28. 人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど
最終話になります。
「不味いわ!奏さんをご自宅に送るわよ!」
「え?え?」
矢野と岡が拘束されて事件が解決されたと安堵の雰囲気が漂う中、金城が何かに気付いたように慌てて動き出す。多少強引ではあるが、奏の腕を取って急いでビル下に停めてある車の元へと誘導する。
『奏様!』
「あんた達は冷静になりなさい!」
芹那達もついて行こうとするが金城はそれを認めなかった。彼女達はまだ発情状態にあり、このまま奏の傍に置いておいたら何をしでかすか分からない。そう思わせる程の危険な目つきをしていたのだ。
「お婆ちゃん!どうしたの!?」
「ごめなさい奏さん。でもこうしないとあなたが危ないの」
「ええ!?」
ビル内で移動中にすれ違った人が奏を見る目つきも何処となく怪しい。中には追ってくる者もおり、ボディーガードが体を張って止めている。
「鈴江さん、奏様は私がお守りします!」
「……車に着くまでだよ」
「ありがとうございます!」
「え?ぴえええええ!」
だが怪しいのは一般人だけでは無い。金城達を守るために同行しているボディーガード達もまた、奏に触れたくてウズウズしていたのだ。金城からの許可が出たボディーガードの女性達は奏を抱き上げてもみくちゃにする。
「奏様、ありがとうございます!」
「奏様の想いを頂き、幸せです!」
「ねぇ奏様、私もハーレム候補に入れないかな」
「ぴえええええ!」
奏から『愛』を受け取ったことで彼女達も興奮状態にあったのだ。奏を愛でたくて愛でたくて堪らなくなり、中には奏へ恋心を抱いてしまった人も居る。
ボディーガードという役割上、何があっても精神的に大きく動揺しないような訓練が為されている彼女達ですらこうなってしまう。このまま奏に普通に帰らせたら、街中が大騒ぎになるのは間違いない。
「ほら、着いたわよ。奏さんを解放しなさい」
『はい』
未だ目つきは怪しいものの、少しの時間とはいえ奏とコミュニケーション出来たことで気分が収まったのだろう。彼女達は自らのやるべきことをこなすようにと職務に戻った。
「おばあちゃん、一体何が起きわぷっ!」
車に乗って一息つけたと思ったら、今度は金城が奏を優しく抱きしめた。
「お婆ちゃん?」
ボディーガード達の情熱的な接触とは違い、金城は優しく奏の体を包み込む。
奏からの『愛』に対する感謝の心を伝えたかったのだ。
「奏さん、ありがとう」
金城はそれ以上言えなかった。
因果応報?スキルの効果で奏のスキルに関することを奏には伝えられないため、奏が為したことを説明出来ないからだ。
「(やっぱり僕は何かをしたのかな)」
謎の存在の力で、奏は自分にスキルがあることを認識出来ず何をしたのかもうろ覚えである。だがそれをもどかしくは感じず、曖昧な記憶や感覚を自然に受け入れていた。ボディーガード達の異常行動や金城のお礼など気になる筈の事も、特に深く考えられない。
「そうだお婆ちゃん、みんなは大丈夫かな?」
奏はカラオケ部屋に残された幼馴染ーずやクラスメイト達のことが気になった。
「ええ、大丈夫よ。彼らは保護したわ。睡眠薬を飲まされていたようだけれど、適切に処置したからもう起きていると思うわ」
「そっか。良かった」
結局、眠らされただけで被害が出なかったことに奏は安堵する。
「これでもう安心なのかな」
奏としては何があったのか良く分かっていないが、奏を狙ってテロを起こそうとしていた矢野や岡が捕まったので安心出来ると素直に考えていた。
だがその考えは甘すぎるものだった。
「いいえ、奏さんはこれからが大変よ」
「ぴえ!」
先程のボディーガード達の反応から考えるに、奏はこれから大騒動に巻き込まれるのが確定しているのだ。
矢野に狙われているのとは全く違った意味で安心出来ないのである。
奏が金城の言葉に不安を抱いていると、車は佐野家の前に到着した。
「後で連絡するわ」
