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episode6 よいしょ⑥

〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス


「んんっ…もう朝か」


 僕の朝は日の出と共に始まる。

 

 僕は、ベッドから身を起こし、固まった体をほぐすために頭の上で手を組んで伸びをする。


「ふぁ~……」


 体が伸びると共に自然と口から欠伸が出る。

 ベッドから身を起こし、軽く屈伸をする。


 朝早く起きるのは幼い頃からの習慣で、昔は色々とやる事があったが、今は早朝鍛錬の時間に当てている。

 その為、起きてからの最初の十分程度は頭と体をほぐすために準備運動を行う。


「そういえば、ノインが帰って来てたんだっけ…いつも通りならそろそろだな…はぁ…朝から胃が痛い…」


 ノインは僕達のパーティーの中で唯一【迷宮都市】で出会った仲間だ。

 彼女は妖狐と呼ばれる強さに比例して尻尾の本数が増える種族で、普段は人に化けているが、本当の姿は尻尾の多い狐だ。

 四年前、当時十歳の彼女は奴隷として生きており、娼館へ派遣されそうな所を僕が買った。

 今では僕達のパーティーで食料や水、医薬品、【迷宮】で手に入れた魔物の素材などを運ぶ『サポーター』を担当している。

 彼女はまだ十四歳とパーティーの中で最年少だが、誰よりも力がある。妖狐である事が関係しているが、僕でも歩くのが精一杯な大きな荷物を軽々と背負って平然と【迷宮】の中を駆け回る姿は未だに慣れる気がしない。


