episode4 よいしょ④
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス
「おはよう、ボクの英雄」
アークの一件の後。泥のように眠った僕の目覚めを出迎えたのは小柄な少女だった。
「おはようアギリ…帰ってきてたのか」
「君が寝ている間にね。いい寝顔だったよ」
「…今日は…女なのか」
至近距離で僕を除く海のように透き通った青い瞳。
僕の鼻をくすぐる青い髪は肩で切り揃えられている。
彼女の名前はアギリ=カエルレウ厶。僕達のパーティーで『支援職』を務める仲間だ。
見た目は僕と変わらない人だが、こう見えて人族では無い。星屑族と呼ばれる希少種族の純血で、特徴としては日によって性別が変わることだろうか。
アークと同じく学園時代からの付き合いなので既に気にしていないが、初対面の人には兄妹だと間違われる為、説明が厄介だったりする。
元が中性的な顔立ちのため、性別の見分け方は胸の大きさくらいだろうか…。
「うん、揉んでみるかい?」
アギリは自身の豊満な胸を腕で挟み、押し上げると魅力的な提案をしてくれる。
顔を至近距離で見合わせてるせいで視線でバレたようだ。
「遠慮しておくよ。誰に知られても胃が痛い未来しか見えない」
「残念だ。君の英雄譚には少々女色が足りないから丁度いいと思ったんだけどね」
唇を尖らせ、残念そうな顔を浮かべて僕から離れるアギリ。
僕はベッドから身を起こし、体をほぐすために伸びをする。
「僕はまだ女性を知らない体でいい。一度でも手を出せば歯止めが効かなくなるからね」
「理性の怪物だね、君は」
「人よりも理性が無いから自制してるんだ。今でも内心はパニックだよ」
「それを聞けてボクは満足だ」
「それで、外部依頼の方はどうだったの?」
「問題無く。来年には白銀等級も夢じゃないよ」
冒険者の等級は組合での等級審査を受けるための条件を満たし、審査で合格すれば等級を上げることが出来る。
等級審査は本人のパーティー内での役割事に設けられており、アギリは支援職なので支援魔術の実力が試される。
アギリが金等級になった時の等級審査は銅等級五人に支援をし、銀等級二人を倒すというものだった。
僕を除くパーティーは天才ばかり。等級審査は難なく通るが、問題は審査を受けるための条件だ。
条件は大きく分けて三つ。
一つ目は組合への貢献度。
組合では常時依頼が掲示板に張り出されている。依頼内容は大きく分けて二つある。『内部依頼』と『外部依頼』だ。
『内部依頼』は、【迷宮】の中に生息する魔物の角や皮、特殊な植物や鉱物の調達を行うこと。
対して『外部依頼』は、商人や役人の護衛、盗賊の討伐、時には土木作業で人が足りない時に手を貸したりなど多種多様な依頼がある。
その依頼一つ一つの難易度に合わせて貢献度が設定されており、依頼を達成することで貢献度を貯める。
僕を合わせたほとんどの冒険者は攻略の時、いくつかのめぼしい依頼をまとめて受けて貢献度を稼いでいる。
二つ目は【迷宮】の最高攻略階層。
冒険者と言えば【迷宮】の攻略。【迷宮】に蔓延る強大な敵を倒し、武功を上げる。
"最初の冒険者"の二つ名を持つ冒険者の英雄的存在、ペリー=クリトルが最初に【迷宮】を攻略始めたのが今から三百年前。長い歴史で見れば短いようだが、人の世に『冒険者』という存在が英雄視されるには十分な時間だ。
白金等級ともなれば、それは国の顔と言ってもいい。
故に冒険者としての世間一般的なステータスは貢献度でも、個人の技量でもない。
目に見える数字である、何階層まで攻略したかが重要になってくる。
だからこそ等級を繰り上げるための審査の条件として最高攻略階層が関わってくる。
最後に、組合の所属年数。
それこそ冒険者には腕っ節が強い者なら沢山いる。だが、荒くれ者ばかりで、信頼出来るかと言われたら否だ。
実力があっても問題行動ばかり起こす者を上の等級に上げることは出来ない。冒険者の等級は上がれば上がるほど発言力が上がり、多くの財産を手にしているため、地位と権力が自然と着いてくる。
その地位に似合う存在を組合は見極めなければならない。だが、一年中、一日一日を観察すことは不可能だ。
普段見れない代わりに見るのが組合への所属年数。正確には問題を起こさずに組合へ貢献した年数だろうか。
冒険者組合は以上の厳しい三つの条件を満たしたものが等級審査を受けられる。
三つの条件を満たせばいいじゃないかと思うかもしれないが、この三つの基準は、金を積めば簡単にズルが出来る。
だからこそ、最終的に個人の技量を試す等級審査があるというわけだ。
「そっか、もう五年だもんね」
銀等級までは一年、金等級は三年、白銀等級は五年の所属年数が必要となる。
僕達は冒険者になってから今年で五年目。最高攻略階層も四十六階層なので、後は貢献度を満たすだけだ。
と言っても、白銀等級の条件である貢献度は金等級の比では無いので白銀等級になれるのは早くて来年の終わりくらいだろうか。
「ついこの間、全員が金等級になったばかりなのにね」
「ココネはどうしようもない…あれは一種の天才だから。ボク達の予想のいつも斜め上を行く」
