17. 美少女を助けたら瀧川女学院を案内してもらえたんですけど
「奏様、またね!」
出だしは失敗したものの、持ち前の明るさを活かして芹那は奏との会話を時間一杯楽しんだ。このままずっと着いて来るのかと思いきや、瀧川女学院に到着して奏達が車から降りるとすぐに芹那は奏に別れの挨拶をして去って行く。
「うん、今日は迎えに来てくれてありがとう!」
「えへへ」
奏はてっきり理事長室まで着いて来るのかと思い身構えていたが拍子抜けした。
「なんだい、もっと一緒に居たかったのかい?」
「そりゃまぁそうですけど」
「おやまぁ、はっきりと言うじゃないか」
「あれだけ可愛い女の子と一緒に居たくないなんて言えませんよ」
居たくないと言えば失礼になり、居たいと言えば囃し立てられる悪魔の質問だが、奏は臆することなく堂々と答えた。照れずに臆面もなく言えるところがまた、見た目に反した男らしい部分だ。金城の評価も着実に上がっている。
「せっかく来たのだから、少しばかり見て行くと良いさ」
「え?」
このまま理事長室に行くのではなく、謎に秘められた女の園を観光して行けと金城は言う。
「いやいや、男の僕が歩いていたら不審者じゃないですか」
「くっくっくっ、ちゃ~んと考えてあるから安心して良いさ」
「嫌な予感がするんですけど」
「そんなこと言ったら彼女に失礼だよ」
「え?」
金城の視線の先には、いつの間にか一人の女生徒が立っていた。
「東雲さん!」
奏が二番に助けた女の子、東雲美月であった。
「(そうか、お婆ちゃん、僕を二人に合わせたかったんだ)」
特に美月は約束により学校から出られない。だからこうやって奏を連れてくることで会ってお礼を言えるように取り計らったのだ。
美月は奏と別れた時のお嬢様風な雰囲気を装っている。
「奏様。先日は大変申し訳ございませんでした」
「え?」
美月は開口一番、奏に謝罪をした。
「お会い出来ないことを知りながら思わせぶりなことを申し上げてしまい……」
自らの過失により奏に再会を期待させたことを美月は大いに恥じていた。ゆえに、この場で奏に何を言われても受け止めようと覚悟していた。その結果次第では、可愛い物について語り合える貴重な同志を失うことになるかもしれない。だがそれも、自分の軽率な行動が蒔いた種が芽吹いただけのことであり誰にも文句は言えない。
泣き出しそうな心境で、美月は奏の言葉を待つ。
「そのことは東雲さんのお父さんから詳しく聞いたよ。ちゃんと約束守ってて凄いね」
「……怒らないのですか?」
「なんで?大切な約束なんでしょう。むしろ破って会いに来たら怒ってたかもね」
「あ……」
奏は怒ることは無く、むしろ約束を守ったことを褒めてくれた。しかも、約束を大切にする美月の気持ちも汲んでくれている。あまりの嬉しさに美月は小さく口を開けて呆然とし、お嬢様然とした雰囲気を装うことも忘れている。
「東雲さんとまたお話したいと思ってたから会えて嬉しいよ。お婆ちゃんには感謝しないとね」
「くっくっくっ、奏さんもやるねぇ」
「?」
奏の畳み掛けに美月の顔は真っ赤だ。だがその変化は夕暮れの赤さに紛れたため奏には気付かれなかった。
「校内の案内はその子がやってくれるから、私は一足先に戻って待ってるよ」
「うん、またね」
金城はその場を離れて校舎に向かって歩いて行く。
「あの!」
「え、何?」
金城を見送っていたら硬直していた美月から大きな声がかけられた。
「私もまた会えて嬉しい。一杯お話したい!」
「え、ちょっと、なんで泣いて!」
美月は嫌われなかった安堵と数々の嬉しさがごちゃ混ぜになり、瞳に涙を湛えていた。頬の赤みは分からなくとも、零れそうな程たまっている涙には、奏もすぐに気が付いた。
「奏様に会えたから嬉しいの」
素の姿で満面の笑みを浮かべた美月に奏の心臓は大きく跳ね上がった。
――――――――