「レオ様、起きていますか?」


 ノインとの出会いを思い出しながら準備運動をしていると、扉の前から小さく声がかかる。

 敢えてノックをしないのはもし、僕が寝ていても起こさないための配慮だ。


「うん、起きてるよ」

「失礼します…おはようございます」

「おはようノイン」


 僕の返事を聞くと、ノインが扉を開けて入ってくる。

 一度、貴族の家で見た侍女さんのように優雅という訳では無いが、とても丁寧に挨拶をしてくれる。


 肩甲骨のあたりで切り揃えられた濃黄の髪に、縦長のスリッド状の黒い瞳。

 貴族が道楽で侍女に着させるような派手な服ではなく、くるぶしが隠れるほどのロングスカートのエプロンドレスに身を包んだ姿はさながら見習い侍女といったところか。


 狐らしさの残る瞳はキツい印象を与えるが、根は真面目でとてもいい子だ。

 部類の世話好きで僕の生活の世話をしてくれるのだが…いささかやりすぎな所があり、これが僕の胃痛の原因になっている。


「『内部依頼』の方はどうだった?」

「はい、予定していた数の二割増しで採取することが出来ました。途中、《千足虫》数匹と交戦しまたしたが、全員無事でした。昼食前には報告書を提出します」

「怪我が無くて良かったよ」


 ノインは前回の攻略が終わってからすぐに組合から徴集がかかり、もう一ヶ月迷宮に潜っていた。

 なんでも近頃、王国が近くのそこそこ大きな国と戦争をするらしく、回復薬の元となる薬草の大量受注が組合に入ったらしい。

 その薬草は下層一歩手前の中層で取れるもので、取りに行くのはかなり危険だ。

 薬草の数はざっと千単位。それを『剣士』や『魔術師』が持って帰る訳にもいかず、多くのサポーターに緊急が入ったというわけだ。

 中層といっても下層に近く、急遽組まれた合同パーティーということで連携も危うい。

 安全性を求めるため、『サポーター』でも下層まで潜った経験もあり、銀等級冒険者並の戦闘技能を兼ね備えるノインに指名で依頼が舞い込んできたというわけだ。


「時間を取らせて申し訳ございません。こちら、早朝鍛錬のお召し物になります。どうぞそのままで」

「いや…前から言ってるけど、着替えくらい自分で出来るからいいよ…」

「申し訳ございません。もう着替えさせてしまいました。もう一度、脱がれますか?」


 僕がノインからの懇意をやんわりと断っていたほんの二秒ほどの間に僕の服は寝巻きから、動きやすいスウェットに着替えさせられていた。


 ノインの家事…というよりも、僕への奉仕スキルは白金等級なみ。

 僕も目にはそれなりの自信がある方だが、いつ脱がされて、いつ着させられたのかまるで分からなかった。

 それにしても、肌着だけでなく、下着まで着替えさせるのは少し遠慮してもらいたい…。


「いや…もう着替えちゃったしいいかな…それじゃあいつもの所でしてるから、何かあったら声掛けてね」

「はい、いってらっしゃいませ」


 部屋を出ていく僕を一礼して見送るノイン。


 ノインの奉仕がここで終わればいいのだが、ノインの奉仕はここからだ。



「ふぅ…」

「汗をお拭き致します」


 鍛錬を初めて数十分。僕が一息付くと、ずっと傍に(・・・・・)いた(・・)ノインがタオルを持って僕の顔に張り付く汗を丁寧に、素早く拭う。


「あ、えっ、いや、そんなこと…」

「こちら、特性のミネラルウォーターです。塩分が多めに入っていますので、飲み終わったあとはこちらでお口直しください」


 そんなことしなくていいよ。その一言が出る間に、間髪入れずにノインの怒涛の奉仕が始まる。


「少々、荒れておりましたので場を慣らしておきました」

「あ、ありがとう」

「いえ、恐縮です。それと一つご報告が」

「ん?」

「先日、ココネさん、バダクさんの両名が商業区で起こした被害への謝罪が完了致しました。修理費についてはカティさんに報告書を提出してあります。ご安心ください、ご用意されていた修理費がやや多かったので、削減いたしました。家主にも納得させましたので」


 いや、それお詫びのお金も入っているから多めで間違いないんだけど…。

 それに納得させたって何?納得してくれたじゃなくてさせたの?それっておかしくないかな?こっちが全面的に悪いのに…。


「それと、レオ様の名を傷つけた不届き者二名の身元が割れました。銅等級のアシダ=ハサルマ、銀等級のマシダ=ハサルマです。お話をした所、最後には『レオ様万歳』と泣きながら両手を上げてレオ様の名を讃えてくれました。両名が行った行為は到底許されない行為ですが、どうか慈悲深い判断をお願いします」


 僕が必死にバダクとココネから冒険者二人を逃がした僕の努力は無駄だったようだ…。

 それよりも、僕の陰口を言っていた人がどうお話したら『レオ様万歳』などと泣きながら両手を上げるのだろうか。


 ここは一つ、やりすぎだと注意しなければ…。


「ノイン、僕のために動いてくれたのは嬉しいけど……うっ…」

「どうかされましたか?」


 ノインはこうして僕の生活が快適におくれるように十割の善意で動いてくれている。

 そしてこれだけ真面目に見えるが、ノインもまだ子供。こういった仕事をこなした後の報告を僕に告げる時、『褒めてください』という目を僕に向ける。

 本人は気づいていないようだが、いつの間にか飛び出している三本の尻尾が忙しく揺れている。


「もしや、至らぬ点がありましたでしょうか……」


 しゅんとした表情で顔を少し伏せるノイン。尻尾と同じくいつのまにか飛び出していた耳がノインの心の内を代弁するように、しなしなと垂れていく。


 ノインは生まれながらに奴隷として暮らしていた為、それ相応の酷い暮らしをしていた。

 僕が買ってからというもの、【迷宮】には連れていくものの、あまり危ないことをさせたくないのが僕の本心だ。

 彼女の心の傷もあるだろうと思い、購入当初僕はノインを凄く甘やかした。周りのみんなの『よいしょ』が過激化してきて癒しのなかった僕にとって健気なノインは数少ない癒しだったからだ。


 だが、そのせいでノインはかなりの負い目を感じていたらしい。優しくしてくれる主人に対して奴隷である自分は何も出来ないと。

 しかし、僕はそれに気づかず、甘やかした。

 ノインは日に日に負い目を感じ、少しずつ僕に隠れて出来ることを広げて行った。家事から【迷宮】の心得など、色々な人に頭を下げて頼み込んだそうだ。

 そして出来上がったのが僕の一日の生活を快適に、円滑に進めるために粉骨砕身、全力で奉仕をする今のノインだ。


 僕が甘やかした分、お世話になったお礼として僕のために尽くす。今の彼女の生きる意味は優しくしてくれた僕であり、僕が全てにおいて優先される。


「い、いや、ノインはよく頑張ってくれた。ありがとう」


 そうして更に出来上がったのが、ノインに対して一切、怒れない僕だ。

 彼女の負い目に負い目を感じてしまった僕は、どうしてもノインに強くものを言うことが出来ない。

 それに、ノインの行動は全部僕のためにやってくれるので、僕にはデメリットもあるが、最終的にメリットの方が上回る行動ばかりだ。


 反感は買うが、ギルドの支出を減らすことが出来たし、あの冒険者二人も元は僕の陰口を言っていた連中だ。下手にココネやバダクが刺激した為、ノインが動かなかったら後々からもっと酷い目にあっていたかもしれない。

