12. 東雲 美月(しののめ みつき)
東雲 美月は可愛いものが大好きである。
特にぬいぐるみには目が無くて、小さい頃から親にねだって部屋中をぬいぐるみだらけにしていた。自分よりも大きな熊のぬいぐるみを買ってもらい大はしゃぎする姿を、美月の両親は微笑ましく見守っていた。友達とぬいぐるみを見せ合い、可愛いもの談義をするのが美月の最高に好きな時間だった。
だがそんな時間は成長するにつれて減少してしまう。
友達は皆、良家の子女。親からのプレゼントは早いうちから徐々に大人向けのものに変わり、彼女達の興味は絵画や演劇や美術品などの芸術方面に向けられるようになった。
もちろん、彼女達もまだ可愛いものを愛でたいという気持ちは残されている。だが、それは子供っぽい物であり卒業すべきだという考えに囚われており、美月はそんな彼女達に合わせるために可愛いもの談義を封印せざるを得なかった。
そんな美月にとって運が良かったのは、両親が美月に何かを押し付けることが無かったことだろう。
お嬢様らしい趣味はもちろんのこと、一般社会で人気なものも含め、美月が望むものは何でも与え、美月の興味を制限することは無かった。例えばPTAから批判を受けるようなアニメであっても何ら問題なく見させてもらえた。
両親は世の中のあらゆることを見下さず、何事にも意味があり生きるために活用出来るのだと考えており、美月に幅広い将来の選択肢を与えるための教育方針であった。
ゆえに美月は友達とは語らえないけれどもぬいぐるみを集める趣味をずっと続けられていた。
瀧川女学院の休日には必ず街に赴き、おもちゃ屋を巡り、ゲームセンターにまで顔を出すようになった。
それはスキルが付与され、良家の子女が犯罪者から狙われやすくなっていたその日も同じだった。
「お父様、失礼致します」
「ああ、気をつけて帰るんだよ」
「はい」
父親の仕事を手伝うという名目で外出禁止の例外規則を適用させた美月は、ノルマを終えて瀧川女学院の近くの街へと繰り出した。遠くの街へ行かないのは流石にセキュリティ的に問題があるからだ。この街であれば仮に何かがあってもすぐに女学院の関係者が対応してくれる。
「それではまた後で連絡します」
「承知致しました。お気をつけてお楽しみください」
「ありがとう」
送迎担当のメイドに声をかけ、美月は何処に行こうか思案する。その隣には誰もおらず、正真正銘の一人だ。銀行頭取の娘、それも絶世の美少女が一人きりで街中を歩いている。どう考えても攫って下さいと言っているようなものだ。
だが美月は人に注目されない技術を持っていた。周囲から浮かないありふれた年頃の女の子の服装。持ち物もシンプルな鞄だけで、余計なデコレーションはしない。高級感を漂わせることも、逆に貧乏感を漂わせることもしない。ごくありふれたコーディネート。
歩き方も重要だ。背筋をピンと伸ばして綺麗に歩けばそれだけで目立つし、かといって極度に気を抜いて歩いていたらそれはそれで目立つもの。自然に、誰にも違和感を覚えさせず、傍に人がいることすら意識されにくいような普通の歩き方。
普通の人であればこれだけで存在感を雑踏に紛れ込ませることが出来るのだが、美月は絶世の美少女という大きな特徴がある。ふとした瞬間に顔を見られたら注目されてしまう。それを補うために、表情や仕草にも気を付ける。キョロキョロと辺りを見回したり、楽しそうな声を出したり、表情をコロコロ変えるなど問題外。感情を強く表に出すと人は注目してしまうが、自然に抑えられていれば案外見られないものだ。
このように人から注目されないように努力していた美月にスキルが宿った。
『認識阻害』
特に普通を演じなくとも、他者から美月の存在を感じさせにくくすることが出来るようになった。これにより今まで以上の安全を確保し、今日もまた美月は可愛いものを探してゲームセンターに向かった。
「(なんか可愛いのがある!)」
見たことの無い新たなぬいぐるみを見つけ、内心ではテンションが爆上げする。それを決して表に出さずに、美月は一番気に入ったものを狙ってクレーンゲームに挑む。美月はクレーンゲームが大の得意であり、この筐体は設定が緩めであったため、一発で目的のぬいぐるみをゲットすることが出来た。
「(うひゃああああ!可愛いいいい!)」
ここが自室の中であれば狂喜乱舞していただろう。手にしてみると、クレーンゲームの景品にしては出来がとても良い。見た目も好みであり、しばらくは枕元に置いて愛でようと満足する。
「あ、あの、写真を撮らせてもらえませんか!」
「(!?)」
