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第6話 究極の選択

 タマモと竜司は横に並んで歩いた。二人の間では丸々としたビニール袋が重そうに揺れている。

「持ってくれて、ありがとう」

「今後は一人で持てる量にしろよ。あと、これは俺に限った話になるが、あまり大っぴらに話し掛けない方がいいぞ。普通の人間には亡霊の姿は見えないからな」

「……わかった」

 一言で顔を正面に戻した。口を結んでチラチラと目を向ける。竜司は自身の手を見詰めて厳しい表情を通した。

 ワンルームマンションの敷地に入って通路を進む。

「ここでストップだ」

 タマモは出し掛けた足を引っ込めた。持っていたビニール袋を下ろさせると竜司がしゃがんで中を物色。アルコール飲料を手早く取り出した。

「さっきは痛み止めとして認めたが、やはり子供が飲んでいいものじゃない。怪我のことも考えて没収だ」

「えー、甘くておいしいのにぃ」

「カクテルは甘くて飲み易いがジュースとは違うぞ。アルコールが入った酒だ。何度も言うが、子供が飲んでいいものじゃない」

 竜司は毅然として立ち上がり、タマモを上から眺める。

「別に、いいもん」

 ねた口調で萎んだビニール袋を掴み上げると小走りになった。隣の扉を速やかに開けて瞬時に閉めた。音の大きさが怒りの度合いを仄めかす。

 竜司は苦笑いでリーゼントの側面を手で撫で付けた。


 タマモは乱暴に靴を脱いでどかどかと部屋に上がる。握っていた手を緩めてビニール袋を落とすと敷きっぱなしの布団に前から倒れ込んだ。掛け布団に顔を押し付けた状態でぶつぶつと文句を垂れ流す。

「あの、麩菓子頭のせいで、呑み損ねた、何が没収だ、小童こわっぱのくせに子共扱いして、わたしを幾つだと思っている、全く腹立たしい……」

 しばらくは同じ状態が続いて、ぴたりと止まる。ごろりと仰向けになって、お腹すいた、と切実な声で言った。

 上体を起こし、四つん這いでビニール袋に擦り寄る。手で漁って一つの容器を取り出した。蓋に書かれた文章に顔を近づける。

「熱湯を注いで三分とは。実に簡単で助かる」

 にっこりとしてキッチンに向かう。タマモは、え、と声を出して固まった。

 蛇口から水は出る。しかし、湯を沸かす道具がなかった。容器を握った手が小刻みに震え、最後は床に叩き付けた。

 仕方なく缶詰めを開けた。煮凝りに包まれた鶏肉を見て生唾を飲み下す。店で貰った割り箸で、早速、鶏肉を摘まむ。一口で食べて味を噛み締める。

「冷たいが、味は悪くない」

 平らげると今度はオイルサーディンの缶を開けた。唇を艶やかにして食べる。咀嚼しながらビニール袋に手を入れて頻りに探る。

 にこやかな顔が急に険しくなった。

「お酒は……」

 顔を横に向けた。壁越しに睨み付けて、大きく息を吐いた。

 不満はあるが食欲を満たすことはできた。タマモはぺたんと座った状態で自身の髪に手櫛を入れる。少しの引っ掛かりを覚えた。掌で黒髪を掬い上げるようにして鼻に近づけた。

「……湯浴み」

 思い立ったタマモは押し入れを開けた。下段にある収納ボックスから着替えとタオルを取り出し、浴室に向かう。

「籠もないのか」

 着ていた衣服を床に脱ぎ散らかして全裸となった。長い髪がそれとなく小さな膨らみを隠す。

 浴室に直行しようとして思いとどまる。洗面台の前に置かれた椅子が気になり、その上に立ってみた。鏡に映る身体を見た瞬間、即座に顔を背けた。白い肌はほとんどなく、惨たらしい打ち身の黒に侵食されていた。

「時間を掛ければ治るし」

 僅かに語尾を震わせて浴室に入る。おい、と怒りを含んだ声が出た。

 浴室も素っ気ない。紙に包装された石鹸が一つ、タイルに置かれていた。

「シャンプーとやらはどこ! リンスは!」

 狭い空間でグルグルと回る。三回転したところで諦めて項垂れる。タイルに直に座ると包装紙をビリビリに破いた。白い丸みのある石鹸を蛇口の下に持っていくとお湯が出た。よく泡立てて持ち込んだタオルに塗りたくる。

「このわたしが、どうして!」

 左腕にタオルを押し付けて一気に滑らせて、動きが止まった。プルプルと震えて、そろりそろりと肌を労わるように手を動かす。それでも堪えるのか。掌で身体を摩り始めた。

 長い髪は丁寧に洗った。真新しい石鹸は手の中で碁石くらいの大きさになった。

 シャワーで全ての泡を洗い落とし、タマモはすっきりとした顔で脱力した。横目で浴槽を見て、棺桶か、と吐き捨てて浴室を後にした。

 絞ったタオルで全身を拭いた。子供用のパンツとズボンを穿いて長袖のシャツを着る。胸元にプリントされた愛らしいタヌキを苦々しい顔で見た。

 長い髪はタオルで巻いて頭の上で結ぶ。

 部屋に戻ったが特にすることはない。スマートフォンを起動させて適当に時間を潰した。

 部屋が薄暗くなる頃、チャイムが鳴った。

「はーい」

 出ると翠子がスーツ姿で立っていた。タマモの頭を目にすると中腰になった。

「お風呂上りで急がせたかな」

「ううん、そんなことないよ。今日はどうしたの?」

「ビールとカクテルを持ってきたって聞いたから。お鍋のお礼なんて、しなくていいのよ」

 翠子はタマモの頭をポンポンと叩いた。

「でも、お姉ちゃんが喜ぶかなって。お酒が好きそうだし」

 その場で話を合わせた。翠子はしゃがんで、そっと抱き締める。タマモの唇が僅かに開いた。目は微睡み、首が座らない赤ん坊のような状態になった。

「今日も一緒にご飯を食べようか。みんながいないから外食になるけど、一人よりはいいよね」

「……うん」


 翠子の家で髪を乾かしたタマモは一緒にワンルームマンションを出た。手を繋いで道を歩いていると声を掛けられた。

「タマモちゃん、電話に出ないから心配したわ」

 二人は同時に声の方を見た。パンツルックの女性、油屋容子が歩いてきた。細身で身のこなしは軽い。糸目で微笑む姿はどこか狐を彷彿とさせた。

 真っ先に翠子が一歩を踏み出した。

「あなたが無責任な保護者ですか」

 言葉に怒気は含まれていない。が、口元からは犬歯が覗いていた。

 タマモは怯えた表情で翠子を見上げる。握っていた手の震えが伝わったのか。瞬時に笑顔を向けられた。

「お姉ちゃんに任せて」

「で、でも、あの人は、そ、そうじゃなくて」

「タマモちゃん、これはどういうことですか」

 容子はタマモに静かに問い掛ける。糸目が僅かに開いた。刃のような鋭さを垣間見せる。

 タマモは交互に二人を見て、ぴぇぇ~、と鳴いた。

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