ハルキス島
その島はあまりにも美しく澄んでいた。・・・…あまりにも。それは、異常なまでに、と言い換えることも可能なように思われた。
......ああ、吾が愛しき娘よ。お前の声が、私には聞こえているぞ。もっと......もっと、近くにおいで。もう少しだけ、もう少しだけでいい。さあ、今宵も朝まで語り合おうじゃないか。吾が愛しき、愛しき娘よ――
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ある時、ある場所にハルキスという島があったという。という、というのには訳がある。それは今までその事が人から人へと言い伝えられて来たことであったからだ。その島の空気は澄んでいて、いつだって遥か遠くの空まで仰ぐことができた。海は深海の岩まで見下ろすことができ、ちょっと視力の良い人ならその岩の隙間に隠れているタコの吸盤まではっきりと捉えることができた。
川の水も清く、その明度の高さゆえ、人の髪の毛一本でも流れようものならすぐさま見つけ出すことができたし、そのようなことがあろうものなら、島の長(サオと呼ばれる)が直ちに島民に収集をかけ、この抜け毛の持ち主は直ちに名乗りでよと声高に憤った(この島では川に人が立ち入ることが禁止されている。一方、サオは毎朝その美しい川で自身の「鍛練された」という肉体をせっせと磨いているらしいが)。
その島はあまりにも美しく澄んでいた。・・・…あまりにも。それは、あるいは異常なまでに、と言い換えることも可能なように思われた。しかし、多くの場合がそうであるように、そうした状況下にいる人々にとってその状況は正常であり、当然のこととして受け入れられる。その事態が例え異常であったとしても。他に比べる世界がなければ感度が鈍るのも仕方がない。
誰かがそれを、間違っていると指摘するまで、その世界は永遠に変わらない。放っておくと、全てのものは悪くなる。飲み残したコーヒーも、片付けなければ夕方家に帰ってきたとき、小蝿の死骸がその上に浮かんでいるということだって、往々にして起こる。
要するに、僕がその世界に働きかけたのは、そういう結末になるのを防ぐためだった。朝に飲みきることができなかったとしても、冷蔵庫で保管することはできるだろう、という進言を、君のために残しておいたんだと隣の友人に渡すことを。
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