20. 因果応報? その4 真夜を狙った犯罪組織
「真夜は行ったかい。本当に頑固な子なんだから」
金城は理事長室で夕食前の最後の仕事を片付けている。デスクに置かれている小さなモニターに真夜を乗せた車が瀧川女学院を出発したところが映っていた。
「少しばかり痛い目を見ないと大人の世界の本当の怖さは分からないのかもしれないわね」
そんなことを言っているが、我が子のように大切にしている生徒を危険な目に合わせるなど金城は絶対に許さない。
凶悪なAVを見せることで多くの生徒に危機感を抱かせてはいるが、あくまでも映像であり実感が湧かない生徒や自分は大丈夫だと思い込む生徒もそれなりにいた。
そもそも瀧川女学院に縛り付けることも可哀想で本心では一般の生活も味合わせてあげたいとも思っている。
金城としては大きな悩みどころなのだ。
そんなことを頭の片隅で考えながら書類仕事を進めていたら、私用スマホにメッセージが届いた。
「あら珍しい、奏さんから連絡が来るなんて」
金城が奏と連絡先を交換したのは純粋に奏のことが気に入ったからであるが、奏のスキルの事を知ってからは仲を深めるためにこれまで培ってきたコミュニケーション能力をフル活用してメッセージのやりとりをしていた。奏との接点を増やすことで自分だけでなく周囲の人間も守られるかもしれないからだ。
もちろん打算で奏にアクセスしたことで因果応報?スキルにより様々な打算を抱いた相手と話をする機会が激増。うんざりしているが、奏とのパイプを強化することはそれを耐える程の価値があることだった。
「これは……!」
奏からのメッセージはあまりにもおぞましい犯罪計画についてであった。
「URLを……いや、ダメ」
犯罪計画が載せられているWebページのURLを教えて貰おうと思ったが、アクセスしたことが相手にバレて計画を中止か変更させられる可能性に思い至る。中止ならまだしも変更となると後手を踏む可能性がある。ゆえに奏から画面キャプチャを送付してもらい、計画の詳細を確認する。
金城はこのWebページの内容を全く疑わなかった。奏の説明ではこのサイトにアクセスするのは容易であり多くの人が閲覧してもおかしくない。瀧川女学院に関するWeb上の情報は場末のサイトの掲示板への投稿レベルまで含めて常に収集しているため、とっくに金城に情報が上がって来ているはずなのだ。
それが無いと言うことは、何らかのスキルが働いている可能性があり、因果応報?スキルに内包するスキル無効化により奏だけがアクセス出来たのだろう。計画内容も現実味があり、金城はこのWebサイトを『本物』であるとすぐに確信した。
「狩りをするわ。テンも呼んでちょうだい」
「はい」
秘書に連絡し、瀧川女学院の対犯罪者用私設部隊を招集する。犯罪者を捕らえるための部隊であり、金城が直接指揮をする。
また、今回はその部隊に加えて『テン』と呼ばれる人間も呼び出した。テンは転移スキルを使える人間でありコードネーム。狙われないように正体を隠すための措置であり、姿形も変装スキルによって人前で行動する際は常に偽の姿になっている。鑑定スキルを妨害する装備も常備し、正体がバレないような徹底的な対策が為されている。正体を知っているのは金城だけだ。
「来たわね。テンとサクラは男SPに変装して三峰と合流、他は監禁場所を抑えに行くわよ」
『はい』
金城としてはすぐにでも真夜を瀧川女学院に戻したかった。しかし今回は相手に転移スキルの持ち主がいることが分かっている。この先の犯罪を防ぐために、泣く泣く真夜を囮にせざるを得なかった。
仮に転移スキルの持ち主の確保が失敗して真夜を飛ばされたとしても、すぐに助けられるように金城達は転移先の軽井沢の別荘地帯へとテンの転移スキルにて移動する。
「ポイントAに不審な車や男性が着々と合流しつつあります」
「了解、そのまま監視を継続して頂戴」
「はい」
