episode28 混沌種②
〇《 四十二階層 大部屋 》──────
「違う…!魔力の流れが変わっていない!!コイツだけじゃない…!『混沌種』はまだいるッッ!!」
薄暗い大部屋の中にレオの声が響く。
例え『混沌種』を知らずとも、その声の、言葉の意味が絶望的な状況を示していることをこの場にいる誰もが悟った。
「レオ様ッ!入口がッッ!!?」
レオの声に重なるように叫ぶノイン。まだ幼さの残る甲高い声は妙に部屋に響いた。
ノインの声に誰もが入口を見て…いや、見る前から彼らの顔に希望は無い。
状況は絶望的。
一小隊と並ぶと呼ばれる金等級冒険者を百人以上殺し、多くの熟練冒険者に死の恐怖を植え付けた『獅死』…四十二階層の主、《機魔鬼》。
多くの英雄譚を悲劇の物語へと変えた食物連鎖の上位。全てを穿つ牙、天空を支配する翼、地を貫く尾、生物の頂点とも呼ばれる存在、《竜》。
そして新たに現れたのは…《竜》と双璧を成し、地の支配者と呼ばれた獣。《闢》。
《竜》と変わらぬ程大きな体躯、馬のようであり、象のように太い四足、鋼を砕く丈夫な皮膚に、逆立った逆向きの鱗をびっしりと体に纏い、雄々しい肉食獣の顔つき、額に伸びる一本の捻れ角は大地を操る。
今ここに、三体の超獣が姿を成す。
「……」
一同に足が止まる。呼吸が止まる。
誰もが今ここにいる意味を忘れ、立ち尽くす。
《機魔鬼》は現れた二体の『混沌種』を警戒し、低い唸り声をあげる。
《竜》は薄い膜の張った翼を羽ばたかせ、我が物顔で空中を飛翔する。
《闢》は大きく太い足をのっそりと一歩、また一歩と歩みを進め、その場を吟味するように縦に割れた瞳をギョロギョロと動かす。
もしかしたらこの三体が同士討ちをして運良く逃げられるかもしれない。
そんな考えが皆の脳裏に過ぎる。
少しでも自らの良い方へ、この危機的状況でそう考えてしまうのは人の性だろうか。
ごくり…膠着したその場で誰かが息を飲んだ。
それを耳にしたのか、いや、してないだろう。たまたまだ。
だが、その息を飲んだ音が耳を掠めた瞬間、三体の超獣が動き出した。
三体は動き出した。
だが、一人は既に動いていた。
「〝 穿て 〟」
その瞬間、《竜》が地に縫い付けられる。
その瞬間、足を止めていた者達は一人の青年に目を向けた。
レオ=アルブス。
彼は白い髪を揺らし、肩で息をしながら誰よりも早く動いていた。
その時、世界で誰かが呟いた。
「今宵、歴史に一人の英雄が名を残す。」
☆
〇《 四十二階層 大部屋 》レオ=アルブス
《機魔鬼》、《竜》、《闢》、三体の超獣を相手に僕達は戦わなければ…いや、逃げるだけでいい。だけど、それでも状況は絶望的だ。
二十年の人生の中で最悪と言ってもいい。
だが、似たような絶望なら経験がある。
満身創痍の状態で三百人の兵士と戦ったあの時も、これ程では無いが死を覚悟した。
これまで潜り抜けた死線があったからこそ僕は動けたのかもしれない。
百二十秒。不穏な気配を感じてから《竜》に一撃を放つまでの僕が魔力を貯めた時間。
僕は八秒で体内の魔力を全て外に出すことが出来る。そして二秒事に僕が外に排出する一秒分の魔力が空中から僕の中に戻ってくる。
計算が苦手な僕はすぐにそれが僕何人分の魔力になるかは分からないが、常々鍛えてきた体力がゴッソリと持って行かれるほどの魔力を集中させた。
《中鬼》に使った高速回転する螺旋状の溝が刻まれた三角錐の魔力塊。それを巨大化させたものを用意した。
この形が僕の考えつく中で一番貫通力を持っている。
回転は《中鬼》に使った時の三倍。硬度は二倍。大きさは十倍以上。
正真正銘、僕の奥の手とも言える大技だ。例え格上でも、超巨大生物でも倒せる自信がある。
これで一体…厄介な空を飛ぶ《竜》は倒した。後、二体…。
そう思った矢先、《竜》がゆっくりと体を起こした。
「嘘…だろ……」
思わず口から言葉が漏れていた。
その時、僕はある本の内容を思い出した。
《竜》の中には未来を視る事が出来る魔術を使う《竜》がいると。
大きな体躯を貫いたかのように見えた僕の最大の一撃は、竜の翼を片翼潰しただけで終わった。
違う。今は…次の指示を…!
