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第十八話 聖女様の線引き

 

 アーカイム公爵家は百年以上前の王弟が臣籍降下して生まれた歴史ある家柄だ。

 宗家の血を引くノクスを筆頭に、軍務大臣や近衛騎士など優秀な人材を多数輩出している。そんな家だから、屋敷で行われるパーティーはとにかく大規模だった。


 いつから用意していたのか、公爵家の大広間は華やかに飾り付けられている。

 このあと来るノクスの母のために、テレサは私室で着替えの準備をしていた。

 テレサは後日行われる婚約披露宴の出席者リストを眺めて呟く。


「……王族、か」


 出席者たちの名簿は既に頭に入っている。

 アリアが最も恨みを持つ第一王子の名前がないことは不幸中の幸いだった。

 もしも出会ってしまえば、どんなことをしてしまうか分からないから。


(今はまだ、時期尚早。まずは手足をもぐのよ)

「そんなことよりテレサ様っ、お化粧の時間ですよ!」

「え?」


 テレサが振り向くと、きゅぴーんと目を光らせたメイドたちが立ち並んでいた。

 お化粧係、着付け係、髪梳き係……

 テレサはこれから、婚約披露宴前にやってくるノクスの母と面会するのだ。

 そのために公爵夫人としての美を魅せよう、と意気込んでいるのである。


「えーっと……」


 じり、じり。

 あとずさるテレサに、公爵家のほこるお化粧三人衆が襲いかかってくる。


「とびっきり綺麗にして差し上げますからね、奥様!」

「旦那様の心なんてイチコロですよ!」

「奥様の綺麗さを世界に見せつける時が来ました!」

『まずはお風呂から!』


 美意識に欠けた女主人を磨き上げる使用人の情熱にテレサはかなわない。

 あれよこれよとされるがまま、聖女は磨き上げられていった。





 ◆◇◆◇◆





 まともに化粧をしたのは何年振りだろう、とテレサは思う。

 聖女として活動していた最近まで、テレサは公の場でも必要最低限の化粧しかしなかった。それは清貧を重んじる聖女としてのイメージを壊さないようにするためでもあったし、おしゃれに頓着しなかったということもある。


 ふわふわ、ふわふわと。

 気分が浮き足立っているような、不思議な感覚があった。


「とてもお綺麗ですよ、奥様」

「本当に……天から舞い降りた天使のようです」


 振り向く彼女からは薔薇の香りがただよった。お風呂上がりの香油を塗られ、丁寧に一櫛ずつ梳かれた白髪は艶めいている。まあるい雨色の瞳、唇には薄いピンクの口紅を塗り、頬にはうっすらとチークが入る。身体の線に沿った深藍色のドレスはスカートに薔薇があしらわれており、黒水晶のイヤリング がきらりと光る。


「素敵です。奥様」

「ありがとうございます。みんなの腕が良いからですね」

「奥様……」


 一仕事を終えた化粧係がじーんと瞼を熱くする。

 テレサは鏡に映る自分を見た。本当に別人みたいだ。

 アリアとも、テレサとも違う。

 酸っぱさも甘さも知り尽くした聖女の姿がそこにあった。


(これなら誰も気づかないわね)


 ーーコンコン。


「俺だ。入っていいか?」

「旦那様。どうぞ」


 使用人たちが壁際に避難し、テレサは部屋の中央でノクスを迎えた。

 がちゃりと開いた扉から黒い男が現れる。


「そろそろ時間だ。準備はーー」


 ノクスが言葉を失った。

 テレサは首を傾げた。


「旦那様?」

「……」

「ノクス・アーカイム公爵?」

「……あぁ、すまん」


 ノクスは我に返る。

 どうされたのですか?と聞くと、彼は目を逸らした。


「……なかなか様になってる」

「まぁ。お褒めいただきありがとうございます」

「……」


 ノクスはバツが悪そうな顔をした。

 本当に言いたいことではないが引っ込みがつかない……

 そんな様子を訝しげに思いつつも、今は彼がやって来た用のほうが先決で。


「お迎えに来てくれたのですよね、お母様はもう到着したのですか?」

「あぁ。行こう」

「はい」


 二人で廊下を歩きながら、テレサは言った。


「時に旦那様」

「なんだ」

「身共たちの関係のことはお母様には……」

「言ってない」

「そうですか」


 テレサはにっこりと笑みを浮かべた。


「それでは、契約妻として(・・・・・・)の務めを果たさせていただきますね」


 ノクスは一瞬立ち止まり、言った。


「あぁ。頼む」


 西日に照らされたその表情は影になって見えなかった。




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