episode5 よいしょ⑤
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス
照りつける太陽。雲一つない空から肌を太陽に直火焼きされ、額にベタつく汗を拭う。
今日は午後から明日の昼までココネと【迷宮】に潜り、適当な依頼をこなす予定だ。
そろそろ本格的に攻略が始まるため、少し体を慣らしておかないといけない。
【迷宮】に長期間潜る前は体だけじゃなく、食事や排泄、睡眠のリズムを攻略に合わせて変えなければならない。
今回は夜間の見張りが無いので、大分楽だが、それでもかなり辛い。
今は【迷宮】に潜るために商業区で雑貨を買出し中だ。
「ねえ、レオくん。あれってバダクじゃないかな?」
「バダクは帰省中だし、帰ってくるならまだ一週間は……って、本当だ」
そろそろ買い出しを終え、昼食にしようと思っていた頃、ココネが人混みの方を指さす。
ココネの指さした方をよく目を凝らして見ると、僕達のパーティーメンバーの一人であるバダク=アウルムの姿が見えた。
「バダクって分かりやすいよね」
「確かに、オーラが出てるからね…魔力も特殊だし」
バダクは一言で言うなら金髪碧眼の色男だ。
人と精霊族との混血で、とにかく目鼻立ちが良い。アギリのような中性的な顔立ちではないが、同性でもすれ違えば振り返ってさまうような優れた容姿だ。
同じ男子としてイケメンのアークを羨ましく思ったりもするが、バダクに関しては嫉妬すら浮かんでこない。
「それにしても、何してるんですかね」
「うん、母親に逢いに行くって言ってたのに…声かけてみるか…おーい!バダクー!」
「……?…!」
バダクは僕の声が届いたのか数度辺りを見渡した後、僕とココネの姿を見つけて大きく手を振る。
僕とココネもバダクに手を振り返す。
もう少し近づいてからでも良かったかな。凄い視線が刺さる。
「レオさん!どうしたんですか、商業区にいるなんて珍しいですね」
「午後からココネと【迷宮】に潜るからその買い出しをね。それより、バダクこそどうしたんだ?母親に会いに行ってたんだろ?」
「あー…道中、えーっと…アラ…アロ…何とか盗賊団に絡まれたので撃退した所、ここから攫われた人達がいて、放って置く訳にもいかず、連れて帰ってきたんです」
「それってアルーロ盗賊団じゃないかな?この前、レオくんが言ってた…銀等級が十人護衛してた馬車が襲われて、金等級冒険者に依頼が回ってたやつ」
徒党を組んだ山賊や盗賊といった者達を称して盗賊団と仰々しく呼んでいるが、実際の規模は小さい。多くて十人。下手をすると五人以下だ。
何故そんなにも規模が小さいかと言うと、大きくわけて理由は二つある。
一つは冒険者の存在。商人や貴族は、街から街へと移動する時に必ずと言っていいほど冒険者の護衛を付ける。そこには大人の複雑な事情が色々と絡み合っている。
冒険者には冒険者なりの面子がある。【迷宮都市】に来た帰りに商人や貴族が盗賊団に襲われたとしたら大問題だ。
冒険者は人気が高く、貴族から組合への多大な支援を受けている。
それに、【迷宮都市】での物資の不足は冒険者の死に繋がりかねない。
そこで冒険者組合は商人や貴族に格安で護衛を派遣し、冒険者には多額の報酬を払う。
故に【迷宮都市】の周りで盗賊団を作ってもそれなりの腕が無ければ生きていけない。そもそもそんな腕があるなら冒険者をやっているだろう。
そして二つ目、これは簡単だ。盗賊になる者達の利害は一致しても、意見は絶対に一致しないこと。
理由はともあれ、他人を襲い、略奪行為を行う輩の物欲は普通の人よりも大きい。
他人を蹴落とし、蹴落とされて盗賊になった者だ。他人を出し抜こうと動き、味方同士で衝突を繰り返す。
その為、盗賊団は小規模が複数存在するの現状だ。盗賊団で大規模なんてことはそれこそ才能に恵まれた統率者がいなければ不可能だろう。
「アルーロ盗賊団は元銀等級冒険者が頭をやっている盗賊団だね。頭の元冒険者は実力こそあったが、問題が多く銀等級止まり。数年前に殺人を犯したことで捕まってたんだけど、脱走してそのまま盗賊団を作り上げたそうだよ」
「だから盗賊団にしては数が異常に多かったのか…」
「僕が組合から聞いた話だと百五十人規模だって聞いたけど…」
