2. お婆ちゃんを助けたら全校集会で褒められまくったんですけど
担任に変わり、学年主任の男性教師が前に出て校長室の扉をノックする。
「はい」
「件の生徒を連れて来ました」
「分かりました。どうぞお入りください」
普段の校長ならばぶっきらぼうに『どうぞ』と告げるだけ。丁寧な対応に教師陣は気持ち悪そうな表情を浮かべていた。学年主任はすぐに気を取り直して扉を開け、奏は担任教師の後について校長室の中に入った。校長室は高級な家具が揃えられ、明らかに他の部屋とは違うグレードを感じさせた。壁に歴代の校長の写真が並べられているのはお約束だろう。
「(うわ、校長先生だ。教頭先生もいる)」
奏が校長の姿を見たのは入学式の時以来だ。自席の前に立ち、教育現場には場違いな高級そうなスーツを着ており、どことなく気弱げな表情を浮かべている。頭部は後ろまでつるりと禿げ上り、更には小太りという絵に描いたような悪い意味での中年男性の姿だ。
だからといって奏が校長のことを侮ることは無く、とてつもなく偉い人の前に連れて来られたことによる緊張で何かを考える余裕などなかった。
「君が佐野奏さんですね。突然呼び出して申し訳ない」
「い、いいい、いえ。予定が無かったので大丈夫です」
なんとか言葉を絞り出し、校長に答えを返した。
緊張で喉がカラカラである。
「それは我々としても大助かりです。ささ、どうぞおかけください」
「え?」
偉い教師が沢山いる中で、いくら勧められたとはいえ本当に座って良いのか逡巡し、つい担任教師の方に視線をやる。奏としては立ったままで良かったのだが、担任が頷いて座るように促したため逃げることは出来なかった。
豪華な椅子に奏が座ると、校長は対面の椅子に座る。担任と学年主任は奏の後ろに、生徒指導と教頭は校長の後ろに立ったままだ。
「本日佐野さんをお呼びしたのは、佐野さんが今朝体験したことについてお伺いしたいからです。我々は警察から連絡を受けておりますが、念のため佐野さんからも内容を確認しておきたかったのです」
校長室に連れ込まれるという状況は予想外ではあったけれども、話の内容は予想していた通りに事故に遭遇したことについてであった。奏は震える声で家を出たところから順を追って説明した。
「ふむ、聞いていた内容と一致しますね」
校長は奏の話を聞いて満足そうに頷いた。
「我が校に君のような優しくて勇敢な生徒がいるとは、とても喜ばしいことです」
「そ、そそ、そんな、当たり前のことをやっただけです」
これは謙遜では無く奏の本心である。
困っている人が居たから手を差し伸べた。それは別に褒められるようなことでは無いというのが、奏の感性であるからだ。
「おお、しかも謙遜を忘れない立派な人物だ。他の生徒も佐野さんを見習って欲しいものです」
「ええ……」
校長は、素晴らしい、立派だ、勇敢だ、などといった美辞麗句を並べ立てて延々と奏を褒め讃え続ける。少しでも否定すれば謙遜と受け取られ、誤解を解くことは出来そうにない。
「そうだ、肝心なことを忘れていました。今日は遅刻扱いにはなりませんからご安心ください」
「ありがとうございます」
奏は皆勤賞を狙っているわけでは無いが、真面目なため遅刻が記録されてしまうのは何となく気分が悪かった。それが無かったことになるのは素直に嬉しかった。
「あと、佐野さんが受けられなかった午前中の授業についてですが、佐野さんが希望すれば補講を致します。いががでしょうか」
「え?」
数学の授業が受けられず困っているという話を丁度お昼休みにしたところである。奏としては願ったり叶ったりな話なのだが、気になることがあり即答出来なかった。その戸惑いを見て生徒指導の体育教師が勘違いしたようで校長を窘めた。
「校長ダメですって。教師に囲まれてそんなこと言われたら断れるわけないじゃないですか。強制みたいになっちゃってますよ」
確かに偉い教師に囲まれた状況で、授業を受けないかと言われて断ってしまったら、悪印象を与えそうな気がして断るのは難しいだろう。勉強したくありませんなどと教師に言うようなものなのだから。
「お、おお、確かにそうだな。失礼しました。佐野さんのご予定もあるでしょうし、本当に好きに選んでくださって構いません。もし断ったことで教師の態度が変わったり成績評価が悪くなるなどと言ったことがございましたら、直接私に報告して頂ければ対応致します」
「(直接なんて言えるわけないじゃないですか!)」
校長は慌てて自らの言葉を訂正するが、その訂正が意味をなしていないことに気付いていない。立っている教師達はやれやれという表情を浮かべてかぶりを振っている。
「あ、違うんです。その、すごく嬉しい話なんですけど、先生方も忙しいでしょうし申し訳ないって思いまして」
「ん、私のことを気にしてくれるのか?」
これまでじっと事の成り行きを見守るだけだった担任教師だが、自分のことが話題になったので発言する。
「は、はい。その、先生って凄く忙しいって聞いた事があるので……」
昨今、ブラック教師とも揶揄されるように、教師が激務である事実が周知され始めている。ゆえに奏は自分一人のために更に負荷をかけることになるのは申し訳ないと考えたのだ。
「佐野は気にしなくて良いぞ。その辺りは『偉い人』が上手いことやってくれるからな」
担任はそう言って奏にウィンクしてみせた。この中では下っ端なのだが、肝が据わった行動である。だがその軽い行動が、奏の気持ちをリラックスさせるのに繋がり、奏の中で評価爆上げである。
