表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者と魔王のネバーエンド

作者: Monjiroh

「魔王ッ! お前のケツを掘りに来た!」


 噴火直前の火山の深淵。

 業火吹きすさぶ魔王の間。


 数多の魔物、我が同胞を打ち倒し、とうとうやってきた勇者一行なる三人の若者。先頭に立つ黒目黒髪の男、その前に立つオレの巨躯。


「ふざけるな!」


 二本の角に炎の双翼。岩のような肌から灼熱の血を噴出させた、破壊の形。それがこのオレである魔王の姿だ。


 オレの激昂に対し、黒髪の若者はごっつい輝きを湛えた黒い瞳で、


「俺はド真面目だ! 勇者として王に選ばれ、予見の水晶に映されたお前の姿を見た瞬間、確信した! 俺はお前のケツを掘るために生まれてきたのだと!」


 魔王であるオレの恫喝を一蹴する、勇者という人間。その男が意味不明に恥ずかしい告白をしたと同時に、纏っていた装備が全て砕け、蒸発飛散した。


 完全脱衣を終えた勇者は、その股ぐらに規制的な魔法の光を宿らせながら、


「さあ、魔王。ケツを出せ……!」


 一歩、オレの前に足を踏み出す全裸の愚か者。眩いばかりにギュンギュンしていく股間の魔法力。


「ちょ、待って! どうしたの勇者!? まさか魔王から初手で精神攻撃喰らったとか!?」


 勇者の背後、慌てて駆け寄る一人の女。使い込まれた手甲の両手に手斧を握る、金髪碧眼の女だ。


 勇者はその女にスバッと振り向き、


「俺は正気だ! そしてあのケツは俺のものだ!」

「そんな! あなたがそんなことで世界がどうなると思っているの!?」

「そんなもん、どうだっていいわ!」


 そう叫びきった勇者は、倫理が迷子な姿で平静を装い、


「戦士に魔法使い、今までありがとう。お前たちのおかげで、ここまで来れた。自分勝手な物言いだが、こいつは俺に譲ってくれないか」

「しかし、勇者……」


 その懇願に答えたのはもう一人の人物。大きな杖を持つ、魔法使いと呼ばれた銀髪赤目の男。


「分かっているのか。そんなことをすれば、我々人間の社会から疎外され、お前は人として生きることを許されなくなる。その覚悟があるのか?」


 魔法使いの問いに、勇者は「ああ!」と力強く答え、それからビシリと自らのケツをいい感じに指差し、


「勿論! 掘っていいのは、掘られる覚悟のあるヤツだけだ! 俺はあの日から毎朝30分の直腸洗浄を欠かしたことは無い!」

「質問の意味が分かってないな……」


 魔法使いは、ふー、と息を吐き、隣に立つ戦士と顔を見合わせ、


「これはもう無理っぽい」

「うん。ダメなやつね、これ」


 戦士は深く頷き、それから改めて勇者に向き直り、


「あー、あたし実は魔法使いと将来の約束してて、故郷に帰ったら一緒になる予定だったの」

「実は知っていた。祝福するぜ!」

「あ、うん。ありがとう」

「ああ、俺のことも祝福してくれると嬉しい!」

「難しいこと言うね」


 説得を諦めたのか、「式には来てねー」と魔王の間を退出する戦士と魔法使い。勇者はそんな二人を見送って、


「これで二人きりだ、魔王!」


 茶番だ。


 オレは魔の物の長。人を駆逐するために生まれた、この世界の摂理そのもの。しかも、この男には眷属である輩を討たれた恨みがある。断じて許せるものか。


 一歩、文字通り己の存在を乗せた重い足取りで近づいてくる、その若者。ギンギンにそそり立っていく、股間の魔法力。


 勇者はその口元に歓喜の笑みを浮かべながら、


「掘って掘られて掘り抜いて! それが俺達のケツ末だ!」







「そんな……。生えてない、だと……?」


 大岩の降り注ぐ魔王の間。


 霞んでいく視界に映るのは、全裸で狼狽する勇者の姿。晒された真実を前にその顔を歪め、股間の光は弱々しく明滅している。


 そしてオレはこの男に敗北し、無様な姿で地に伏している。


 結果は結果だ。だが、清々しい。最後の最後で、宿敵のほえ面を拝めたのだから。


「滑…稽だな……。勇者だ何だと吠えておきながら、このオレの真の姿も見抜くことが出来ない。貴様の思いなど、その程度…ということだ……」


 岩肌に横たわるオレの姿。死闘の末、外装を剥がされた魔王の真の姿。


 夕闇色の長い髪と蘇芳色の角。

 漆黒の靭皮を纏わせた青い肌。


 金色の瞳を持つ、幼女の形。


 オレは有害な人類を淘汰するために自然が生み出した、調律器官。魔物が呼吸するために必要な粒子を放出する、中枢神経。


 魔物などと呼称されてはいるが、その本質は野生動物と何ら変わらない。その中にあって、人の世界を滅ぼすために、オレだけが人を理解できる。そのために人に似た姿で生まれ落ちた。オレの自我はそのために、そのためだけに形作られた。


