episode7 師弟①
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス
僕は魔術師だが、魔術が一切使えない。
魔術とは知的生命体が魔力によって引き起こす現象全てのことを言う。
だからと言って実は僕は知的生命体では無いなんてことは無い。
魔術の概念に当てはまらないのではなく、僕は魔力を使って現象を引き起こすことが生まれつき出来ない。
火、水、氷を作り出す。
自らの体を強化したり、姿を消す。
武器に魔力を流して強化する。
僕はこういった魔術師ならば当然のように出来る芸当が出来ない。
僕が出来るのは純粋な魔力の制御だけ。どれだけ応用を効かせても魔力の形や強度を変えて操ることくらいだ。
だが、何故そんな僕が金等級冒険者として戦えているのか、答えは簡単だ。
魔力制御しか出来ないからこそ、幼い頃から魔力制御を徹底的に鍛え上げた結果だ。
詳しく説明するとなると、まず魔力についてと、魔術師について話さないといけない。
まず、魔力について。
魔力とはこの世界全てを形成する物質だ。
この世界で最も小さく、最も数が多い物質。
大地も、空気も、人も、魔物も、植物も、数え切れないほどの魔力の集合体。
細かく話し始めると、それこそ学園で一年間かけて習うような内容なので割愛する。
ここで触れておきたいのは本人の魔力量は体の大きさと同じ。体が大きければ体内に保有する魔力量が自然と増えるということ。
そして、世界全てを生成する魔力は最大値が決まっているということ。
もし、体外に魔力で炎を作り、放ったとしても炎は最終的には魔力へと戻る。
そして炎を生成したことで減った体内の魔力は、自然と体内に戻ってくる。
例をあげるとするならば、チョコレートファウンテンだろうか。よくパーティーなどで見かけるチョコレートフォンデュをする時に用いる噴水のような魔術具を思い出して欲しい。
チョコレートが魔力で、ファウンテン本体が人の体だとする。
チョコレートの総量は世界の魔力と同じで一定だ。増えることも減ることも無い。
もし、魔術を行使して魔力を体外に出せば、体内の魔力も減る。ファウンテン本体からチョコレートが出ることを魔術を使ったという認識でいて欲しい。
だが、押しだされたファウンテンにはすかさず押し出された分だけのチョコレートが補充される。これは僕達と世界の法則と一緒で僕達の体から放出された魔力分、すぐに魔力が体に補充される。
教養が無かったり、魔術を使わない人は勘違いをしがちだが、魔術師に『魔力切れ』は基本的には無い。
では、魔術を無限に行使できる魔術師こそが最強では無いのか。
だが、世の中はそう簡単には出来ていない。
ここからは魔術師についてだ。
魔力を扱う知的生命体や、木などの非知的生命体には魔力を外界へ放出、または吸収する穴が存在する。それは目には見えず、大きさには個人差があり、穴の数や場所は種族別で違う。
人型の生命は統一して手のひらに二つ。
例外として、アギリのような星屑族は全身に穴が存在し、それ故に禁術の贄や媒介とされる。
魔力を使う時、僕達は体内にある魔力を操って穴から排出する。
魔力を操るには相当な体力がいる。それ故に魔術師は無限に魔力を使うことが出来ない。魔力はあるが、体力が続かない。
そこで必要となってくるのが最初に話した魔力制御だ。
再び例をあげるとするならば、体内の魔力がクッキーの生地で、魔力を排出する穴が型抜きだろうか。
想像すると簡単だが、自分の体ほどある大きさのクッキーの生地を持ち上げて、小さな型抜きを通すのは非効率的だ。体力もいるし、時間がかかる。
そこで魔術師は少量の魔力を操り、効率化を図る。
これが世間一般的に言われる魔力制御だ。
これがある程度出来るようになると、魔術師は魔術の使い方について学ぶため、魔力制御はそこで終わってしまう。
だが僕はそこからが無かったため、他にもっと効率を上げることが出来ないかを考えた。
まず、人よりも魔力制御に割く時間が多かった僕は排出する穴丁度の大きさの魔力を操れるように制御を練習した。
より早く、正確に、穴の大きさの魔力を操る。
それが出来るようになったのは学園に入る前だった。
そして僕が次に行ったのは一秒間辺りに排出できる魔力量を上げること。
穴の大きさが個人によって決まっているこの世界で、魔力を排出するまでの時間と、より小さな魔力を操る技能が全てだった。
だが、それでは才能がものを言ってしまう。僕の魔力を排出する穴は人よりも大きいが、僕よりも大きな穴を持つ人は沢山いる。
ただでさえ魔術が使えない僕が、その人たちに勝つためには一度に扱える魔力の量を増やすことだったというわけだ。
型抜きを通ったクッキーの生地が体外に排出でにる魔力ならば、クッキーの生地をギュッと固めて型を通せば当然ながら型抜きを通るクッキーの生地は多くなる。
つまりは排出する魔力の密度を上げる訳だ。
簡単な話だが、魔力制御にここまで時間を割けるのは魔術の使えない僕だけなので、誰もこのことに気づかない。