「それでは案内します」
「うん、よろしくね」
美月はお嬢様モードからノーマルモードへと変更した。ノーマルモードは奏と初めてゲームセンターで会った時と同じモードであり、やや大人しめの雰囲気。こちらの方が素の自分に近いため、学院でもこのモードで生活している。
「うわ、広っ!」
「そうですか?」
瀧川女学院の校舎はとにかく広かった。廊下の幅も教室の広さも大川高校とは雲泥の差で、当然全ての材質が高級感に溢れていた。使い回しのボロボロな机や椅子を使うなどもってのほかで、見た目も使い勝手も良さそうな『家具』と言える一品が全員分用意されている。
生徒数が多くないのか教室の数は少なく、その代わりに特別教室の数がとても多かった。接待練習室や庶民室など、普通の高校ではありえない部屋がいくつも用意されていた。
「生徒さんはいないんだね」
「いつもは部活の人が一杯います。今日だけ特別です」
「そうなの?」
「特別授業がありまして、みんな寮に帰りました」
「ふ~ん」
特別授業というのは方便であり、実際は奏が見世物になるのを防ぐために授業終了後に全員寮に戻るように金城が指示を出したのだ。
自分の影響でお嬢様達の行動が制限されたと知ったら奏はどのような反応をするだろうか。金城は少しばかり気になったが、いたずら心よりも余計なことをして報いを受ける恐れがギリギリで勝利した。
「東雲さんはどんな部活に入っているの?」
「美月」
「え?」
「美月って呼んで下さい」
名前で呼んで欲しいと、美月は奏にお願いする。
「で、でも……」
「芹那は名前で呼んでます」
「ぴえぇ、知り合いなんだ」
「はい、友達です」
それならば奏を知る者同士、色々と話をしていてもおかしくはない。
あの夕食会の日のことも、名前呼びを強制させられたことも知っているのだろう。
となると美月も同じ手段で迫り、奏に断るという選択肢を与えないはずだ。
「(うう……こんな綺麗な人を名前で呼ぶとか、緊張しちゃうよ)」
美しさ特化の絶世の美少女を名前で呼ぶハードルは非常に高い。だが、奏はすでに可愛さ特化の同じく絶世の美少女を名前で呼ぶハードルを強制的に飛ばされて慣れがある。それならばと勇気を出す。
「分かったよ。じゃあ僕からも一つだけお願いがあるんだ。美月さん」
「はぅ……な、何でしょうか」
「(ぴえぇ)」
嬉しそうな笑顔の華が咲き、奏は圧倒されてしまうがどうにか耐えた。
「ぬいぐるみの話をしていた時みたいに、もっと気軽に話しかけて欲しいな」
「え?」
当時と雰囲気は似ているけれども、言葉が硬く何処となくぎこちない。
「あ、その、今の方が話しやすいってことならそれでも良いんだけど」
「いいえ、じゃなくて、うん。戻す!」
「う、うん、ちょっと近い……かな」
「はぅ、失礼し……ごめんなさい!」
興奮してぐいっと顔を近づけてしまい、はしたない行為をしてしまったことに恥じ入る美月。近づかれたことも、その後恥じてる姿も男心にはドストライクで、奏の心臓は鳴りっぱなしだった。
「そ、それで美月さんの部活って何?あ、僕は被服部だよ。知っての通りお裁縫が得意だから」
「奏様らしい。私は金融部」
「金融部?」
「金融業界を勉強する部活」
「難しそうだね。株とかやるのかな」
「うん、株式取引もやる人がいるよ」
いや、株だけでは無い。むしろそれは極一部だ。
瀧川女学院の金融部の活動は、金融に関するあらゆる仕事を学ぶこと。銀行、証券会社、保険等の業種や、ファイナンシャルプランナー、ファンドマネージャー等の職種に応じた様々な仕事を実体験する。学院内に本物の銀行があり、金融部は実際にその運営を担当している。当然、大人の力も借りているが、おままごと経営では無い。
瀧川女学院はただのお嬢様学校では無い。社会で即戦力として通用する実践的なスキルを身に着ける場でもあるのだ。
「やっぱりお父さんの影響?」
