episode30 混沌種④
○《 四十二階層 大部屋 》レオ=アルブス
熱い。
この感覚を僕は知ってる。血が出ている。
出血はどこから…いや、違う、なんで僕は血を流しているんだ。
微睡みの中、僕はゆっくりと意識を覚醒させていく。
「うっ……」
体が思うように動かない。指先はかろうじて動く。だが、他が動かない。
一拍遅れて全身に痛みが走る。
「っぅ……」
痛覚を《断》を使って断ち、痛みを強引に無くす。
次に触覚の一部を断つ。感覚で肋骨が折れてる。左肩も脱臼しており、痛覚を断つだけでは違和感が生じる。
まずは慌てず自分の状況を確認だ。
僕は右腕で体を起こすとすぐ側にあった壁に体重を預ける。
視界が赤い。出血は頭…いや、額か。額の傷は出血が多いが、命に関わる怪我では無い。壁に激突した時に擦った程度だろう。
強く打ち付けたであろう背中は痛覚を断っているので今は放置。
岩肌で抉れている右脹脛からの出血が一番酷い。骨の近くまで到達してる。魔力の糸で太ももを縛り、傷跡に残る細かな破片を魔力の糸で取り除く。脹脛に力を込め、筋肉を無理矢理収縮させることで多少は出血を抑えられる。
そして僕はベルトの右腰に着いているポーチをひったくるように取ると、中から染み出している青白い液体を足に掛け、頭から被る。
右腰のポーチには止血薬や解毒、火傷などの姉さん調合した液体状の薬が入っている。先程の衝撃で中身が零れていて色々と混ざっているが、四の五の言ってはいられない。
「ペっ……」
口に溜まった血を吐き出し、鼻の中に詰まった血も片方ずつ抑えて外に出す。
僕はゆっくりと立ち上がり、左肩の位置を調整すると壁に向かって突進し、無理矢理外れた肩をはめる。
これでまだ戦える。
皆も戦っている。僕だけ休む訳にはいかない。
僕は未だぼやける視界の焦点を合わせて、大部屋を見つめる。
「なんで……」
僕の目に映ったのは地獄絵図。
部屋の隅に数人で固まって震える人。
喰われた腕の後を見て絶叫を上げてのたうち回る人。
血を流しながら地面に突っ伏して身動き一つ取らない人。
死に物狂いで未だ戦い続ける人。
《竜》、《闢》、そして人型の影。
また、増えたのか……?
下の階層への扉は開かない。じゃあ、入口は…?ふと、流れるように入口を見ると、崩れ、岩で塞がれている。
退路が無い…。
どうする。
どうする。
どうする。
お前ならどうするレオ=アルブス。
最善手を今すぐ叩きだせ。
そんな時、僕の髪を風が撫でる。
風…?おかしい。後ろから風なんて…。
僕が振り返るとそこには人一人が通れるくらいの穴があった。
三体目はここから来た…?ここからなら逃げられる…?
今の状況で、誰が?僕が?それは有り得ない。
誰を逃がす、いや、一人でも欠けたらこの状況が本当に詰む。誰か死ぬ。
例え逃げたとしてどうする?片道一週間以上はかかる上層までの道を駆け上がって援軍を呼んだとして二週間。それまで誰が生きている?
