1. お婆ちゃんを助けたら校長先生に呼び出されたんですけど
スキル設定がありますが、基本は現代恋愛物です。
ヒロインは六話から登場します。
「ふわぁあ、おはよー」
「おはよう奏、ご飯出来てるわよ」
「うん、顔洗って来る」
季節は冬。1月の終わり。水道から出る冷水をそのまま顔につけると眠気覚ましとしては最高だがお肌によろしくない。なるべく肌に刺激が少ないようにとぬるま湯で優しく顔を洗い、最後に化粧液をつけて肌に潤いを与える。
「お父さんおはよう」
「おはよう」
ダイニングルームに行くと机の上に白ご飯にベーコンエッグ、サラダに味噌汁という朝食が四人分並んでいる。父親はすでに自席に座っており、新聞を読みながら子供達が起きて来るのを待っていた。
「七海は今日も寝坊かしら」
「昨日も遅くまで起きてたみたいだからね」
「まったく、奏を見習って欲しいわ」
奏は遅くとも日が変わる前までには寝るが、ベッドに入ると隣にある妹の部屋からいつも音楽が漏れ聞こえて来る。妹は静かでないと眠れないタイプであり、奏が寝入るまでの間にその音楽が消えたことはほとんど無い。
「僕が寝るの早すぎるだけだから」
「若い頃は夜更かしくらいするもんさ」
「あなたも奏も、七海を甘やかし過ぎよ」
なんてことはない朝の風景。昨今の家庭ではこんなにしっかりした朝食は出ないとか、ゆとりのある時間なんて無いなどツッコミはあるかもしれないが、だからといって決して異常というわけでは無い普通の家庭。
両親が海外で仕事をしていたり、事故で他界していることも無い。
極端に金持ちでは無く、極端に貧乏でも無い。
父親はIT企業に勤めている普通のサラリーマン。
母親は正社員やパートタイマーではなく在宅でフリーランスの仕事をしており、やや特別感があるが時代の流れを考えれば普通の範囲内だろう。
「あわわわ、寝坊寝坊ー!」
慌ただしく降りて来た中学2年生の妹も、血が繋がっていない義妹というわけでも特にお兄ちゃんラブなわけでも逆に異常に毛嫌いしているわけでも無い。
ごく普通に仲が良く、ごく普通にケンカもする、普通の家庭。
佐野奏はこの家の長男である。
朝食を終えた奏はジェラ〇ケのパジャマから制服に着替えて洗面所に向かい朝の準備をする。
「お兄ちゃんどいてどいてー」
「もうちょっと待って。前髪がどうにも決まらなくて」
「決まってるから!男のくせに気にしすぎぃ!」
「七海、そういう言い方は良くないよ。特に最近はそういう性別を意識した言葉は」
「お説教は良いからどいてよー!」
「わかったわかった。リップだけ塗らせて」
「もー!」
鏡の前で時間をかけて前髪をセットしたり、唇の乾燥を気にしてリップをつけたりしているが男である。
左側にサイドテールを作りヘアゴムで止めているが男である。
女性から羨ましがられる程に肌がつやつやすべすべで髪がサラサラであるが男である。
「ふんふんふーん」
玄関で靴を履いてから、これまた鏡の前で再度前髪をチェックしているが、男子の制服を着ている高校一年生なのである。
「行ってきまーす!」
中性的……いや、少し女性寄りな可愛らしい顔立ちをしている、ごく普通の家庭で育つ男子高校生、佐野奏。
彼の受難の日々はこの日から始まった。
――――――――
朝の通勤通学の時間帯。奏は自転車に乗り、少し遠回りだけれども車通りが少なめな安全な道を選んで高校へ向かっている。真冬の寒さはコートとマフラーと手袋が守ってくれているが、対処しようのない顔が痛い程冷たくて早く高校に着きたいとペダルを漕ぐ足に力が入る。
車線が書かれていないが車が余裕ですれ違える程度に幅のある道路を進んでいると、横断歩道を渡ろうとしている老婆の姿が目に入った。杖をついているので手助けしようと考えたが、遠目からでも足取りがしっかりしているのが分かったので注意しつつもそのまま通過しようと思い直した。
向かいから猛スピードでワゴン車が突っ込んで来るまでは。
「危ない!」
奏は急ぎ老婆の所に向かい自転車を飛び降りた。だがワゴン車は目の前まで迫っておりブレーキをかけたり避ける気配が無い。もうダメだと思いつつも、そのまま老婆の体を抱きかかえ、道路端に向かってダイブした。
「…………………………………………あれ?」
