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第十七話 意思と石

 


「服飾職人のドロアと申します」

「同じくデザイナーのシモネです。本日はよろしくお願いします。聖女様、いえアーカイム夫人」

「はい、よろしくお願いしますね」


 ノクスを見送ってから一時間ほどしてやってきたのは二人組の女性だ。

 今公爵領で最も売れっ子だという彼女たちは応接室に来るなり色とりどりの生地や既製品のドレス、宝石、ブローチ、首飾り、髪飾りなど、広げて、どんなのが好みだとか、どういう色にしたいとか、どういうドレスにしたいとか、テレサが最も興味のないことを聞いてくる。


(うぅ。ドレスなんて着られればなんでもいいんだけど)


 伯爵令嬢として生きて来た頃はテレサもおしゃれに気を遣ったものだ。

 新しいドレスを選ぶ時は三時間くらい迷ったし、首飾りや髪飾りにうんうんと頭を悩ませていた。

 そういう時間が楽しかったし、綺麗に着飾ったら褒めてくれる人たちも生きていた。


 けれども、あの事件からテレサはおしゃれどころではなくなった。

 生きることに必死になり、泥水をすすり、自分の目的のために一心に進んできた。

 聖女は神にかしずく、修道女の側面もある職業だ。

 公の場で着るものといえば聖衣一着だけで、宝石などで着飾ることもしなかった。


「奥様には絶対青のほうが似合うと思います!」

「いーえ! 奥様は赤です! 紅葉のように色鮮やかな色のほうが合いますもん!」


 ちょっとうるさいかな。注意しようかな。とテレサが思っていると、


「あなた達!」


 侍女であるエマが声をあげ、テレサは「ぉ」と思った。


(いいわよエマ! さすがは私が選んだ侍女だわ。ここはびしっと言って──)


「奥様は清楚で可憐なお方。白を基調としたドレスがお似合いになるに決まっているでしょう! 何を言ってるんですか!」

(いやあなたが何を言ってるの!?)


 テレサは内心で頭を抱える思いだった。

 女の子はいつでも着せ替え好きと聞くが、長らく公爵城に世話を焼く女主人たちがいなかった使用人たちにとって、自分の存在は予想以上に気休めになっていたのだろう。まぁ、日ごろから世話になっている身である。少しくらい着せ替え人形に甘んじるのも悪くはないか──


「あの、申し上げにくいのですが」


 その時、デザイナーのシモネが困ったように言った。


「公爵閣下から奥様には必ずどこかに黒を入れるように仰せつかっています。それを加味した上で選んでいただければと」

「え?」


 唖然としたテレサをよそに使用人たちは顔を見合わせ、

 きゃぁぁあああ! と黄色い悲鳴が上がった。


「黒を入れる? それってあれよね? そういうことよね?」

「旦那様が! あの冷血鉄面皮の旦那様が!?」


再び騒がしくなったメイドたちである。

 デザイナーのシモネは柔和な笑みを浮かべて頬に手を当てた。


「うふふ。愛されていますのね、奥様」

「……えっと」


 テレサは思わず顔を朱に染めた。

 ドレスや髪飾りに『黒』を入れるようにと言ったノクスの指示。

 つまりそれは、自分の色を入れてほしいといったことに他ならない。


 貴族の男性から女性へ自分の色を送ることは求愛に等しい──


(いやいやいやいや、あの旦那様よ? それはないわよ!)


 テレサは慌てて首を横に振った。

 ノクスはあくまで公爵夫人として相応しいドレスを求めただけであって、そういう意味で黒を入れろといったわけではない。そもそもテレサとノクスは契約結婚。契約書にも互いを愛することはないとハッキリ書かれているし、テレサだって彼に秘密がある。使用人たちが想像しているような甘い関係では断じてない。


 それでも──


(ちょっと嬉しいのは、どうしてかしら?)



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