作戦が漏れていることが相手に伝わらないように遠距離から遠視のスキルを持つ者に監禁場所の監視をさせている。冬の軽井沢で閉じられているペンション群。その奥地にある大きめの建物に、次々と怪しい風体の男達が入って行く。
建物には刻限ギリギリまで近づかずに作戦開始時刻と同時に突入する予定だ。
ここで金城は二つの失敗をした。
一つは街中の襲撃対応を三峰グループに任せたこと。彼らが襲撃予定のホテル近くで露骨に警戒を始めたため、相手に作戦が漏れていることが伝わってしまったのだ。
そしてもう一つは私用スマホの電源をオフにしたこと。相手に気付かれないようにと僅かな音も漏らさないように念を入れたことが裏目になり、奏からの連絡に気付かなかった。
「突入!」
真夜の監禁予定場所を確保する作戦は成功に終わる。突入してから二分も経たずに中にいた二十人程の男性を難なく拘束。しかしテンから真夜が転移させられた連絡が来たにも関わらず、どこにも真夜の姿は無い。
「どういうこと。まさかガセを掴まされた?」
敢えてここに人を呼びこむことで本来の転移先から注意を逸らそうとしたのか。それとも単に慌てて相手が転移先を間違えたのか。色々と可能性はあるが、金城はすぐに真夜がここに居ない理由を考えるのを止めた。今はそんなことよりも真夜が何処に飛ばされたのかを考えることの方が優先だからだ。
「転移スキルの男を締め上げなさい!」
三峰グループのSPに潜り込んでいた転移スキルの男は真夜を転移させた直後にテンによりスキル無効化部屋へと飛ばされた。真夜の転移先を知っているはずのその男を一刻も早く締め上げて真夜の居場所を特定しなければ取り返しのつかないことになる。
「真夜、早まらないで」
金城は真夜が自殺用の薬を常備していることを知っている。今こそそれを使うタイミングである。薬は飲んでからすぐに効果が発揮するわけでは無く、後からでも解毒剤を飲めば助かるものだ。しかしそう長くは持たない。一分一秒でも早く真夜を見つけなければ待ち受けているのは死だ。
「ごめんなさい、奏さん。せっかくあなたが教えてくれたのに……あ!」
自らの判断ミスで作戦が失敗し、真夜を失いかけていることを奏に申し訳なく思った時、例のWebページを見れば何かが分かるかもしれないと思いつき、私用スマホの電源をつける。するとそこには奏からの鬼電の後と大量のメッセージが残されていた。
「テンをここに呼んで!早く!」
「はい」
テンを呼び寄せ、奏が伝えてくれた場所へと部隊数人を連れて転移しようとする。
「ダメです。結界が張られてます」
「それなら部屋の外に転移して頂戴」
「はい」
部屋の中への直接の転移は防がれた。ゆえにその部屋の外へと転移する。
その部屋の扉の前では一人の男性がおろおろしながら立っていた。奏の父である。
「手を挙げなさい!」
「ひいいいい!」
「早くなさい!」
部隊の女性隊長が鬼のような形相で奏父に銃を突きつける。しかし奏について調査をし、奏父の素顔を知っていた金城は慌てて止めさせる。
「待ちなさい!この方は私の知人です!」
「失礼しました」
金城の叱責を受けて女性隊長は銃を下げて一歩下がる。会うのは初めてであり金城が一方的に知っているだけなのだが知っている人、すなわち知人である。話を早く進めるためにはこのくらいの方便は軽く使うのである。
「え?え?」
突如人が現れて、しかも自分に銃を突きつけたことに恐怖して混乱する奏父。金城は謝罪して彼を落ち着かせる。
「大変申し訳ございません。奏さんのお父様ですね。わたくし、瀧川女学院の理事長、金城鈴江と申します」
「……あ、ああ!お願いします。助けて下さい!奏がこの部屋に入ったまま出てこないんです!私は何故か中に入れなくて」
「(すぐに頭を切り替えて助けを求められる。流石奏さんの父親ですね)」
恐怖で怯え続けるのではなく、状況を把握して自分が為すべき行動に移れる。それは簡単なことでは無く、この親子が持っている大きな資質なのだ。
「分かりました。確認します」
「お願いします!」
奏父はその場を離れて金城達に全てを任せた。