「その倍くらいはいたような気がします」
逆に、才能に恵まれた統率者がいれば、盗賊団でも大規模になる可能性はある。
盗賊団の構成員の最大の特徴は『学』がない。
アルーロ盗賊団の頭は、知り合いから聞いた限り多くの余罪があるようだ。結局、証拠が上がらなかったそうだが、それは証拠を隠す『学』があるということだ。
盗賊団を束ねるには、腕っ節と狡猾さがものを言う。
元銀等級冒険者の頭はそれを持っていたため、大規模な盗賊団が出来たのだろう。
「心配はしてないけど、怪我は無いかな?」
「バダクくんが三百人程度に怪我するとは思えないけどね」
「はい、この通りかすり傷ひとつありません」
「なら良かったよ」
バダクの僕達のパーティーでの役割は『弓士』。
【迷宮都市】には、パーティーの特色によって色々な役職をメンバーが担当するため、【迷宮都市】には僕が知る限り百を越える役職があるが、【迷宮都市】で弓を主武器にして戦う『弓士』はバダクしかいない。
弓はメジャーな武器なイメージがあるが、弓は戦場や冒険者の間では過去の武器だ。今では狩猟にしか使われない。
弓が過去の武器になった原因は魔術の発達だ。
まだ魔術が発展していなかった頃、魔術を使った長距離攻撃は精度が悪く、威力も低かった。
だが、魔術を投石器などといったものと組み合わせることで弓よりも精度、威力、連射性、その全てを上回った。
そして魔術の長距離攻撃も発展し、消耗品の弓矢よりも、本人の魔力依存の魔術の方が冒険者には好まれ、遂には戦場でも冒険者の間でも使われなくなった。
だが、バダクは世の中の常識を簡単に覆した。世の中は大袈裟かもしれないが、少なくともバダクを知るものは弓を魔術よりも劣ったものだと言えなくなった。
バダクの弓は、齢千年を越える大樹の枝と魔物の素材、【迷宮】で採取できる特殊な金属を合わせた合成弓であり、バダクの身の丈を優に越える長弓でもある。
バダクは、消耗品である矢を魔術で作りだし、通常の弓矢よりも重さが無いため射程距離が短いが、威力と貫通性が頭一つどころか、三つほど飛び抜けている。
他にも色々と構造的な工夫があるが、簡単に言えばバダクの放つ矢は、地形を変える。
矢が地面を抉るのだ。
初めて見た時は今ほどの威力では無いが、小さなクレーターを作り上げた時は本当に驚いた。
どれだけ鉄壁の鱗や皮膚を持っている魔物でも、バダクにかかれば一撃で貫通し、風穴を空ける。
だが、これだけの威力を出すためにはバダクの指への負担は大きく、連続で使えないが唯一の欠点だろうか。
「レオくんはバダクくんじゃなくて、盗賊団の怪我の心配をした方がいいと思うよ?」
「流石に手加減は…手加減しても不安だね」
「大丈夫ですよ、誰も死んではいません」
「大怪我はしたんだ…相手は盗賊団だし、心配するのもあれだけど、あの弓を目の前にしたとなるといたたまれない…かな」
自分に向けられたことが無いので分からないが、下層の魔物の体を容易く貫くあの矢を生身で受けたらと考えると冷や汗が止まらない。
本当に仲間で良かった。
「バダクくんはこの後どうするの?」
「そうですね…無事に事情聴取も終わり、囚われた人達の身柄は向こうに任せたので一件落着なのですが、今から母上のところに帰るとなると次の攻略に間に合わなくなりそうなので、手頃な外部依頼でもこなそうかと考えてます」
「それが無難かな…うん、次の攻略が終わったら僕も久しぶりにバダクの母君に会いに行こうかな」
「レオくんが行くならココネも行こうかな」
「それは嬉しいですね、母上も久方ぶりにレオさんに会えばとても喜ぶと思います」
僕の提案に顔を綻ばせて笑うバダク。あまりの造形美に、まるで芸術品を見ているような気分になる。
あと、ココネはなるべく着いてきて欲しくないのが本音だ。胃が痛い未来しか見えない…。
「おい、あれって"無音"のレオじゃないか?」
「白髪に、翡翠色の瞳…あれが今、【迷宮都市】で一番勢いのあるパーティーのリーダーか」
「隣にいるのは"狂宴"のココネと"裂破"のバダクじゃないか…?」
僕達はパーティーメンバーのアレな行動が原因で悪い意味でかなり目立つ。人目の多い商業区では、どうしても目立ってしまう。
