4. スキル:因果応報?
BBAの事情なんて興味ない!って人は後半のスキル説明の部分だけお読みください。
金城鈴江は疲れていた。
権力者同士の争い、買収工作、拉致や誘拐などの直接的な犯罪。瀧川女学院を巡る大人達の陰謀から子供達を守るために毎日必死で走り続けた。その甲斐あって、瀧川女学院は社会的にも物理的にも確固たる地位を得て簡単には手を出せない存在へと昇華した。
預けられた娘達を我が子のように愛情をこめて育て、何処に出しても恥ずかしくない女性に育つようなカリキュラムも作ることが出来た。多くの悪意と戦い続けた結果、その恩恵を受けた娘達から慕われているのだから、悪くない人生だと思っている。
だが、ここに来て『スキル』という良く分からない現象に振り回されることになった。完璧であったはずのセキュリティは易々と破られ、後一歩で大切な娘達に危害が加えられるところまで来ていた。
金城の迅速かつ柔軟な対応により、今の瀧川女学院は例えスキル持ちと言えども突破出来ない要塞と化している。ひとまずの危機を乗り切ったが、金城は新たな悪意を浴び続け、疲れ果ててしまったのだ。
「(私が居なくなっても、もう大丈夫よね)」
自分が高齢であることを踏まえ、例え突然自分が死んでしまったとしても瀧川女学院というシステムが継続されるようになっている。自らの手で育て上げた娘達は信頼出来る。彼女達であれば瀧川女学院を未来永劫守り通してくれるだろう。
ゆえに、金城は自らに対するセキュリティレベルを下げるように指示をした。積極的に死ぬつもりはないが、極端に命を守ろうとはせず、気楽に生きることにしたのだ。もちろん猛反発を受けたが、疲れ切った金城にはその声は届かなかった。
そんな金城だが、ある朝、気分転換でSPもつけずに散歩をしていたところ、奏に出会った。
「(あ、私死ぬのね)」
暴走車に金城が気付いた時には、すでに避けるには難しく、そもそも避けようとする意志があったのかすら疑問である。
ようやく解放される。
そのような考えが頭を過ったかと言われれば違うとは言えなかった。
「危ない!」
無意識で死を受け入れようとしていた金城だが、奏の手によって現実に引き戻された。
どうして死なせてくれなかったのか。
助けられた瞬間、金城はこう思ってしまい、そのことに気付き恥じた。命をかけて救ってくれた相手の目の前で、なんという失礼なことを考えているのかと。だが、その想いをどうしても頭から消し去ることが出来ず、つい口走ってしまった。
「でもあなたみたいに若い子がこんな老い先短い老婆のために無理しちゃダメよ」
一見、奏の命を心配した台詞であるが、実は全く意味が違う。自分のことなど無視して死なせてくれれば良かったのに。その気持ちが溢れてしまった台詞なのだ。あまりにも自分が滑稽で恥ずかしくなる。このような人間がこれまで教育者として娘達に指導していたのかと思うと、申し訳なくなる。金城の精神はそれほどまでに参っていたのだ。
しかし、奏は金城の命だけでは無く、心までも救ってくれた。
「そんなこと言わないでください。お婆ちゃんが亡くなったら、僕泣いちゃいます」
奏の言葉は金城の事を思いやる気持ちしか籠められていなかった。『体が勝手に反応しちゃったんです』と謙遜する言葉や、『年齢なんて関係ありません』などと若い言葉を告げるわけでは無く、純粋に金城のことを想った台詞。
自分が手塩をかけて愛情をこめて育てた娘達では無く、これまで出会ったことすらない相手に純粋に心配された。外の世界は悪意だらけだといつの間にか思い込んでいたことに気付かされ、金城は衝撃に打ちのめされた。
――――――――
「それでね、『僕泣いちゃいます』なんて言ってくれるのよ。嬉しくって」
「スズさん、その話十回目です」
「あらそうだったかしら」
病院から瀧川女学院の理事長室に戻った金城は、秘書に奏の優しさについて何度も何度も話をする。秘書としては、まるで初孫についてのノロケ話を延々と聞かされているような感覚だ。先日までの辛そうな雰囲気よりかは遥かにマシではあるのだが、十度目ともなると流石に辟易してくる。
「スズさん、その時の車についてですが」
たまらず秘書は話を変えることにした。
「適切に処理してくれたのでしょう。なら良いわ」
「いえ、実は何が起きたのか私共も状況を理解出来ていないのです」
「どういうこと?」
暴走車について、自分をこっそり遠くから警護している者達がなんとかしたのだろうと金城は考えていた。しかしそれが勘違いであったと知らされ、それまでの浮かれた表情を消して本来の真面目で厳格な姿に切り替わった。
