episode26 冒険者の日常⑤
〇《 迷宮 四十一階層 》レオ=アルブス
長かった迷宮攻略も折り返しに近づいてきた。
"黒百合の会"や"風雷白虎"の面々も徐々に下層に慣れてきたようで、全体の連携も上手く機能している。
今は四十一階層の大部屋を使って夕飯と天幕の準備を皆でしている。
マスターとして立場のある僕は見ているだけでいいと言われたので壁に腰掛けながら暇潰しに木彫りの人形を作っていた。
個人的にはこういう場だからこそ上の立場の人間が動くべきだと考えているが、皆が言うには少人数ならそれでいいが、人数が増えれば増えるほどそれは自分の立場を落とす行為だと言われた。
他にもノインから【迷宮都市】の中で上位ギルドのマスターなのだから威厳ある行動をと注意された。
うーん…正直ココネ達が周囲に迷惑を掛けた時にペコペコと頭を下げたりしているので今更ながら僕に威厳があるとは思えない。
だが、世間知らずの僕よりも色々と知っている周りが言うのだから素直に従う。
「レオ様、今宜しいでしょうか?」
「ん?大丈夫だよ」
そんな事を考えていると、ふとノインから声がかかる。心配そうにこちらを見つめていることから、かなり意識を別の所に置いていたのだろう。何度か呼びかけてくれたかもしれない。
下層でこうも無防備に思い吹けるなんて僕も少し気が緩んで来ているかも。
「お手を煩わせてしまい申し訳ないのですが、夕餉の支度を手伝っては頂けないでしょうか?」
「それくらいなら構わないよ。あとこれあげるね」
大規模攻略中でノイン達の疲れも大分ピークだ。特に後衛組は辛いだろう。
先程のあれも心構えとして心に刻んでおくようにということでずっと何もしちゃいけないって訳でもないしね。
支度を手伝うくらいなら朝飯前だ。作るのは夕飯だけど。
僕は腰を上げ、先程から彫っていた木彫りをノインに渡す。丁度、いつものロングスカートのエプロンドレス姿のノインを題材として作っていたので本人に渡せて良かった。
「それで今日の夕飯の予定は?」
「あれれ~?マスターじゃないですか?あれれ~?」
ノインから離れ、食事を作っている場所へ向かう。組み立て式のテーブルに食材や器具を並べ、魔術で作った簡易的な竈が十五個ほど並べられており、既に何個かでお湯を沸かしてこの後に汗や汚れを取るためのタオルを温めている。
他にも水瓶が準備されており、その横でアークとバダクが魔物の血抜きを手早く行っている。
僕達のギルドの流儀…とはまた違うが、こだわりがあって、食事は温かいものを皆で食べることになっている。
ギルドによっては携帯食で手早く済ませたりするが、食事は一種の娯楽だと僕は考えている。なるべく美味しく、楽しく食べることで下層という場所でも心身共にノーストレスで過ごしたい。
その方が胃の調子もいいしね。
僕が向かうのは下準備を行っている組み立て式のテーブル。
そこには先に下準備を始めている少女…女性…?まあ、どちらで呼ぶか迷う年代の人がいた。
姉さんより間延びし、前後で言葉を繰り返す特徴的な話し方をするこの人は"風雷白虎"のメンバーの一人。クータ=プリヴィア。
僕より二個上だが、年齢の割に童顔で、あの喋り方なのでギルド内でクーちゃんの相性で通っている。
「ノインにお手伝いを頼まれてね。微力ながら頑張るよ」
「なるほど~、そういうことだったんですね。なるほど~。確か~、今日は昨日仕留めた《到海老》と三十九階層で仕留めた《猛百牛》の乳を使ったクリームパスタと、持ってきた塩漬肉を使ってスタミナ焼きでも作ろうかなと思ってます。確か~」
「美味しそうだ。クリームパスタは僕が作るよ」
「じゃあ~、お願いします。じゃあ~」
