16. 美少女達との日々を受け入れると誓ったんですけど
本日も一話投稿します
「こんにちは、芹那さん」
「ごきげんよう」
午後になると勉強会の参加者が芹那宅に集い始めた。
同じマンションに住んでいる美月と真夜。
「こんにちわー」
「こ、こんにちわ」
「いらっしゃいませー」
そして幼馴染ーずである。
「わーここが京極さんのお家なんだ」
遠慮なくキョロキョロと部屋の様子を確認する栞とは違い、辰巳は緊張を隠せない様子で目線を栞に合わせて余計なものを見ないようにと気を使っていた。
もちろん栞の事を熱い目線で見ているなどと勘違いされてしまうのだが。
「辰巳、栞ちゃんのことが大好きなんだね」
「ちげーよ!いや、違くないけど」
奏に開口一番弄られてしまい、反射的に否定しようとするが訂正する。
すると今度は栞に弄られてしまう。
「ふっふーん。違くないんだー」
「おまっ……そうだよ。違くないよ!」
照れてそっぽを向きながらヤケクソのように想いを隠さない辰巳と、それを喜ぶ栞。
今日は辰巳がケンカした時と同じような失態をしないように栞の事を中心に考えようと気を使っているため、甘々な雰囲気が増えそうだ。
「辰巳も変わったねぇ」
「変わってねーよ」
「それって昔から私の事が好きだったってこと?」
「ぐっ……」
何を言っても弄り倒されることを、辰巳は理解した。
これが今の三人の力関係である。辰巳は奏を弄っていたツケが回って来たのだろう。
「それでかなちゃんはやっちゃったの?」
「栞ちゃん!」
「だってせっかくの二人っきりなんだよ?」
「やっぱり狙ってたんだね!」
美月と真夜を見ると露骨に目を逸らしている。
全員が口裏を合わせて奏と芹那を二人っきりにしたのは明白だった。
「それでそれで、どうだったの!?」
「お、おい栞止めろって」
「良いじゃんたっくん。私達も参考にさせて貰わないと」
「そうじゃないって。今日奏を煽ったらヤバイぜ。何しにここに来たか覚えているか?」
「もちろんだよ。今日はべんきょ……あ」
そう、今日の目的は勉強会なのだ。
正確には勉強が苦手な人をフォローする会である。
そんな日に教わる側が教える側を弄ろうものなら何が起きるのか。
奏は『教えないから自分で頑張って』などと突き放すタイプでは無い。
「ふふふふふふふふふふふふ」
「ごめんかなちゃん!許して!」
「お、俺は関係ないよな?」
「全力でやるから覚悟してね」
『ひいいい!』
むしろ鬼教官になるタイプだったのだ。
「奏様の笑いが怖い」
「このような表情にもなるのですね」
「むー私達にももっと素を出してもらいたーい」
お嬢様組は奏の新たな一面を見られて喜んではいるが、いつか自分が幼馴染ーずと同じような目に合うかもしれないとは思わないのだろうか。
「さぁ、座って」
「まだ来たばかりだよ。もう少しお話」
「座って」
「……ハイ」
奏としては怒っているのもあるが、元々厳しくやる予定ではあったのだ。
ただでさえ今回はケンカ騒動で勉強不足であるのに、午前中が丸々潰れてしまったのだ。いつも通りの成績とまで行かなくとも、最低限の成績を取らせるためには心を鬼にして厳しく教えるしか無いのだ。
『助けて!』
幼馴染ーずの悲痛な助けに答える者は何処にもいなかった。自業自得なのだから。
とは言っても、今回は芹那達と一緒の勉強会であるため、奏は芹那の勉強を見ることに時間を割くはずだ。美月や真夜ならば恐らくは優しく教えてくれるであろうし、奏の厳しい指導の時間はそれほど無いだろうと内心甘く見ていた。
「そこ、間違ってますよ。こちらの公式を覚えていない証拠です。はい、それでは公式を暗唱してください」
「え、ええと、その……」
「このくらい即答出来るようにならないと話になりません。はい、10秒以内に覚えて下さい」
「いーち、にー」
「ぎゃあああ!」
「宇賀神さん、その和訳はニュアンスが少し違う」
「ええ、意味が合ってるなら良いんじゃね?」
「ダメ。日本語でも似たような文章で意図が伝わらないこともあるでしょ」
「テストだからそんな細かいところまで気にしなくても大丈夫だって」
「普段から手を抜くと、表現の食い違いでまたケンカするよ?」
「う゛っ……」
甘々である。激甘である。
むしろ美月や真夜の方が奏よりも遥かにスパルタだったのだ。
二人の教え方は『テストで良い点を取る方法』ではなく『学んだ内容を身に着けさせること』に主眼が置かれているため、テストには出そうに無い部分も含めて正確に学習させようとしていたのだ。
しかも奏の幼馴染相手ということもあり、美月も真夜も気合を入れて教えるモードに入っている。