「あの車はお二人に接触する直前に消えました」
「消えた?」
「はい、忽然と消えました。あの時、現場に居た者の中に、そのようなスキルの持ち主はおりません」
「そう……」
金城自身にもそのようなことは出来ない。すると考えられるのは奏だ。奏が何らかの力で金城を守ったのではないか。
「(消せるのならわざわざ押し倒す必要は無いし、奏さんも明らかに困惑していた。彼のスキルというのは考えにくいわね)」
奏が隠し事をしている可能性も無くは無いが、あれほどまでに純粋な瞳の持ち主がそのようなことをする可能性は低いと感じていた。
「分かったわ。念のため奏さんを鑑定しておいてちょうだい。結果は明日の晩以降に聞くわ」
「承知致しました」
翌日は奏の家にお礼に行くつもりだ。金城としては、出来れば奏のことを知らないまま純粋に一個人としてお礼を言いたい。ゆえに鑑定の結果を知るのはお礼の後にしようと考えていた。
「そうそう、例の件は終わってますか?」
「はい、先方の校長に連絡し、最大限便宜を図るようお願いしておきました」
「ありがとう」
何故、校長が奏を異様なまでに褒めまくったのか。これが原因であった。
――――――――
佐野家への訪問はとても楽しいものであった。奏は自分のことを知らないようで、お婆ちゃんとして接してくれる。まるで自分に孫が出来たかのような感覚を味わえたのだ。
だがいつまでも自分の正体を隠しておくのは申し訳無かった。奏の母親は金城の事を知っているようで、フランクに話しかける奏をハラハラしながら見つめている。全てが終われば母親から伝えられるだろうが、それでは奏は迷惑をかけたのではないかと後で後悔するかもしれない。
ゆえに金城は話の流れで自分の正体を打ち明けることにした。すると奏は怯えだし、金城に対して壁を作り他人行儀になってしまう。金城としてはとても悲しいが自業自得である。一般の雑魚が手を出しにくいように、敢えて根も葉も無い凶悪な噂を市井に流したのだ。それを信じ込まされている奏に怯えられるのは仕方のないことである。
悲しむ内心を見せずに、金城は佐野家を後にしようとする。これでもう奏との接点は無くなり、思い出を胸にこれから頑張って生きていこう。そう自己完結させようと考えた時、それは起こった。
「お婆ちゃん、元気でね」
それまで恐怖で震えていたはずの奏が、最初の頃と同様の雰囲気で接してきたのだ。良く見るとまだ小さく震えているが、それは些細なこと。重要なのはこの短時間で恐怖を抑え込み、『礼』を取り戻したことだ。
不確定な噂だけで相手を勝手に推し量り恐怖するのは本来であれば失礼なことである。だが、金城が流した噂は礼を失わざるを得ない程凶悪な印象をもたらしていたはずだ。そうなるように仕組んでいたのだ。一朝一夕でその印象を拭えるはずがない。
だが、奏はその恐怖を抑え込み、怯えることが失礼であると気付き、勇気を出して普通に接して来たのだ。このような場面に慣れているか、あるいは重度のお人好しで無ければ成し遂げられない快挙である。当然、奏は後者であろう。
金城は歓喜に打ち震えていた。このような素晴らしい思いやりをもった若者が存在していることを知り、そしてその若者と知己になれたことを信じてもいない神に感謝するくらいに。
気付いたら金城は数人にしか伝えていない私用の連絡先を奏に教えてしまった。
――――――――
「でね、でね、奏さんったらそこで『お婆ちゃん、元気でね』なんて言うのよ。びっくりしちゃった」
「スズさん、その話二十回目です」
「あらそうだったかしら」
繰り返される奏のお話を秘書は再度辟易しながら聞いていた。初回聞いたときは驚愕したものの、二十回も繰り返されればおざなりな反応をするしかない。
「スズさん、そろそろこちらの話を聞いて下さい」
「それでね、今日奏さんのおうちに伺ったんだけど」
秘書の言葉を無視して金城は延々と佐野家に訪問した話を繰り返そうとする。先の話を聞きたくないため、意図的である。
「スズさん!いい加減にしてください!」
「ううー聞きたくないわー」
「奏さんに関するとても重要な話なんです」
奏については何も知らないまま接したいという金城の我儘である。なお、秘書と話をしながらもすでに奏に向けて何度もメッセージを送信している。大迷惑であるが、奏は律儀に返信していた。
「そちらもお止めください。そろそろ迷惑な時間帯ですよ。嫌われたくないでしょう」
「はーい」