いや、全員助かることを考えるのは現実的じゃない。少数で足止めして、残りを逃がす。
これが今取れる最善手。
目先の希望を見せても意味が無い。今、必要なのは確かな希望。
アークやアギリと一緒に逃がせば確実に上層まで逃げてくれる。
じゃあ誰を残す…。
誰を…誰を…。
死んでも……死んでもいい………死んでもいい人…。
……。
いるわけがない。全員僕の大事な仲間だ。
必ず、全員を生きて返す。
「レオくん…起きたんだ」
「ココネ…」
覚悟を決めたその瞬間、前から声がかかる。
黒髪の大半を赤く染めたココネの姿がそこにはあった。
全身ボロボロ。足元はフラ付き、満身創痍だ。
「大丈夫、ココネが守るから」
ココネは両手剣を握り、三体の『混沌種』から僕を守るように僕の前に立つ。
「いや、僕が全員を生きて返す。僕が時間を稼ぐからココネは皆を連れて…」
「駄目だよ…その全員の中に…レオくんがいない」
「例え命に変えても皆を返すのがマスターである僕の役目だ。どいてくれ」
「絶対にどかない」
なんで。
「お願いだココネ、間に合わなくなる」
「駄目」
なんで。
「どけよ」
「絶対に駄目。皆で、ここにいる三十七人で帰らないと駄目なの」
なんで邪魔するんだ。
「どけって言ってるだろッ!」
僕は怒鳴った。心の底から、自分でも驚くような大きな声が出た。
「僕が一人犠牲になればいいだけの話だけだろッ!?僕みたいな奴が最後に誰かを助けて死ねるなら美談で済むじゃないかッ!誰も悲しまない、誰も苦しまない、皆助かって、僕だけが死ぬッ!それが一番だろ、この状況じゃそれしかないだろッ!他に誰が死ぬって言うんだよ!お前が死ぬのか!?違うだろ、死ぬ覚悟も勇気も無いだろ!?僕にはある、今すぐ命を投げ出す覚悟が!だからどけ…どけよココネ!」
止まらない。一度開いた口は制御を失い、秘めた想いを子供が駄々をこねるように感情をぶつける。
「どかないよ。レオくんと一緒に帰らないと。待ってるから、皆、待ってるの。レオくんがこの状況を変えてくれるのを。最後に三十七人、みんなで笑って帰ることを望んでるんだよ」
ココネは僕の方を向いてニッコリとその場に相応しくない太陽のように暖かな笑みを浮かべた。
「なんで…」
「レオくんはこれまでそれだけの事をしてきたんだよ」
「僕は何もしてない」
「ううん、皆レオくんに救われてる」
「そんな訳ないじゃないか、僕は生まれてからずっと多くの命を殺めてきた。数え切れないくらいこの手を、体を、心を血で汚した!許されるはずがないんだッ!」
「許すよ」
「何を…!」
何を根拠に。
ココネの何の説明にもなっていない、一言に僕はそう言おうとした。
だけど、言えなかった。
ココネが泣いていたから。
「レオくんは誰かを殺すために戦ってたの…?違うよね?ココネを守るために戦ってくれたんだよね…?ずっと一人で、ずっと戦ってくれてた。だからココネは今生きてるんだよ。守られてきた私が、レオくんに助けられた私が、レオくんを許すよ」
「………」
「ごめんね、ココネがもっと強ければ…」
違うんだ。違うんだよココネ。
そうじゃない。そうじゃないんだ…。
例え君が許してくれても、もし僕が殺した多くの人が許してくれても、僕自身が僕を許せないんだ。
「けどねレオくん、ココネは自分の身を守れるくらいには強くなったよ…見て、ココネは今、レオくんに守ってもらってる?もう大丈夫だよ。ココネは…ココネは強くなったよ」
「……うん」
「昔みたいに私を守ってなんて言わない。弱音も吐かないし、絶対に挫けない、折れない、ココネは何度でも立ち上がるよ」
「……うん」
「けど、足りない。ココネだけじゃ皆を救えない。だからお願いレオくん、ココネと…私と一緒に戦ってください。一緒に戦って、皆で一緒に帰ろ…?」
皆一緒に。
その中に僕も、僕みたいな奴がいても…。
「レオくんがいなくちゃ嫌だよ」
ココネは僕の心を見透かしたように僕に訴えかける。
「ずっと一緒にいたいの」
僕の目をしっかりと見つめ、照れ臭そうに頬を桃色に染めてココネははにかむ。
違う、これはさっきみたいに訴えかけてるんじゃない。
ココネの本心なんだ。
社交辞令でも、お世辞でも、僕を気遣った言葉でもない。
一緒にいたい。
そんな事言われたの初めてだなぁ……。
温かい。
さっきから頭の中がグチャグチャで自分でも何言っているのか分からない。
考えることの何が正しくて、何が間違っているのかも分からない。
けど、胸の奥が温かい。それだけはしっかりと分かった。
「……ココネ、皆は僕を待っていてくれてるのかな。……僕と一緒にいたいのかな…」
「うん、自信持って。皆、レオくんが大好きだよ」
「そっか……」
数秒の沈黙。
その間に僕の覚悟は決まった。