このまま車の中で説明や相談をしても良いのだが、そうすると近所の人が奏の帰りに気付いて集まってくる可能性がある。そうなると車から出るだけで大騒ぎになり佐野家に迷惑がかかってしまう。
「奏さんのご両親には私からも説明しておきますから、今はひとまず家に帰ってご家族を安心させてあげなさい。今日は本当にありがとう」
金城は最後にもう一度、奏に軽くハグをする。
「あぁ、ご家族が凄い反応をするかもって伝え忘れてしまったわ」
金城が大事なことを思い出した時には、もう奏は家の中に入っていた。
「奏!」
「うわああああん!お兄ちゃああああん!」
「ぴえええええ!」
家の中からは、外まで聞こえる程の大声が聞こえて来たのであった。
「奏さん、諦めましょう」
「ぴええええええ!」
期末テスト最終日兼大規模テロ未遂の日は金曜日であり、翌日が大川高校の特別休日で登校日で無かったのは運が良かったのだろう。心の準備が出来ずに騒動に巻き込まれる未来を回避出来たのだから。
家族は奏にこれから降りかかることをイメージ出来ており、決して家から出ないようにと伝えてある。奏に会いに来るご近所さんがひっきりなしにやってくるが、昨日の事件で疲れているから遠慮してくれと追い返していた。妹は今までにないくらいに奏にべったりであり、ここ最近はお嬢様達のポジションであった奏の右腕は、ほぼ一日中七海のものとなっている。
そのような週末を過ごしていた奏に金城から連絡が来たのだが、それは奏にとっての死刑宣告のようなものであった。
「お婆ちゃん、そこを何とか!」
「ごめんなさい」
「ぴええええええ!」
一体何が奏を焦らせているのか。
「大統領と会うなんて無理だよ!」
それは今回の事件の功労者として大統領から直々にお礼を言いたいとの連絡が来たからであった。
分かりきったオチである。
「そんな奏さんに更に残念なお知らせです」
「ぴえ!?」
だが今回の『お礼』は今までとはタイプが全く違った。
奏にとって絶望的な追撃が来る。
「あの馬鹿首相とも一緒に会ってもらうわ」
「ぴええ!」
日米首脳会談で来日中の大統領が、日本国民と大統領の命を救おうとした少年と会うのだから、総理が同席して大統領と共に『お礼』を伝えるのは当然の事だろう。
「場所は以前奏さんも訪れたことのある首相官邸ね」
「ぴえええ!」
そして場所もまた、彼らと会うにはそこしか無いだろうと思える一般人が決して入れない場所である。一度訪れたことがあるとはいえ、やはり緊張はする。
「今回はマスコミも入れるから」
「ぴええええええ!」
しかも今回は内輪で済まさず、奏が『お礼』を言われる場を全世界に公開するというのだ。
話を聞くだけで奏は卒倒するかと思った。
「奏さんテレビに出たことあるじゃない」
「あれとはレベルが違うでしょ!?」
当時テレビ局が集まっていたとはいえ、あの時はあくまでも怪盗が目当てだったのだ。その時に偶然奏が映ってやらかしてしまっただけなのだと言うのが奏の感覚であった。
最初から奏目当てで、しかも超偉い人にお礼を言われるところを見られるなど、小市民である奏のハートが耐えられるわけが無いのである。
「お婆ちゃん、本当に何とかならない?」
「マスコミぐらいなら止められるけれどお勧めしないわ。色々と邪推されて何が起きるか予想がつかないのよ」
「ぴえ……」
今回の『お礼』に関して総理や大統領が奏に感謝しているのは本当の事であるが、そうでなかったとしても奏に対して何らかの感謝を伝えなければ世論から猛反発を受けるのは確実だ。奏の愛を受け取った世論は完全に奏の味方であり、奏が日本や大統領を救ったのならば国のトップが感謝するのが当然であり、やらなかった場合には『巨悪』だと言われるだろう。また、奏が恥ずかしいからという理由でマスコミを排除しても、見えないところで奏に何らかの悪い事をするために大統領達が嘘をついたのだと邪推される可能性がある。
