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人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど!  作者: マノイ
第一章

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8. 京極 芹那(きょうごく せりな)

 瀧川女学院、高等部一年、京極きょうごく 芹那せりな


 お嬢様が集う瀧川女学院には、育ちの良さが影響しているのか見目麗しい女生徒が多く在籍している。中でも芹那は同学年の中でも可愛さにかけてはトップクラスであり、元気あふれる爽やかな性格と相まって可愛がられていた。

 また、警視総監の娘という立場を少しも鼻にかけず、何事にも興味を持って真剣に取り組み、困っている人は見過ごせない性格の芹那は、生徒にも教師にも信頼されていた。


 ただし、ある一部を除いて。


 芹那には大きな悪癖があり、そのため彼女に対する評価が暴落していたのだ。


「あら京極さん、またですの?」

「ううー助けて―」


 その悪癖の罰として多くの課題を出された芹那が、机につっぷしながらクラスメイトに助けを求める。これが彼女のクラスの日常であった。


――――――――


 その日もまた、彼女の悪癖が発揮される。


「よし、誰もいないね。『隠密』」


 スキル『隠密』

 姿を消して人に見つからないようにするスキルであり、監視カメラやセンサーにも映らない。


 芹那は人目につかない場所でこのスキルを発動し、女学院の外に出る。目的は街で遊ぶこと。芹那は女学院に閉じ込められるのが嫌で、色々とお出かけして普通の女子高生のように遊びたかったのだ。

 これは彼女がスキルを得る前から何度も繰り返し行っていたこと。むしろ行っていたからこそ隠密のスキルが付与された。抜け出しては帰りが遅くなりバレて怒られる。芹那は何度も同じ過ちを繰り返して来た。


「あ、クレープ屋が来てる。ラッキー!」

「何にしますか?」

「う~んと、チョコバナナブルーベリーのクリームダブルで!」

「チョコバナナブルーベリーのクリームダブルですね、少々お待ちください」


 移動販売のクレープ屋を見つけて駆け寄る芹那。この時ばかりは隠密を解くが、コートで全身を覆っており制服が隠れているため、瀧川女学院の生徒だとは一見して分からない。クレープ屋の店員が可愛い子の来店でドキドキするくらいだ。


「おいしー!」


 近くの建物の壁に寄りかかり、幸せそうにクレープを頬張る芹那。この行儀の悪さもまた女学院では味わえない中毒性がある。


 芹那は油断していた。


 自分が街に出ても襲われることは無いのだと。仮に襲われても隠密を使って逃げれば良いのだと考えていた。それがあまりにも愚かな思い込みだったと、すぐに知ることになる。

 瀧川女学院は偉い人の子息が集まる学校だ。ゆえに多くの悪人から狙われている。生徒達の身を守るために無断外出は禁止されており、悪人に捕まった場合の対応方法という授業すら用意されている。その授業では生徒達に自衛の意識を強く持たせるために、アダルトビデオも真っ青な酷い映像を鑑賞させられる。大半の生徒はこれにより外へ出ようなどという気は起きないのであるが、稀に芹那のように意に介さずに抜け出そうとする生徒が出現する。

 この日の街中にも、スキルを得たことで勢力を伸ばした犯罪組織がうろついていた。そして不幸にも芹那の存在に気付いてしまったのだ。


「やぁ、お嬢ちゃん。クレープ美味しいかーい」

「もっと美味しいもの、奢ってあげようか?」


 クレープに夢中になっていた芹那のところに、どう見ても真っ当ではない雰囲気をまとった二人組の男性がやって来た。


「あ……」


 芹那は驚き、クレープを落としてしまう。


「あ~あ、もったいなーい。高く売れそうだったのに」

「食べかけを売りたきゃまた食わせれば良いさ。これからはいくらだって作れるぜ」

「ひいっ!」


 男達の言葉の意味は分からなかったが、自分がピンチだということを本能的に理解する。思わず後ずさろうとするが、壁に寄りかかっているため出来なかった。


「(隠密、隠密を使わなきゃ!)」


 芹那は男達の横をすり抜け走り出し、近くの角を曲がったところで隠密を発動する。


「隠密!隠密!隠密!」


 だがスキルは発動されない。


「急に走り出してどうしちゃったんだーい」

「逃げるならもっとしっかりと逃げねーとな」


 スキルにはレベルの概念がある。同じスキルを何度も使うと、効果や使い勝手が良くなるのだ。だが芹那のスキルはまだレベル1。集中しないと発動することが出来ない。男達に襲われそうになっているという恐怖が集中力を妨げる。