「ココネ、勇気をくれないか。僕はどうしようもない臆病者だ。これだけ背中を押されてもまだ足りない。自分が死ぬ勇気はあっても、踏み出す勇気がない。皆を導く勇気が」
「もちろん。ココネは『勇気を与える者』だから」
「ありがとう…僕はなるよ。皆を導く英雄に。僕達全員で帰ろう」
僕は過去に許されない罪を犯した。
多くの人を手に掛け、何万という命を奪ってきた。
僕は特別でも何でもない。ただの咎人。
殺した事を仕方ないと割り切り、のうのうと毎日を過ごす罪人だ。
そんな僕でも誰かの英雄になれるのなら、誰かを救えるのなら僕は英雄になろう。
傲慢だと、厚顔無恥だと、偽善者だと、昔の僕を知る人は僕を笑うだろう。
それでもいい。
僕は決めた。
アギリや皆が思い描く格好いい英雄じゃないかもしれない。
格好悪くて、鈍臭くて、泥臭い、そんな喜劇のような英雄だ。
「行こう」
ある英雄は一人の少女の復讐の為に戦った。
ある英雄は善を守り、数え切れない悪と戦った。
ある英雄は己の信念を突き通し、正義と戦った。
ある英雄は恩人の為にその身に炎を宿して戦った。
ある英雄は絆を紡ぎ、か弱き身で強大な悪と戦った。
ある英雄は誰にも理解されず、誰かも受け入れられず、たった一人で抗い、戦った。
彼らは等しく、歴史に名を残した。
僕はそんな大層な事は出来ないだろう。けど…
レオ=アルブスは過去に多くの過ちを犯し、道を間違えた。だけど、それでも僕は誰かの為に戦おう。
「僕の、僕だけの英雄譚を綴ろう」
○《 ─────── 》───────
一人の少女の復讐の為に戦った英雄は後に道を間違えど、それでも何度も英雄として人々に安寧を持たらし、『真の勇者』と呼ばれた。
善を守り、数え切れない悪と戦った英雄は後に英雄の中の英雄、『英雄神』と呼ばれた
己の信念を突き通し、正義と戦った英雄は後に多くの人々に希望を見せ、『世界の父』と呼ばれた。
英雄は恩人の為にその身に炎を宿して戦った英雄は後に誰も知られること無く生涯を恩人の為に尽くし『無銘の英雄』と呼ばれた。
絆を紡ぎ、か弱き身で強大な悪と戦った英雄は後に多くの争いの架け橋となり、『平和の架け橋』と呼ばれた。
誰にも理解されず、誰かも受け入れられず、たった一人で抗い、戦った英雄は後に多くの人に受け入れ、『孤独の戦士』と呼ばれた。
そして…。
は過去に多くの過ちを犯し、道を間違えた。だけど、それでも誰かの為に戦った英雄は後に彼の生涯と性格をよく知る者から広まり、人々の間でこう呼ばれた。
『卑屈の英雄』と。
彼は数多の英雄の中でも多くの人に愛されることになる。
○《 四十二階層 大部屋 》レオ=アルブス
目の前には強大な敵。
三体の『混沌種』。
味方の大半以上が大怪我を負い、残りも戦意を失っている。
まず、僕がすること。
希望を示す。
英雄がいることを、まだ僕が諦めていないことを、まだ戦えることを示す。
「冒険をしよう」
僕は呟く。大きくも、小さくも無い、いつも通りの平坦な声で。
だけど、全員の視線が僕に向く。
部屋の隅に数人で固まって震える仲間も。
喰われた腕の後を見て絶叫を上げてのたうち回る仲間も。
血を流しながら地面に突っ伏して身動き一つ取らない仲間も。
死に物狂いで未だ戦い続ける仲間も。
そして、《竜》たちも。
「冒険をしよう」
ココネの手を握り、温かなぬくもりを感じながら、確かな勇気を貰って僕はもう一度しっかりと口にする。
「かつて、『冒険王』と呼ばれた男はこう言った。『【迷宮】には全てが詰まっている。富も、名誉も、地位も、力も、知恵も、夢も、全てが。全ての詰まった【迷宮】は多くの者を魅了し、多くの物語を世に残すだろう』と」
「僕達は冒険者だ。僕が冒険者になった理由は友の夢を実現させるため。皆は何のために冒険者になった。富か、名誉か、地位が、力か、知恵か、夢か、何でもいい」
「思い出せ何の為にここにいるのかを。何を成すためにここに来たのかを。皆は何を求めてここにいる!敗北か!絶望か!死か!違うだろう!!」
「違うのなら立て!立って武器を取れ!武器を取って前を向け!何を持って終わったと決めつけている!まだ終わっていない!終わらせるな!己が手でもう一度、戦え!!」
「冒険とは危険を冒すことだ。僕達は冒険者だ、危険を冒してその先へ進む者だ!奮い立てッ!声を上げろッ!その先に全てがあるッ!」
僕は喉がはち切れんばかりに叫ぶ。
目の前には強大な敵。勝てる見込みは無く、絶望的。
危険だ。
これより先に進めば全てを手に入れる前に死ぬだろう。
「だからこそ」
そう、だからこそ。
「冒険をしよう」
───────希望が吠える
PV15000突破しました。ありがとうこざいます…!