激突による衝撃が来るのか、それとも急ハンドルや急ブレーキによるタイヤ音がするのか、あるいは猛スピードで通り過ぎるエンジン音がするのか。
何かしら起きるのかと思っていた奏だが、どれだけ時間が経っても何も起こる気配が無い。
「なんで?」
恐る恐る目を開けてみたが、そこにはワゴン車の気配は全く無く、隣に老婆が倒れているだけ。
「お婆ちゃん大丈夫!?」
慌てていたとはいえ、老婆を押し倒すことになってしまった奏。大きな怪我を負わせてしまったかもしれないと心配する。
「いてて……大丈夫よ」
奏の心配をよそに老婆は立ち上がろうとする。
「ダメです。安静にしてなきゃ!」
「いえいえ、大丈夫だから」
「ダメですって。救急車を呼びますから!」
「いや本当に大丈夫ですから」
怪我人の大丈夫は信じてはならない。特に強く体を打ち付けた場合、その瞬間には問題が無くとも後遺症があるかもしれないのだ。奏はそのことを知っていた為、老婆を道路端に座らせてから救急車を呼んだ。
電話が終わり、奏は老婆の横に腰を掛ける。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「いえ、それより本当に大丈夫ですか?」
「ええ、痛いところは無いわ。でもあなたの心配も尤もだから、ちゃんと病院で見てもらうわね」
「はい!」
我儘を言うタイプの老人では無くて良かったと奏は安堵する。
「でもあなたみたいに若い子がこんな老い先短い老婆のために無理しちゃダメよ」
「そんなこと言わないでください。お婆ちゃんが亡くなったら、僕泣いちゃいます」
「……」
「お婆ちゃん?」
老婆は奏の言葉を聞いて何故か驚いた表情をしている。奏の声かけで我に返ったが、その反応は奏にとって不思議なものだった。
「くっくっくっ、あっはっはっはっ!」
「お、お婆ちゃん。どうしたの?」
「ごめんなさいね、なんでもないの。そっか、私が死んじゃったらあなたは泣いてくれるのね」
「当たり前じゃないですか」
突然笑い出した時から老婆の雰囲気がとても柔らかくなった。奏としては話しやすくなったから助かるけれども、何故そうなったのか理解出来ない。
「私は金城鈴江。命の恩人さんのお名前を教えて頂けるかしら」
その後、救急車が到着するまで老婆と話をし、一緒にやってきた警官に状況を説明する。奏が解放され、高校に着いた頃にはすでにお昼休みに突入していた。
――――――――
「奏様、重役出勤お疲れ様です」
「もう辰巳止めてよー」
「はは、悪い悪い」
奏と一緒に机を合わせて弁当を食べているのは幼馴染の宇賀神辰巳。小学校からの腐れ縁で、不思議とクラスが別れたことが無い。190センチメートル近い高身長で運動が得意であり、様々な部活の助っ人として活躍している。
ちなみに奏の身長は平均身長をやや下回る程度であるため、辰巳と並んで立つと見上げる形になる。
「でもかなちゃんが大遅刻なんて珍しいよね。何があったの?」
そしてもう一人の幼馴染、三澄栞。こちらも辰巳と同じく小学生の頃からずっと一緒のクラスだ。快活な性格だけれども運動はてんでダメ。古今東西様々な本を読むのが趣味である。
「お婆ちゃんが車に轢かれそうになってたから助けたの」
「それ遅刻の嘘言い訳のトップ十に入ってる奴だぜ」
「本当だって!」
「たっくん、かなちゃんいじめちゃダメ」
「はは、悪い悪い。ついな」
辰巳が奏を弄り、栞が辰巳を嗜める。これがこの三人の昔からの関係性であった。
「でも事故か。奏が無事で良かったぜ」
「それが不思議なんだよね」
奏は自分達を轢きそうになった車が消えて無くなったことを彼らに説明する。
「『スキル』のせいじゃないか?」
「やっぱりそうかなー」
「あたしもそう思う。そのお婆ちゃんが何か『スキル』を持ってたんじゃないかな」
スキル。
ファンタジーモノの定番であるそれが、突如地球人類に付与されたのは昨年の12月。それは何ら前触れもなく起こり、スキルを付与された人物は直感的に自分が付与されたことを理解した。
料理人には『料理』のスキル。
プログラマーには『論理思考』。
カラオケ好きには『歌唱』。
といった個人の専門性や興味に応じたスキルが与えられた。
