episode25 冒険者の日常④
〇《 迷宮 三十八階層 》レオ=アルブス
「そろそろアギリの弱体の効果が切れる頃だ…ココネ、準備はいい?」
「いつでも大丈夫だよ」
アギリ達の暴走にも困ったものだ。確かに"七星輪廻"は皆が皆、一人で《幻魔士》を倒せるけど、今は連携の確認。
流石の僕も皆がいつも通り本気で事に当たるとは思わなかった。
「あっ…そう言えば、三人以上って話したばかりだった。姉さん、援護お願い。なんとなくでいいから」
「は~い」
「じゃあココネ、行くよ」
僕の合図でココネは腰の両手剣を抜剣する。何も変哲の無い両手剣。強いて言うならココネの身長に合わせて少し短いくらいだろうか。
だが、その剣が放つ存在感は半端なものでは無い。《幻魔士》の幻覚と同等の美しさを持つ。
刃の美しさや、剣の造形美とかそういう話ではない。剣の存在そのものが美しい。
これはココネだけに認められたココネだけの剣。
『勇者の剣』だ。
「【 役は身体強化 形は無形 】、【 役は身体硬化 形は無形 】」
ココネは自らの体を強化魔術で強化。硬化魔術を使ったのは体を強化による不可から守るためだ。
そして同時に砂埃を巻き上げて《幻魔士》との距離を詰める。その距離二十三メートル。ココネなら二秒とかからない、この二秒の間に打てるだけの手は打とう。
僕は片膝と片手を地面に着いて地面の中に魔力の糸を張り巡らせていく。その数、百。
これで一秒。そして空いている片方の手でココネの後を追いかけるように魔力の糸を地面と同じ数放つ。
今の僕は司令塔ではなく、一人の魔術師。今なら二百くらいなら操れる余裕がある。
地面に張り巡らせた糸は罠。姉さんの暴走用。
今、空中を走る糸は布石。ココネの暴走用。
あれ、攻撃用に何もしてないや。
「取り敢えず僕も追いかけるか…」
僕は腰から«対翼・黒式»を抜剣すると、ココネの後を追って凸凹とした地面をいつもよりしっかりと蹴って駆ける。
ココネが先に《幻魔士》と接触する。両手剣を大きく振り被ると、《幻魔士》が対抗して手に持っていた長杖を魔術で強化してココネの剣に合わせて突き出す。
杖と剣がぶつかったとは思えない鈍い重低音が響く。
ココネは遠心力を付けて厄介な杖を折るために、すかさず次の攻撃に移り、その場で一回転をする。
敵の目の前で一回転すれば当然隙が生まれる。
ココネが背中を向けた瞬間、《幻魔士》は杖を両手で握り、先端をココネに向けて刺突。
だが、既に僕が追いついている。横から迫るココネの両手剣を体勢を沈めて避け、ココネの体を死角に《幻魔士》とココネの背中の間に割って入り、短剣で《幻魔士》の杖を弾き、僕は横っ飛びして戦線離脱。
そしてすかさず一回転したココネの両手剣が《幻魔士》を襲う。
「レオくんごめん、浅いっ!」
「問題無いよ」
僕とココネはお互いの顔を見ずに、ただそれだけ言葉を交わすと同時に次の行動に移る。
周りにはアイコンタクトもせずに動いてるように見えるだろうが、正解は僕が魔力の糸でココネの腕を次に動く方向へ引っ張って指示している。
従来、冒険者の間では『スラング』…簡単に言えば パーティーやギルドなど特定の人物にだけ伝わる言葉を用いて連携を取っている。
わざわざ次の行動や作戦を口に出していたら敵に教えるだけじゃないのかと思わう人が多いが、存外、戦闘中に味方が予期せぬ行動を取られると余計に戦況が混乱する事がある。
それを避けるために作戦や行動、攻撃名などを口に出すのだが、相手に次の動きがバレるのは確かだ。
この場合、口に出すメリットが敵に知られるデメリットよりも大きいので口に出しているが、本来なら避けたい部分。
それを可能にするのが『スラング』だ。より簡潔に覚えやすく、味方同士でしか伝わらない共通認識の言葉を使うことでデメリットを無くしてメリットを大きくすることが出来る。
だが、この『スラング』も下層の攻略を行い始めると不便さが生じる。
まず、パーティーやギルド間で使われる『スラング』は他の所と被っていることが多い。中層からは人の言葉を理解する魔物も多く、今現存するよく用いられる『スラング』の大半を魔物は覚えている。それが他の魔物と意思疎通をして情報交換をしているのか、同種族で教えあっているのかは定かでは無いが、下層の魔物は『スラング』を知っているという事実には変わりない。
そして次に『スラング』の数の多さ。攻撃、防御、作戦、魔物の名前、人の名前、道具にまで存在する冒険者の『スラング』はそれはもう一つの言語として確立している程膨大な量がある。
覚えるのも大変な上、戦闘中に何種類ものスラングを使われても頭が混乱するだけだ。
そこで僕達は魔物に対する作戦のパターンを十に絞り、両指のどこを引っ張ったかで次の作戦が決まり、引っ張られた方向に動く方法を作った。
これならば声を出して動きがバレる必要も、数多く覚える必要も無い。数も少なく絞ってあるので、味方の次の動きが分かりやすい。
