episode27 混沌種①
〇《 迷宮 四十二階層 》レオ=アルブス
「ようやくここまで来たか…」
「この後は大部屋の攻略だ。気を引き締めていこう」
四十二階層に辿り着いた僕達は階層の最奥、大きな扉の前に立っていた。
大きな扉は僕が五人並んでも余裕がありそうな程大きな扉で、表面には幾何学な装飾が施されている。
毎回思うけど、どうみても人工物な気が…。
迷宮の出自には不思議な部分が多く、矛盾点も多いので僕達の知らない謎が隠されているかもしれない。
とは言っても調べた所で何も出てこないだろうし、あまり興味もないので放置だ。
思考が脱線してしまったので、改めてこれからの事を考える。
四十二階層の大部屋には《機魔怒》と呼ばれる大型の獅子の魔物が下への階段を守っている。
特殊金属の外装に、筋肉とはまた違った予備動作の無い素早い動き、見えていても躱すことの出来ない光速の息吹。
そして外装の特殊金属は自在に変形し、百を越える剣になったり、僕の奥の手を防ぐような盾を作ったりとアギリも驚くほど搦手を初めとした技を使ってくる。
そしてその外装の特殊金属は貴重で、多くの技巧を仕組んだ武器や防具が作成できる。
僕の軽装にも使われていて、僕の軽装にも緊急時に使う全八つの技巧が備えられている。
"七星輪廻"だけで勝ったこともあるし、問題は無いはずなんだけど…なんだろう、この胸騒ぎ。
「レオさん、どうかしましたか?」
「なんでもないよ。ちょっと《機魔怒》の事を考えてただけだよ。何分で倒せるかなって」
「ワタシ達で一時間と少しだったので、このメンバーなら半分で十分じゃないですか?」
「確かにそうかもね」
僕が黙っているのに不安を感じたのかバダクが敢えて大きな声で話しかけてくれる。
マスターである僕が押し黙っていたので何かあったのではと感じて、皆に余計な緊張が走っていたようだ。
僕は小声でバダクにお礼を言うと、バダクは「気にしないでください」と小さく微笑んで返してくれる。
バダクは見た目だけじゃなくて心遣いまで格好いい。例のあれが無ければだけど。
「よしっ、戦闘開始と行こう」
僕は重厚な扉に手をかけ、その扉を開く────。
☆
〇《 四十二階層 大部屋 》レオ=アルブス
「あれが…《機魔怒》…」
誰の声かは分からないが、後方からそんな声が聞こえる。
大部屋は直径二百五十メートル程の円柱状の部屋だ。
その真ん中に鎮座する金属の体を持つ大獅子。
体長は優に五メートルを越え、既に『役形補』の準備に入っている支援組の体から放つ魔力に反射して外装がキラキラと反射する。
本当はここで『王水』を使いたかったんだけど…ロゼリア達が全部使った事で無くなってしまった。ないものねだりというわけではないのだが、本当に惜しい。
『 レディ 』
どこか人間的な印象の残る重声が《機魔怒》から発せられる。
違う。
おかしい。
異常事態だ。
だが、僕の思考は既に《機魔怒》には向いていなかった。
「レオ…?」
僕以外に誰も気づいていない?
この濃密なまでの殺気。いや、邪気と呼ぶべきか。
全身の悪寒が止まらない。
ガチガチと小刻みな音を鳴らす奥歯をぐっと噛み締めて僕は叫ぶ。
「目標《機魔怒》…白虎、御伽噺のみ。三百秒スタート…!」
☆
〇《 四十二階層 大部屋 》アギリ=カエルレウム
大部屋に入る前から英雄の様子がおかしい。
いつもなら周りの緊張を解くために軽口の一つでも叩くであろう彼が、大部屋の扉を前にして押し黙るなんて。
不穏な気配を察知したか…いや、それなら真っ先に『勇者』であるココネが反応するだろう。
ココネの様子は…
「一番活躍してレオくんに褒めてもらおー!」
相変わらずだね。それに、褒めてもらうのは悪い気はしない。ボクも頑張るとしよう。
今日は『男』だし、大部屋のような単体の強個体相手なら相性がいい。
しかし、それにしても英雄が微動だにしない。かれこれ数分、静かに何かを考え込んでいる。
ボク達がしっちゃかめっちゃか掻き回しているが、そろそろ英雄の異変に皆気づくだろう。
「バダク、頼むよ」
「任せて下さい」
ボクは近くにいたバダクにフォローを頼む。
バダクに任せておけば上手く行くだろう。彼はあかいうフォローは上手いからね。
さて、英雄も思考の海から戻ってきたようだし、久しぶりの大部屋攻略と行こう。
☆
「目標《機魔怒》…白虎、御伽噺のみ。三百秒スタート…!」
時間制限付き、それに三百秒…!?