「ううん、私が好きだから」
「好きなことを頑張ってるんだ。素敵だね」
「ありがとう」
褒められて上機嫌になる美月と、照れくさくて目を逸らしてしまう奏。二人はぬいぐるみの話題以外でも、楽しい時間を過ごせていた。
「そろそろ理事長室に行く」
「……うん」
「どうしたの?」
「いやぁ、やっぱり緊張しちゃって。これから会う人って、僕にとっては雲の上の存在だからさ」
誰が待っているのかは想像がついている。今回助けた相手を考えれば、理事長室にいるのは三峰財閥の会長以外にあり得ないだろう。もちろん、真夜の両親の可能性もあるが、彼らは警視総監や三峰誠心銀行頭取と比べると立場が低い。奏がこれまで命を助けた女の子達の父親と同等以上の立場の人物がいるにも関わらず、低い立場の両親が代表となることはあり得ないだろう。
「その気持ち分かる。私も良く緊張する」
「え?そうなの?」
「もちろん。私にとっても三峰会長は雲の上の存在だから」
「あ……」
奏にとってはこれまで出会った警視総監や銀行頭取はもとより、校長先生ですら雲の上の存在だ。瀧川女学院の生徒やその家族に対してもまた同じ感覚を抱いていた。
だが、彼らの中でも上下関係はあるのだ。奏は同じ雲の上の存在同志であれば緊張などしないだろうと思い込んでいた自分を恥じた。
「緊張して体がガチガチ。声が震えてマナーも活かせない。何度も失敗したよ」
「美月さんが……」
美しさというのは時に残酷である。極度に顔立ちが整っているというだけで、『しっかりした』という印象を与えてしまうからだ。だが相手は奏と同じ高校一年生の女の子。幼い頃から社交界に触れているとはいえ、偉い人と会うことに緊張を感じないわけが無いのだ。
「お父様が言うには、緊張することは悪い事では無いんだって」
「緊張することは悪いことでは無い」
「うん。人が緊張するのは当然で、むしろ立場が上の人を相手に緊張しない方が失礼」
「分かる気がする」
偉い人に会って緊張するということは、その相手に畏れを抱いているということだ。畏れは敬いの心からも生まれる。相手を心から尊い存在だと感じているからこそ畏れを抱く。畏れを抱かないと言うことは、その敬う心を持っていないとも言えるのだ。
「だから奏様も緊張して良いの。それにお父様は奏様の事を褒めてたよ」
「ええ、僕を?何も特別なことやってないよ?」
「それが良かったの。緊張しながらも普通に会話をしてくれた。それがとても素晴らしかったって」
「う~ん、そっちは良く分かんないや」
東雲頭取は立場上多くの人と会って話をする機会がある。その中には、頭取を『恐怖の対象』として捉えて、どうしたら自分が怒られないかだけを気にしてビクビクと対応する人が多い。だがそれは『対話』ではない。立場が上であっても相手は人だ。
畏れては良いが恐れてはならない。
恐れた瞬間に、その人間は相手の存在をしっかりと見ることが出来なくなるからだ。
しかし奏は緊張しながらも的確に東雲頭取と会話をした。遥か上の立場の人間からお礼を言われるという緊張する場面で、しっかりと自分の言葉で話をすることが出来ていた。
これは簡単なようでとても難しいことだ。東雲頭取はその奏の在り方を大層気に入った。へこへこと頭を下げるだけのクソみたいな部下だらけで辟易していたのだ。
「私の謹慎が解けたら、お父様と一緒に奏様と御飯を食べに行きたいな」
「ええ!?」
「芹那とは一緒に行ったんだよね?」
「ぴえぇ」
綺麗どころからご飯に誘われて断れるわけがないのである。
「ここが理事長室。私はここまで」
「うん、今日は案内してくれてありがとう。また会えて嬉しかったよ」
「奏様……うん、私も嬉しかった。また可愛いもののお話をしよ!」
最後に最大の笑みを浮かべて美月は去って行く。奏の心臓の鼓動が激しいのは緊張によるものか、それとも……




