6. 美少女を助けたら警察に呼び出されたんですけど
恥辱の全校集会から数日後。
騒ぎは既に収まり、他クラスから野次馬が集まることも無くなり、奏はいつも通りの学生生活を過ごしていた。
「あれ、笹岡くん、腕のボタンが取れそうだよ」
「え、ホントだ。帰ったら直してもらわねーと」
「僕が直してあげるよ。上着脱いで」
「ええ!?」
奏は小さい頃から母親の家事の手伝いをしているため、家事が全般的に得意である。中でも裁縫はぬいぐるみを自作出来るレベルの腕前で、部屋には多くのぬいぐるみが飾られている。
奏は鞄からソーイングセットを取り出し、手際良くボタンを縫い付け直した。
「はい、出来たよ」
「え?もう?」
触ってみると、購入直後かと思えるくらい違和感なく直っていた。
「サンキュ。後でジュースでも買ってあげるよ」
おごるぜ、ではなく買ってあげるよ、と自然と口に出るあたり、無意識に年下扱いしている。奏に対してのクラスメイトの扱いは幼馴染ーずを除いて常にこのような感じである。
「ううん、気にしないで。僕が気になっただけだから」
「う~ん、佐野って女子よりも女子らしいよな」
言ってはならない言葉を放った笹岡に対して、クラス中の女子が殺気立った目で睨んでくる。
「うわ怖え。やっぱり佐野の方が可愛くて好みだわー」
「笹岡くん、女子を悪く言うのはどうかと思うよ」
「うっ……」
奏に怒られて罪悪感が生まれた、のではない。ジト目で見つめてくる奏を見て、本気で新しい世界を開いてしまいそうになり動揺してしまったのだ。
「さーさーおーかー!」
「やべ、俺逃げるわ。サンキュな!」
「待てー!」
笹岡と仲の良い女子が逃げた笹岡を追って行く。笹岡はデリカシーの無いセリフを良く口にするが、サバサバした性格とそれなりに整った顔立ちで女子からの人気は高い。だがこのクラスの女子は肉食系が多く、笹岡は常に猛獣に狙われているような感覚を味わっている。清楚系が好みの笹岡としては、ノーセンキューなのである。
「ねぇねぇ、佐野くんって裁縫が得意なの?」
残された奏にクラスの女子が数人話しかけて来た。
「うん、ぬいぐるみとか良く作るよ」
「すごーい!」
「良ければ見る?」
「見る見る!」
自作ぬいぐるみの写真ならばスマホに山ほど保存してある。可愛いと思ってくれたら良いなと軽い気持ちで写真を女子に見せた。
「うわ、すっごい上手。もりっくま可愛いー!」
「ピカもんもいる。これ欲しい!」
「マッキーもいる。私マッキーのグッズ集めてるの。買うよ」
想像していた以上に評判が良くて、奏は少し照れながらも笑顔を浮かべる。
「かわいい……」
「ありがとうございます。リクエストがあれば作るよ」
「いや、そっちじゃなく……ほんと!?」
「うん、ぬいぐるみ作るの大好きだから。時間がかかるから沢山は出来ないけどね」
可愛いもの好き女子達が熱い視線を交わし合う。誰が奏にぬいぐるみを作って貰うかバトルが行われるのだろう。
「佐野は女の子っぽくて良いな……」
女子達が醜い争いを繰り広げている場所から少し離れたところで、スポーティーな女子がぽつりと呟いた言葉を奏は耳にした。
「山岡さん?」
彼女は陸上部に所属していて、400M走で全国大会に出場出来るほどの逸材だ。走ることも勝負することも好きで、このまま陸上の世界へ進むのだと信じていた。だが彼女に『身体強化』のスキルが付与されたことで状況は一変。自分にとって走る事とは何か、陸上競技とは何か、スキルの存在をどう考えれば良いのかなど、悩んでしまったのだ。いっそのこと陸上を止めようか、などと考えたこともあるが、今更自分が普通の女子高生としてやっていける自信もなかった。奏を見て、ついその想いが零れてしまったのだ。
だが奏はそんな山岡の悩みを知らずにぶっ飛ばした。
「山岡さんはとても素敵な女性だと思います」
「え?」
自分の呟きが聞こえてしまったことに驚き、更には素敵な女性だなどと評されたことに合わせて驚いた。
「髪はサラサラで、スタイルも良いし、すごく綺麗な人です」
「ちょっ佐野!」
「あと、走っている姿がとても楽しそうで一番好きです」
「え?」
『走っている姿がとても楽しそう』
山岡は奏の言葉で、自分が何故今までずっと陸上をやっていたのかを思い出し、悩みがあっさりと解消されてしまった。いや、同時に新たな悩みを抱えることになってしまった。
目の前には自分を綺麗だと評してくれて、しかも悩みまで解決してくれた男子がいる。当然、年頃の女の子が何も思わないはずは無く、奏を見ると胸の高まりが治まらない。山岡は気持ちを抑え切れずに、奏に向かって放出してしまった。