「あ……あ……」


 ゆっくりと近づいて来る男達。その手にはいつの間にか物騒なものが握られている。芹那は全身を震わせながら今度こそ綺麗に後ずさる。だがまだ芹那は諦めない。ここは街中、助けを求めれば彼らも強引なことは出来ないはず。これもまた護身の授業で習ったことだ。


「誰か……誰か助けて!」


 芹那はあらん限りの声で助けを求めた。だが誰も彼女に手を差し伸べる者はいない。それどこか人の姿すら無かった。


「……え?」

「あひゃひゃひゃひゃ、誰に助けを求めてるのかなー」


 自分と同じ学生や買い物中の主婦など、先程までは間違いなく自分以外の人が沢山いた。車だって沢山通っていた。それなのに、先程まで自分がいた大通りにも、今自分がいる脇道にも、人と車が見当たらない。目の前の男二人以外は。


「いやああああ!」


 何らかのスキルを使われた。芹那はそこまで頭が回ったが、分かったからと言って状況が改善されるわけでもない。むしろ絶望感が増しただけ。芹那は男達に背を向け逃げ出した。


「おやおや、鬼ごっこかなー」

「少しだけ遊ばせてもらおうか」


 逃げながらも助けを求めるためにポケットに手を入れてスマホを取り出す。


「っ!」


 しかし、取り出した瞬間に強烈な何かによってスマホが弾き飛ばされてしまう。地面を転がったスマホは大破しており、使い物にはならなさそうだ。


「ざーんねんでーしたー」


 芹那は諦めて走る。こうなったら自力で安全な場所まで逃げ切るしか無いのだ。無理でもそうしなければバッドエンドである。


「(神様ごめんなさい。言いつけを破った私が悪かったです。もう抜けだしたりしません。先生の言うことをちゃんと聞きます。だから助けて!)」


 少しでも速く走るために重いコートを脱ぎ、神に祈りながら人のいない道を必死に走る。時折、足元の地面に何かがぶつかるような音がして、男達が手に持った武器を否応が無しに意識させられる。撃たれる、殺される、そうでなくても拉致られる。その先に待ち受けている運命は授業で教わっている。あの時の映像が脳裏にフラッシュバックする。


「(嫌、嫌、嫌、あんなの嫌!)」


 おぞましい映像の主人公に自分がなってしまう。ひたすら走った疲れと様々な恐怖が入り混じり、ついに芹那は足を止めて崩れ落ちた。腰が抜けて立ち上がることが出来ず、瞳からは涙がとめどなく溢れていた。それでも芹那は道路を這いながら、少しでも遠くに逃げようと最後まであがき続ける。


「誰か助けて!」


 その諦めない気持ちが、奇跡を起こした。


「今行きます!」


 助けを求める声が届いたのだ。その人影は正面からやってきて、芹那を助け起こそうとする。半ばパニック状態であった芹那はその人物に必死に助けを求めた。


「大丈夫ですか!」

「助けて!」

「うん、助けますから立てますか?」

「ううん、腰が抜けて……あいつらが来る……お願い、見捨てないで!」

「もちろんです!」


 優しくもあり、力強くもあるその声を聞いて芹那の心は少しだけ落ち着いた。だがそれも束の間、奴らがやってくる。助けに来た人物の存在に気付いた男達の口調からは、これまでの遊び半分な雰囲気が消えていた。


「(嫌!嫌!嫌!嫌!)」


 銃を持った男二人を相手に助けが一人でどうにかなるはずがない。そのことを悟った芹那は目をつぶり、耳を塞ぎ現実逃避をしたかった。だが助けに来た人物はそのような諦めを許してはくれない。


「え?え?」


 突如自分の体が宙に浮き、驚く芹那。落ちないように慌てて近くの肩にしがみついた。


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」


 体が上下に大きく揺さぶられ、芹那は落下の恐怖に怯えてその人物の服をぎゅっと強く掴む。しばらくして慣れてくると、ようやく自分が何をされているか理解した。


「(これってもしかしてお姫様抱っこ!?)」


 膝裏と背中に手が通されて、真横になって運ばれている。お姫様抱っこなど、お嬢様にとっても夢のまた夢。それを自分が体験していると知り、緊急事態にも関わらず芹那は不意に照れ臭くなった。


「だい、じょぶ、だか、ら。ぜっ、たい、たす、ける、から」


 この人物は必死で自分を守ろうとしてくれている。そのことがとても嬉しくて胸に響いたが、その人物の顔を見るのが気恥ずかしくなり、視線を背後にやる。


「(ひいっ!?)」


 走っている本人は分からないが、抱っこされている人は後ろの状況が良く分かる。芹那が後ろを見たその時、男の一人がこちらに銃口を向けていた。芹那は恐怖に目をつぶるが、いつまで経っても衝撃が来ない。恐る恐る目を開けてみると、撃とうとしていた男が血の海に沈み、もう一人の男がオロオロしていた。