 勇者は一糸まとわぬ醜態で膝から崩れ落ち、滂沱の涙を流しながら、


「五年間だ……。五年間、お前のケツを掘ることだけを夢見てきた……」


 道徳が行方不明な恰好で、男が一人嗚咽を漏らし続けている。


「どうした、勝者は貴様だ。好きにしろ」

「小っちゃな女の子に手を出すのは犯罪だろうが!!」


 主の敗北に同調し、火を噴き始めた滅びの山。

 涙のように流れ込む溶岩が、周囲を赤く赤く埋め尽くしていく。


 崩落した天井、その向こうに小さく瞬く夜の星。

 その光を最後に、オレは瞼を閉じる。


 勇者は届かぬ祈りを吐き出すような悲痛な声で、


「俺は、俺はどうしたらいいんだ……!!」







「魔王、おはようさんだ!」

「はいはい、おはようさん」


 森の中に切り拓かれた、小さな空間。オレは木の椅子に座り、木の机を前に、木の椀で茶をすすっている。


 オレの居城であった火山の麓。荒れ地だったこの場所は、今では緑豊かな森に変貌している。今オレがいるのは、その隅に建てられた、小さな小さな木の家の前。


 あれから十年。オレ達はこの場所で、ただ生きている。


 オレの目の前には、朝の日課である絶頂開発体操に勤しむ勇者の姿。股間に魔法力を漲らせた、健康で不健全な完全体。


 オレに辿り着くためのくだらない冒険、その道程で手に入れたあらゆる道具達。その効果のおかげで、勇者はあっさり不老の体になった。


 勇者とはつまり、人の作り出した抗体兵器。オレという自然に対抗するために組まれた、至るべき人の形。その到達点。


 人間達の目論見、勇者を作り出す儀式は間違いなく完成したのだろう。


 オレを屠らなかった勇者の選択は、世界に魔物の氾濫を許し、人間の国家をあっけなく崩壊させた。それからたった十年で、この世から人の社会なるものは消え失せた。


 ああ、一つ忘れていた。あの二人、戦士と魔法使いだ。あの二人は故郷に帰った後、早々に国家を見限り、隠遁生活を送っている。この世に残っている人の共同体と言えば、あの夫婦くらいだろう。


 オレは茶をひと口すすり、目の前で腰を振り高ぶっていく勇者を改めて眺める。


「貴様は本当に人間に興味が無かったのだな」

「当然だろう! 俺はお前のケツのことしか頭に無い男だ!」


 きらきらとした汗を迸らせながら、朗らかに答える勇者は相変わらずだ。


 あの日から、勇者が服を着ることはなかった。今のこの世界の人類には全く似合いの姿だ。


 かつての人間達は原始に還った。


 殆どの言葉を忘れ、共存性を失い、その日の食い物を得るために野をさ迷い歩く、獣に成り下がった。


 そう、人の作り出した文明は全て失われた。


 残された人間らしい文化といえば、尻穴をほぐすというこいつの習慣くらいだ。ああ、茶を飲むというこの行為だけは、悪くないかもしれん。


 オレはその文化とやらをひと口すすり、


「朝食はいいのか」


 食物を燃料としないオレと違い、勇者には食事が必要だ。勇者はこの十年、その飢えを満たすためだけに活動している。


「問題無い。森に入れば食うに困らんからな。それより魔王、お前はどうなんだ。こう、股間がウズウズしてきたりとかないか?」

「ある訳なかろう」


 同胞を屠ったこの男を、オレは許す気は無い。そして、この男もまたオレに尻穴を掘られることを絶対に諦めない。


 オレの体は成長が遅く、勇者的に手を出していい年齢に見えんらしい。更に、こいつは女性に対して礼儀正しく、まずオレにケツを掘られなければ、オレのケツを掘り返す気はないそうだ。


 オレは許さず、勇者は諦めない。


 掘って掘られて掘り抜いて、そんな結末はやってこない。


 オレ達は勇者と魔王。おそらく、この関係がずっと続いていくのだろう。


 森の中の小さな空間。

 そよ風に揺れる、色鮮やかな葉の緑。

 木漏れ日の中に過ぎゆく、穏やかな時間。


 勇者はビンビン輝く股間の動きを止め、あの日に会ったままの眩しい笑顔でオレを振り剥き、


「魔王ッ! そろそろ生えたか!?」

「だから生えないっつの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