なんで、うまくいくなんて思いましたの?
ちょっと、思いついた内容を勢いで書いてみました。
暇つぶしにでもなれば幸いです。
2022/7/24→指摘のありました文体の修正を行いました。
その他にも誤字脱字の報告ありがとうございます。
返信はしておりませんが、感想も拝見させて頂いております。
まことにありがとうございます。
私は今、淑女教育で身に付けた笑顔の仮面を被り、叔母と従姉を見下ろしています。ただ、二人に向ける目は冷え切っており、侮蔑の色を隠そうともしません。
そんな私の隣には父であるガルシア侯爵と八歳上の兄がいて、私と同じように二人を鋭い目で見下ろしています。
「それで? どうしてこんなことがうまくいくと、思いましたの?」
私はこれまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、侮蔑の意味を込めて二人にそう問いかけました。
私は『フィルティ』、ガルシア侯爵『アリエム』と夫人『テレサ』の間にできた娘です。
上には年の離れた兄『イーサン』がいますが、その後、なかなか子供に恵まれなかった両親は私が産まれた時、たいそう喜んだそうな。
男親にとって娘は特に可愛いようで、父の私に対する溺愛ぶりは凄まじく、兄も年の離れた私を可愛がってくれています。
勿論、母も私のことを可愛がってくれていました。
私の淑女教育は母が自ら教鞭を執ってくれ、それは厳しいものでしたが、終わった時には必ず私を褒めて甘やかしてくれます。
それだけに父からだけでなく、母からの愛情も疑ったことはありません。
しかし、母は私が十歳になった頃、忙しい父に代わり領地へ視察に行く途中、事故に遭い帰らぬ人となってしまいました。
私たちはその突然の訃報に嘆き悲しみました。
特に母を深く愛していた父の悲しみは想像を絶するものだったでしょう。
その悲しみの深さの一端が、憔悴しきった父の顔から窺い知れました。
それでも、悲しんでばかりもいられません。
父は宰相として国家の中枢を担う役割があるし、兄は亡き母の代わりに領地へと赴き、領主代行として務めを果たしています。
私は邸で家族のいない日々を過ごすが、そんな私の寂しさを埋めてくれるのが、婚約者である『ルーカス』様でした。
アンセリム公爵家の嫡男であるルーカス様との婚約は八歳の時に調い、それから婚約者として幾度も顔を合わせていました。
母が亡くなってから、ルーカス様は少なくても週に一度は顔を見せてくれます。
私は彼の深い愛情に支えられていました。
母を喪った傷もだいぶ整理がついた頃、またしても波乱が訪れます。
他家に嫁いだ叔母が娘を連れて出戻ってきたのです。
嫁ぎ先から離縁された妹を不憫に思った父が落ち着くまで滞在を許可しました。
突然、増えた同居人は最初の頃こそ大人しくしていましたが、父も兄も多忙で王都にある邸のことまで気にかける余裕が無いと見るや、邸内でのさばりだしました。
この横暴に執事長『サム』と侍女長『リラ』は何度も諫めたが、全く聞く耳を持たないどころか行動は悪化の一途を辿ります。
無論、その矛先は私にも向かいました。
私はそれまで使っていた部屋を追い出され、日当たりの悪い小部屋へと移されました。
そして、ドレスもアクセサリーも従姉に奪われ、表に出る機会も奪われてほとんど軟禁状態となります。
でも、そこは私と付き合いの長い侯爵家の使用人たちです。
彼らは私の生活が少しでも快適になるようにあれこれと、叔母たちに隠れて世話を焼いてくれました。
その過程で私は使用人のみんなと、ある決め事をしたのです。
それが実を結ぶまでの間は、何としてでも耐え抜くことを誓いました。
ただ、父や兄、それに愛しいルーカス様に逢えないのは辛いものがあります。
親しい人たちからの社交のお誘いは、叔母が『私の体調不良』を理由に断り、ルーカス様たちからの手紙や贈り物は、全て燃やすか従姉のものになってしまいます。
とても腹立たしい限りですが、今は我慢です。
そんな血が繋がっていることを否定したくなるような同居人との生活も半年が過ぎた頃のことです。
ついに彼女たちは居候の身でありながら、してはならないことを仕出かしました。
私の私物――つまりは侯爵家の財産を不当に売り払ったのです。
半年間の屈辱に塗れた雌伏の時を過ごした甲斐がありました。