「佐野、ありがとう。すごく嬉しい。あの……もしよければ……だけど……」
顔を赤らめ、それこそ女の子らしくもじもじしながら恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「撫でていい?」
山岡は奏を愛でたくて愛でたくてたまらなくなってしまったのだ。山岡的には年下の弟や妹に『お姉ちゃん、頑張って!』と励まされたのと似た感覚だったのである。
「かなちゃんまたやってる」
「あいつも懲りないなー」
猛烈な勢いで頭を撫でられて髪型が乱れると困惑する奏を、幼馴染ーずは遠くから眺めていた。奏はこれまでに何度も恋愛フラグを立てそうになるものの、必ず妹弟的な扱いになってしまい、恋愛に発展しないのだ。
――――――――
「あれ?この時間なのに車がいない」
山岡という熱狂的なファンを獲得した日の放課後、奏は徒歩で帰宅していた。奏は自転車通学であるが、朝に雨が降っている場合は父親に車で学校まで送ってもらい、帰宅時に雨が止んでいたら歩いて帰る。歩いても一時間程度であるため、所属している被服部の活動が無い時は迎えを呼ばないのがルーチンだ。
「気味が悪いな」
今歩いている住宅街は夕方になると車通りがそこそこ多い場所だ。にも関わらず車が一台も見当たらないことを奏は不気味に思う。その気持ちを反映してか足早に帰宅する奏の耳に、女の子の悲鳴が聞こえて来た。
「誰か助けて!」
声は目の前の曲がり角の先から聞こえて来た。慌てて奏がその角を曲がると、見慣れないブレザーの制服を着た女の子が這うようにして奏の方へと向かっていた。足を怪我しているのか、それとも腰を抜かしているのか、倒れた女の子が少しでも遠くに逃げようとあがく姿からは悲痛なものを感じさせる。
「今行きます!」
奏は慌てて彼女の元に駆け付けた。
「大丈夫ですか!」
「助けて!」
「うん、助けますから立てますか?」
「ううん、腰が抜けて……あいつらが来る……お願い、見捨てないで!」
「もちろんです!」
涙でぐしゃぐしゃでありながらも、女の子がかなりの美少女であることが伺える。髪型こそ肩の高さで揃えているだけのシンプルなものであるが、顔立ちが可愛い全振りで整っており、しかもここまで全力で逃げていたからか顔が上気して艶めかしさを醸し出している。
男が見ればたちまちハートを射抜かれて胸の高鳴りが止まらないことになりそうなものの、奏はそのような誘惑に惑わされること無く心の底から女の子を心配していた。
「それじゃあ僕におぶさって……」
奏が女の子をおんぶしてこの場から離れようとしゃがもうとしたその時、不快な声が聞こえて来る。
「あれあれーどうしてここに人がいるのかなー?」
「チッ、めんどくせーな」
明らかにカタギとは思えない風貌の男性が二人。しかもどちらも手に銃らしきものを持っている。女の子が彼らから逃げようとしていたということを、奏はすぐに理解した。
「せっかく遊んでたのにねー。どうします?やっちゃいますか?」
片方は背が低い小太りの男で軽口を叩いている。
「小僧、どうやってここまで来た」
もう一人は背が高くて細身で傷跡の残るいかつい顔をしており、ドスの聞いた声で奏を威圧する。
命の危機を感じて恐怖で動けなくなってもおかしくない場面。奏も一人であればそうだったかもしれない。だが、目の前には自分に助けを求める女の子がいる。彼女を助けなければという想いが奏に勇気をくれた。
「ごめん!」
「え、え!?」
奏は強面の質問には答えずに、女の子を抱きかかえてその場から逃げ出した。お姫様抱っこである。
「ヒュー!やるっすね!」
「本気で逃げ切れると思ってんのか?」
もちろん思っていない。女の子を抱きかかえてフラフラになりながら走ったところで、どうあがいても成人男性の移動スピードに敵うはずがない。そう分かっていても、奏は彼女を諦められなかった。必死に逃げれば誰かに出会い助けてもらえるかもしれない。ただそれだけを祈って奏は歯を食いしばり足を動かし続ける。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
奏は知らなかった。小太りの男性が『人払い』のスキルを使用しており、辺りには人が居ないということを。どれだけ必死に逃げようとも、絶対に逃げ切れない状況に陥っているということを。
「丁度遊びは終わりにしたいと思ってたところだ。これで終わりにして拉致るぞ」
「王子様頑張れー。そんなんじゃ撃たれちゃうぞー」