美月が喜んでいる隙を突いて、一人の男の子が話しかけて来た。
「(うそ、どうして私に気付いたの!)」
爆発するような喜びは一滴たりとも外には漏らしていないはず。認識阻害のスキルも発動中であり、よほど強く意識しなければ美月の存在に気が付くことすらあり得ないはずだった。
しかもこの男の子は写真を撮らせて欲しいと願い出た。自らの美貌が男性にどのように思われているのか理解していた美月は、その申し出が自分を撮りたいというナンパまがいの言葉であると受け取ってしまう。
「嫌です」
毎週の楽しみを途切れないようにするためにはトラブルはご法度。良く見れば温和で気弱そうな男の子だ。普通に拒絶すれば諦めるだろう。新作が一個しか入手できなかったのは悔しいけれど、安全のため今日はすぐに家に帰ろう。
美月の思惑通り、にべもなく断られた男の子はしょんぼりと肩を落とし、謝罪して帰ろうとする。悲しそうな目線は美月の持つぬいぐるみに向けられており、美月は自分の勘違いに気が付いた。
「(もしかして、これの写真が撮りたかったのかしら)」
あまりにも悲しそうな姿を見てぬいぐるみだけなら良いかもと思ったが、トラブルが起きる可能性は否定できず、ここは心を鬼にしてお帰り頂くべきだと気を強く持つ。
「待って(あれ?私どうして?)」
何故か美月は男の子を呼び止めてしまった。
その男の子があまりにも可愛くて惹かれてしまったから、ではない。美月は気付いていないが、その男の子が『同士』であるという予感を本能的に感じていたのだ。
その予感は正しく、それからの美月は至福の一時を過ごした。
これまで長い間お預けを食らっていて、永遠に訪れないとすら思っていた同世代の人とのぬいぐるみ談義。しかも相手はぬいぐるみを自作する程に愛情を注いでいて、好みも自分と似通っている。
これが楽しくないわけが無い。
認識阻害やら普遍化した態度やらを全てとっぱらって、本来の自分を曝け出して全力で会話出来ないのがあまりにももどかしい。
「(そうそう、これよこれ。これが私が求めていた時間なの!)」
時間が過ぎるのも忘れ、他のぬいぐるみを探すことなど頭から抜け落ち、余暇の全てをこの男の子との会話に費やした。予定していた時間を大幅に越えてもなお話は尽きず、流石にこれ以上は引き延ばせないという時間になってしまった。
「そろそろ行かなきゃ(ああもう一生この子とお話してたい!)」
楽しい時間を過ごしていた美月は気付いていなかった。ゲームセンター内は暖房が効いているためコートを腕にかけており、その内ポケットから生徒手帳が地面に落ちたことに。
美月には大事なものは分散して持つべきだという考えがあり、鞄には財布を、右ポケットにはスマホを、内ポケットには生徒手帳をというように分けていた。量産型のコートで内ポケットの作りが甘く、腕にかけた状態で長時間何度も小刻みに動かしたせいで運悪く落としてしまったのだ。
いつもの美月であれば周りを確認してからその場を離れるため気付くはずだが、その日はあまりにも楽しい時間を過ごせたことで浮かれていて確認を怠った。
そう、美月は浮かれていた。
更には認識阻害という強力なスキルがあると過信して隙を見せていた。
ゲームセンターを出た美月は、認識阻害のスキルが発動していないことにも気づかず、浮かれ気分のまま迎えの車を呼ぶ場所まで歩いていた。
「(可愛いものたっくさん見れたし、お話もいっぱい出来て幸せ。あの子の連絡先を聞いておけばよかったかな。でも女性から聞くのははしたないし。もう、あの子から聞いて来れば良かったのに)」
幸せ過ぎてふわふわした気分のまま街を歩く美月。その美月の存在に気が付き、声をかける者が居なかったのは運が良かったと考えるべきか、悪かったと考えるべきか。本来であれば悪かったと言えるのだが、単なるナンパであれば自分の失態に気が付いて直ぐに元通りの美月を演じられただろう。
だが不幸にも美月の存在はスルーされてしまった。それゆえ、ナンパなどより遥かに大きな危機に遭遇することになってしまった。
「あれ?ここはどこかしら?」
気が付いたら美月は見知らぬ場所に立っていた。街の裏路地であり、まだ昼にも関わらず暗いその場所には一台の車が停まっている。
「(浮かれすぎだったわね)」
ここに来てようやく自分の失態に気が付いたがもう遅い。車の扉が開き、中から男が出て来て美月に襲い掛かった。
「きゃ」