普段の金城ならば『その程度のことは馬鹿共でなんとかしろ』などと突き放すだろうが、今回ばかりはそうはいかない。日本国民全員が奏に心酔している状況で、疑惑レベルであろうとも奏に不利益や不義理が被ろうものなら、暴動に発展してもおかしくないのだ。金城としては変に奏を隠さずに適度に世間に見せることで国民のガス抜きをさせたいのである。
「それじゃ明日、迎えに行くから」
「待って待って、ええと、そうだ、みんなはどうしてるの?」
このまま電話を切られたら交渉が終わってしまうため、慌てて他の話題を出して金城を引き留める。
「聞かない方が良いわ」
「ぴえ!?」
「ふふふ、無事だから安心して頂戴。でもみんなまだ気持ちの整理がついていないから奏さんに迷惑をかけないように連絡しないで貰っているのよ。幼馴染から『大好きだ―』なんて突然言われても困るでしょう?」
「ぴえ……」
奏は愛しのお嬢様達の現状について聞いたはずなのだが、金城はそれ以外の人の状況についてもまとめて答えてくれた。
奏は幼馴染を始めとしてみんなにメッセージを送ったのだが返って来ずに不安に思っていたのだ。返事が来ない理由が分かり安心する。
「だから奏さんも安心して明日の会談に臨んで頂戴。それじゃあおやすみなさい」
「あ、待っ……」
残念、今度は金城は奏の引き留めを振り切って電話を切ってしまった。
「ぴえええええ!どうしよう!」
総理と大統領からの呼び出しが決まり、頭を抱える奏。
その奏に、電話中もずっと傍にいた妹が優しく声をかける。
「お兄ちゃんの雄姿はしっかりと録画するからね。永久保存版だよ!」
「やめてー!」
「でも間違いなく拡散されるよ?」
「ぴええ」
「何億回再生されるかな」
「何言ってるの!?」
「お兄ちゃん分かって無いなぁ」
怪盗関連での奏の動画の再生数が劇的に増加しており、軽く億に届く勢いなのだ。
歴史的な会談であればこれまた億は軽く突破するだろうと七海は確信していた。
「その程度で慌ててちゃ保たないよ?」
「どういうこと?」
「テレビ番組に呼ばれる」
「ぴえ」
「くらいならまだマシな方だと思う」
「え?」
「ノンフィクション映画化」
「ぴえええええ!?」
「あはは、なーんてね」
「何だ冗談かぁ」
「それはどうかな」
「ぴえ!」
奏を弄りながらも嬉しそうに体をくっつける七海。
兄の体温を感じることで、兄が無事であることを実感したいのである。そのことを奏も気が付いているため、今日ばかりは邪険にすることはしないと決めているのであった。
なお、七海の最大の懸念はマスコミ関連では無く、奏のハーレム候補に立候補する人が激増するのではないかということであるが、どことなく面白くないためその件には触れないのであった。
そして翌日。
「奏、良く似合ってるぞ」
「本当ね。素敵だわ」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃないみたい……」
奏は学生服では無く和服姿だ。
話を聞いた花ヶ前会長がこれを着るようにと届けてくれたのだった。
『どうせならインパクトある方が面白いじゃろ』
奏としては大迷惑であるのだが家族はノリノリだ。
「うう、どうしてこんなことに……」
一方で奏は緊張で小さく震えながら肩を落としている。
その奏に父親が励ましの言葉をかけた。
「奏、胸を張りなさい。緊張する気持ちはお父さんにはよーく分かるが、人はそれでも受け入れなきゃならない時があるんだ。お前なら分かるはずだ」
これまでお嬢様達を助けて感謝の気持ちを受け取って来た奏である。
感謝をしっかりと受け取ることが、助けられた人の心の救いになることにも気が付いていた。
「……うん」
また、ここで断ってしまったら多くの人が残念に思うことも理解していたため、心優しい奏にはそもそも断るという選択は無かった。
「奏、頑張ってね」
「テレビで見てるからー」
家族に見守られる中、奏は家を出て、迎えの車に乗って首相官邸まで移動した。
「奏様は合図がございましたら、あちらに移動してください」
「ぴえ!?」