「レオォォォォォォ!!!」
「くっ…!!」
次の指示を。そう思って僕が顔を上げた瞬間、目の前には迫る大きな幹があった。
《闢》の持つ木々を操る固有魔術。地面から生えた大木が僕の体を押しつぶさんとばかりに迫っていた。
咄嗟に僕と木々の間に割り込むアーク。僕もアークの持つ盾を吹き飛ばされないようにアークの体を支える。
「ぐおっ…!?」
「ッ…!!」
だが、二人で受け止めているとはいえ、咄嗟の状況で僕はふんばることも、体勢を整えることも何も出来ていない。
アークも靴裏のスパイクを起動することも出来ていないし、身体強化はしているものの、身体硬化や身体重化の魔術はまだ使っていない。
当然の如く吹き飛ばされる僕とアーク。
まずいっ!このままだと壁に…!
【迷宮】の壁は不壊だ。床や天井もある一定の深さになると硬度が跳ね上がる。
僕が使った三角錐のアレを使えば貫通することも出来なくはないが、三百秒以上貯めてからでないと削れないような頑丈さを誇っている。削れない理由としては魔力や魔術の干渉を受けにくい性質も関係しているが、それでも僕やアークの鎧よりも硬いのは間違いない。
そんな硬い地面に叩きつけられれば、いくら頑丈な鎧を着込んでいるからと言ってタダでは済まない。
壁を軟化させようにも、僕は魔術を使えない。それに距離の離れた場所に魔術を放つ事が出来る技量を持った魔術師はアギリくらいだが、アギリも僕と同じく大木による奇襲を受けている。
僕は瞬時に視界を巡らせ、何か無いかと探るが…無い。くそっ、駄目だぶつかる…!
「【 役は不動 形は円柱 】」
「アーク…!!」
僕が衝撃に備えた瞬間、桜餅ちゃんが絶妙なタイミングで魔術を発動してくれる。
人の背丈ほどの太く、頑丈な石の円柱だ。
僕は両手から魔力の糸を蜘蛛の糸のように噴出し、片方を円柱に、もう片方をアークの体に巻き付ける。
糸を縮めることでアークを回収して片手に抱き、同じく糸を縮めることで勢いを殺す。
「アーク!」
「分かってる…!!」
アークは壁に向かって盾の表面を向けると、盾に施してある技巧を使って盾の表面を軟化させる。
壁を軟化させることが出来なくても、ぶつかる場所は関係ない。
「ガハッ…!!」
僕とアークは壁に激突する。勢いを殺しているとはいえ、それなりの衝撃が僕とアークを襲う。
だが、僕は壁にぶつかる寸前で痛覚を《断》で断っている。痛みは無い…!