「教師のことまで考えて下さるとは、なんというお優しい方だ。彼らをしっかりとフォローすることをお約束しましょう」
「でしたら、お願いします」
結局話はそれで終わり。
奏は何故校長に呼ばれたのか、良く分からないままであった。
なおこの時の校長は、一生徒に対しての態度としてはあまりにもへりくだりすぎて異常であるのだが、普段の校長の姿を知らない奏は良い人なのだろうと勝手に解釈して気にしてはいなかった。
――――――――
「という話があったんだよ」
「マジか。俺だったら逃げ出してるわ」
「あたしもー」
奏が校長室に呼び出された翌朝。登校した奏はその時の話を幼馴染ーずに報告していた。
「つーか、うちの校長ってそんなキャラだったっけ」
「うーん……うだつのあがらない万年課長ってイメージしか無いかなぁ。あと臭そう」
「栞ちゃん、それは流石に酷いと思うよ」
実際、校長はかなり強烈な加齢臭を放っているため、栞の予想は大正解だったりする。
「人助けしたら呼び出されておやじ臭をかがされるのか」
「うえぇ……あたし絶対人助けしないー」
「二人とも!」
『あははは』
話をしていたら予鈴がなったので席に戻る。
担任がやってきて朝のホームルームが始まった。
「今日は一限中止な。臨時全校集会をやるんだとさ」
『えー』
「騒ぐな。ホームルームが終わったら全員体育館に集合な。それと……」
「?」
担任はチラりと奏の方を見たが、すぐに目線を手元の紙に戻した。
「いや、なんでもない。さらっと出席とるぞ。来てないやつは……なし、と」
担任は駆け足でホームルームを終わらせて教室を出て行った。
体育館へと移動しながら、全校集会の理由について生徒たちは噂する。
「もしかして誰か亡くなったのかな」
「めっちゃ悪いことやったやつがいるんじゃねーか」
「学校にすごい苦情が来たとか」
「普通にスキル関係の話じゃないの?」
奏たちも同様におしゃべりしながら移動しているが、辰巳と栞は奏の様子が少しおかしいことに気が付いた。
「かなちゃんどうしたの?」
「なんか難しい顔してるぜ」
「うん、なんか嫌な予感がするんだ」
「まさか、全校集会中にテロリストが襲ってくるとか」
「実はかなちゃん、本当は予知能力のスキル持ちとか?」
「違う違う、そういうのじゃなくてさ。さっきホームルームの時に先生に見られたのが気になって」
「そうなのか?」
「あたし気付かなかった」
なんとなくではあるが、先生の視線が奏を憐れんでいるように感じられたのだ。しかも臨時全校集会の話が出た直後のこと。奏は真面目であるがゆえに仮病などで逃げることなど出来るわけも無く、足取り重く体育館へ向かった。
「本日はみなさんにお伝えしたいことがあります」
臨時全校集会が開始し、静かになった体育館の中に校長の声がマイクを通して響き渡る。体育館への移動中は楽し気に噂話をしていた生徒達だが、内心は嫌な話があるのではないかと不安に感じており、どことなく空気が重い。
臨時全校集会という響きからは生徒達が噂していたように悪いイメージしか湧かないからだ。
だが実際はそのイメージとは真逆のものであった。
「先日、本校の生徒が……とても素晴らしい行いをしました」
「ぴぇ!」
嫌な予感が的中した奏はつい小声が漏れてしまい、近くの人から怪訝そうにチラ見される。
「今日はみなさんに、その生徒のことを是非とも見習って頂きたいと考え、本集会を開催致しました」
「ぴええええ……」
嫌な話では無かったことを安堵する空気が体育館に満たされる中、一人怯える生徒がいる。
「(校長先生、お願いだから僕を呼ばないでください。校長先生、お願いだから僕を呼ばないでください。校長先生、お願いだから僕を呼ばないでください。校長先生、お願いだから僕を呼ばないでください)」
残念ながら神は、いや、校長は奏の願いを叶えることは無かった。
「それではその生徒をお呼びします。佐野奏さん、壇上に出て来てください」
「ぴええええええ!」
奏は表彰されることどころか、一人で多くの人前に出ることすら経験が無い。昨日、偉い人と会った時とは全く別の種類の緊張が奏を襲う。だが、呼ばれているのに何もしないわけにもいかない。緊張でガチガチになりながら、列を抜け出しゆっくりと壇上へ向かう。
「こちらへどうぞ」
校長の隣に立ち、生徒の方を向くように促される。
「ぴぇ」
人、人、人。
多くの視線が奏を見つめている。視線と言っても、単に興味深そうなものもあれば、早く終わって欲しいとつまらなそうなものもあり、『何あの子可愛い!』とハートマークを浮かべているものもある。最後のが割と多いのは気にしてならない。
多くの好奇の視線に晒される中、隣では校長が奏の人助けについて力説する。
「彼は自らの命を顧みずに、一人の人間を助けたのです。これは簡単なことではございません。彼の勇敢さと慈愛の精神はみなさんだけではなく、我々大人も見習わなければならないのです!」
褒めて褒めて褒めまくる大演説。
「彼のような生徒に出会えたことは私としても一生誇りに感じる事でしょう。みなさんも彼から人はどうあるべきかを学び、考え、社会を良くして行ける人物になるよう努力しましょう」
校長の演説は全く止まる気配が無い。ただひたすらに奏を褒め讃える。
奏は緊張と照れ臭さで顔を真っ赤にしているが、校長は横に居るためそのことに気付かない。むしろ褒めるたびに奏が大喜びしてくれるだろうと思い込み、ヒートアップしているのだ。
「(誰かタスケテ!)」
人は羞恥で死ねるかもしれない。奏はこの日、知りたくもない事実に気が付いてしまった。