「このペースだと間に合いませんね。これから毎日勉強しましょうか」
「それが良い。今のままじゃダメダメ」
しかも今日の勉強会以降も地獄のような日々が続きそうであり、流石に幼馴染ーずも抗議の声をあげた。
「それじゃあ花ヶ前さんと東雲さんが勉強する時間無くなっちゃうよ!」
「うんうん。流石にそれは申し訳ないぞ」
「気にしないでください。わたくしは元々何かをする予定はございませんでしたから」
「私も同じ。普段からしっかり勉強していればテストなんて簡単」
だが優秀な二人には届かなかった。
「これも縁ですし、これから勉強に慣れるまでお手伝い致しますね」
「丁度夏休み」
『え?』
しかも二人はテストは関係なく、幼馴染ーずに勉強する習慣が身に着くまで徹底的に叩くとまで言ってきたのだ。貴重な夏休みを消費してまで。
「(かなちゃん助けて!)」
「(かなでええええ!俺達を救ってくれええええ!)」
この場で彼らを助けられるのは奏しかいない。
割とガチな涙目になりながら救いを求めて目線を動かした幼馴染ーず。
「うん、正解だね」
「やったー!撫でて撫でて!」
「もう、しょうがないなぁ」
彼らが目にしたのは問題に正解するたびに芹那の頭を撫でてイチャイチャする二人の姿だった。
幼馴染ーずの存在など忘れているかのようであり、助けを求める視線にも気づかない。
繰り返すが自業自得なのである。
「聞いたよ、芹那さんってやる気出せば凄いんだって」
「えへへ、でも今日調子が良いのは奏様がいるからだよ」
「じゃあ本番も大丈夫かな。席が近いわけだし」
「うう、奏様手ごわい。午前中はあんなに」
「わー!何言おうとしてるのさ!」
芹那は隙あらば奏とイチャイチャしたがる。
それを躱して何とかやる気を出して勉強してもらおうと四苦八苦している奏であるが、どうにも上手く行ってないようだ。
「えへへ、冗談。でもね、奏様の教え方がとても分かりやすいから調子が良いんだよ」
「なんか嬉しいな」
これまでの幼馴染ーずへの指導の賜物だろう。
奏は教師が適職なのかもしれない。
「それじゃあ調子が良い今のうちにもっと進めようか」
「ううっ、厳しいよー」
「遊びたいならちゃんと勉強終わらせてからにしようね」
「はーい」
楽しく、真面目に、甘々で。
二人の世界が完成されており、幼馴染ーずは口出しすることが出来なかった。
「それじゃあ私達買い物に行ってくるね」
「行ってきます」
『行ってらっしゃい』
今日は京極家で夕飯を食べることになっている。
奏と芹那がそのための食材の買い出しに向かうことになったのだ。
家には京極家の人が誰も居なくなるが、芹那は皆を信じているため気にしていないし両親からも問題無いと言われている。見たらまずい極秘事項は父親の部屋の中でスキルを使ってまでして徹底的に守られているし、美月達が盗みを働くことなどあり得ないからだ。
「ふんふんふ~ん。奏様とおっかいっものー」
芹那は鼻歌まじりで機嫌良く奏と手を繋いで住宅街を歩く。
気分は若奥様なのだろう。
「そうだ、奏様、少し寄り道しよう?」
「ええ、みんな待ってるからダメだよ」
「大丈夫。皆から許可は貰ってるから」
「いつの間に!?」
何故、口裏を合わせて遅れてやってきたのか。
何故、美月と真夜が幼馴染ーずの勉強を見ているのか。
何故、二人きりの買い物でゆっくりしてくる許可を出したのか。
奏からの想いを伝えられた美月と真夜が、芹那に機会を与えたのである。
これからしばらくはテスト期間中で奏と甘い雰囲気になる機会が少ないと考え、自分達だけが先行し過ぎないようにと譲ったのだ。
堂々と戦う、という意志表明でもある。
「奏様、こっちこっち」
「ちょっと待って、待ってよ!」
奏の手を引っ張りながら芹那が向かった場所は、住宅街の中にある小さな神社であった。
小さくはあるがそこそこの広さの境内があり、そろそろやってくる夏休みにはここで地域の夏祭りが開催される。
「お参りしていきませんか?」
「うん」
誰も居ない神社。
賽銭を投げ入れ、お願いごとをする。
「(これ以上……じゃなくて、みんなが傷つきませんように)」
これ以上厄介ごとに巻き込まれませんように。
奏はそうお願いしようとして、願いを変えた。
自分が困る事よりも、仲間達が困らないことを優先したのだ。
奏らしい願い事である。
「(芹那さん?)」
願い事が終わり、ふと横を見ると芹那が真剣な表情で長く長く神様と対話をしていた。
その姿からは、先程までの浮かれた雰囲気は消えていた。
「よし、終わり!」