僕は衝撃をモロに受けて体が上手く動かないアークを空中で抱き抱えて壁を巧みに使って地面に降りる。
「はぁ…はぁ…」
たった数秒でこの様だ。情けない。金等級冒険者が聞いて呆れる。
だが、まだ戦いは終わっていない。
《機魔鬼》は時間の問題だ。事態を把握出来ないながらも白虎と御伽噺は《機魔鬼》との戦闘に移っている。
《竜》も先程の僕の大技で翼が縫い付けられてあと数分は格闘しているだろう。
問題は入り口を防ぎ、範囲系の木々を操る魔術を使っている《闢》だ。
《機魔鬼》を倒して下の階層に一度降りて立て直すか…。
このパニック状態ではそれが一番の手だ。
「《機魔鬼》を優先!マーロン、白虎達に加勢!!《竜》は放置だ!黒百合と輪廻で《闢》を抑えるぞ!!」
僕の指示に戸惑いながらも、恐怖で動けなかった面々が動き始める。
「アークごめん、いける?」
「マーロン達をあっちに回したのは盾役が必要だからだろ?そういう時は、頼むでいいんだよ大将」
「……頼む」
「おうッ!」
アークは口の端に血をうっすらと浮かべたまま、ニカッと豪快に笑うと僕の背中を叩く。
本当にアークには適わないな…。
「全員!《機魔鬼》を倒して下の階層への扉が開き次第、一度下の階層に撤退。立て直す!!」
僕は腹に力を込めて叫ぶと、各員に指示を与えるため走る。
「ソヌス、出し惜しみは無しだ。全力で叩け、《機魔鬼》は手数で押すのが一番、君なら出来るだろ?」
「チッ…無茶言ってくれるぜ」
「頼りにしてるよ。マーロン、マックス、すぐにアギリをこっちの指揮に回す。それまで頼んだよ」
「「了解」」
《機魔鬼》を任せているパーティーのリーダーに一言ずつ掛け、僕は《闢》との戦闘に割り込む。
「全員、どけぇぇぇぇ!!!!」
無けなしの体力で作った三角錐を《闢》の頭に打ち込む。
《闢》は必死に地面に蹄を立てて耐えようとするが、入口付近の壁に叩きつけられる。
「ナトナ、アークと変わってサポーターを守って!ロゼリア、刃が欠けてる。落ち着いて行こう、ノインに頼んで予備を出してもらって!アイア、あまり前に出すぎるな!アークに敵意を集めて!!アテナ、さっきの魔術で《竜》の翼を打ち付けて出来るだけ時間を稼いでくれ!タナラ、支援任せたよ!」
「了解」
「すまない…!」
まず落ち着きが見れない"黒百合の会"に指示を回す。
"七星輪廻"の面々は一度、『混沌種』に遭遇している分、余裕が見れる。
「アギリ、マーロンとマックスに変わって向こうの指揮を頼む。出来れば百秒以内で。」
「はぁ…はぁ…やれやれ、人使いの荒い英雄だ。何かボクのモチベーションを上げる一言くらいあってもいいんじゃないか?」
「背中を誰に預けるかって聞かれたから僕はアギリを真っ先に選ぶくらい信頼してる」
「フッ…三十秒で片付けてくる」
アギリは満足気に笑みを浮かべると、向こうの指揮を請け負ってくれる。
「アーク、敵意を集めることだけに集中して!バダク、体はいい、足元を中心的に狙ってくれ!ココネは遊撃に回って思う存分暴れて!!姉さん、バダクが崩した地面を戻して足を固定させて!ノイン、投槍で目を潰してくれ!!」
僕の指示に従って全員が動き出す。
アークは敵意管理が上手い。彼に任せておけば基本は大丈夫。
感覚派のココネはあれこれ考えさせるより、自分の戦闘勘に従って動いてくれた方がありがたい。猪突猛進な分、動きが読みやすくてフォローが楽だ。
バダクが矢で作ったクレーターを姉さんの遡行魔術で地面を戻すことで《闢》の足を固定する事で足止めとしてかなり有効だ。
ノインの人並外れた膂力から放たれる投槍はバダクの矢と大差ない。貫通するというよりは抉れると言った方がいいが、それでも急所を潰すには十分だ。
だが、やはり外装がネックだ。《闢》の皮膚はルミのような技巧派の剣士でなくては切り裂け無い。あの皮膚は衝撃が大きければ大きいほど硬さを増す。
技巧派のロゼリアや、衝撃では無く単純な力押しのアイアならあの皮膚を突破できるが…あの皮膚より厄介なのが体にびっしりと生えた逆鱗だ。
あの鱗は【迷宮】の壁と一緒で魔力や魔術を散らし、鮫肌のように触れたものを無遠慮に傷付ける。
刃はボロボロに欠け、アイアやノインといった生身で戦うタイプも体が傷付く。
整理しよう。
《闢》の攻撃はあの角を経由して放たれる木々を操る範囲魔術。先程からあれのせいで迂闊に近づくことが出来ない。
近付いたとしてもあの鱗に阻まれ、鱗を突破しても皮膚に守られて致命傷を当てられない。
そして長く傍にいると鱗を噴射して攻撃してくる。一撃でもまともに喰らえば致命傷。鎧に当たっても鎧が砕ける。
浅い傷では《闢》の持つ再生能力で瞬時に回復される。鱗も数分もすればまた生えてくる。
流石は地上の支配者と言ったところか。隙が無い。
まず何とかするべきはあの角と、鱗だな。
「弾けさせるのが一番早いか…バダク、アーク、ノイン!何をしてもいい!一度、《闢》を後方に押しやってくれ!」
僕は魔力を練る。膨大な魔力を小さな拳大の球体に集め、固めていく。
それと同時に左手で魔力の糸を作り、《闢》の鱗に絡ませていく。今回の糸は伸縮性に優れたゴムのような役割を持ち、鋼の硬度を持ったもの。細さは小指と変わらないほど細い。
「あと十五秒稼いでくれ!!」
「レオさん、そんな呑気な事言ってると倒してしまいますよ!【 役は破裂 形は鏃 爆ぜろ 】!!」
バダクに援護を貰い、僕は脳をフル回転させて魔力を操作する。
目頭が熱い。鼻からドロリとしたものが落ちる感覚がある。
全身が倦怠感で満たされ、血液が火であぶられたかのように全身の内側が熱い。
後でいくらでも休める。胃薬だって何錠でも飲める…!