クーちゃんと並んで僕は料理を始める。とは言っても、クーちゃんが大分下準備をしてくれているのでやる事は大してないかな。
既にパスタを茹でるための鍋をノインが温めて始めているので僕は具材の方を担当しよう。
《到海老》は既にクーちゃんが準備してくれいる為、テーブルの上にある四十階層で取れたアスパラガス…もどきを洗って手頃な大きさに切る。
こういう時、魔力の糸が使えると同時並行で作業が出来るのでアスパラガスもどきを切りながら竈の方でフライパンを五個ほど温めて油を引く。
パスタを茹でながら、そのまま流れ作業でニンニク、アスパラガスもどき、《到海老》を炒める。
軽く茹でたら《猛百牛》の乳と塩コショウ、コンソメなどで味を整えて煮詰める。
「流石ですね~、手際が半端ないですよ。流石ですね~」
「クリームパスタは僕の得意料理だから」
「確かに~、前に食べた時もクリームパスタでした。確かに~」
「昔、好……仲間に教えて貰ってね」
クーちゃんと雑談をしながら、フライパンに茹で上がったパスタを入れてソースと絡めて完成っと…。
完成したパスタを盛り付けて、アギリに保存魔術を掛けてもらい、先程の手順を繰り返して全員分を作る。
「よし、出来たっと」
僕は皿を食事用のテーブルに運ぶ。ノインには見張りの人に届けるようにお願いしてある。
あれ、いつもなら食事がテーブルに並んでも騒ぐ皆が綺麗に椅子に座ってる…?
そんなに覚悟を決めた顔をしなくても、あの女子力下限五人衆や、ココネみたいな人が食べれない程じゃないんだけどなぁ…。たまにしか料理しないからクーちゃんやノインほど美味しくはないだろうけど、人並みには出来るはずだよ…多分。
いつもワイワイ騒がしいのに、無言で食べられるのは気持ち的に…うっ、胃が……。
〇《 迷宮 四十一階層 》ノイン=フラーウム
私はノイン=フラーウム。レオ様に名前と生きる意味を頂いた元奴隷です。
今は大規模攻略の途中。四十一階層でレオ様が拵えた夕餉を頂いております。
大規模攻略もそろそろ折り返し、皆様にもそろそろ『ご褒美』が必要でしょう。
僭越ながら、レオ様自ら食事を拵えて頂きました。
本来ならば私がやらなければならないのですが…まだまだ未熟であることを恥じるばかりです。
レオ様の料理は一言で言えば絶品です。同じ食材で、同じ環境で作っているのにも関わらず、コクや旨みが段違いです。
まずなんと言っても香り。レオ様は隠し味だと言って仕上げに小さな葉を載せていますが、これが絶妙なまでの匂いを作り上げます。
芳醇とも呼べる香りが鼻を通り抜けて胃を刺激し、口の中に生唾が溜まります。
そして食感、同じ時間茹でているはずなのに、私ではここまでモチモチの食感を出せません。
それこそ私の師匠であり、天上の料理人と呼ばれているシムル様でも難しいと思います。
いけません。食事の感想ばかりで手が進んでいませんでした。パスタは熱いうちに食べるのがいいですからね。
「美味しいです」
「良かったよ」
無意識に盛れていた言葉に正面に座っていたレオ様が微笑んでくれます。
普段小さく笑うことの多いレオ様の、貴重な心からの笑顔です。
そっと、脳内のアルバムに今の笑顔を焼き付けておきます。
やはり、こうして疲れが溜まっている時はレオ様の料理でレオ様の笑顔を補給するに限ります。
私だけでなくギルドの皆様はレオ様の事が大好きですから、『ご褒美』は必要ですね。
☆
〇《 迷宮 》 ───────
蠢く黒い影。
ゆらり。ゆらり。
影が求めるは解放。
意思が生まれてから永遠に続く飢餓の終わりを求める。
ゆらり。ゆらり。
影は迷宮を彷徨い、全てを喰らう。
まだ見ぬ満たしを探して。
そして影は───────




