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第十四話 断罪 & 聖女の本領

 

「──以上が、旦那様がいない間に起こった事の顛末です」


 公爵家の前庭に無感情な声が響く。

 目つきの悪い元傭兵執事(イェーガー)の報告にノクスは「そうか」と頷いた。

 夜色の瞳が剣呑な光を帯びる。

 月明かりを背後に立ち上がったノクスの手には剣が握られていた。


「それで、何か申し開きはあるか」

「……っ」


 三人の女性は蒼褪めた顔で震えている。


「も、申し訳ありません……」

「何に対して謝っている」


 メイド長のフリーダはぎゅっと拳を握った。


「お、奥様に嫌がらせを……」

「なるほど」


 ノクスは静かに続けた。


「公爵家、嫁いできたばかりの妻を、貴様らごとき下民のメイドが、幼稚さ極まる嫌がらせをした上、恥知らずにも謝って済むと思っている。そういうことだな?」

「それは……っ」

「何が違う」

「あ、あの女はご主人様に相応しくありません! 私達はご主人様のためを思って……!」

「ほう」


 フリーダが口を開くたびにノクスの纏う空気が冷たくなっていく。

 彼の怒りに呼応した黒い瘴気のオーラが、フリーダ達を恐怖のどん底に突き落とす。


「テレサは俺がその能力を見込んで嫁入りを頼んだ女だ。貴様らは俺に女を見る目がないと言っているのだな」

「そんなこと……」

「黙れっ!!」


 銀閃がきらめき、フリーダの首元に刃が添えられる。


「これ以上、聞きたくはない。耳が腐る」

「ひ……っ」

「貴族に手を出したのだ。どうなるかは分かっているだろう」

「お、お許しください! お許しください! どうかご慈悲を……!」

「そうです! 私たちはフリーダに命令されただけで、自分の意思じゃなかったんです!」

「私たちはこの女に騙された被害者です!」


 フリーダを見捨てた取り巻き二名の女が懇願する。


「あなた達……あなた達だって聖女の悪口言ってたじゃない!」

「なによ! 最初にあの人に嫌がらせしようっていたのはあんたでしょ!」

「そうよ! 私たちは別に好きでやりたかったわけじゃないんだから!」


 ーーぷしゅう!


「え……」


 フリーダの首から鮮血が噴き出す。

 裏切り者の血を浴びた二人は甲高い悲鳴をあげた。

 どさり、とフリーダの体が倒れる。

 口から血を吐き出し、フリーダは呼吸を求めるように口をパクパクと動かした。


「貴様らの仲間割れなどどうでもいい」


 ノクスは剣を払って鞘に収めた。


「重要なのは貴様らがテレサの虐めに加担した事実。貴族に対する侮辱罪は極刑と決まっている……俺がこの法律を使うのは初めてだ。俺に汚点を残してくれたこと感謝する。潔く死ね」

「ひ、ひぃいいいい!」

「ちなみに俺は、直前で仲間を裏切るクズが嫌いでな?」


 暗黒色の手袋が外され、紫色に変色した手が逃げようとした二人の手首を掴む。

 なんとか身を捩って逃げようとするメイド達だが、ノクスの膂力に敵うはずもない。彼が素手で触れた箇所が赤く晴れ上がり、続けて茶色に変色し、機能を失い、やがて手首が腐っていく。