今が正念場だ。ここで倒れたらココネのフルコースを完食させるぞと自分で自分を脅し、意識を保つ。
「よしっ…アイアァ!」
「こいつ…脆くない。最高ッ!」
僕は一度後ろに下がっていたアイアに合図を出す。
全身の至る所に傷を作り、自分の血と《闢》の血を浴びたアイアが獰猛な笑みを浮かべて牙とも呼べる八重歯を覗かせる。
そしてそのまま駆け出し、《闢》の顔に飛び付くと、伝説の戦闘部族の血を引く事を証明するようにその大きな顎を力技で開かせる。
「全員、離れろ!!」
僕は右手に作っていた球体を《闢》の大きく開いた口目掛けて投げる。
「アイア、入った!」
「馬鹿な生き物。強者に逆らうからそうなる」
アイアは僕が球体が《闢》の口に入ったことを聞くと、《闢》の頭を殴りつけ、その口を無理矢理閉ざす。
そしてアイアが離れたと同時に僕は球体の魔力の制御を解く。すると練るに練られた魔力が解け、鉄並みの硬度を持った魔力が《闢》の口の中に広がる。
グググと内側から膨大な質量に押され、《闢》の顔が膨らむと、バンッと鈍い破裂音と共に《闢》の頭部が弾ける。
人は脳を破壊されれば死ぬが、《闢》は下層の魔物を凌ぐ最強の生物。脳が爆ぜようとも、お構い無しに足を進める。
《闢》の脳は全身にあり、体の損傷に合わせて使う脳を切り替えるという話を聞いていたが、頭部の無い大獣が平然と歩いている光景は実際に見ると恐ろしい。
だがこれで角を封じた。
「全員、そのまま動かないで!鱗を剥がす!」
そして僕は《闢》の鱗に絡ませていた糸を、壁を経由して《闢》の足の高さに張り巡らせる。
すると《闢》の足が前に進む度に伸縮性のある糸が伸び、鱗に負荷を与えていく。
メリメリメリと音を立てて《闢》の歩みに合わせて次々と鱗が剥がれていく。
『GYOOOOOOOO』
《闢》の絶叫が大部屋を包む。
僕は聴覚を《断》を使って断ち、腰から«片翼・黒式»を抜くと、ジェスチャーで全員に突撃命令を出す。
狙うのは当然、剥がれた鱗の部分。僕は«片翼・黒式»を《闢》の皮膚に突き立てる。
よし、これで一気に削る。
僕は聴覚を戻し、周りを見る。
だがそこには僕に続いて動いている仲間はいなかった。
そしてアギリの叫びが耳を掠める。
「聞こえているか英雄!!《機魔鬼》を倒しても下の階層への階段が開かない!!!」
───────絶望が笑う
ブックマークが50件を越えました。ありがとうございます!
暫く題名とは掛け離れたシリアスな戦闘が続きますが、お付き合いください。
個人的にギャグとシリアスが入り交じった作品が好きなので…『銀○』とか(笑)
次の章はギャグ多めでお送りしたいと思います。