足りない指示は指示で口に出して補足すれば、大筋は糸を使って説明しているので補足を口にしても相手に動きを悟られることは無い。
まさに連携の理想系とも言えるだろう。
多分。
『 ーーーーー、ーーーーー 』
《幻魔士》が治癒系の魔術の『役形補』を唱えた後、連続で攻撃魔術の『役形補』を唱え始める。
魔物の言葉は理解できない。というより、言葉なのか分からないが、『役形補』を唱える時、九割の魔物は必ず発声音が高くなる特徴がある。
しかし、下層の魔物は『無口』で魔術を唱えることが多く、《幻魔士》も今は傷を負った為余裕が無いのだろう。今は発声しているが、普段は『無口』だ。
「レオくん!」
「右!!」
ココネも《幻魔士》の魔術に気づき、声を出して僕の指示を仰ぐ。
僕はココネに合わせて次の指示を出す。
すると《幻魔士》は僕の言葉に反応して照準を左に合わせて魔術を発射する。ヒュンッという鋭い風切り音と共に十六の風の刃が赤道色の壁を傷つける。
僕達が右に飛ばず、左に飛んでいることに《幻魔士》は見るからに戸惑っている。ついでに魔力の糸で転ばせておこう。
僕とココネが言葉と逆に動いたのは実に簡単な話だ。僕はココネに対して右と言ったが、魔力の糸で回避行動を取ると決めている右指の親指を左に引っ張った。それだけだ。
軽い言葉の押収だけで簡単に引っかかってくれるから、無駄に知能の高い魔物は物量で押してくタイプの魔物に比べて戦いやすい。
あともう一押しってところだけど、もう一つくらい連携を見せておきたいな。今度は皆にも出来るような…。そうなるとあれかな。
「姉さん、あれお願い」
「はーい」
「ココネ、最後よろしく」
「了解」
僕は姉さんとココネにお願いした後、«対翼・黒式»を逆手に持ち変え、立ち上がろうとする《幻魔士》との距離を詰める。
「疾ッ────!」
完全に立ち上がった《幻魔士》の目の前で僕は短く息を吐いて飛び上がる。
一見、鋭い動きに見えるが軸足を残しており、正面から向き合っていた《幻魔士》には隙だらけに見えるだろう。
僕の予想通り、《幻魔士》は僕の足を空いている手で掴むと、骨だらけの体のどこにあるのか怪力で僕の体をぐるりと頭の上で一回転。
そのまま僕の体を地面に叩き付ける。
「【 役は軟化 形は長方形 】」
僕の体が堅い地面に叩きつけられたかのように見えたその瞬間、そこに姉さんの魔術が割り込む。
僕が叩きつけられた地面を魔術で柔らかくし、衝撃を和らげることで叩きつけられた僕の体には傷一つ着いていない。
僕は仰向けに叩きつけられた状態から腹筋を使って強引に空中に起き上がり、その反動で掴まれていない足の膝裏で《幻魔士》の腕を絡み取る。これでもう逃げられない。
そして僕は絡めとった時の勢いに加えて、体を捻ることで《幻魔士》をの体勢を崩す。
体勢を崩しただけではまだ足りない。僕は数度横回転を続けることで《幻魔士》を地に付けて、そのまま地面を転がる。
「はぁっ!」
そこにすかさずココネが《幻魔士》の体に両手剣を振り下ろし、トドメを刺したことで戦闘終了だ。
「姉さん、絶妙なタイミングだったよ。ココネもお疲れ様」
「分かってても冷や冷やだったねー」
「レオちゃん、あんまり無理しちゃだめだよ?」
「久しぶりの下層での近接戦で少し緊張したけど大丈夫だよ。姉さんのお陰で怪我も無いし、元気元気」
ココネと姉さんに労いの言葉をかけてハイタッチを交わす。
心配をしてくれる姉さんに、軽く力こぶを作って元気なことをアピールする。
「これで連携の大切さは理解してくれたかな?」
僕は振り返って戦いを見ていた皆に問いかける。
が、誰一人何も僕の問いかけに答えない。バツの悪そうな顔をうかべるばかりだ。
「マスター……この連携は練度が高すぎて黒百合や 白虎には参考にならない。みんな何が起きたのか分かってない。悪いけど、もっと単純な奴は無いか?」
マーロンが申し訳無さそうにそう言う。
これ以上簡単な連携…うーん…。
「マスター、すまないが私たちにはあの動きは真似出来ないだろう。だが、勉強になる点はあった。解説を頂けるだろうか?」
「それならボクが分かりやすく一から説明しよう。まず最初の動きだけど」
僕が悩んでいると、ロゼリアから解説のお願いを受ける。
そう言えば解説していなかったと反省しているうちに、アギリが割って入り、解説を始めてしまう。
あー…アギリが解説を始めると長いんだよなぁ…ノインも既に夕飯の準備を始めてるし。
僕も巻き込まれないうちにあっちに行こう。
「まて、英雄。先程の動きをもう一度再現して欲しい」
こうして危険な下層で三時間、アギリの解説は続いた。
なんだかんだで皆が聞き入っているのでアギリの解説していた時間が一番危険だったかもしれない。
冒険者にとって戦闘は日常ですね。決して久しぶりに戦闘シーンが書きたかったわけではありません。