いや、それよりも"風雷白虎"と"妖精の御伽噺"だけだって!?
英雄の指示に普段、冷静沈着を売りとしているボクも焦りを隠せない。
だが、英雄が無闇矢鱈にその場を掻き回すような指示は出さない。ここは素直に…
……!?!?
生理的な悪寒。その異常事態に思わず叫ぼうとするが、上手く声が出ない。
「れ、レオくん…!!」
「『混沌種』が来る!全員、撤退を視野に!」
『混沌種』だって…!?それにこの階層で…!このタイミングに…!!
最悪の状況だ。今すぐ撤退するべきだが、『混沌種』が産まれる時に下手な動きを取ると取り込まれる。
「『混沌種』ってなんだよ…!!」
「ソヌス、今は《機魔怒》に集中してくれ!各員、奥の手を惜しみなく使って!!」
《機魔怒》と向き合っているソヌスが聞き慣れない単語の出現で更に状況が分からなくなり、英雄に向かって怒鳴るように質問する。
『混沌種』の事を知っているのは組合長他、組合の幹部と一部のパーティーだけだ。
ここにいるメンバーの七割が聞き覚えが無いだろう。
魔物にはツバキのような『変異種』の他に、『混沌種』という分類に分けられる魔物がいる。
『変異種』は人に近く、生に貪欲で魔物から遠い存在。
『混沌種』は逆に生に疎く、人々の魔物のイメージの集合体と言ってもいい。目に入る全てを喰らい、壊し、殺す。
目撃情報は今までの長い歴史の中でたった八件。天災よりも確率が低いこの『混沌種』だが、例外無く強い。規格外と言っていいほどに。
過去に白金等級冒険者が殺された事もあるほどで、まさに厄災と呼ぶに相応しい。
ボク達は過去に一度だけ『混沌種』と出会ったことがあるが、その時は脇目も振らずに逃げだした。
英雄曰く、『混沌種』が現れた時の前兆として魔力の流れが少しおかしかったと言っていたが、おそらく扉の前で本能的に感じ取っていたんだろう。
「来る……」
天井に黒い靄が渦を巻いて集まっていく。
靄がうねうねと動き、形を成していく。
あれは顎…渦の中からのっそりと大きな顎が出てくる。
そして腕が、体が、翼が、徐々に全貌を現していく。
紫苑色の体躯は優に十メートルを越え、その存在感だけで圧倒されそうになる。
あれは……《竜》…!!
「アギリ!!!」
「ッ…【 役は柔化 形は大円 沈め底なしの奈落へ 】」
その存在に飲まれそうになった時、英雄の声で現実へと引き戻されたボクは乾いた唇を震わせて『役形補』を唱える。
「全員、後のことは考えるな!!出し惜しみ無しで攻撃を叩き込めッ!!アーク、矛を使って!!ナトナ、息吹を中心に範囲攻撃を防いでくれ!!サポーター、ガルフ、今すぐ撤退してくれ、足手まといだ!!」
英雄も必死だ。僕も『役形補』と『無口』を併用して次々魔術を唱えていく。体力も魔力を知ったものか、今は出来るだけを叩き込む…!
「アギリ…!!」
「分かってるッ!これ以上は無理だ!!」
「違う…!魔力の流れが変わっていない!!コイツだけじゃない…!『混沌種』はまだいるッッ!!」
何かが崩れる音がした。
『混沌種』がもう一体…?上層ならまだしも、下層で二体……??
ああ、終わった。
───────絶望が笑う