「その後は総理と大統領からお言葉がございます。特に言葉遣いを気にしなくて構いませんので、ご自由にお答えください。なお、大統領との対話ですが通訳の者が傍におりますのでご安心を」
「いやいや、ちょっと待ってよ!」
官邸に着いた奏はスタッフからこれからの流れを説明されるのだが、最初にとんでもない話を聞かされたため後の話が耳に入って来ない。
「何でしょうか?」
「あそこって……嘘でしょ?」
「あちらで間違いございません」
「ぴえええええ!」
会談の部屋は日米首脳会談などでテレビで良く見る部屋だ。
普段は総理と大統領が少し離れた椅子に座って斜めに向かい合っている。
だが今回はそのど真ん中にもう一つ椅子が置かれており、そこに奏が座るように指示されたのだ。
総理と大統領に挟まれた椅子に奏が座り、正面からはマスコミが撮影している。
明らかに奏を目立たせることを意識した布陣である。
「(どうしてこんなことに……)」
すでに部屋の中では総理と大統領が座っている。
奏が入ったらイベントが開始となるとのこと。
開始時間が厳密に決まっていないこと、総理や大統領との事前の挨拶が無いこと、打ち合わせがあまりにも雑であることなど、国のトップが参加するイベントとしては異例中の異例なのだが、堅苦しくやりすぎないようにというトップ達の指示でもあった。
『今回は流石に肝が冷えましたよ』
『はっはっは、そうは見えなかったですよ』
『そりゃあもう必死に隠してましたから。私は大統領とは違って腕っぷしはからっきしなので』
『どれだけ鍛えても刃物や銃弾には無意味ですよ。大事なのは襲われないようにすることです。その点、この国には奏君がいて羨ましい事です』
『あげませんよ?』
『オーマイゴッド!』
総理と大統領は和やかに談笑している。
ように見せかけて奏を巡る攻防を本気でやっているのだが、英語でやりとりしているため奏は理解出来ていない。
「奏様の準備がよろしければいつでもどうぞ」
「う、うん……」
奏は手鏡を取り出して前髪をチェックする。ヘアメイクに手入れしてもらってあるが、どうしても気になってしまうのだ。
「(よ、よし!)」
奏は意を決して部屋の中に突入する。
「(う、うわ!眩しい!)」
途端に大量のフラッシュが奏に襲い掛かり、眩しくて目を開けてられなかった。
「こらこら、奏君が困っているじゃないか。程々にね」
「いえ、大丈夫です。驚いただけですので……」
総理のフォローに助けられつつも、奏は予定通り真ん中の席へと向かった。
するとこれまで座っていた総理と大統領が立ち上がって奏を出迎えてくれる。
「(うわ……カメラが沢山ある)」
正面を見るとどうしてもカメラを意識してしまうため、目線を総理や大統領に向ける。
「(で、でっかい……)」
大統領は熊かと見間違うほどの巨漢であり、一見して警視総監よりも迫力がある。
「(でも優しそうな人で良かったぁ)」
だが顔つきは柔和であり、偉い人独特の強烈なプレッシャーも抑えられていた。
奏はテレビでこの大統領が厳しい顔で演説をしている姿を見たことがあるはずなのに、優しいお爺ちゃん風の演技に騙されていたのである。本性はかなり苛烈な人間なのだが。
「奏君、助けてくれてありがとう。私個人としてもそうだが、国民を代表してもお礼を言わせて頂きたい」
「あ、はい、どういたしまして」
神々総理が報道陣の前で政治家的な言葉遣いをしないのもまた、異例なことである。これも奏が気を使わないようにとの配慮である。
「それで先程から奏君が気になっている大統領もお礼を言いたいそうだ」
奏は大統領の方を仰ぎ見る。
『ミスターカナデ、初めまして。凶悪なテロから私を守ってくれて本当にありがとう』
「い、いっつまいぷれじゃー!」
奏はお礼を言われることが分かっていた為、どういたしまして、くらいは英語で返そうと考えていたのだ。しかも敬語のニュアンスがある言葉を選んだ時点で準備してきているのが良く分かる。なお、発音が拙いため英語が得意であるとは見えない。
これがどういうことか。