賽銭箱から離れ、芹那のお願いが終わるのを待っていた奏の元に、スッキリした表情の芹那がやってきた。
「奏様、一つ聞いても良いかな?」
「うん、いいよ」
笑顔に戻っていた芹那は、その雰囲気を保ちながら一つの質問を奏に投げかける。
「私達と一緒に居るの、辛く無いですか?」
朗らかな雰囲気とは真逆の重い内容に、奏は一瞬面食らう。
だがすぐに気が付く。芹那の体が僅かに震え、緊張していることに。
笑顔は恐怖を抑え込むための手段であるということに。
「……」
そんなことないよ。
即答することは可能である。
実際、美少女達に想われている今の状況はとてつもなく幸せである。
だが芹那が言いたいのはそういうことではないのだろう。
ゆえに奏は目を閉じ、しっかりと自分の気持ちと向き合い、芹那に答えを返そうと考えた。
真剣な質問には、真剣に答える。
奏にとって当たり前の行動であった。
「……」
「……」
誰もいない境内に風が通り抜ける。
気温が高く生ぬるい風が二人の肌に触れ、念入りにセットされた奏の前髪が大きく揺れた。
「怖い」
ぽつりと、奏は呟く。
「芹那さんを助けた時、僕は本気で死ぬかと思った。あんな怖い思いは二度としたくないって思ったよ」
「……」
銃を持った相手に命を狙われるなど、PTSDになってもおかしくない程の体験だ。
あの事件の後も普通に生活出来ている奏は、異常とも言える。
だが決してその時の恐怖を忘れたわけでは無い。
「美月さんを誘拐犯から守った時も、真夜さんを助けに行った時も、とても怖かった」
そしてその恐怖は一度だけでは無かった。
命の危機としての実感は芹那の時程では無かったかもしれないが、足が竦んで動けなくなってもおかしくない場面は何度もあった。
「夜ベッドで横になっている時、その時のことを思い出して怖くてたまらなくなることもあるよ」
そんな時は、芹那達との楽しい日々を思い出して恐怖に打ち勝とうとしていた。
「それに家族や友達に心配されるのも、とても申し訳ない気持ちになる」
奏が事件に巻き込まれる度に心配そうな表情を浮かべる両親や幼馴染、そして泣き出してしまう妹。
彼らの姿を見るたびに奏の心はとても痛んでいた。
「これから先、みんなと一緒に居るとまた怖いことが起きるかもしれないってちゃんと分かってる」
権力者と懇意になり、お嬢様とお近づきになった奏は、『本来であれば』彼らを狙う様々な人や組織とのいざこざに巻き込まれる可能性が高いだろう。
因果応報?スキルが無ければ既に本当に誘拐されていたかもしれない。
芹那達と恋人関係になるということは、これからも怖い思いをして身近な人達に心配をかける場面が何度もあるということだ。
「でも僕はみんなを助けたことを後悔しないし、これからももっと仲良くなりたいと思っている」
しかし、それらの不安要素は今を否定する材料にはならない。
「今が刺激的で楽しいから」
お嬢様との恋愛関係など、普通に生きていたら絶対に味わえないことだ。
権力者と会うなどの大変なことも多くて今でも苦手だけれども、それはそれで今では良い思い出にもなっている。
「美月さんが、真夜さんが、そして芹那さんが好きだから。今の生活を手放すなんて絶対にしたくない」
奏はお嬢様達に負けないくらい、好きな気持ちが溢れてしまいそうになっているのだ。
恐怖に負けてそれを捨てるなど、あり得ない。
心配させてしまうのは申し訳ないけれど、それ以上に自分が幸せであることを知ってもらうように努力したいと思っている。
「辛く無いですか?って質問だったよね。だったら答えは『辛くない』だよ。むしろ心から楽しい!」
どれだけ怖くて大変であっても、辛いなどと考えることはこの先無いだろうと奏は確信していた。
「覚悟してよね。もしみんなが僕の事を想って身を引いたら、何処までも追いかけていくから!」
自分達の存在が奏に迷惑をかけるなどと考えて消えようものなら、奏は本気で怒り彼女達に会うために人生をかけて行動するだろう。
すでに奏にとって芹那達はそれ程までに大切な存在なのだ。
「奏様……」
奏の答えを聞いた芹那の体の震えは止まっていた。
「ありがとう。とても嬉しい。奏様に想ってもらえることが、奏様に私達の傍に居たいと想ってもらえることが、とてもとても嬉しいよ」
だから芹那は告げ、行動する。
「私も奏様が好きです」
つま先立ちになり、顔を寄せた。
「絶対に奏様を守るからね!」
「え?」
顔を離した芹那は奏に宣言した。
近いうちに訪れる災厄から奏を絶対に守り通して見せると。
何も知らない奏は、キスの余韻を味わいながら、芹那の言葉を不思議そうに聞いていた。