だが、あまりヒソヒソ話をするのは止めて欲しい。視線が突き刺さることで胃が痛くなるのもそうだが、今はバダクがいる。下手なことを口走らないことを願うばかりだが…。
今は一刻も早くここから立ち去るのが吉だろう。
「あんまり強そうに見えないな」
「あの癖の強いメンバーを纏めてるような奴だぞ、かなりのやり手だろうよ」
「それは持ち上げすきじゃないのか?他のパーティーメンバーに比べてそんなに噂話聞かないし、案外、金だけ積んで等級を上げてる寄生野郎かもしれないぜ」
「ははっ、それは有り得るかもな」
あー……言っちゃったよ。
立ち去ろうとした瞬間にこれだ。僕はせめてものの弔いだと、壁際で僕の陰口を言った男二人に心の中で無事を祈る。
今更、止めても遅い。ココネなら間に合ったかもしれないが、バダクは無理だ。どうしようもない。
バダクはココネよりも手が出るのが早い。
僕が完全に諦めていたその時、予想通りと言うべきか、男達の近くにあった壁が大きな音を立てて崩れ、大穴が作られる。
「下衆が…」
僕の隣でそう小さく呟いたバダクを横目に見ると、件の大弓を構え、第二射を放とうとしていた。
「ちょっ……」
一撃で終わると思っていた僕は慌ててバダクを止めるべく、バダクの肩を掴もうと腕を伸ばすが、僕が肩を掴む前にバダクは矢を放つ。
バダクの扱う矢は特別性。ほとんど重さが無く、そのため、矢の速度が音を越える。
風切り音すら立てぬまま、唐突に開いた大穴を見つめる男二人の横にもう一つ大穴をあける。
「よもや、まだ我らが至高の神を愚弄する者がいたとは……」
「バダク、僕のために怒ってくれるのは非常に嬉しいんだけど、やりすぎじゃないかな?」
「人的被害は出しません。大丈夫です、ご心配ありがとうございます」
何が大丈夫なのか僕には分からないが、とにかく僕はバダクを止める。
バダクはココネと同種だ。だが、信仰心というのか、それが根本的に違う。
ココネは僕を神のように崇めるが、バダクは僕を神だと崇めている。
精霊族は特に神への信仰心が強い種族。
僕の陰口をその精霊族特有の長い耳で聞いた瞬間に、矢を構えている。
「バダク、ここは人通りも多いし、もし外したら危ないだろ?」
「外しません」
「それに、向こうの人たちも悪気があったわけじゃないと思うんだ。会話の流れでたまたま…」
「余計に駄目です」
「ほら、僕はもう気にしてないし、許してあげてくれないか?」
「許しません」
僕を神だと崇めるのなら僕の言葉をもう少し聞いて欲しい。
聞き分けのいいココネと違って、バダクが一度怒ると人の話をまるで聞かない。
そして僕はバダクを止めることで必死になっており、忘れていた。
もう一人の"狂信者"を。
「テメェら…当然、覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「ヒッ!!」
「ご、ご、ごめんなさい!」
「あ"?何、私の許しなく謝ってんだよ…ココネが聞きたいのはテメェらの謝罪でも何でもねぇ、テメェらが泣き叫ぶ声だけだ」
僕が目を離した隙に男達の所に直接殴り込みにいったココネ。
言葉の一つ一つが怖い。あれはもう魔王だ。
「ほら、だらしなく叫べよ。いつもやってんだろ?」
ココネが男達を脅すために大穴の開いた壁を殴り、破壊する。
「こ、ココネ!ストップ!!」
「神を愚弄した罪、その身で償ってもらおう…」
「バダクも!ストップ!!」
「しかし…」
ココネを止めようとすると、バダクがまた矢を構え始める。
僕の体は一つなのだ。お願いだからもう少し大人しくして欲しい。
「そこの人たち!早く逃げて!これ以上は僕も抑えきれない!!」
ココネ達を止められないのなら本人を逃がせばいい。今ならまだ逃げ切れるはずだ。
男達は腰を抜かしたのか、立てないまま四つん這いの状態で慌てて逃げていく。
これだけの騒ぎだったため、周りには野次馬が多く、その中に上手く割り込んでいったのでもう大丈夫だろう。
後は追っていこうとする二人を宥めれば完璧だ。
「レオくん、逃げちゃったけどいいの?追いかける?一分で目の前に土下座させて連れていくるけど」
「ここからでも十分に狙えます、いつでも命令してください」
二人はまだやる気…もとい、殺る気満々なようだ。
「もうやだ…胃が痛い……」
僕の悲痛…というより胃痛の叫びは僕に問い詰める二人の声に掻き消された。