感謝に対して真摯に答えるために、緊張してプルプルと震えながらも苦手な英語を使って必死に答えているのだ。しかも見た目が可愛らしい奏が、である。
好感度爆上げ中の奏の好感度が更に上昇。
『キャー!か、かか、可愛い!』
『こんなに良い子を見られるなんて。長生きはするもんじゃ』
『ふん、発音が全くなってないな。私が手取り足取り教えてあげようか』
『あ、だめ、可愛すぎて鼻血が』
『今すぐ官邸に行ってくる!』
『かなでくぅーん!』
テレビやモニターの向こうは阿鼻叫喚である。
報道陣も何かに耐えるように全身をプルプルと震わせている。
奏の思いやりが状況を悪化させたのであった。
もちろん本人はそのような状況になっているとは分かっておらず、大統領が奏の答えを受けて握手を求めようと右手を差し出して来たので、反射的に手を出そうとしていた。
だがそれは空振りに終わった。大統領が予定を変えて奏をハグしてきたからだ。
「(ぴえ!)」
「ありがとう、娘も助けてくれて本当にありがとう」
そのまま大統領は奏の耳元で感謝の言葉を日本語で告げた。
大熊に子供が捕獲されたかのようにしか見えなかったのだが、それはそれで面白映える光景として人気の瞬間であった。
「レ、レイリーさん?僕は何もしてませんよ?」
奏はレイリーが無事であるようにと祈ってはいたが、今回の事件ではレイリーが狙われているという事は特に無かったはずだ。レイリーを助けたと言われても心当たりが無かった。
「ユーはジェントルマンだ」
大統領は奏の疑問に対して、それだけを答えた。
レイリーの暴走について大統領は知っており、奏が決してレイリーに手出しをしなかったことを指しているのだ。仮にあの場面で手を出してしまっていたのならば、レイリーの心が傷ついてしまったかもしれないのだから。
そのことを奏は察せなかったが、大統領は体を離して話を終わらせてしまった。
「さぁ、奏君。どうぞ座って」
二人からお礼を言われたからこれで終了、というわけには行かない。
これから恐怖の恐怖の雑談タイムだ。
椅子に座ると正面のマスコミがどうしても目に入り、テレビに映っていることを意識してしまう。なるべく総理か大統領に目線を向けながら、話が早く終わることを祈るだけの奏であった。
しばらくの間は事件のことに触れつつも当たり障りのない質問が続いていた。
だが、総理の質問をきっかけに突如流れが変わった。
「時に奏君に聞きたいことがあるのだけれど」
「は、はい、何でしょうか?」
これまで何度も質問をしてきたのに、このタイミングで敢えて質問して良いかと前置きをして来るところ、奏は嫌な予感がした。
「失敬、聞きたいことと言うよりもお願い事かな」
「はぁ」
そして総理はそのお願いを口にする。
「うちの椿を貰ってくれないか」
「ぴえええええ!」
報道陣のフラッシュが今日一番の勢いで奏に降り注ぐ。
奏の恋愛話を聞きたかったところで、総理が自分の娘を推すとなれば大注目だ。
「普通は逆じゃないですか!?」
父親として溺愛している娘に悪い虫がつかないように、いや、良い虫すらも近づけないように過保護になるのは分かるが、逆と言うのは奏にとってイメージ出来なかったのだ。
「いやいや、椿はあの性格だから分かってもらえる人が少ないんじゃないかなって思うんだよ。その点、奏君は椿の良き理解者であり人柄も申し分ない。こちらからお願いしたいくらいだよ」
「何言ってるんですか!?」
「それに椿から聞いたよ。椿も異性として意識してくれているんだろう?」
「ぴえええええ!」
隠していたはずの内心が全て暴露されているとは知らない奏は大慌てである。確かに、瀧川女学院での事件で椿に助けられた時から、椿の事を女性として意識し始めてはいたがそのことは誰にも漏らしていなかったのだ。むしろ芹那達というお相手が居るのに他の女性へ好意を抱くなど失礼であるため考えないようにしていたくらいだ。
そして慌てる奏に追い打ちがかけられる。
『ノー、カナデはレイリーのお婿さんになってもらうのだよ』