「やはり結界が張られてますね。外からの干渉は時間がかかりそうです」
「ふむ……なら中から出て来てもらえば良いかな」
金城は奏に電話をかける。結界により内外の連絡は完全に遮断されているが、奏の因果応報?の効果で無効化されているだろうと考えたからだ。その考え通りに電話はつながった。
『奏さん、真夜と一緒に居ますか?』
『はい』
『真夜と一緒にその部屋を出て来て欲しいの』
『分かりました』
結局今回も最初から最後まで奏の力を借りることになってしまった。
アパートを去る佐野親子の後ろ姿と、真っ赤な目と頬でそれを見つめる真夜の姿を見ながら、金城はため息をついた。
だがまだ金城の戦いは終わっていない。三峰の下手な警備を叱りに行く暇すらない。犯罪組織の正体や規模がまったく見えていないのだ。
「やつらは吐いたかい?」
「それが大した情報を持っておりませんでした」
「そんな馬鹿な。あれだけのスキルを使える人間がまさか下っ端だって言うのかい?」
「いえ、記憶の改ざんの痕跡がございました。手を尽くしておりますが……」
「どうにもならない。スキルレベルが高いということかね」
捕まえた人間からは敵組織に関する情報が殆ど得られなかった。こちらの解除系スキルのレベルを上昇させて記憶の制限を解除した頃には、既にその情報は無意味になっているだろう。
「結局捕らえられたのは転移と偽装だけかい」
ホテルの警備員に扮していた男は偽装スキルの持ち主だった。この男が自らと偽SPに偽装をかけて転移スキルの本当の持ち主を誤魔化していた。もちろん三峰も鑑定スキルの持ち主を派遣したが、その鑑定を誤魔化せるほどスキルレベルが高かった。
「ホテル襲撃メンバーも下っ端が中心でリーダー格は逃げられる。結界スキルの持ち主もWebサイトを運営していた人物も不明。はぁ……」
転移スキルの持ち主を捕らえただけでも大金星のはずだが、それだけでは全く安心出来ない程の敵の規模の大きさに思わずため息が出てしまう。
「現在、各地の犯罪組織の情報を再確認しておりますが、該当するものはございません」
「短期間でスキルを徹底的に鍛え、用意周到な作戦を試み、失敗しても柔軟に対応して決して尻尾は掴ませない。厄介な相手が生まれてしまったもんだよ」
「取り急ぎ尋問を進めるように指示します」
「いや、それよりもWebサイトの運営者をターゲットにするよ」
「領域制限と呼び込みのスキル保持者ですか?」
「ええ、やつらは作戦の詳細を知っている。間違いなく組織の核となるメンバーのはず」
「しかしどれだけ調査しても彼らのサイトにアクセスすることが出来ません」
「なぁに、奴らは一つだけ大きなミスを犯したのさ。奏さんに知られるっていうミスをね」
奏が見つけたWebサイト。そこには『領域制限』と『呼び込み』の二種類のスキルが関わっていると金城は推測している。
『領域制限』は指定した人間以外の出入りを制限するもの。スキルレベルが高くなると領域の範囲が広くなったり、指定外の人間からその領域を隠ぺい出来るようになる。普通は現実の世界の場所を範囲として指定するのだが、Web上でも範囲が指定出来るのを金城は初めて知った。
『呼び込み』は指定した人間を特定の場所へ呼び込むことが出来るスキルだ。居酒屋の呼び込みをイメージすると分かりやすい。犯罪者が詐欺スキルとセットで覚えていることが多い。
この二つのスキルを活用して、犯罪に加担して自分達に都合よく動いてくれる人だけにURLが見えるようになる仕組みを用意したのだ。
「報いが無駄に発動する前に、私らで網をかけるよ」
奏はWebを通じて領域制限と呼び込みの効果を受けた。そして真夜を助けに行く時に結界スキルの効果も受けた。ゆえにこれらのスキルの使用者は報いを受けるはず。それを見越して相手を罠にかけ、正体の分からない敵を突き止める。金城達の頭の使いどころである。
結果、金城達は未知の犯罪組織の存在を明るみにし、主要スキルの持ち主を捕らえて大打撃を与えることに成功した。