 こうして日常の世話を焼くのも、他の誰かに迷惑がかかっているかと言われると否だ。


「いえ、当然のことをしたまでです」


 僕が褒めたことにより、しなっていた耳はピンと伸び、尻尾も先ほどよりも大きく揺れている。

 ほんのりと頬が染まり、嬉しそうだ。


 怒れない僕が全面的に悪いのだが、ノインを一度褒めると、この後の奉仕が異常と呼べるものに変わる。


「背中をお流し致します」


「朝食の準備が整いました。仰って頂ければ、私が口までお運び致します」


「お出かけですか?切れていた日用品の買い出し…それでしたら必要ありません。既に終えております。どうぞお部屋でゆっくりと」


「今日は暑いので団扇で扇がせていただきます。いえ、お気になさらず寝てください。昼食はレオ様のお目覚めの時間に合わせて作りますので」


「間食はこちらで用意致しますか?それとも屋台で…屋台ですね。今すぐ買ってきます、少々お待ちください」


「前に欲しがっていた魔術付与用の魔石を買っておきました。お金はいりません、私の好意です。受け取ってください」


「晩御飯はどうしますか?お酒もご用意致しますが…はい、肉料理ですね。すぐに上等な肉を買ってきます…いえ、レオ様の意図を汲み取れなかった私の落ち度です。この魚料理は私が食べるのでご安心を」


「枕が合わないようでしたら私の膝をお使いください。その前に、紅茶を入れてきますね」


 僕が寝静まったのを確認した後、ノインは自分の部屋に戻っていく。


 ダメ男製造機じゃないか……。


 付け入る隙がない。僕が何か自分で行動すると先回りされて全部終わらされている。

 それに、魔術付与用の魔石なんて簡単に貰っていいような値段のものでも無い…。

 既に買ってきているので、断る訳にもいかず、貰ったが……。


「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?お詫びによく眠れる子守唄を歌いましょう」

「い、いや!大丈夫!!大丈夫だからノインももう寝てくれ!」


 僕の起きている気配を察知したのか、すぐに扉を開けて僕の様子を伺うノイン。

 慌てて僕はそれを断り、ノインに寝てもらうために、大丈夫だと言い張る。


 このままじゃ、僕が本当にダメ男になるか、申し訳なさで胃に穴があいてしまう。


「うぅ…胃が痛い……」


 明日こそ世話をしなくていいとノインに伝えないと。

 きっと悲しい顔をするだろうなぁ…。駄目だ駄目だ…僕の為にもノインの為にも明日はちゃんと言わないと…。


 けど…。ノインも世話をして嬉しそうだし…。




 僕が無意識のうちにダメ男になっていた事に気がついたのは三日後、アギリに指摘された時だった。


「ノインちゃんは、この生真面目な英雄をダメ男にしてしまうなんて…前々から思ってたけど危険だね。ボクも気をつけて見ることにするけど、君も気をつけるんだよ?」

「はい…すみませんでした」


 この後、無事にノインに僕の胸の内を明かし、話し合った結果、奉仕は週に三回までとなった。

 これでも本気で泣き出すノインに対して頑張った結果だ。


「レオくん、依存するならココネでもいいんだよ?」

「お姉ちゃんに甘えても大丈夫ですよ?」

「レオ、俺も……いや、忘れてくれ」

「レオさん!お任せください!奉仕には多少の心得かがありますので!」


 その後、一週間のうち余っている三日間を誰が奉仕するのかでパーティーが揉め、ギルドで所有している僕の自室もあるこの建物が半壊したのはまた別の話だ。

これでパーティーメンバーが全員揃いました。

次回からは一章完結に向けて動いていきたいと思います。


それと本作では

土地や国名などの一部の固有名詞を【 】で。

二つ名などの呼称を" "で。

魔物の名前を《 》で。

その他の名詞、強調部分を『 』で表しています。

時々、作者が間違って記入している場合がありますが、基本的にはこの通りに記載しているので把握して頂けると助かります。

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