「ぴえええええ!」
大統領からも同じことを言われたのであった。
『私としてはまだ早いと思うのだが、君程の真摯な男性がこの先見つかるとは到底思えない。悔しいがレイリーも君の事を少なからず気にしているようであるし、是非我が国に来て欲しい』
「(なんで!?レイリーさんは僕がタイプじゃないはずでしょ?というか怖いいいいいいい!)」
先程までの柔和な雰囲気は何処に行ったのか。大統領は何かに耐えるように歯を食いしばり、奏を視線で射殺すかのように睨みつけていた。総理とは違い、愛しい娘を男に差し出すのは心情的にまだ難しいのであろう。
「おいおい、さりげなく奏君を持って行こうとしないでくれよ」
『はっはっは、それはカナデが選ぶことだ。レイリーは君と会えなくなったら悲しむだろうなぁ。君は女性を悲しませるようなことはきっとやらないはずだ』
「卑怯だぞ。それなら君の娘が日本に残れば良いではないか」
『なんだと!?それでは私が娘と離れ離れになってしまうではないか!』
「娘離れする良い機会だろう」
『ならん、ならんぞ!レイリーは絶対に連れて帰る。カナデもだ!』
「駄目だ!他を譲歩してもそれだけは絶対に譲れん!」
「ぴえええええ!」
総理と大統領が奏を巡って口論を始めてしまった。
険悪な雰囲気を隠そうともせずに言葉で殴り合う二人の間で、奏はどうすれば良いか分からずあたふたしていた。
「(どど、どうしよう。僕のせいで戦争とかになっちゃったら!)」
後にこの時の会話が大問題になり、国のトップとして相応しくないと各所から糾弾されるのだが、親バカ的な発言であったからか案外両国民の反応は好意的だったりする。
テレビの前だと言うのに素の態度で口論する国のトップ達。
それを止めたのは、予想外の人物だった。
「お二方ばかりズルイです!私も奏さんが欲しい!」
その声は、なんと報道陣の方から漏れて来た。
報道陣の中に奏の知り合いが紛れていたわけではない。奏とは無関係のマスコミ関係者の声である。
突然の事態に口論は止み、部屋の中がざわめきだす。
ただしそのざわめきは、突如発言したその女性を非難する類のものでは無かった。
「そうだそうだ!奏君はうちの息子になってもらうんだ!」
「何言ってるんだ、奏君はうちの娘と結婚するんだよ!」
「いいえ、奏さんは私の妹になってもらうんです!」
「そんなのどうでも良いから抱き締めさせて!」
「頭なでたーい!」
「私と結婚してー!」
「俺と結婚してくれー!」
誰もが皆、総理や大統領などどうでもよく、マスコミの仕事と称して奏に会いに来たかっただけなのだ。我慢が出来なくなり、最初の女性の発言をきっかけにその想いが一気にあふれ出す。
「ぴえええええ!」
報道陣が機材を置いて奏に向かって殺到する。
マイクすら持っていないため、インタビューですらなく単純に個人として奏とコミュニケーションを取りたいのだろう。
両国のトップがいる場で、あり得ない行いだ。
SPやボディーガード達が彼らの間に入って止めるだろか。
それとも総理と大統領と奏を連れて逃げ出すだろうか。
否。
「彼は俺が育てる!」
「私に守らせて!」
彼らもまた奏に迫って来たのだった。
誰も彼もが奏の事を想い、会いたくて、触れたくて、言葉を交わしたくて堪らなくなっていた。
仕事などやっている場合では無い。常識などかなぐり捨ててでも、奏に『愛』を伝え返したい。
国民達は皆、狂いに狂っていたのだった。
哀れ、このまま奏は人波に飲み込まれてしまうのか。
もちろんそのようなことを金城が許すはずが無い。
『ダメー!』
『ふぎゃん!』
部屋の中に複数の人物がなだれ込むと同時に、奏に殺到していた人達は見えない壁にぶつかって行く手を遮られたのだ。もちろんスキルの力である。
「みんな!」
部屋の中に入って来たのは奏が良く知る人物達。
「奏様は渡さないから!」
「ダメ、絶対!」
「奏様へのご無礼は許しません!」
「私を怒らせないでよね」
「カナデサマは私が守るデース!」
奏ラバーズであった。