結果、僕は他人よりも多くの魔力を一瞬で操れるようになった。
だが、魔力を操れるようになったからと言って魔術が使えるようになったわけではない。
純粋な魔力の塊を操って戦う方法なんて限られている。
魔力の塊を飛ばすか、塊で殴るかだ。
だが、これが案外強かった。
魔力は目に見えない。魔力の色がもし赤色や青色といったようなカラフルな色なら、魔力で満たされたこの世界は視界が凄くチラつくことになるだろう。
故に魔力の塊は不可視のものだ。
短剣の周りに高密度の魔力をまとわせて、リーチを長くした状態で相手に攻撃したり、不意打ちで魔力の塊を死角から叩き込んだりと、数度見れば気づくだろうが、初見では絶対に見破れない。
どちらかが死ぬまで戦う魔物のとの戦いは一期一会。
二度目はない。そのため、僕は【迷宮】の中ではそこそこの強さを発揮するというわけだ。
音もなく、不可視の魔力で相手を倒す。僕の二つ名である"無音"はここから来ているところもある。
ある程度、【迷宮都市】で過ごしていれば嫌でも戦闘スタイルは明かされ、広まっていく。
誰も気づかないような魔力制御方法なので詳細まではバレてはいないが、それでも『"無音"のレオの強さは特殊な魔力制御方法を知っているからだ』ということが広まる。
「銅等級魔術師のマルナ=マータルです。お願いします!どうか私を弟子にしてください!」
僕の目の前で頭を深々と下げる女の子に僕は少し顔を顰める。
夕方に少し買い出しに行こうとギルドの外に出たところをこの少女に捕まったのだ。
そして、広まったことで度々起こるのがこれだ。
冒険者組合は低級冒険者に、等級の高い冒険者へ師事することを推奨している。
僕もそれ自体を悪い事だとは思わないし、むしろ死亡率が減っていいことだと思うが…。
僕の魔力制御は僕の生命線とも言える。
これを誰かに教えれば、その子は確実に強くなるだろう。ただでさえ魔術の使えない僕がここまでやってこられているのだ。魔術の使える子はそれこそ、世界最強も夢ではない。
だが、これは僕が冒険者で生きていく上で他人との明確な差だ。これを失えば僕はただの魔術が使えない欠陥品に過ぎない。
魔力制御に長けているとはいえ、魔術の使えない僕は慢心することなく、冒険者として色々な【迷宮】の知識を蓄えている。
なので、冒険者としなの心得や【迷宮】でのコツを教えることは問題ない。むしろ、教えてあげたい。
しかし、今まで僕に師事する子の全員が魔力制御目的だった。教えられないことを伝えると、不服された顔で帰っていく。
この子も多分そうなんだろうなぁ…。
はぁ…「わざわざ足を運んで弟子入りしようとしたのに、教えてくれないのかよ」という目を向けられることは何度体験しても慣れないし、その視線は僕の胃を痛めつける。
「悪いけど、特別な魔力制御のことなら教えられないよ」
これを言えば大体の子はここで帰る。僕も胃が痛めつけられるなら早い方がいい。
「またまた~!冗談はやめてくださいよ~!」とか言って粘られた日には僕は夜に飲む胃薬を二倍にしないといけないだろう。
「い、いえ!マルナは、一人の冒険者として…いえ、人としてレオさんを尊敬しています!パーティーメンバーの方々の心身的な所を細かく見て臨機応変に対応するその観察眼、油断しがちな上層でも一切の油断しない危機管理能力、なによりも、誰にでも優しく、慈悲深い人柄に尊敬します!!お願いします、レオさんなら駄目駄目なマルナを導いてくれると感じました…どうか弟子にしてくださいっ!!!」
あれ……?
「君は見る目がある。君の言う通り、レオさんは誰にでも優しく、慈悲深い。ワタシの名前はバダク。君は素晴らしい目を持っているね」
「うんうん、レオくんのことをしっかり見ている点は評価できるけど、まだまだ足りないかな?ココネと一緒に数時間くらいレオくんの話をしよう」
「レオは戦闘技能も高い。それを教えてもらうといい」
「君はボクの著書である『我らがレオの英雄譚』を呼んでいるかい?あれを見れば強くなれるよ」
「良ければ寄っていってください。ささやかながらおもてなしさせて頂きます。良ければ、私からもレオ様について……」
いつの間にかギルドから出てきたパーティーメンバーの皆が少女をギルドの中へと引き入れていく。
あれ、なんでもう弟子になったみたいになってるの?おかしいよね、僕何も言ってないよね?
「あ、ありがとうございます!あと、『我らがレオの英雄譚』、全巻持ってます!大ファンです、これからも楽しみにしてます…!!」
「ほう、それは益々見所がある。実は未公開の取っておきの話があるんだ。お茶を飲みながら、ゆっくりボクと話そう」
僕は思考を放棄して、夕暮れの空を見上げる。
今日は、月が綺麗な夜になりそうだ…。
……もう何も言うまい。
考えれば考えるほど僕が追い詰められていく。
だが、長年、慣れ親しんだため息とこの言葉だけら自然と口から出ていた。
「はぁ……胃が痛い…」
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