スキル付与には善悪は関係無く、犯罪者には『拉致』や『恫喝』等のスキルが、警察官には『鑑定』や『尋問』等のスキルが付与された。社会はこれまでに無い過激な犯罪が起こりかねない緊迫した状況になっている。
だが、幸いにも奏の周囲では今のところ大きな問題は起こっていない。
「奏は『スキル』無いんだろ。ならきっとそうさ」
奏はスキルを貰えなかった人間だ。全人類が必ずスキルを貰えたわけでは無く、貰えなかった人間もそれなりに多い。
「折角なら休んじゃえば良かったのに」
「そういわけには行かないよ」
「奏は真面目だなー」
「僕は部活で無茶して骨折して入院したり、風邪ひいたなんて嘘ついて夢の国に行ったりしないから」
「あれは相手が悪質なファウルをしやがっただけで俺は悪くないんだって!」
「べ、別に良いでしょ!女子高生になったら制服着て行ってみたかったんだもん!」
辰巳はともかく、栞は問題では無かろうか。
「それにね、ホントは四限に間に合わせたかったんだよ」
「四限って数学じゃねーか。俺あの先生苦手なんだよなー」
「あれに出たいってかなちゃんドМ?」
数学の授業は奏達のクラスの担任である女性教師の担当で、授業中に次々と当てられて答えられないと厳しく詰られる。しかも当てる問題は予習復習をきっちりとしていないと答えられない内容のものばかり。高校生になってまで泣かされる羽目になる精神的にきつい授業だ。
「誰がドМだよ。僕だって苦手だよ。でもあの先生の作るテスト、応用問題が沢山出て来るじゃん。その解き方って授業中に説明するから、ちゃんとノート取ってないとまずいんだよ」
「へー知らなかった」
「かなちゃんは真面目だねー」
「二人とも他人事じゃないよ。いつもテスト前に僕のノート見せてあげてるよね」
『あ』
奏のノートが不完全ということは、すなわち二人のテストの点数も下がってしまう可能性が高いということだ。
「ど、どど、どうしよう!あたし次のテストの点数が悪かったらお小遣い減らされちゃう!」
「俺も次は良い点とらないと親父に怒られそうだわ」
事態の重さを理解して青ざめる幼馴染ーず。そんな彼らの元に元凶がやってきた。
「ほう、佐野は私の授業をそんなに受けたいのか」
「あ、先生」
『ゲッ』
普段は昼休みに教室に来ることの無い担任鬼教師が何故か近くに居た。
「なーに大丈夫さ。佐野の友達がちゃーんと授業を聞いてノートを取っていれば教えて貰えるだろ。な、大丈夫だ・よ・な」
蛇に睨まれた蛙のごとく、震えが止まらず動けなくなる二人。このまま石にでもなってしまいそうだ。
「まったく、普段から自力で勉強するクセつけねーと苦労するぞ」
『……はい』
「先生、どうしてここに?」
「ああ、そうそう。佐野って今日の放課後空いてるか?」
「え?空いてますけど」
「んじゃちょっと残っててくれないか。朝の件で話がある」
「分かりました」
朝の件とは老婆を助けたことに関してだろう。
奏は事故の内容を説明して遅刻の扱い等の話をするだけだろうと軽く考えていた。
そして放課後、夕方のホームルームを終えた奏は担任教師に連れてかれた。
「おう、お前が佐野か」
「え?」
担任と廊下を歩いている途中で生徒指導の体育教師が合流する。『生徒指導』といえば、その肩書だけで会いたくも無い雰囲気を醸し出す生徒の天敵。奏も自分が気付かないうちに何か悪いことをしでかしたのかもしれないと恐怖する。
「ほう、彼が佐野くんですか」
「え?え?」
更には学年主任の男性現国教師も合流した。『生徒指導』程ではないが、『学年主任』という肩書も生徒を委縮させる力を持つものだ。
どちらも奏がまだ直接会ったことが無い『偉い』先生達だ。
「あの、どうしてお二人が?」
これから僕は怒られるのでしょうか、などと直接的なことは流石に聞けず、探りを入れるような形での質問になってしまう。
「なんだ、何も説明してねーのか」
「あれ、そうだっけ?まぁ連れて行けば分かるでしょう」
「おまえなぁ」
雑な対応に体育教師は呆れるが、担任教師はその反応をスルーして更に廊下を進む。
偉い人が集まって校内で行くべきところなど、限られている。
職員室か生徒指導室か、あるいは……
「ほら、ここだよ」
「え?え?え?」
その部屋の扉の上には『校長室』と書かれていた。
「ぴええええええ!」