「良かった、みんな無事でぴえええええ!」
『かなでさまぁ』
「や、やめ、ぴえ、離して、ぴええ、脱がさないで、止め、むぐっ……ぷはぁ、こんなところでんっ、ぴえんっ、ダメ、止められない、誰か、誰かあああああ!」
彼女達は奏にとって決して助けにはならなかった。
彼女達は発情状態が治まったフリをして金城を欺きこの場に訪れ、奏を見つけるや否や襲い掛かったのである。
彼女達の中には怪力椿とレイリーがいるのだ。奏は彼女達のなすがままにされるしかなかった。何をされているのかは伏せるとしよう。
「ほらみろ、奏君は日本に居た方が幸せなのさ」
『何を言うか。困っているだろうが。向こうでレイリーだけと一緒に居た方が彼にとって幸せなのだ』
総理と大統領は奏が襲われているのを無視して口論を再開する。
「私も参加したーい!」
「俺もまぜろー!」
「かなでくーん!」
見えない壁に阻まれた人々は、壁に全身を張りつけながら叫び続ける。
『奏さーん!私の妹になってー!』
『奏君に会いたーい!』
『奏君助けてくれてありがとう!』
『かなでさまー!』
『かーなーで!』
『かーなーで!』
『かーなーで!』
『かーなーで!』
いつの間にか官邸の近くに集まった国民達が大声で奏の名前を叫んでいる。
「これはもうダメかもしれないね」
部屋の入り口で見ていた金城は頭を大きく振り、事態の収拾を諦めかける。
「これもまた有名税ってところかね。数日経てば落ち着くだろうけれど、その数日が奏さんにとって試練になるわね」
そう言いながらも、大好きな奏が国民から好かれている様子を見て金城も嬉しそうにしている。強引にでも止めようとしないのは、金城もまた奏の『愛』から復帰しきれていないからなのかもしれない。
「うっわ、かなちゃん大人気だね」
「やべぇな」
この後で事件の関係者を集めたパーティーを開催するという事で呼ばれていた幼馴染ーずも、部屋の入り口から少しだけ中の様子を見る。彼らもまた奏と『お話』をしたかったのだが、幼馴染として奏の想いを受け止め慣れていたからか、暴走はしていない。。
その幼馴染ーずの存在に奏が気が付いた。
「助けて!辰巳!栞ちゃん!」
だが幼馴染ーずに出来ることなど無い。
「がんばれ、かなちゃん。初恋の女の子が応援しているよ!」
『!?』
「ぴえええええ!」
それどころか栞が彼女達の行為を助長するように煽った。あまりにも非道な行いである。
「お前えぐいな」
「心配かけた罰だよ」
その罰により、奏はもう他人には見せられないような状態になっていた。
運が良かったのは、報道陣が迫ってきたことで人の壁で奏の姿がカメラに収められなかったことだろう。
総理と大統領が奏を取り合い、想い人と今後想い人に変わるかもしれない美少女達に迫られている奏は、心からの叫びを放った。
「誰かタスケテ!人助けをしたら美少女に惚れられて偉い人に褒められるんですけど!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以下は後日消します。
本作はこの(頭の悪そうな)話にて完結になります。
続きを書くとしても、それは第二部とかではなくて After Story 的な感じになるでしょう。
やるなら登場したけど会ってないあの人や世界の他のお偉いさんに合わせてぴええさせるのと、ひたすらイチャイチャさせることくらいでしょうか。
また、1~2週間後をめどに閑話を投稿する予定です(あくまでも予定)
話の都合上カットしたところや、ただイチャイチャするだけのお話、謎の存在についてなどのお話が候補になります。
よろしければもうしばらくお待ちください。予定が潰えた場合は単にここを消すか活動報告に書きますので、『あれ?そういえば閑話どうなったんだ?』と思ったらそちらを確認して頂ければと思います。
それでは、繰り返しになりますが、ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。