不当な扱いを受け、大切な使用人を足蹴にされ、大切な婚約者との絆に唾を吐かれ、辛酸を舐めた日々がついに報われようとしています。
国政の舵取りをしていたもう一人の宰相が倒れられ、その分の政務を捌くのは激務以外の何物でも無かったでしょう。
急遽、領主代理として領地へと赴き、不慣れな領地運営を手探りで掴んでいった日々は、不安と苦労の連続だったことでしょう。
しかし、そんな多忙を極める父と兄でも、私のことを疎かにすることは決して無いと断言できます。
そして、私の婚約者であるルーカス様も、決してそんなことはしません。
実際、一ヶ月も経たぬ内から邸の異変に気付き始めたようです。
察しが良いのは有難いことですが、あまりに早い時期から対処されても、軽い制裁しか加えることはできません。
叔母はかつての嫁ぎ先に相当な迷惑をかけたことがわかりましたので、サムからそれらの報告と併せて三人に私の計画を伝えてもらい、時機を待つようにと念押ししてもらいました。
その結果、私の目論見通りに彼女たちはボロを出しました。
叔母と従姉は邸の一室にてお茶を楽しんでいた所に、父と兄とルーカス様、そして、軟禁状態のはずの私に突撃されたため、驚愕で固まっていました。
あの時の表情は見物でしたね。
そのまま父と兄が二人を椅子から引きずり下ろし、床に膝を突かせ、これまでの所業を責め立てます。
最初の方はしらを切り、私を睨みつけていましたが、自身たちの行いが全て知られており、言い逃れできない状況だと、漸く気付いたところで、やっと謝罪の言葉が出てきました。
「離縁されたお前を不憫に思って邸で暮らすことを許したのが間違いだった。家族の情を仇で返しおって、お前たちの籍をガルシア家から抜くことにする」
「そんな! お兄様、それはあんまりです! 血の繋がった妹と姪を見捨てるのですか!?」
「その通りだ。嫁ぎ先で面倒を起こすだけでは飽き足らず、ここでも目に余る行いばかりだ。それに血縁で言うなら、お前とフィルティもそうだろう。血の繋がった姪である私の娘を虐げておいてどの口が言うか!」
「そ、それは……」
「父上、彼女らは我が家の財産を不当に売り払いました。これは窃盗に当たると考えます」
「なっ! 私は当主の妹なのよ! この家の財産を使う権利が――」
「あるわけないでしょう。当主は父上であってあなたではありません。自身に与えられたわけではないものを許可なく売り払って私腹を肥やせば、罪に問われて当然です。そうですよね、ルーカス殿?」
「イーサン殿の仰る通りだ。しかも、お前らは私がフィルティに贈った物も奪い取っていたな。今、お前が着けている髪飾りが動かぬ証拠だ!」
ルーカス様から射殺すような鋭い視線を向けられた従姉は恐怖に震え、涙目になりながら首を左右に振って言い訳する。
「こ、これはその子が私にくれて――」
「そんなわけが無いだろう! フィルティがそんなことをする女性でないことは私がよく知っている。私と彼女の仲を軽く見るな!」
不意打ちとも言えるようなルーカス様の惚気に私は思わず赤面しそうになります。
それを淑女教育で鍛えた仮面で覆い隠し、私は一歩前へ進み出ます。
私の問いかけに二人は何も答えません。
まあ、無理もありません。私を含めて四人から敵意の籠った冷たい視線を浴びせられれば、委縮もするというものでしょうから。
なので、私は声の調子を少し明るくし、柔らかく微笑みながら、もう一度問いかけることにします。
自分たちの立場をはっきりとわからせる、トドメの言葉をもって。
「私は当主の娘で、あなた方は当主の妹に姪です。継承権などの観点からしても、現状、ガルシア侯爵家内での立場は、他家から出戻ったあなた方よりも私の方が上です。それなのに――」
――なんで、うまくいくなんて思いましたの?
この後、叔母と従姉はなんだかんだで、領内に侯爵が用意した小さい一軒家へ送られることになります。
ですが、これが温情と言うのかは微妙なところです。
何故なら、送られた先は僻地も僻地であり、貴族で無くなった二人は自給自足で生活しなくてはならないからです。
正直なところ、まだそれなりに衣食住が約束されている修道院の方が良かったかも知れません。
この件から数年後、フィルティとルーカスは晴れて正式な夫婦となり、フィルティはルーカスの元へと嫁いで行きました。
叔母とは違い、品行方正な彼女はルーカスの家族にもすぐに受け入れられ、幸せな結婚生活を送っています。