ココネ以外のメンバーは三年目にすぐ金等級になったのだが、察しられるようにあの性格だ。彼女の行動には問題しかない。
ついこの間の攻略で【迷宮】に逃げていた元金等級の犯罪者を偶然捕まえた事で条件をようやく満たしたが、それが無ければココネは未だに銀等級だろう。
「あと五年……」
「そっか、もう半分か…早いもんだね」
「今更だけど本当にありがとう、君が着いてきてくれなかったら、ボクは今頃【迷宮】で死んでいただろう」
「僕はそんなに大したことはしてないよ」
僕達が冒険者になったのはアギリの夢の為だ。
アギリの星屑族は、その特殊な体質から禁忌術の触媒に適している為、昔から集落が見つかると乱獲されて奴隷として売り払われる。その後に待っているのは死ぬか、死なずとも生き地獄だろう。
アギリの夢は星屑族の地位向上。その為に、アギリはこの国の王になるために冒険者をしている。
冒険者と王様がどう繋がるか…それは簡単だ。白金等級になれば、王国から貴族の席を用意される。
この国の王は世襲制ではなく、有力貴族から選挙で選ばれる。
千年続く王国歴の中で冒険者から王になった実例もある。それも一回や二回では無い。
数多の可能性の中で一番確率が高いやり方が冒険者だった。
僕達が冒険者になったのは、英雄を目指すためでも、歴史に名を残すためでもない。
ただ、友達の夢を傍で応援するためだ。
「ボクが王になったら、君は国の象徴として、生き神として崇めることを誓うよ」
「やめてくれ。僕の胃が持ちそうにない」
二人で顔を見合わせ、くすりと小さく笑う。
アギリが王になるのは何十年後かは分からない。アギリが白金等級になった後、僕達が冒険者を続けるのか、同じ道を歩むのかは分からない。
けど、今の時間は僕にとってかけがえのないものだ。
「今日は久しぶりに胃が痛まない日だったよ」
「君は昔から胃のことばかり気にしている。気持ちから来るものじゃないの…あっ……」
僕の心からの本音にツッコミを入れるアギリ。だがその時、アギリの懐から一冊の本が落ちる。
『我らがレオの英雄譚 二百五十四巻』
「アギリ……もう書かないって約束したよね?」
「これは違うんだ…うん、違うんだよ」
アギリは学園時代のある一件から僕を英雄視し、僕の英雄譚を支えた影として歴史に名を残すのが夢だと昔から語っている。
だが、口だけなら良かったが、学園を出て冒険者になった日からアギリは自分で僕の英雄譚を書くようになった。
それはもう、こと細かく、僕の一挙一動を全て。
「ねぇ、アギリ」
「ボクは何も知らないよ」
僕は手に取った『我らがレオの英雄譚 二百五十四巻』の最後のページを開き、目を通す。
『今日の英雄はカティに内緒で屋台の串焼きを買い食い。後に見つかり、怒られる。怒られている英雄の顔はまさに数多の戦場を駆け抜けた将の如く。凛々しく、勇ましい。ああ、英雄とは怒られている時すら格好いい』
そこには一週間前の僕の行動が書かれていた。凄く馬鹿にされて。
最初、アギリが僕の英雄譚を書いた時は恥ずかしながらも、嬉しかった。
だが、一頁見た瞬間から僕の胃は叫びを上げた。あの時、僕の胃が発する胃痛警報を信じておけばと何度も後悔したものだ。
アギリには文章の才能が無い。少しも。
それと、内容があまりに酷い。僕の私生活が筒抜けだ。【迷宮】での僕の華々しいとは言い難いが、それなりに頑張った魔物との戦いは一切記されおらず、その日僕が食べたものや、寝た時間が永遠と一日事に書かれているだけ。
しかも、文章が凄く馬鹿にしている。
『今日の英雄は腹を下していた。腹痛と戦う英雄の姿は格好いい。まるで何十万の兵相手に一人で立ち向かう勇者のようだ』
だとか。
『今日の英雄の食事は豆の煮込みスープと白パン。次々とスプーンでスープを必死に口に運ぶ様は、さながら剣術を極めた剣聖の如く鋭い』
だとか。
これをアギリ本人だけが楽しんでいるのなら僕も目と胃を瞑っただろう。
だがアギリはこれを販売した。
誰が買うのかと言いたいが、買う物好きが【迷宮都市】にはそこそこいる。
ココネや姉さんもその一人だし、先日、カティが持っているのも見た。アークに至っては布教用とか言って五冊ぐらい同じ巻を持っている。
他にもギルドメンバーや、贔屓しているお店の店主が何故か持っている。
僕の痴態が公に晒されているのだ。これ程胃が痛いことがあるだろうか。
僕のパーティーメンバーは四方八方から別のやり方で胃を痛めつけてくるからタチが悪い。
「これは英雄譚じゃなくてストーカー日記だって散々怒ったよね?」
そっぽを向いて知らん振りをするアギリの頬を抓る。
「痛い、痛いから離してくれないか」
「あと二十分このままだよ」
僕は手に込める力を強め、目に涙を溜めるアギリににっこりと笑みを浮かべる。
時には厳しくしないといけない。例えアギリのか頬が真っ赤になって痣が残ったとしても心を鬼にしないといけない。
今更かもしれないが、これ以上僕の痴態が公に晒されるのは嫌だ。
僕は僕の胃を守るために、更に手に込める力を強めた。
アギリの反応であまり痛くないように見えますが、彼女たちは冒険者です。本来ならものすごーく痛いです。多分。