「(もしかして助かった?)」


 すでに男達との距離はかなり離れており、残された男もこちらを追ってくる気配が無い。何が起きたのか良く分からないが、助かりそうだということだけは分かり、先ほどまでとは別の意味の涙がこぼれた。

 少し泣いた後、芹那は自分を助けてくれた人を見る。その人が男の人であることすら、たった今気がついた。声や体格で分かるはずだが、芹那はそのことに気付くゆとりすら無かったのだ。男の人は歯を食いしばりながら必死になって走っている。芹那を守るために全身全霊をかけて行動してくれている。


「あ……」


 その横顔を見ていた芹那は、心臓の鼓動が再度跳ね上がり、顔が茹蛸のように真っ赤になっているのを自覚した。しかし顔を隠そうともお姫様抱っこの状態ではそれも出来ない。そのため、思わず男の人の肩に顔をあててしまった。そのまま芹那は小さな声で男の人に話しかける。


「あの、もう大丈夫だから」


 だからもう逃げなくても良いのだと伝えたかった。しかし声が小さすぎたのか、男の人が必死で聞く余裕が無かったからなのか、男の人は止まろうとはしなかった。もっとはっきりと伝えないとダメだと芹那は思ったが、どうしてかそれを口に出せず、顔を戻してその男の人の横顔をぼぉっと眺め続けていた。


――――――――


 その後、瀧川女学院のスタッフに助けられた芹那は寮に戻り就寝。流石にこの日に説教されることは無く、心と体の回復が優先された。翌日も登校が免除されたが、心の傷の回復をさておいて、芹那の頭の中は自分を助けてくれた男の子で占められていた。


「(ーーーー!ーーーー!)」


 必死で守ろうとしてくれた横顔を思い出しては、ベッドの上で顔を真っ赤にして声が漏れないように枕に顔を押さえつけて悶えている。


「あ、私まだあの方にお礼を言ってない!」


 しばらく悶えていたら、その男の子にまともにお礼を言っていないことを思い出した。真っ赤な顔が真っ青に変わり、慌てた芹那はすぐに父親に連絡を取った。父親の性格上、即座にその子に親として礼を言うことが分かっていたからだ。そこに同席させてもらい、自分もお礼を言いたかった。


「でも外出許可出るかなぁ」


 問題は、そのためには再度この学園の外に出なければならないことだ。行事への出席など、必要なことであれば外出許可は出るのだが、今回は遊びに行くわけでは無いとはいえ襲われた翌日に外出するのはどうなのか。不安に思いながら担任に確認する。


「分かりました。お気をつけて移動してください」


 拍子抜けするほどあっさりと許可が出た。


「(なんでか分からないけどラッキー)」


 小躍りしたいくらい喜んでいる内心を押し殺して、早速父親の元へ向かおうとする芹那を担任が呼び止めた。


「決して先方に粗相の無いように。いいですね」

「はい!ってわざわざ注意するということは、何か理由があるのでしょうか?」


 お礼を言うのだから粗相の無いように気を付けるのは当然のことだ。そんな分かり切ったことを改めて注意する担任の言葉が芹那は気になった。


「あなたを助けて下さった佐野奏様は、先日、金城理事長の命を救って下さった恩人でもあるのです。ですから細心の注意を払って敬意を持って対応して下さい」

「鈴江さんの命の恩人!?どういうことですか!?」


 この時、芹那は自分を助けてくれた人物についての情報を初めて入手した。しかもその内容は驚くことに理事長の命を救い、しかも理事長に気に入られているというものだ。芹那の頭の中の奏の横顔が、より凛々しく変化した。


 芹那は警視庁本部庁舎まで移動し、父親の仕事部屋に潜り込んで奏が来るのを待つ。


「そうだ、隠れて驚かせちゃおうっと」


 ちょっとしたいたずら心で『隠密』を使って隠れて驚かせようと画策する。

 父親の仕事の邪魔をしないように部屋を物色しながら待っていると、奏が父親の執事に連れられてやってきた。


「ええ、もう来ちゃうの?どうしよう、緊張する……」


 途端に芹那は緊張し、集中が出来ずに『隠密』が解けてしまう。慌てて机の下に隠れてこっそりと奏を覗き見る。

 偉い人との面会でおどおどし、芹那父の眼光にビビっている可愛らしい男の子。他の人が見ていたらそう感じていただろう。


「(奏様……)」


 だが芹那は違った。そんな姿ですら、奏から目が離せなかった。奏のことを思い出していた時以上に、胸の高鳴りが激しかった。


 芹那は理解した。これが自分の初恋だと。


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