近くに細い電柱があり、反射的にそこを掴んだことで、車の中に連れ込まれるのをどうにか防いだ。だが、相手は成人男性であり、その程度の抵抗はすぐに破られてしまうだろう。しかも助けを呼ぼうにも何故か声が出ない。いや、声帯を震わせて間違いなく声を出しているはずなのに、何故かそれが自分の耳に届かない。
「(スキル?誘拐!?)」
男は即座に車に押し込むつもりだったのだろうが、予想外に抵抗されて焦っている。だがその顔には焦りと同時に下卑た感情も浮かんでおり、それを見てしまった美月の脳裏に『例の動画』映像がちらつき、一気に恐怖が押し寄せる。それにより力がわずかに抜け、男にひっぱられて電柱を掴んでいた手が離れてしまう。
「(いや!お父様助けて!)」
両親が美月のことを心配していることは理解していた。だが、それでも自分の趣味のために美月は学園の外に出て自由な時間を満喫していた。
何かがあれば責任をとらなければならない。
若いながらもそのことを理解していたという自負はある。父ともしっかりと交渉してやるべきことをやっていたという自覚はある。
だが彼女は自分の軽率な行動の結果がもたらすものを、自分事として想像することが出来ていなかったのだ。
それゆえ破滅へと向かおうとしていた美月に救いの手が差し伸べられた。
「何してるの!」
突如、第三者の声が聞こえた。
先ほどまで話をしていた男の子の声だった。
「その子を離せええええ!」
男の子は男に体当たりをして美月を解放してくれた。男は美月を攫うことを諦め、車を発進させて逃げて行く。
「(助かった……の?)」
急展開に思考がついていかず、呆然とした表情でペタンと地面に座り込む。素の美月がそこに居た。
「大丈夫?」
美月の美貌を理解しながらも、純粋に美月を気遣う男の子の顔を見あげ、ようやく美月は自分が助かったことを実感する。溜まっていた恐怖心が爆発した。
「うわああああああああん!怖かったよおおおおおおおお!」
――――――――
それからの美月は非常に気まずかった。助けてもらった恩があり、感謝の言葉を伝えなければならないのは理解している。だが全力で泣きまくった姿を見られた上に、脳裏にちらつくのは『大丈夫?』と心配してくれた男の子の顔。叫びながら体当たりして来る姿も時折思い出す。その度に、どうしてか顔がほてり、胸の鼓動が止まらない。
認識阻害のスキルを再発動出来て、普通の美月を演じられているのが奇跡なくらいだ。生徒手帳を取りに戻ったことも、迎えを呼ぶ場所まで一緒に男の子と歩いたことも、その間に何を話したのかもよく覚えていない。
そうこうしているうちに目的の場所まで辿り着き、送迎の車がやってくる。流石にこのままお別れというのは失礼が過ぎるため、美月は意を決して男の子に向かい合った。
「今日は本当にありがとうございました。あなたのおかげで助かりました。心から感謝致します」
認識阻害を解き、本来の美月の姿で助けられた『お嬢様として』感謝を伝える。美月の姿に見惚れて照れながらもしっかりと目を見て話を続けてくれる男の子を見つめ、美月は自らの気持ちを自覚する。この想いは一時のものかもしれないけれども、それでもこの男の子相手であれば、この気持ちを抱いても良かったと思えるに違いない。
気持ちを認めたからか、美月の口から思わずぽろっと本音が漏れてしまった。
「それにあなたは私の命の恩人…………………………ナイト様、ですから」
ナイト様、という表現は自分でもちょっとばかり臭すぎるかなと思い、違う意味での照れが加わってしまった。
こんなことを言われてもこの男の子は困惑するかな。それよりも喜んでもらえるかな。
美月は男の子の言葉を待った。
「僕は内藤さんじゃないよ?」
「え?」
それはあまりにも予想外の反応だった。まさかナイト様を内藤様と聞き間違えるとは。
確かに普通では使わない言葉だが、それにしたって内藤様は無いだろう。
「ふふ、あははははは!」
あまりの答えに美月は笑う。普通でも、お嬢様でも無い、素の美月の感情を表に出す。
そして思い出す。あのゲームセンターで話をした時、こうやって素の気持ちを出してこの男の子と会話をしたかったではないかと。こんなくだらない勘違いや、ぬいぐるみの話や、他愛もない話を、自分を救ってくれたこの男の子とこれからも続けられたら、どれだけ幸せなことか。
「(ずっとあなたと一緒に居たい)」
美月と男の子は別れ際になってようやく自己紹介をし、『また次』の可能性を紡いだのである。
なお、別れ際に『すぐにまた会えますよ』的なことを伝えたくせに、寮に戻り事情を学院に伝えた美月の元に父親から謹慎の連絡が来て、会えないことを思い出して恥ずかしさでベッドの上をのた打ち回った。