「あ、あ、あ、た、たすけ」

「そういう奴らには、死よりも恐ろしい苦痛を与えると決めている」

「いやぁぁあああああああああああああああ!」


 身体の一部分から徐々に腐り落ちていく恐怖。

 腐食は止まらず、これから一時間かけて全身を回るだろう。


 まず指が落ち、次に手首が腐り、肘が落ちて、肩が壊死する。

 最後に心臓が止まってようやく死ねるのだ。

 尤も、その前に正気を失って死ぬだろうが。


「ゴミ箱に放り込んでおけ」

「かしこまりました」


 イェーガーが頷くと、小間使いがメイド達の処理を始めた。

 ちらりとノクスを見る者たちの目は、恐怖に染まっている。


 ノクスはため息をつき、イェーガーに振り返った。


「イェーガー。なぜ止めなかった」


 屋敷内のすべてを管理する彼はメイド達の動向を把握していたはずだ。

 食事もしかり、洗顔をするお湯の件もしかり。

 その気になればすぐにでも止めて奴らをクビに出来ていたものを……。


「あえて泳がせたとも考えたが、貴様はああいう輩が嫌いなはずだろう」


 イェーガーは肩をすくめた。


「奥様に止められましたので」

「……あいつが?」

「はい。自分で対処可能なので放置するようにと」

「……その結果出てきたものが、聖水とやらか」


 ノクスはこめかみを揉みほぐした。

 彼が遠征から帰ってきて驚いたのは屋敷の雰囲気もさることながら、メイド達の様子だ。まるで貴族令嬢が長年金と時間をかけて手入れしてきたような艶めく髪。肌は生まれたての赤子のように張りがあり、どのメイドも若々しく見えた。


(あんなものが露見した貴族たちが黙っていないぞ)


 上級貴族が身だしなみにかけるお金は馬鹿に出来ないほど大きい。

 特に貴族夫人たちは美容にかける金に糸目は付けないと聞く。

 それをたった一日二日であそこまで綺麗になれるものがあると知ったら……。


(間違いなく社交界が変わる。いや、下手をすれば王族が動く)


「あれも聖女の力の一つか……?」

「みんなが欲しがるでしょうね。奥様と旦那様を別れさせてでも」

「……」


 正直、困る。

 テレサにはノクスの呪いを解いてもらわなければならない。

 もしも自分と別れたらあれはどこか遠くへ行ってしまう。そんな気がする。


「ならば貴様は聖女の力を試すために放置したと。私情はなかったのか?」

「奥様の出方が見たかったので手を出しませんでした。いかようにも処罰を」

「……」


 結果的には、公爵家の膿を出してテレサの力を知ることが出来た。

 今後、聖水のようなものが出てくる可能性があると知るだけでも大違いだ。

 みだりに力を振るわないように注意しておかなければならないか。


「一ヶ月の減棒だ。それで勘弁してやる」

「ありがとうございます」


 結婚翌日に遠征に出かけたノクスにも非はある。

 主人が冷遇しているように見える妻に、メイド達がどんな態度を取るのか想像力を働かせるべきだった。


「それと旦那様、一つご報告が」

「なんだ」

「例の、聖女テレサの素性調査の件ですが……」

「あぁ」


 イェーガーは言った。


「何も分かりませんでした」

「は?」

「本当に何もーー貧民街で育った彼女を教会が見つけ、聖女として育て上げたこと以外はーー何も分かりませんでした。公爵家の情報網を以てしても、彼女の生きてきた足跡をたどる事はできませんでした」


 旦那様、とイェーガーは一呼吸置いて、


「彼女は一体、何者なのでしょうか?」


 聖女様には秘密がある。

 その秘密を知ろうとする者は、少なくない。



 ◆




「ふぁぁ~~……よく寝たわ」


 翌日。

 気持ちのいい朝に伸びをしていたテレサの下へ──。

 ノックをして入って来たのは、元気で忠実な侍女であるエマだ。


「奥様、おはようございます!」

「おはよう、エマ」


 テレサは首を傾げた。


「今朝はどうしました? 何か急いでいるようですが」

「早く着替えを済ませて食堂まで行きましょう!」

「はい? もちろん朝食は欲しいですが……」

「そうではなく」


 エマは満面の笑みで言った。


「旦那様が奥様と一緒に食べたいとのことです!」

「……………………はい?」



今年最後の投稿ですね。

皆さま、よいお年をお過ごしくださいませ。

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