恋人でもないのに夜遅くまでメッセージを送るなど、確かに正気の沙汰では無い。『嫌われたくないでしょう』という秘書の言葉が存外に効き、ようやく金城は秘書の話を聞くことにした。
「奏さんの『鑑定』をしました」
「それで?」
「こちらが結果になります」
『鑑定』スキル。
このスキルの持ち主は多くは無い。このスキルを得るには単に調べ事をする機会が多いだけでは不十分であり、物事の真実や真贋を明らかにする行為を好んだり仕事としている必要があるからだ。しかもその場合でも『鑑定』ではなく『推理』や『論理的思考』を授けられるケースが多い。
相手のスキルを知る能力は上に立つ者として必須であり、金城の場合は幸運にも部下が『鑑定』スキルを発現したため、新たに人を雇う必要は無かった。
金城は鑑定結果が書かれた紙を確認する。
『因果応報?』
奏はスキルが付与されていないと思っていたが、実は本人の知らないところでスキルが付与されていた。
「何で疑問形なのかしら」
奏が持っているスキル名には何故かはてなマークがついていた。
「理由は不明ですが、これが正式名称のようです」
「そう」
続けてスキルの効果を確認する。
スキル所持者に強く影響を及ぼす行為をした者は、同様の効果のある行為による報いを受ける。
スキル所持者に甚大な悪影響を及ぼす行為は無効化される。ただし、この場合も行為者への報いは発生する。
報いによりスキル所持者に悪影響が生じる場合、報いの結果はスキル所持者の知覚範囲から排除される。
スキル効果はスキル所持者と縁が深い者にも及ぶ。
スキル所持者は他スキルの影響を受けない。
スキル所持者は本スキルを保持していることを知覚しない。
スキル所持者が本スキルを保持していることを他者が伝えることは出来ない。
そこに書かれていた効果内容はあまりにも異常なものであった。しかし、そんなことはどうでも良くなるほどの恐ろしい内容が次に書かれていた。
『あらやだ、他人をこっそり鑑定するだなんて、マナーのなってないネズミがいるようね。今回だけは特別に不問にしますが、このスキルの内容をあなたが敬愛する上司に一字一句漏らさずに伝えるのよ。『彼女』なら良い感じにやってくれるでしょう。
ね、そうでしょう?』
冷や水を浴びせられたかのようにぞくりと全身が震える。得体の知れない高位の存在からまるで今もじっと見つめられているかのような圧迫感に襲われる。
後からつけたかのような明らかに筆跡の違う『ね、そうでしょう?』
金城はその部分から目が離せなくなり、吸い込まれるような感覚に陥り、息も出来ずに全身が大きく震え出す。
「スズさん!」
「っは!?」
異常を察した秘書が大声で呼びかけながら肩をゆすることで、金城はようやく我に返る。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
全身が汗でぐっしょりで、大きく乱れた息を整える。長い理事長生活、ピンチに追い込まれたことは多々あれども、ここまでのパニックに陥ったことは一度たりとも無い。
「これをどうぞ」
「ありがとう」
秘書から差し出されたタオルで汗を拭き、水分補給をする。文面を知っている秘書が、ある程度は驚くであろうと想定し準備しておいたのだ。秘書も知らない内容が付け加えられていたことで想定していた以上の反応になり困惑はしているが、それでも冷静に行動出来るのは金城の教育の賜物だ。
「(とんでもないわね)」
ちらりと鑑定結果を見ると、『ね、そうでしょう?』の文言は消えていた。勘違いや思い込みでは無く、本当に人外の何かに視られていたことを理解し、大きくため息をついた。先ほどまで感じていたプレッシャーは消えているため、今はもう視られていないのだろう。
「これは本気で娘達をあてがう必要が出て来たわね」
「はい」
金城を視ていた存在は気にはなるが、それとは別にスキルの内容があまりにも金城達にとって都合が良いものであったからだ。
攻撃を仕掛けられても無効化する上に報いを返せる。
狙われやすい娘達にとってこれ以上ない程の防御スキルだ。しかも奏と縁が深くなればこの恩恵を受けられるかもしれない。娘達の安全を願う金城達が奏との関係を深めたくなるのも当然のことだ。
「(スキルを見ずにお礼を言えて本当に良かったわ)」
スキルの内容を知っていれば、奏のことをスキル込みで評価してしまっていただろう。金城はスキル無しで純粋に本人の資質だけで奏に惹かれたことが心から嬉しかった。
スキル無効化があるのに鑑定が通じているのはもちろんメッセージを残した何者かの力によるものです。




