずは俺の妻を紹介させてほしいーー今回、ルナテア教会から輿入れすることになった聖女テレサ・ロッテだ」
紹介に預かったテレサは優雅にカーテシーを見せる。
ノクスは頷いて、
「彼女の力は我が公爵家を繁栄させる礎となるだろう。類まれな人格者であることは言うまでもない。この中には教会に思うところがある者も多いだろうが、皆、良くしてやってほしい。以上だ。パーティーを楽しんでくれ」
ノクスが手を挙げると、控えめな管弦楽の音色が玄関ホールを彩り始めた。
音楽隊に指示をしたその手はそのまま、テレサをエスコートするために差し出される。途端、張り詰めていた緊張の糸が緩むのをテレサは感じた。
「出席者たちの名は覚えているな?」
「もちろんです」
「……くれぐれも気を付けろ。アーカイム家は教会に優しくない」
「それはもう、分かっています」
なにせ契約夫に部下の腕を落とされたくらいだし。
「大丈夫です。旦那様」
テレサは微笑んだ。
「身共は悪女で、聖女ですから」