彼らの目的は女の子の拉致だ。それも五体満足の姿での拉致を望んでいる。もしこのまま背後から奏を銃撃したとなれば、狙いが少しでもずれれば女の子に傷がつき、下手をすれば殺してしまうかもしれない。だが強面の男は『射撃』のスキルを持っている。どれだけ奏がフラフラと歩こうとも、正確な狙いで頭部を撃ち抜くことが可能である。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!くぅっ!はぁっ!」
奏は男達の言葉から自分が撃たれることを察し、狙いを定めないように左右へ揺れながら走る。恐怖で今にも泣き叫びたい気持ちになるが、両腕の中の温もりがそれを許してはくれない。運動がそれほど得意という訳ではない奏はすぐに疲れで思考がまとまらなくなる。
「余計なことに首を突っ込んだ己の愚かさを恨むんだな」
背後での男たちの台詞も、もう耳に入らない。考えるのはただ一つ。女の子を最後まで守り通すこと。
「だい、じょぶ、だか、ら。ぜっ、たい、たす、ける、から」
ほぼ無意識に、奏は女の子に笑いかけて励ましの言葉を贈った。
それからの奏の記憶は曖昧だ。
いつの間にか男たちの声は聞こえておらず、自分の激しい息遣いだけが耳に響く。途中、女の子が何かを口にしたような気もするが、それも覚えていない。女の子が奏の服を掴みながらぼぉっと奏の顔を見ていたのだが、そのことにも気付いていない。ただ必死に走り続ける。それしか奏の頭には残らなかった。
その奏の動きは強引に止められた。突然多くの黒服に周囲を囲まれてしまったのだ。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
絶対に守ると女の子を抱く力を少し強めながら、奏は息を整える。酸素が頭にまわり、ようやく思考が再起動する。
「(囲まれてる、でもどうにか逃げないと!)」
黒服達が先ほどの男達の仲間だと考えた奏は逃げる算段を講じる。黒服達の隙間が広いところを見つけ、そこを強引に突破しようと思い付いた時、その隙間に新たな人が追加されて奏の作戦は失敗する。
「(この人だけ私服姿?それに女の人?)」
実は黒服の半分以上は女性なのだが、奏は気付いていなかった。
「先生!」
「え?」
腕の中の女の子が慌てて地面に降り、その女性に向かて駆け寄った。
「うわああああああああん!せんせーーーーい!怖かったよおおおおおおおお!」
「無事で良かった。本当に良かったわ」
その姿を見て奏は女の子を助けることが出来たのだと安堵し、地面にへなへなとへたり込んでしまった。
女の子はその女性の胸でしばらく泣くと、疲れたのか女性に抱き着いたまま眠ってしまった。いつの間にか近くに止まっていた巨大な黒塗りの車に女の子が乗せられ、先生と呼ばれた女性が奏の方に歩いて来る。
奏はどうにか立ち上がり、女性に何かを聞こうと思ったが何から聞けば良いのか分からなかった。それゆえ、女性の方が先に口を開くことになった。
「我が校の生徒を助けて頂き、本当にありがとうございます」
「いえ……あの……その……無事で良かったです」
しどろもどろな奏を責めてはならない。必死に走った疲れがまだ残っているのだ。
「はい、奏様のおかげであの子は救われました。どれだけ感謝してもしきれません。今はあの子を取り急ぎ安全な場所に連れて行かなければならないため、後日改めて感謝の意を伝えに奏様の元へお伺いさせて頂きます」
「そんな、気にしなくて良いですよ!」
「ああ、その謙虚な姿勢のなんと素晴らしいことでしょうか。あなたのようなお方と出会えたのはあの子にとって不幸中の幸いです」
「え?え?」
「それではまた後日。私よりもふさわしい者がご挨拶に伺いますから」
その言葉を合図に、女性と黒服は素早くその場から去って行く。
「奏様、これを」
「あ、僕の鞄。ありがとうございます」
黒服の一人が消える前に奏に通学鞄を手渡した。女の子を助けるために地面に放り投げたものだ。
「あれ、何で僕の名前知ってるんだろう?」
奏の疑問は風に乗って消えて行く。改めて周囲を見ると、そこは自分の家のすぐ近くであり、奏はそのまま帰宅した。
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翌日、学校の朝のホームルームにて。
「連絡は以上だ。佐野、ちょっと良いか」
担任の女性数学教師に呼ばれ、奏は一緒に廊下に出る。
「今日の夕方、空いてるか?」
「はい、大丈夫ですけど」
「良かった。実は奏に警察から呼び出しがかかってな」
「え!?」
警察からの呼び出しで思い当たることと言えば先日の事故についてだ。だが奏は何故か校長室に連れて行かれた時のような嫌な予感がした。




